第一話 虚数と幽霊
放課後、数多の生徒が足早にクラブに、家路に、はたまた友達と遊びに行ったりと急ぐ中、高めに結んだポニーテールの髪を弾ませながら、一人の少女も足早にある場所を目指し歩いていた。
「美月っ〜ん♪ ちょっと来て〜。」
不意に横切った教室から友人に声をかけられ立ち止まると教室の中から洋菓子の優しい匂いがしていた。
「ちょっと、作りすぎたから食べて〜。」
そう言いながら、クッキーが入ったかごを差し出される。
クッキーをつまみながら、友達の恋の簡単な相談にのる。
「さんきゅ〜。うん、おいしいね♪さつき、お菓子作り、またうまくなった?」
「そうかな? それでね……遠野くん……食べてくれるかな?」
クッキーを咀嚼しながら、ふと考える——遠野くん?あぁ、同じクラスメートの男子か。
「——うーん。大丈夫じゃない?遠野くんは優しいからさ。」
私の言葉を聞き、さつきはパァと明るい笑顔になる。
「だよね〜。遠野くん優しいから、大丈夫だよね。」
「そうそう、大丈夫だって……。」
そう言い、クッキーをもう一枚頂き、また時計塔に向かい、また歩き始める。——先輩に会えると思うと、自然と足が速くなった。
途中、男子生徒からデートの誘いをやんわり断り、先を急ぐ……後ろから
「——やっぱ博士だって♪」
「言ってみないとわかんないだろ——。」
——この私立 六芒学園には、少し変わった場所がある。
新築された三階建ての校舎とは不釣り合いな、古い時計塔。中は部室棟として使われている。
そして――そこには、変人であり天才がいる。生徒たちは、尊敬と揶揄を込めて、彼をこう呼ぶ。
————“時計塔の博士”と
扉を勢いよく開けると、明かりはついていない。夕日の光がカーテンのすき間から入り込み中を照らしている。来客用のソファーの前に木製の机。その先に博士の作業机があるが、その机の上にはまるで知識を体現して積み上げるかのごとく書籍の塔が築かれている。だが、主はいない——。
「——って、いないじゃないですか…………。」
私はため息をつき振り返る——私ですか? 私はこの六芒学園の1年生で、時計塔の博士に恋する敗北者。
天ヶ瀬 美月と申し上げます。
「と、なると……次はあそこですかね?」
敗北者——ですか、それは————またの機会にでも。
部室棟を抜け中庭に目を向けると、喧騒の中で一人だけ周囲から切り離されたようにベンチに座り本を読み耽る姿があった。
「あっ、いたいた♪ 先輩。面白そうな話があるんですよ〜。」
————暫しの沈黙の後
「……次から次へと……まったく。」
本から顔を上げず、その人物は不機嫌そうな声で答えた。
「君も幽霊がとか——言い出すのでは無いだろうな?」
意外だ……私が言うのもアレだけど、こんな話興味がないと思ってたのに。
「? へぇ〜その幽霊の話ですよ。」
「実に下らん。——正体見たり枯尾花だ。」
ですよね~。——って、なんて言いました、さっき?
