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恋するゾンビの殺し方

蓮海弄花

67,160 字

ダークファンタジー恋愛小説

"恋が成就すれば、私は死ぬ。それでもあなたを愛したい、私の欠陥だらけの愛しき怪物へ。"

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第十章

 静夜さんからの返事が返ってこなくなって、一週間が経過した。旭がどれだけメッセージを送っても既読すらつかない。
 メッセージ送りすぎたかな。
 やっぱり告白なんてしなければ良かったのかな。
 そうしたらまだ静夜さんと一緒にいられたのかな。
 そもそもゾンビになんかならなかったら。
 以前木村教授に言われた強欲とエゴイズムという言葉が胸に刺さって抜けない。
「旭、大丈夫?」
「え? 何が?」
「元気ないよ」
 早見に指摘される。
「大丈夫だよ」
 笑う。
「泣いてるみたい」
「泣いてないよ」
「嘘だよ」
 嘘じゃないよ。わたし泣いたりしてないもん。泣いたりできないもん。ゾンビだから。
「ねえ旭、静夜先輩のこと諦めなよ。壊れちゃうよ」
 早見が旭の肩を掴む。旭はへらりと笑った。
「諦められたら恋なんかしてないよ」
 静夜とのメッセージのやりとりは楽しかったが、最近はそれも無くなってしまって、ただ吸血して、木村研から一緒に帰っているだけ。『いい友達』という看板が無ければきっとそれも無くなっていくだろう。心做しかあれほど馨しかった静夜の血の味もしなくなっていた。
 楽しさと苦しさの天秤が苦しさの方に傾ききって、もう死んでもいいから報われたいと思ってしまった。
『先輩、今日木村研に行きますか?』
 返事は無かった。
 木村研に向かう。シュレディンガーの静夜さん。お願い、居て。
 扉を開くと、そこに先輩の姿は無かった。
 センサーは壊れてしまったらしい。
 避けられてる? 嫌われた?
 ああ、もう仲良く一緒に出かける仲には戻れないのかな。
「木村先生、静夜さん来てませんか?」
「見てへんよ。それより、お前顔色悪いで」
「先生、わたし静夜さんのことが好きなんですけどどうしたらいいと思いますか」
「人選ミスや、他当たってくれ」
 木村研を出て、スマホで早見に通話をかける。
「早見、わたし静夜さんのこと好きなんだけどどうしたらいいかわからないの」
『諦めな。それしか言えん』
「人選ミスったわ」
『それか友達のフリして永遠に先輩に恋してなよ。それが一番幸せなんじゃない』
「うー」
 中庭のベンチに座って、後夜祭のことを思い出す。あのときは時間がゆっくりで幸せだったな。
「旭」
 名前を呼ばれて顔を上げる。
 そこには生田が立っていた。
「生田? どうしたのかな」
 無理していつもの笑顔を作る。
「お前がどうしたんだよ」
「あはは」
 旭は笑った。
「先輩が好きだったの。でも、嫌われちゃったみたい」
「︙︙お前にそんな顔させるようなら、いくら前会長が相手でも嫌われて正解だ」
「先輩のことそんなふうに言わないで」
「まだ好きなのか?」
「好きだよ。たぶんずっと好き」
「――俺も、俺だってあのときからずっと、」
「三峰さん!」
 生田の言葉よりも何よりも、切り裂くような彼の叫び声が耳を劈いた。彼の大声なんて聞いたこともなかったので驚く。
「静夜さん……?」
 中庭を走ってきて、静夜は旭の右腕を掴んだ。
「ちょっと彼女を借ります、生田くん」
「え、え」
「静夜先輩、待ってくださいよ」
 生田の声に振り向きもせず、静夜は旭の腕を引っ張った。
「待てません。失礼します」
 混乱する旭を引っ張って、静夜は早足で生徒会室に直行した。誰もいない生徒会室で、静夜と旭が対峙する。

「あんたも、諦められたら楽だったのにね」
 目の前で旭を連れ去られた生田に、どこから現れたのかどこから見ていたのか、早見がそう言った。
「――諦められたら」
「恋なんてしてない? あんたら三人ほんと似た者同士」

