EX≒tertius=3:vertical ⊥ coordinate─垂れる座標
●1・赤い狼の終末の想い/フォルテイオの把持
はあぁ……
もう何度、溜め息を吐いたことだろう。
領主の長男として生まれ、家を継ぐことに躊躇いはない。
寄り添うべき伴侶がないのは、妹たちを見ていると寂しくもなるけれども、フォルテイオに歳の近い未婚の娘がいないのだから、仕方ない。
だからこそ、思い出すのも憚れる、あの最悪な一週間で、唯一今も掌に残る、感触。
初めて触れる、母とも妹とも違う触感。
滑らかで、
暖かく、
柔らかで……
チャルマが五歳になるのだから、もう六年は前の事だ。
村で昔に作られた、ヴェントクリングィーロを持って、ビエスたちは現れた。
町では、魔除けの鈴と呼ばれているらしい。
凝らして聴かねば気付かない濁りを、直して欲しいと言われたら、この村の職人ならば色めき立ってしまう。
新作を作るのは楽しい。
けれども、直してまで使われるのは、もっと嬉しい。
それだけだった、はずだった。
初心を奪われたから、なんだろうか?
けれど、君に傍にいて欲しいんだ。
六年ぶりに会った君は、相変わらず無口で。
ルーモ。
君が笑うと、どんな風なんだろう、って思うんだ。
────
●2・頭状花序の花弁の容/フィリーノの塩梅
ひいっ!
チャルマが生まれてから、見ることはなかった夢。
……夢ではないのだけど。
六年前、女神みたいな顔をして現れたビエス。
ヴェントクリングィーロと、兎とを持って。
いつものように家に招き入れて、あんなことになるなんて思ってもみなかったけど、けど、あれかしら?あれはあれでよかったのかしら?
……いや、よくはない。
断じてよくない。
それからチャルマが生まれて、毎日が慌ただしくて、すっかり忘れてたのに、来た。
来るのはわかっていた。
けど、チャルマはまだ五歳。
まだ、十年は早い。
…………なんか、違うのよね。
知ったからなのかしら?
おしゃべりなのも、ワケわかんないこと言うのも、こっちの言うことを聞いてるようで煙に撒くのも、あの時のままだけれど。
子の親と、思うからなのかしら?
優しくなった……って、なかったっ!
ビエスは兎を食べに来ただけなのよ。
ええ、もう下拵えは済んでるから、すぐにでも食べられますよ。
でもね!チャルマが見つからないと、食べさせてあげないからねっ!
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●3・見るは高い家の顔/徒疎かなヴィザーゴ
ふふっ。
いいねぇ。
この村のヴェントクリングィーロの音色は、ほんとにいいねぇ。
尤も、手中のヴェントクリングィーロは、カヴァリーロの作で、彼の高祖父殿の作品と比較すれば未熟さはあるけど、若さゆえの味がある。
それにしても、鈴の一つ一つにフィリーノの容を象った意匠を施すとは……ふっ、馬に蹴られるんだっけ?全くアキラの頭の中は蟋蟀が跳ね回っている。
――――赤黒い、舌が蠢く。
義で己の欲を纏い、醜怪な緑蝋を掲げ、僕に口付ける。
銀盆のヨカナーンの首が過るのは、アキラに毒されたかしら?
ふふっ。
そうだね。
チャルマは頃合いにはまだ遠いけれど、いいよ、助けてあげる。
キニガノゾムナラ、ね。
────
●4・バロックのせいのこうき/カヴァリーロの夜香
へぇ……。
全く、子供と言うのは驚かされる。
自分でも、確かに通ってきたはずなのに、チャルマは次から次へと、なにかを拾ってくる。
「これは月蛾の幼虫だね。これから雪の間、葉っぱの中で、おうちを作ってお休みするんだ」
「ゆきのあいだ?ずっーと?ながいよ?もうチャルマとあそんでくんないの?」
「今までも遊んでくれてたわけではないと思うけどね。……そうだよ。春になったら、大きく羽を広げて飛ぶんだよ」
「はね!てふさん?!」
「てふさんとはちょっと違うけど、お友だちかな?」
「てふさんのお友だち!」
この幼虫は、いったいどこまで大きくなるのだろう。
六年前のあの日。
まだ、フィリーノとは正式に契ったわけではなかったのに、無理矢理ビエスに繋げられ、浅ましくも反応する己れに嫌気が差した。
「……ヴィザーゴとビエスって、同じなのかしら?」
いつの間にか、庭に出てきたフィリーノ。
「でも、あの子のピアス、あの時のあれじゃない?」
「うっ……それっぽい。……ったく、あのやろう」
「ビエスに言っても通じないわよ。それよりチャルマを落とさないかの方が心配だわ。……それにそれ。臭いわよ」
手の中には、羽化した繭、に付着した羽化液。
「紡げば、あんなに綺麗なのにねえ」
「でも、形にしてくれるだろう?チャルマとあの子に、お揃いのなにかをつくってあげよう」
「それはいいわね。なにがいいかしらね。でもその前にちゃんと洗わなきゃだわ」
「それは俺がやるよ」
「ありがとう」
「どういたしまして」
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●5・蝸牛の膜の震わす螺旋/チャルマは無邪気
ほおお!
でっかいおやま!!
まほうのじゅもん!!
とりさん、ばさぁ!って!
すっごくたのしかったの!
でもね。
ほんとは、てふさんみられなくてなきそうだったの。
なみだがでてきそうで。
でも、ないちゃいけないっておもって。
そしたら、あきらがおそらにつれてってくれたの!すっごくうれしかった!
だからね。
おれいにね。
かかは、りょうほうのおみみにみみかざりをしてるけど、あきらはいっこしかしてないでしょう?
だからね。
ひろってきてあげたいの。
チャルマしってるんだよ。
みずうみにあきらのみみかざりとおんなじやつが、ときどきおちてるの!
あっ!
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