「かれ…オバ……ナ? あぁ、オバケ?」
本から顔を上げ、鬱陶しそうな視線を向けながら、
「違う。実際は些細な事だって事だ——。」
明らかに不機嫌そうな顔で、メガネ越しに私を見ているのが————私の先輩で“時計塔の博士”こと。
神代 学その人であります。
「……真夜中に部室棟にある旧音楽準備室から、突然、悲しげな音楽が聞こえ、それが途切れると。暗闇の中から、黒髪を垂らした女が這い出してくる。……それは怨念を持った——」
私が精一杯怖そうに話しているのに、先輩は本を読みながら……めんどくさそうに尋ねてくる。
「では、尋ねる。この学園で不幸な事故や事件があったのか?」
しばらく腕を組み思案し、私は答えた。
「私は……知りませんけど?」
ハァ〜と、鬱陶しそうにため息をつき言葉を発する。
「では、何で幽霊が出てくる。0にいくらかけても1にならないように——起点がなければ、それはただの偶像でしかない。」
「偶像……ですか。確かにファンタジーかもしれませんね。」
ここが正念場です。とっておきのカードを切るところは——私はためて、得意げに言葉を紡ぐ。
「……この七不思議が……最近できたとしてもですか?」
先輩は、また黙った。……ダメかとそう思えた時。
「……最近?」
食いついた!まぁまぁ、私にかかればこんなもんですよ〜♪したりげにニヤリと笑い続ける。
「そうなんですよ〜♪ しかも、ここ数週間前からですよ。突如です。」
先輩はしばらく黙り込む——でも、今度は何か思慮した後。パタンと読んでいた文庫本を閉じ、
「——ふむ……理解しかねる。物事には起点があり、そこに至る論理があり——そして事象となる。……逆を言えば、事象が観測されてるなら……そこには起点がある…………必ず。」
翌日の昼休みに、私は先輩と待ち合わせし調査する為、理学部部室に集まり情報を整理した。
「——ところで、怪談話がでた時期にこだわってましたけど、何かあるんですか? たまたまではないんですか?」
「ふむ…………現状、旧音楽準備室の幽霊の噂がある。しかも、これは最近できた七不思議の1つ……だな?」
「そう——ですね。」
「この際、七不思議という数は関係……ではない。引っかかるのは、数あるであろう怪談の中から、何故——今、この怪談なのかということだ。」
「もし仮に“七不思議ブーム”だとするなら……?」
「——他の怪談話が出てこないのがおかしいと?」
「そうだ。 七不思議は他にもあるし——有名なものもあるだろう。でも、語られるのは最近できたものが多い。」
「でもですよ——クラスの子に聞いてみましたが、旧音楽準備室の話だけではないですよ、先輩?」
「———割合は?」
「えっ〜と——20人ほどに聴きまして、旧音楽準備室の話が12、屋上の北階段の話が5、プールで絡みつく髪の話が3です。」
「やはり……旧音楽準備室の話に集中しすぎている。」
「——怪談が、噂されるようになってから、若干日にちも経った…………興味があるヤツは他の怪談についても調べるだろう。」
「だがしかし。……もしも……女の幽霊が——いやそれに代わるものが、旧音楽準備室周辺で……本当に目撃されたなら…………。」
「変わるものって————何です?」
「今の段階では、何ともだな…………。やはり現場に行くしかないか——。」
そして時計塔の2階の理学部部室から3階の旧音楽準備室に向かう、日の光があるとはいえ、人けはなく怪談のせいか何か曰くありそうな感じに見える。先輩は気にせず歩みを進め音楽準備室の扉に手をかけるが——。
ガタンといい扉は開かない。何度かガチャガチャやっていると後ろからか細い声で話しかけられた。
「何を……やっているんだい?」
振り返ると用務員のおじいさんが立っていた。
私たちは振り返り、事情を説明する。それを聞いた用務員さんは親切にも教えてくれた。鍵は校舎の音楽室にあると
先輩は少し考え、用務員さんに尋ねる。
「……教室の鍵の管理は職員室ではないのですか?」
「あぁ、普通はそうだね。まぁ、旧ではあるが音楽準備室だからね……中に古いピアノがあったりするから、管理は音楽部の顧問の先生に任されているんだよ。」
私たちは用務員さんに礼を言い、音楽室に向かい歩き始めた時、用務員さんの声が聞こえる。
「——あまり幽霊、幽霊と騒いでいると……本当にでるかもしれないよ。」
ゾクッと背筋に悪寒が走り振り返る。そこには、にこやかに送る用務員さんがいた。
