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○○がない

奥井晴弥

30,923 字

企業成長物語、群像劇、ヒューマンドラマ

"言葉にできない「らしさ」を求めて、中小企業が辿り着いた答えとは。"

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第十話 型がない

今日はパーパス策定プロジェクト会議の五回目や。
出荷のパートさんに二時間分の仕事を指示して倉庫を出ようとしたら、パートの山本さんが言うてきた。
「黒木さん、昨日届いた小さい方の仕切り板、バリがちょっと目立つ気がするねんけど、後で見てくれる?」
「ありがとう。後で見ときますから、何個か、作業台の上に出しといてくれますか?」
山本さんにそう伝えて、倉庫を出た。

この前の第四回会議、会社の将来像を表す言葉を、みんなで持ち寄ることになっとった。
その会議で田所さんは、席につくと開口一番切り出した。
「すんません、自分は何も思いつきませんでした。ほんますんません。でも、その代わりというか、営業の若い子から、面白い話を聞いて。なんでうちに入ったんか聞いたら、社長が悩んではるように見えたから、って言うたんですわ」
「なんやそれ思うて、そんなん嫌やろって聞いたら、その方が面白そうやて。自分にはようわからんけど、そう思う子もおるみたいで」
営業の若い子っていうたら三人ほどおるけど、そういうことを言いそうなのはたぶん、谷村さんやろな、と思った。

社長は、苦笑いをしとった。
それが田所さんが一つも思いつかんかったせいなのか、悩んではるように見えたからという話のせいなのか、わからんかった。
でも、どことなく、嬉しそうに見えた。

その後、田所さんだけやなくてみんな、三つは無理やった、って言うて一つずつ挙げた。
僕は、無理やったのはたぶん嘘や、と思った。田所さんが思いつかんかったと言うたから、みんな無理やり三つ考えてきたけど、そん中でいちばんマシなのだけ言うとこ、と思ったんやと思う。僕も、正直自信ないわ、と思っとったから。
坂上さんは「長く愛される商品」。佐藤さんは「新しい定番を創る」。僕は「小さな工夫を届け続ける」。
僕は、どれも悪うない、でも、少しずつ、何かが足らん。そう思った。

坂上さんが「長く愛される商品」という言葉に添えて、言うた。
「前回の会議で、社長に合ったやり方があると思うと言いました。あの時はあまり触れられませんでしたが、実は社長に代わってから、新しい金型がほとんど増えていないんです」
「私はそれはそれで、悪くないと思います。今のところそれで十分、会社は食えています。次の商品は社長らしいやり方で、時間をかけて創り上げれば良いと思います」
坂上さんが言葉を選んだのが、わかった。

社長は僕らの話を聞いたあと、しばらく黙ってから、口を開いた。
「香田さん、すみません、今日はここまでで良いですか。少し、考え直したいです」
──僕ら四人の社員は目を丸くして、社長と、香田さんを交互に見た。
「わかりました。皆さん宿題も進まなかったようですし、仕切り直しましょう」
──社長と香田さんを残して、会議室を出た。

「坂上さん。新しい金型が増えとらんの、なんでやと思いますか?」
会議室を出て少し行った場所で、坂上さんに聞いた。
「うーん、会長は一人で新しい商品のことは決めていたみたいだけれど、社長はみんなの話を聞こうとするから、ですかね。社長の良いところだとは思うけど……」

それを聞いた田所さんが、ぽつりと言うた。
「会長のころは、良かったわ……何も考えんでも、売るもんがあった」

──僕には、その言葉が、少し引っかかった。思わず、声が出た。
「そうですか?僕は、会長のころいろいろ聞かれました。これ、どないしたら良い?どこに置こう?って。僕は、何も考えんで良かったことはないですわ」
ちょっとだけ、語気が強くなってもうた。

「なんやて?そういうことが言いたいんちゃうわ。わかるやろ?社長が頼りない、って言いたいねん」
田所さんが怒った感じでそう言うと、佐藤さんが割って入った。
「すみません、たぶん、会長がやっていた商品開発を引き継ぐ先が、決まってないんです。田所さんが持って帰ってくる声を拾って、形にする、商品開発の型がないんです。社長に合った、商品開発の型が」

それを聞いた時、はっとした──会長が僕に聞いとったのは。

「すんません、みんなで一回、会議室、戻りませんか」
僕は、みんなにそう言うた。

会議室のドアをノックすると、社長が、はい、と返事をした。
「黒木です。ちょっと、気になったことがあって。いいですか」

ドアを開けると、社長と香田さんが話しとるとこやった。

「すみません、次の会議で、社長がどうしたいか、どういう会社にしたいか、聞かせてもらえませんか」
僕は、続けて言うた。
「あと、新しい商品を作るときの段取り、その型を、みんなで話し合って考えませんか」

会議室が一瞬、静まりかえったと思ったら、香田さんが声を発した。

「──ちょうど今、社長とそういう話をしていたところです。ありがとうございます」

「すんません、出過ぎたことを言うてしまって。僕はただ、段取りの話をしたかっただけで。どういうお客さんに届けるかがわからないと、段取りも、具体的に何をしたら良いかも、わからん、それと同じやと思って」

僕がそう言うと、香田さんは別の質問を返してきた。
「でも、新しい商品を作る……商品開発の段取りは、それとは別の話ですよね?」

「ああ、そうかもしれません、でも、僕の中では、つながってる話で。うまく、言えへんのですけど……」
そう言うと、社長が引き継いで言った。

「俺も、そう思う。次、俺がどうしたいか、話します。みんなもどう思うか、聞かせてほしい。ありがとう」

僕はそのあと倉庫に戻ると、パートさんに集まってもらった。
今日は早いですね、とみんなに言われた。
僕は、僕がおらん時に困ることは何か、みんなに教えてほしい、と言うた。

それから一ヶ月が経った。
山本さんが今日、仕切り板のバリのことを言うてくれた。
前は、なかったことや。

──今日の会議は楽しみやな。

── 第10章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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