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壁の向こうの少年

abejunichi

6,785 字

内面の成長を描く寓話的ファンタジー

"その扉は、君の内側からしか開かない。"

KID Aを改稿した児童文学版

目次(11 章・いまは第 11 章)
  1. 壁の向こうの少年
  2. 第1章 壁の町
  3. 第2章 髪の長い少年
  4. 第3章 壁の声
  5. 第4章 声が出ない夜
  6. 第5章 旅立ち
  7. 第6章 壁の外
  8. 第7章 夢の村
  9. 第8章 英雄はいない
  10. 第9章 声の正体
  11. 第10章 僕の言葉
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第10章 僕の言葉

僕の手に、帰りの切符があった。

世界のまんなかは、まぶしくて、大きくて、きれいだ。ずっと夢見ていた場所だ。

でも僕は、背中を向けた。

壁のむこうに、会いたい人がいる。髪の長い少年の声が、聞こえた気がした。「待っているよ」って。

僕は走った。壁に向かって。来たときの何倍も速く走った。砂の道も、枯れた森も、誰もいない平原も、風みたいに走り抜けた。

町が見えた。壁が見えた。

町にもどった僕は、初めてわかった。壁は、外からまもるためにあるんじゃない。壁は初めから、中から開けられるようになっていた。内側に、小さな取っ手がついていた。さびていたけど、動いた。

でも、それだけじゃなかった。

僕は、壁の前に立った。両手を壁に当てた。石の冷たさが、手のひらに伝わった。ごつごつした石の表面。雨のにおい。苔のにおい。

そして、歌った。あの出鱈目の歌。意味のない歌。髪の長い少年とつくった、僕らだけの歌。

声は小さかった。震えていた。でも、出た。

あの夜、のどの奥で固まっていたものが、少しずつ、溶けていくのがわかった。

壁が動いた——外の壁じゃない。中の壁だ。胸の奥で、石が一つ、落ちた。

音がした。

こつ。

あの音だ。あの女の子が聞いていた、あの音。誰かが言葉を探している音。

あれは——僕だったんだ。

僕が、自分の中の壁を、一つずつ崩している音。こつ、こつ、こつ。

外の壁の扉が、開いた。僕が中の壁を崩したから、外の壁も開いたのか。それとも、最初から開いていたのか。もうわからない。どっちでもいい。

光がさしこんだ。朝の光だった。

髪の長い少年のすがたは、もうどこにもなかった。

壁の上にも、丘の上にも、湖のほとりにも。

でも、あの歌が、僕の体の中でなっていた。のどが、おなかが、足の裏が、覚えていた。あの少年が残してくれた、たった一つの贈り物。意味のない言葉が、いちばん大事な言葉だった。

もう「壁の声」は聞こえない。

かわりに、僕の声が聞こえる。小さくて、震えていて、出鱈目で、たぶん誰かに笑われるような声。でも、僕の声だ。

僕は壁の扉をくぐって、外に出た。

そして、振り返って、まだ壁の中にいる人たちに向かって、言った。

「出てきていいんだよ。扉は、中から開くんだ」

誰かが顔を出した。恐る恐る、光の中に。

僕はそのひとに手を差し伸べた。髪の長い少年が僕にそうしてくれたように。

あの歌を歌いながら。

こつ、こつ、こつ。

まだどこかで、誰かが言葉を探している。

その音が止まらないかぎり、世界は変わりつづける。

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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