足早に時計塔から、渡り廊下を通り校舎の方に入った時——雑踏の中、分かりづらいが、かすかに悲しげな旋律が聞こえてくる。どうやら時計塔からのようだった。
何気に腕時計で時間を確認すると1時になろうとしていた、私は先輩に聞く
「——な、何か聞こえませんか?」
「ふむ……時計塔の方からか。微かだが……音楽か?」
私は急に怖くなり、先輩の制服の袖を掴んだ。
「もうすぐ、お昼休み終わりますけど——どうします?」
「——ふむ、続きは放課後……だな。」
————その時、昼休み終了のチャイムがなった。
放課後、私と先輩は音楽室へ
向かっていると、昼間聞いた、あの悲しげな旋律が流れてくる。
「……この曲——昼間の?」
どうやら音楽室からだ。先輩は歩みを速め教室の扉に手をかける。
「ちょ——先輩。まだ————。」
私の言葉が言うが早いか、そのまま教室に突入する。突如の来訪者に音楽は止まり——さまざまな視線が集まる。若い顧問も呆れ困っていた。流石に状況が気まずいと感じた先輩は、声を発する。
「…………ふむ、いい曲だ。」
「あぁ……この曲はラヴェル作曲の“亡き王女のためのパヴァーヌ”だよ。——君たちは入部希望かな?」
「——いや、失礼した。練習——頑張ってくれたまえ。」
教室から退出し、部活動の休憩時間まで待つ。数十分、私が一方的に話をしていると、演奏は止み、休憩時間なのか生徒たちが教室からゾロゾロ出てくる。その中に知っている顔を見つけ話しかけた。
「姫子〜。練習、お疲れ〜♪」
「——あぁ、美月。さっきはびっくりしたよ、急に突撃してきたからさ〜……博士が。」
私たちはプッと吹き出し笑い合う。当人が少し離れた所にいることなどお構い無しだ。笑い声をこらえながら美月は訪ねた。
「——はぁ~笑った。ところでさ〜さっきの曲の事だけど……。」
「ん? 演奏してた曲のこと?」
「そうそう——アレって、最近話題の怪談の悲しげな曲じゃないよね?」
私は、声のトーンを少し落としながら言う。
「あぁ、私は詳しく知らないけど——そういうの好きな娘が噂してるの聞いたわ。……まったく迷惑な話だよね〜。」
「——どういう事?」
「“亡き王女のためのパヴァーヌ”は、音楽コンクールの課題曲だからさ……変な噂が立って、怖いから演奏したくない——みたいに言い出すやつまで出てるわけよ。」
姫子はそう言うと、小さくため息をつき、続けた。
「——3年生の先輩にとっては、残り少ない晴れ舞台なんだからさ。そんなこと言ってられないのにね。」
「そう、なんだ……。」
「——能登先輩とか、今回ピアノのソロパートがあって、プレッシャーもすごいんだけど——それを跳ね除けるように自主練してるっぽいしさ。あんな姿見たら、私も頑張らないとって思うわけよ〜。」
私は姫子の想いを聞き、うんうんと頷いた。——って、先輩は何処に行ったのでしょうか?
——一方、博士は音楽室より少し離れた所の壁にもたれかかり、外を……空を眺めていた。午後の穏やかな空……中庭のお気に入りの場所で寝そべり読書に耽ると、さぞ気持ちいいだろうと思いを馳せるが、喧騒が邪魔をする。
「この後——どうする?駅前のミスドでも行く?」
「——いいね。」
「LINEの登録しよ」
「え? どうするの? 私こういうの苦手で……」
「わかった、やっとくね♪」
「——あのパート難しすぎだって。」
「まぁ、練習するしかないじゃん?」
「——君? お~い……君。」
意識を戻すと、目の前に先ほどの若い優顧問が、私に話しかけてきていた。そのままの姿勢で軽く会釈をする。顧問は優しげな笑みを浮かべ続けた。
「音楽に——興味はあるのかい?」
「——教養の範囲でだな。でも……たまにだがクラシックを流しながら読書をすることもあるか。」
顧問は私の隣に移動し、壁にもたれながら尋ねてくる。
「何を? バッハ? ベートーヴェンかな?」
「サティの“3つのジムノペディ”とか……か。」
「へぇ〜。エリック・サティか。静かでいい曲だよね。」
まるで子供のように目を輝かせている……。
「——そう言えば。旧音楽準備室の鍵を借りたいのだが——何処に?」
「? 鍵なら僕の机の右に柱があり——そこに掛けてあるよ。……あそこには古いピアノがある意外は、物置になってるだけ、だけど——何か用が?」
「——先生が管理しているわけではないのか?」
若い顧問は肩をすくめ答える。
