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十四を数える

奥井晴弥

21,115 字

政治哲学ファンタジー

"「指の数」が世界を分かつ。効率と美学、割り切れない均衡を巡る三世代の物語。"

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第九章 失言

農地の改革は急務ではあった。
だがそれが効くのは早くても翌年以降の話だ。
今、多くの民が、飢えで死の淵にいる。それこそが喫緊の課題だった。各地からの報告によると、畑が枯れたのは全土ではなかった。西部の穀倉地帯は持ちこたえている。食糧はたしかに足りない。しかしそれ以上に、届いていないのだ。

オットーとアウグストは閣議に提案を出した。食糧の流通を、国が一時的に管理する。配分を十二の計算で最適化する。どの町にどれだけの穀物を、どの経路で送れば、最小の犠牲で冬を越せるか。
アウグストの数字は明快だった。流通経路、輸送量、配分比率。十二で計算すれば、割り切れる。どの町にも、最低限の食糧は届く。

しかし、クレメンスは認めなかった。
「流通の管理統制はたしかに必要だ。だが十二の様式は許さない。十四の様式でやれ」
閣議が凍った。
流通の帳簿は、とうの昔に十二で動いている。商人は十二で数え、倉庫は十二で管理されている。いまさら十四に戻せば、現場が混乱する。
「宰相。流通はすでに十二で動いております。いま切り替えれば、配給が遅れます」
アウグストが数字を出した。十四に切り替えた場合の遅延日数、その遅延が生む餓死者の推計。
クレメンスは数字を見なかった。
「多少の犠牲は、やむを得ない」
クレメンスはそう言った。
「十二の流通は民が望んで、民の手でやった。それは構わない。農地の改革も、今や民が望むことだろう。だが国家が表立って十二の流通統制を行うのは、十二をただの制度ではなく、思想として広めるのに近い。そうなれば、この国から十四は消える。いや、民は十四を奪われた、と感じるだろう。多少の犠牲は、必要だ」
その言葉に、議場は沈黙した。オットーは、自分の耳を疑った。

オットーは夜、一人で考えた。
クレメンスの言葉を、何度も反芻した。「十二をただの制度ではなく、思想として広めるのに近い」
論理としては、筋が通っている。たしかに、十二の流通を整備はしてきたが、強制はしていない。民が選んだ。
国家が十二で統制すれば民は十四を奪われたと感じる。それはそうかもしれない。その危惧は理解できる。
だが「多少の犠牲は必要だ」これは正しくない。正しくないはずだ。

クレメンスの発言は、議場の外に漏れた。
「宰相は、十四を守るためなら民が死んでも構わないと言った」
偏った引用ではあった。だが、たしかに言ったことだ。
飢えた民の間に、怒りが広がった。十四を守るために民を殺す気か。あの老人は十四に取り憑かれている。踊りしか知らない老人が、民の命を踊りの道具にしている。
オットーの名が叫ばれ始めた。オットーに任せろ。オットーなら十二で救ってくれる。

アウグストは、その声を自分の執務室でも聞いていた。窓の下を通る民の声。
数字も見ていた。餓死者の数、流通の遅延、倉庫の在庫。どの数字も、一つの方向を指していた。
かつて自分が尊敬した宰相は、数字の届かない場所で語っている。十四の伝統、民の魂、失われる美しさ。言葉としては理解できた。だが言葉と数字が噛み合わない。
言葉と数字。実務家として選ぶべきはどちらか、アウグストは学んできた。十二で動く帳簿、十二で回る流通、十二で最適化される配分──それを整えるようにと言ったのはクレメンスだった。クレメンスから学んだはずだ。
あの人は老いた。アウグストはそう結論づけた。悲しかった。だが悲しむだけでは、民は救えない。
アウグストがオットーの耳元で言った。
「もう限界だ。あの人がいる限り、民が死ぬ」
オットーは黙っていた。
「俺が閣議で不信任を出す。君は何も言わなくていい。ただ、止めないでくれ」

閣議でアウグストが立った。
宰相の不信任。流通統制の妨害。餓死者の増加。数字を並べた。どの数字も正確だった。
閣議の目がオットーに集まった。
オットーはクレメンスを見た。小さな男が、宰相の椅子に座っている。

オットーは口を開いた。
「……民が、飢えております」
「宰相閣下。あなたが十四の伝統を守ろうとするのはわかります。私とて、十四を捨てたくはない。ただ、今のあなたは、十四を、貶めている」
貶めている。思わず口をついて出た。その言葉を自ら反芻したとき、オットーの脳裏にある考えがよぎった。
──まさか。
「……考えすぎだ。オットーよ」
クレメンスはオットーを見ながら、そう言い、鼻と顎をさすった。
オットーはそれ以上、何も言えなかった。

クレメンスは辞表を出した。抵抗はなかった。弁明もなかった。
首都を去る日、クレメンスは誰にも会わなかった。

翌日、オットーは御者に行き先を告げた。
「宰相の、クレメンスの屋敷へ、向かってくれ」

── 第10章 了 ──

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