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PLANET LAND - 彗星から惑星へ -

305,817 字

青春群像劇、家族の物語、成長譚

"彗星のように駆け抜けた日々から、自らの重力で輝く惑星へ。これは、出会いと別れを繰り返し、居場所を見つける若者たちの物語。"

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 第1話 私、巣立ちます

 彗星――それは
 激しい光を放ちながら
 一瞬で過ぎ去っていくもの。

 病院の風景。
 医療従事者たち。

「元気な女の子ですよ」

 突如彗星の様に
 突然現れて

 見るものすべてに
 生涯忘れられない衝撃を残す。

 愛おしそうに自分を見つめる母の顔。
 潤んだ目で覗きこむ父。

 私は、ここで生まれて、今まで生きてきた。

 生まれたばかりの妹を
 新生児室でガラス越しに、見た日。 

 私は、この家族と生きてきた。

 誕生日
 クリスマス、
 遊園地
 保育園
 小学校

 十八年、家族の一人だった。

 中学受験合格。
 授業
 体育祭 
 憧れの、河瀬くんの横顔。

 これから
 私は離れていく
 大好きな家族から。

 スマホに表示された
 合格通知。

 十八年
 人生の中では短い時間。

 家族にとって私は
 彗星だったのかもしれない。

 通り過ぎた後の私は
 手に入れたものは

 何もなかった。

 六星大学
 これから私は、ここにいる。

 また
 通り過ぎるだけの場所

 だけど。
 もう 

 通り過ぎるのを、やめたい。

 閑静な住宅街の昼下がり、一軒のアパートの前にトランクが開いたままの、ワンボックス車が停まり、玄関は開け放たれたままだった。

 その部屋はとある一家が引っ越し作業の真っ最中。
 父はテレビの接続のために、配線を捌きながらテレビ裏の壁にライトを照らす。
 母は窓を拭き、姉は爪先立ちで、カーテンレールに布を通していく。
 妹は、棚に本を並べていた。
 時に軽口を挟みながら、笑い声が溢れる。
 新しい生活に向けての高揚感に、包まれているようだった。

 父、田澤幸弘が、床に片膝をついたまま顔を上げる。
 テレビ台の裏から伸びる配線をテレビに差し込み、リモコンを操作した。

 「これで、よし。もうテレビ見れるぞ」

 映像が映り、音が出る。
 その当たり前に、家族の空気がふっと緩んだ。
 幸弘は立ち上がり、部屋をぐるりと見渡す。

「いよいよ、杏奈の新生活の、スタートじゃな」

 母、由美加が、窓拭きの手を止めると、瞬きをして、笑った。
 姉、杏奈は、カーテンの裾を整えながら、返事の代わりに小さく息を吐いた。
 胸の奥で、期待と不安が同時に膨らんでいく。
 妹、梨夏も、本棚の前から振り返る。

 「お姉ちゃん、ええなあ。こんな綺麗なアパート」
 「一人暮らし、ええなあ」

 父は、段ボールを持ち上げて、玄関の方へ運びながら言った。

「明日の入学式、出たかったが……店もあるし」
「父さんと梨夏は、これで帰るわな」

 由美加と杏奈は一旦手を止めて、並んで振り向いた。

 「帰り、気をつけてね」

 父は、もう一度部屋を見渡して杏奈を見ると、その頭にそっと手を置いた。

「しっかり、楽しんだらええ」
「もう勉強だけやない」
「人生の夏休みと思うて――色んなものを見て、学んで、な」

 その言葉が、杏奈の胸の奥に落ちると、故郷で過ごした父との思い出が、心に湧き出してくる。
 込み上げた思いが、一瞬言葉を詰まらせる。

「うん。……今までありがとう」
「お父さん」

 父は一瞬だけ目を細めて、何か言いかけて、やめた。
 代わりに、短く笑って頷く。
 その横で、梨夏が肩をすくめる。

「お姉ちゃん、大袈裟じゃろ?」
「お嫁に行くんと違うんよ」
「時々、遊びにくるけえね」

 その言葉で、部屋の空気が少しだけほどけた。
 杏奈は笑おうとして、うまく笑えずに、

「うん」

 とだけ、答えた。

 その夜、段ボールが減った部屋に、静かな灯りだけが残る。
 台所の片隅で、湯気の立つマグカップを二つ、母が並べた。
 由美加は、ベッドの端に腰かけた杏奈の横に、ゆっくりと座る。