「——管理と言っても形だけだよ。——まぁ、音楽部員なら誰でも持っていけるし。他の生徒は場所だけに、僕に断りを入れてくるけどね。」
しばらく互いに沈黙…………。顧問は遠くを見るような目で博士に語りかけてくる。
「こんな事言ったら怒られそうだけど——やっぱり男同士で話す方が気楽でいいね。」
「僕って若いだろ——君たちとそんなに変わらない。比較的——音楽部には女生徒が多い。友人からは羨ましがられる事もあるけど……変に気を使わないといけないから……疲れるよ。」
博士は、黙って話を聞いている。
(気持ちはわかる……うちにも勝手に絡んでくるヤツがいるしな。)
「——避けられることもあるし、あからさまだと傷つくよ。」
音楽部の顧問——松岡先生に旧音楽準備室の鍵を借り、私たちは旧音楽準備室へ向かった。
向かっている途中——廊下の影で、旧音楽準備室を探るように隠れている怪しい男子生徒がいた。「——何をしているのか?」と先輩が話しかけると少し焦りながら、写真部を名乗る3年生の男子生徒 安田先輩は怪しい行動の理由を興奮気味に話しだした。
「——俺——見たんだよ、幽霊を!」
私は息を呑んだ。——ここに来て目撃者ですか。
「そ、それで写真に撮ってやろうと、ここに張り込んでたんだ。」
「見たって、いつです?」
「土砂降りの日の昼休みに、写真部の部室に忘れ物して取りに行ったんだ——そうすると、何か寂しげな音楽が聞こえてきて。」
「——何かなって、音楽を辿ってみると……。」
安田先輩はひどく興奮しながら、手振り身振りで説明をする。他人から見れば、さも滑稽な感じに見えるのでしょうが、私には怪談話の影響か——その時の恐怖の臨場感を生々しく感じられた。先輩は徐ろに胸ポケットからスマホを取り出し、操作すると音楽を流した。
「——この曲か?」
「…………この音楽だっ——たと思う。」
「——続けてくれたまえ。」
「あぁ——それで辺りの様子を伺っていると、突然——ガタッと音がして、振り返ると……準備室から黒く長い髪を垂らした女生徒の幽霊が——。」
「それは、本当に——昼休みなんだな?」
「あぁ、あまりの怖さに叫びながら校舎まで走って——そこでチャイムがなったからな。」
先輩は、またいつものように黙り込み——尋ねる。
「そう言えば——女生徒と言ったな? 何故わかる?」
安田先輩は不思議そうな顔をしながら答えた。
「何故って——制服を着てたからだよ。変なこと聞くな……博士。」
「——最後に、昨日の昼も張り込んでいたのか?」
その問いに、安田先輩は残念そうに首を振り
「いや……昨日は、メンバーと食堂で、撮影旅行の計画を話し合ってた——。」
「——そうか。」
私たちは、安田先輩に別れを告げ、曰くの旧音楽準備室の前に立った。
「ここまでは——最初に立てた仮説通りだ。だが、不確定要素もある。——中を観測すれば——証明することができるだろう……恐らくな。」
中に入ると、雑多に置かれた物の山の中に、ピアノと折りたたまれしまわれている寝袋。そしてCDラジカセがあった。
CDラジカセの再生ボタンを押すと、亡き王女のためのパヴァーヌが流れる。
タイマー予約を調べると、博士は笑った。
「ハハハ…——なるほど。これは…………確かに。誤算だな。」
(私にはただのラジカセにしか見えないのに……先輩はそこから“何か”を読み取っていた。)
そして、先輩はラジカセの中からCDを取り出しケースにしまい、その傍らに置いた。
「とすると……残るは。」
やってきたのは中庭。そこで用務員のおじいさんが掃き掃除をしていた。
「不躾の質問で申し訳ございませんが。学校の七不思議について、何か……ご存じですか?」
「……生徒たちが話をしているのを聞いたくらいしかね〜」
用務員さんは掃き掃除をしながら、穏やかに答える。
「————興味はないと?」
「そうだね……。仮にも私は学校関係者だよ……そんな評判を落とすような話するわけないだろう?」
「では、何故……昨日音楽準備室の前で、あまり幽霊、幽霊と騒いでいると……本当にでると、話してきたのですか?」
掃除の手が止まり、こちらを見つめる用務員さん———まるで時が止まったかのように思えた。そして——ゆっくりと何かを話し始めようとした時、先輩が遮る。
「私が聞きたいのは2つだけです。——1つはこの曲だったか?」
そう言い、胸ポケットからスマホを出しパヴァーヌを流した。用務員さんはしばらく音楽を聴くと頷いた。それを見て先輩は続ける。