「ど、どうしたんですか、静夜さん」
「あなたから告白されて、僕は恋愛感情といったものがよくわからなくて、お断りしました」
「はい」
「その後も所構わず好意を示されて、何度断ってもつきまとってくるし、少なからず混乱したし、鬱陶しいとも思っていました」
「はい……」
 旭はうつむいた。
「けれど、あなたと距離を置いて感じたものは寂しさと独占欲でした」
 旭は顔を上げた。
 待って、その先は。
「僕はどうやら随分以前からあなたのことが好きだったようです。人の心はうつろいゆくものだという持論は変わっていませんが、今、現在、あなたが他の人のところへゆくことが耐えられません。あなたによると『意固地になって執着してどれだけ時間を浪費しても構わない、それが人生の糧になってもいいしならなくてもいいと思えるのが恋』だそうですね。僕は僕以外の血があなたの体内に入るのが嫌です。どこまで僕が歩いていっても着いてきてくれるあなたに執着しています。あなたのためならこの腕でも何でももいで食べさせてあげましょう。好きです、三峰旭さん。僕と交際してください」
 右腕を引き寄せられて抱きしめられる。
「散々あなたの情緒を狂わせていた自覚もあります。だからもう僕のことが嫌いになっていたなら振り払ってください」
 夢なら覚めるな。時間よ止まれ。
 ああ、でももう、バラけてもいいや。
 あなたの声でわたしを殺して。
「もう約束なんていいですよね、わたしは、静夜さんのことが好きです」
「そうですか。それは良かった」
 その瞬間、旭の中で感情が変化した。
 自分の死を刻みつけて忘れられないようにしたいという信仰に似たエゴイズムが剥がれ落ちて、静夜を想うただ唯一無二の恋心へ。
「先輩、わたしのことはどうか忘れてください」
 そう口にした瞬間、右肩が外れた。成就したのだ。きっと紅茶の最後のひとしずくのような、一番純度の高い恋が、本当の意味で結ばれたのだ。
「ああ」
 左膝がもげる。身体が崩壊していっている。
 あのおまじないは、【先輩と結ばれるまで】だから。
 結ばれた今はもう時効なんだ。
 わたしは本当の恋ができたんだ。
「先輩、たくさん恋させてくれてありがとうございました」
 ひとしずく涙がながれて、首が外れて、旭の意識は消失した。
 生徒会室には、旭の首を大事そうに抱いた静夜だけが残された。

終章 早見夕香の失恋
 早見夕香は三峰旭が好きだった。幼稚園の頃からその眩しさに焦がれていた。恋愛感情を抱いていた。
 けれどもそれを上手に隠匿して、過ごしてきたつもりだった。
 彼女の一番の友人で、一番側に在り続けるために。
 だからこそ月岡静夜が憎かった。自分が苦労して手に入れたそのポジションを、たった一言で掻っ攫っていたのだから。
 しかも早見の想い人は時々途方もなく馬鹿だったから、自分の命を軽々にベットしてギャンブルを始めてしまった。勝っても負けても損しかしないゲームに進んで身を投じたのだ。
 せめて事前に一言自分に相談することはできなかったのか、と言いたくもなったが、どうせ猪突猛進で頑固な旭のことだ、ストップを入れても止められやしなかっただろう。
 そんなところが好きでもあったのだから。
 早見は見当をつけて生徒会室に向かった。
 そこには旭の首を抱いて静かに窓の外を向いて立っている月岡の姿があった。
「満足ですか」
「満足だとお思いですか」
「いいえ。八つ当たりです」
「三峰さんのご友人なだけあって聡明ですね」
「それはもう、あなたよりずっと旭の友人であると言う権利がある私ですから」
「でも僕は恋人ですよ」
「でも旭は死んでるんですよ?」
「黙って死なせるくらいなら恋なんてしません」
「……は?」
「ここに一冊の魔導書があります」
 月岡はどこから取り出したのか、表紙のタイトルが読めない本を取り出した。
「ここに、魔導書を参考に書いた魔法陣があります」
 月岡はポケットから四つ折りにした十センチ角程度の紙を取り出し、床に敷いた。旭の体をなるべく一所にまとめ、カッターナイフで自分の指をやけに慣れた手つきで切りつけた。ぽた、と落ちた血の一滴を確認すると、日本語ではない、英語でもない、なにか特殊な言語で月岡は呪文を唱え始めた。
「ちょっ……と、待ってください、何をしようとしてるんですか」
 月岡はちらりと早見を見遣ったものの、回答はせずに呪文を唱え終わった。
 すると、バラバラだった旭の体が持ち上がり、月岡の持つ首の元に集まった。
 数秒の後、どこにも縫い目のない旭がふわりと目を開けた。
「旭!」
「三峰さん、おはようございます」
「あ? 早見? それに静夜さんも……あれ、わたし、死にませんでしたか?」
「ゾンビを生きた状態に戻す呪文はありませんでしたが、死者を蘇生する呪文はありましたからね。いずれどうにかして殺す予定でした。まあ、死ぬフックが僕と結ばれることだとは夢にも思っていませんでしたが」
「あんたたち、お似合いだわ。サイコパス加減が」
 早見の初恋は終わった。
 背を向けて、「私は生田の処理してくる」と告げて、生徒会室に二人きりにする。

 早見が去っていき、生徒会室には月岡と旭が残された。
「末短くよろしくお願いします、わたしの愛するフランケンシュタイン」
「こちらこそ、よろしくお願い致します、僕の欠陥だらけの愛しき怪物」

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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