「杏奈、ほんまに一人で大丈夫かいね」

「……大丈夫よ、心配しすぎじゃけ」

「強がらんでもええよ」
「お母さんには、わかるけえ」

 杏奈は小さく笑う。

「強がっちょらんよ」
「ただ……ちょっと、さみしいだけ」

 由美加は、娘の髪をそっと撫でる。

「さみしゅうなるのは、ちゃんと家族やった証拠よ」

「……お母さんは?」

「何がかね?」

「私がおらんようになっても、平気なん?」

 由美加は、少しだけ息を吐いてから、柔らかく笑う。

「平気なわけ、なかろうが」
「でもな、子どもはな、いつか出ていくもんじゃけ」

「……彗星みたいじゃ思うた」

「彗星?」

「ぱっと現れて、ぱっと去って……何も残さんで」

 由美加は首を横に振る。

「何も残さんなんて、誰が決めたんね」

「……」

「杏奈はな、うちにいっぱい残しちょるよ。笑い声も、泣き声も、怒った顔も」
「あんたが育った十八年は、ちゃんとうちにあるけえ」

 杏奈の目が、少しだけ潤む。

「でも、私、まだ何も持っちょらん」

「今から持つんよ」

「……こわい」

「こわいのは、本気で生きようとしちょる証拠なんよ」

 アパートの外を、車が通り過ぎる音が聞こえる。
 由美加は、娘の肩に手を置いたまま、静かに告げた。

「通り過ぎるだけの人生にせんでええ」
「止まってもええし、ぶつかってもええ」

 杏奈は、母の肩に額を預ける。

「……お母さん」

「なんね?」

「ありがとう」

 由美加は、照れたように笑う。

「礼なんていらんよ」
「あんたは、あんたの人生を、生きりゃええ」

 部屋の灯りが、静かに揺れた。
 明日から、杏奈は一人になる。

 翌朝、春の光がやわらかく降りるキャンパスの前。
 入学式の看板の前で、スーツ姿の新入生たちが写真を撮っている。
 由美加は、門の外で立ち止まったまま、杏奈の姿をじっと見ていた。

「ここから先は、保護者は入れんのよね」
「ほら、行きんさい」

 杏奈は頷く。
 だが、足は動かない。
 そんな杏奈に、由美加は小さな茶封筒を差し出した。

「お父さんから、あんたにって」

「何?これ」

「お父さんの、昔の趣味やって」
「暇な時に読んじゃりんさい」

 杏奈は封筒を受け取って、何も書かれていない表を見た。

「なんで直接渡さんの?」

 由美加は、ちょっと困ったように笑う。

「照れちょるんよ。あの人」

 杏奈も、ふっと笑い返した。
 遠くで式典の案内アナウンスが流れ始めると、由美加が、娘の肩をぽん、と叩く。

「じゃあ、頑張りんさいね」

 杏奈は、茶封筒を鞄にしまって、母の目をまっすぐ見据えた。

「うん、頑張る」

 一歩、踏み出すが、二歩目でまた振り返る。
 由美加は、笑顔で手を振っているが、目だけが少し、潤んでいた。

 杏奈は深く息を吸い、春の風に背中を押されて門を潜って行く。
 舞い散る桜の花びらに、包まれながら。

 玄関の鍵を回す音が響く。
 誰もいない部屋。
 杏奈は靴を脱ぎ、バッグを床に置くと、そのままベッドに倒れ込んだ。
 大の字になって、天井を見つめる。

「……疲れた」

 式典の言葉も、拍手も、ざわめきも、まだ耳の奥に残っている。
 見渡しても、一人の空間、父も、母も、妹もいない。

「お腹、空いたな」

 起き上がろうとして、視線がテーブルに止まった。
 開いた鞄の中に、母から受け取った茶封筒が見える。

 杏奈は、ゆっくりと近づき、封筒から顔をのぞかせている、クリップでまとめられたコピー用紙の束を抜き出した。
 いちばん上のページに、太めの文字で、タイトルが打たれている。

『彗星群』

 その文字を見た瞬間、胸の奥が、かすかに鳴った。

 彗星。

 今日、何度も頭をよぎった言葉。

「お父さんの“昔の趣味”」

 杏奈はベッドの端に座り直し、ページをめくる。
 その中身、それは物語の脚本。
 文字を数行追うと……

「何……?これ……」

 杏奈の見開かれた目が、その驚きの大きさを物語っていた。

「景色が……見える!」

 短いト書きが、杏奈の視界に情景を映し出してゆく。
 街の雑踏。
 河川敷の砂利を踏み締めた感触。
 北国の冷たい風。
 工場の煙突から立ち昇る、煙の匂い。
 そこに無いものが、詳しく書かれていないのに、杏奈を包み込んでいった。