「——これを聞いたのは真夜中ですよね?」
「そうだね。見回りに出る時に時計を確認した……確か12時に部屋をでたから……真夜中だね。」
「それだけ、聞ければ特に問題ではありません。」
私たちはその場を後にした。
「仮説は立証された。……これ以上、調査を続ける必要性がない。」
「……たが、2〜3調べてほしいことがある。」
「はい……何でしょうか?」
次の日の放課後、二人は旧音楽準備室の扉の前にいた。
ノックをすると、小さい返事とともに女生徒が出てくる。
「——何でしょうか?」
「いや、何……少し話を聞きたくて。能登 英子先輩。」
「…………疲れているの——またの機会にしてくれる。」
扉を再び閉めようとするのを遮り、先輩は言う。
「“旧音楽準備室の幽霊”について……ですよ。」
「————入って。」
肩を少しビクッとさせると、能登先輩は二人をなかに招き入れた。
二人は中に入り、テーブルに能登と向かい合うように座る
「最近話題の“旧音楽準備室の幽霊”のはなしはご存じですか?」
「————噂程度なら……。」
「真夜中に部室棟にある旧音楽準備室から、突然、物悲しげな音楽が聞こえてくる。そして暗闇の中から、黒髪を垂らした女が這い出してくる。」
しばらくの沈黙の後、先輩は能登先輩を見つめていたが
(前髪が長く、瞳の状態を確認できないな……。)
「…………すまない。」
不意に先輩は能登先輩の頬に左手で触れると、右手で顎をクイッと上げ、目元に親指を当てて瞳を覗き込んだ。
「ふむ……充血しているな。少しクマもある。まぶたの開閉も遅い……少し指の震えもあるな。練習量が相当だな。」
「ちょ、な、何してるんですか!?」
私は焦りながら先輩を、少し強引に能登先輩と引き剥がす。
(キス……するのかと思った〜。興味ある事になると周りが見えなくなるの変わってませんね。しかし今のは、認められませんよ!!)
能登先輩は突然の事で少し頬が赤くなっている。
「——やはりな。コンクールの発表が数週間前、真面目な君のことだピアノのソロパートがあるというので、自主練習に励んだのだろう……緊張とプレッシャーで寝不足となり、3日だ」
「——疲労が出てくる頃だろう。外は酷い雨……数週間で酷い雨の日は一度だけ。その日が君の疲労のピークと重なる。ここにあるCDラジカセで、タイマーを昼休みが終わる15分前…………12時45分にセットし眠りにつく。」
「そしてタイマーで起き、朦朧と起き出して、向かう先は……。」
「そう、洗面所だ……この向かいには手洗い場がある。近いので油断したのだろう……寝起きの髪を垂らしうつむきながら外に出る……。」
「そこでだ。外は酷い雨……薄暗く。昼は人けのない部活棟だ……。でも、不幸にも目撃者が出る……」
「————そう幽霊(君)のだ。」
「不幸な写真部だ。さぞかし…………肝が冷えたろうな。」
「しかも……君は、もう1つ怪談を創り出す。」
先輩は、ここまで話すと能登先輩の様子をうかがう。
「——? もう1つ? 何の話?」
その言葉に、能登先輩は不思議そうな表情を浮かべる。
「…………怪談の冒頭を思い出してほしい。」
「最初の方ですよね? ——真夜中に部室棟の旧音楽準備室から、物悲しげな音楽が——」
「——あぁ!!」
私は思わず、気づき声を上げた。
そうだ……あの部分が、怪談話と違う。
「そうだ……真夜中だ。先ほどの話は昼休みの話。噂と違う。」
「でも、噂って——」
「尾ひれではない。……それであれば用務員の話と食い違う。」
「そうでした……用務員さん。夜に音楽を聞いたと……。それが能登先輩と関係あるんですか?」
「最初は関係ないと思っていたが——準備室のCDラジカセを調べた時——予想外すぎて笑ってしまったがな。」
「先輩……あなたは機械の操作が苦手ですね? あなたの友人から確認を取りましたが——。」
「え? えぇ……それが、何です?」
「CDラジカセのタイマー設定…………12時45分に設定しましたよね?」
「えぇ、そうよ。それが…………! もしかして……」
能登先輩はバツが悪そうに、俯いた。
「——そう、あのCDラジカセのタイマー設定、午前午後の両方の設定になってました。」
「だから…………夜中に音楽が。」
「事象の存在は2つ——1つは写真部の観測事項。1つは用務員が言っていた真夜中の“亡き王女のためのパヴァーヌ”——そして存在する怪談は1つ。……導き出される答えは合成された偶像だ。」
しばらくの沈黙ののち、先輩が尋ねる。
「最後に、君に……1つだけ聞きたいことがある。」
「ま、まだ……な、何か?」
「どうしても……理解できないことがある。…………それは“何故、部活棟の旧音楽準備室”なのか……だ。」
「音楽部には新しく綺麗な部室があるはずだ……。しかも部活棟は音楽室からは遠い……効率を考えると非効率すぎる。」
「そ、それは…。そ、その……。先生が来るかもって——。」
「なるほど……確かに、寝てるとこを顧問に見つかったら怒られるな。」
女生徒は赤面し、俯き……勇気を振り絞るように言葉を発する。
「いや……顧問だとかではなく————」
「それでもだ。——他の部員にでも頼んで起こしてもらえば、大丈夫だろう?」
「いや、だから……」
先輩に心情を伝えようとしている能登先輩を見て——能登先輩は、おそらく顧問のあの優しそうな先生の事が好きなのだ。だから、寝顔を見られるのが——自分の無防備な姿を見られるのが恥ずかしかったのだろう。だから、あえて遠い——非効率的な、部室棟の旧音楽準備室で寝てたのだ——でも、先輩には伝わらない——。
————あぁ、この人はまるで私の幻影みたいだなと感じた。そう思った時、心がチクリと痛み、少しイラッと心がざわつく。——それは私にであり、先輩にであり、先輩の能登先輩への行動だったり……そんな有象無象な嫌なものだ。
最初に怪談話を聞いて、仮説を立て真相に辿り着けるほどの頭脳があるのに、何でこの人は恋心は解からないのだろうか?私は呆れながら、先輩の首根っこを掴んだ。
「もう、いいでしょう……。」
「まだ、終わって————」
「もう、終わってます!! あらかた……では、失礼しますね。——コンクール頑張って下さい♪」
理学部部室に向かう廊下にて
「まったく……まだ終わってないと言うのに……。」
一生かかっても、恐らく理解できない内容であろうモノに、執着している先輩に呆れながら私は言う。
「……デリカシーのかけらもないんですね♪」
「ん?」
先輩は立ち止まる。私は歩みを進めつつ——ため息を混じらせながらつぶやいた。
「……乙女心ってもんですよ。」
少し考え込む先輩。
(デリカシー……乙女心? 寝顔?)
(…………あぁ、数週間前……)
中庭から運動部員たちの喧騒から逃れるように、半場諦めの気持ちで読書の続きを部室で行おうと戻ってきた。鍵は空けてある——特に取られるものなどないから。扉を空け中に入ると私の作業机の前の来客用のソファーに腰掛け机に突っ伏して寝息を立てているものがいた。——美月だ。天ヶ瀬 美月——この1年の後輩は、やたらと私に絡んでくる。元々、私は人付き合いが得意ではなく、社交的な会話も煩わしいと思うほどだ。——なので、親しい者も少ない。部室に諦めの気持ちで戻って来た理由も彼女だ。——まぁ、静かにしているなら、咎める理由もないな。
寝ている美月に近づき、着ていたブレザーをそっと掛けてやる。——今思えば、何故そのような行動をしたのか……理解しかねるが、私は何事もなかったように作業机にある、椅子に腰掛け本を読み始めた。
数分後目覚めた美月が、私に気づき少し赤面をしながら口元を確かめ、うつむきながら訪ねる
「寝顔見ました?」
「あぁ……目に入ったと言うのが正しいか。」
やましいことは無い——事実を言っているだけだ。ニヤッと笑う美月特有の、何か良からぬことを考えている——もしくは思いついた顔だ。
「もう、デリカシーないんですね〜♪ 無防備な乙女の寝顔見るなんて……。」
「………………。ここは私の部室だ。デリカシーがないのは君だろう?」
美月は机に前のめりになりながら反論する。
「それとこれは……そう、重さが違うのです。寝顔をみられる方が何倍も恥ずかしいんです!」
当時は、何を言っているのかと思った——正直。
(……なるほど、異性に寝顔を見られることを、恥ずかしいと思うこともある……か。)
しばらく黙りこくっていた先輩は、急にニヤリとうすい笑みを浮かべる。——多分、私にとってろくな事で無いことは容易に想像できた。
「急に何ですか? 笑っちゃって……。」
「何。やはりアレだな……正体見たり枯尾花だな。」
「……?」
そんな話をしながら、私たちは時計塔の理学部の部室に戻っていくであった。
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。