「人が、歩きよる、話しよる」

 登場人物たちのセリフが、杏奈の耳に届く。
 セリフの前に記された、
(少し俯いて)
(天を仰いで)
(掌を見つめながら)
 という動作を表す短い文字たちによって、セリフに感情が宿る。
 ページをめくる手に、力がこもって行く。

『父さんは、どうして僕をちゃんと認めてくれないんだ!』

『お前は一体、俺の何を見てきたんだ!?』

 劇中の、主役の親子のやり取りが、まるで自分と父の姿に重なった。
 手の震えが止まらない。
 劇中では、父が息子を残して、この世を去る。

「お父さん……」

『父さん、見ていてくれ、あなたの意志は必ず引き継いでみせるから』

 父は霊魂となって息子の側に留まり、見守り続け、時にその手助けをして行く。
 しかし、息子もまた、生死の境を彷徨う状況に追いやられてしまった。

 杏奈の瞳から、大粒の涙が溢れ出し、原稿へボロボロとこぼれ落ちて、ページを濡らして行った。
 文字を、情景を追うごとに杏奈の意識が、物語の中に引き込まれて行く。
 いつしか杏奈は、物語の中の病室に腰を下ろしていた。
 目の前には、ベッドがあり、無機質な医療機器のシグナル音が響く、その間隔はいたって均等だ。
 そのベッドに横たわる人物を見て、杏奈の目がまた、見開かれた。
 物語の中で、ベッドに横たわる息子。
 その姿が、杏奈自身に見える。
 身体中に管を通され、呼吸器を付けた姿で。
 そこに、父親の霊魂が姿を現した。

「……お父さん」

 その姿は、故郷にいるはずの父、幸弘のものだった。
 幸弘は、病室で眠る杏奈に優しい微笑みを向けて語り始める。

『俺の息子であることの重圧は、苦しかっただろう?』
『しがらみは、きつかっただろう?』

 父はそっと手を伸ばして、額を撫でる。

『どこで何をしていても、笑って生きてくれ』
『それが……俺の……お前への、願いだ』

 杏奈は、ただ口を半分開いて、横たわる自分と、寄り添う父のやり取りを見守るだけだった。

 すると幸弘は、顔を上げて、見守っている杏奈に目を向けた。
 ゆっくりと言葉を落とす。

『お前は……俺の……人生の』

 杏奈は、息が詰まって言葉が出ない。

『すべてだから!』

 その言葉は、杏奈の胸を貫いた。
 込み上げる感情が、彼女の体を震わせる。

 息子は目覚め、また父の辿った道の続きを歩み出す。
 今度は見守る父は側にはいない、自分の意思で、大地をしっかり踏み締めて。
 そこで、物語は結ばれたのだった。

 物語の余韻が広がる中、周りの景色はアパートの部屋へと戻ってきた。

 杏奈はため息をこぼす、自分の知らなかった父の姿。

「凄い……こんな凄い言葉、うち、見たことない」

 杏奈はもう一度、ページを読み返す。
 何度見ても没入し、涙が溢れる。

「けど、この言葉」
「お父さんの、本当の気持ちが入ってないと、でてこんよね」

「誰かに、伝えたい相手に」

 もう一度、最後のセリフを読み返す。

「若い時の趣味……うちが産まれた時?お母さんに?」

 最後のページに日付入りでメモ書きがあった。

 1999年9月25日 全日本映画協会脚本賞応募
 2000年2月9日 最終選考30作に選出

「1999年?確かまだ、お父さんが東京でサラリーマンやった頃」

 日付を見てますます謎が深まる。
 自分自身の存在はおろか、母と出会ってすらいない年代だった。

「この言葉を、伝えたい人がおったんね、お父さん」

「もしかして、東京の頃の、彼女さんじゃったりして……」

 そう考えると、さっき自分を貫いた重たい言葉が、ふっと軽くなり、いつしか笑みが浮かんでいた。

 父親の青春の一コマを垣間見て、その欠片の一つを共有できた気がしたからだ。

 杏奈は、テーブルに紙の束を置き、その上に掌を乗せて目を伏せた。

「うちも、こんな凄い言葉を伝えたい人に、出会えるじゃろうか?」

「お父さん?」

 窓の外はすっかり夜の帳が下りていた。
 月明かりが、優しく照らす。

 そして、またたく星空を、一筋の流れ星が横切って行った。

── 第1章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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