第十一話 手札がない
前回、村井社長が会議を止めた。
四人の社員が会議室を出た後、村井社長は力ない声で、私に聞いてきた。
「香田さん。たぶん、パーパスの策定ではなかったような、気がしませんか」
それを聞いて私は一瞬、言葉に詰まった。
言葉に詰まった後、一つの問いを返した。
「──社長は、どうしたいですか」
素人の問いだ。
社長がどうしたいかをそのまま聞くなど、私の商売としての言葉ではない。
ただ、そう聞くしかなかった。
「わかりません……いや、わかっていなかったのだと、思います」
村井社長は静かにそう言うと、遠くを見るような表情を見せた。
──私は、あの経営相談会の翌週、村井社長に二度目に会った時のことを思い出した。そして、それを口にした。
「社長。正直に言いますね。社長は、自分がどうしたいのかを見つけられていない。それが私の、村井社長への、最初の印象でした。だから……」
「──だから、パーパスの策定、だったんですよね。きっと」
村井社長は私の言葉を遮り、そう言った。
そうだ。あの時、直近五期の決算書を見て、この会社に差し迫った危機はない、と感じた。売上はほぼ横ばいではあるが毎年微増で推移し、赤字の年はなかった。資金繰りにも不安な印象はない。
だが、私は村井社長に二代目社長によくある、創業者へのコンプレックスと、自らのリーダーシップへの不安を見てとった。
そこに私は、パーパスの策定という手札を置いた。
村井社長もそれを求めているはずだと、疑わなかった。
──その時。四人の社員が会議室に戻ってきて、社長がどうしたいか聞かせてほしいと言い、商品開発の段取りを考えたい、と言った。
村井社長はそれに、「俺も、そう思う」と返した。
四人の社員が部屋を出ていった後、村井社長は言った。
「香田さん。私は今、次は自分がどうしたいか話す、そう言いました。でも、さっきも言ったように、何を話すかはまだわかっていません。でも、次までに考えます」
私は、今ここに置ける手札はない、と思った。
「わかりました。次は、私は会議のファシリテーターではなく、オブザーバーとして参加します。村井社長の思うように、進めてください」
そう言って次の会議の日程を確認し、二人で会議室を出た。
そして今日は、その第五回会議だ。
答えが、ムライ化工の中に、村井社長の中に、あるのかはわからない。
開始時刻の五分前に会議室に着き、ドアを開けた。
そこでは、村井社長と四人の社員が話していた。
四人の社員はいつも、開始時刻ギリギリに会議室に来ていた。それが、今日は五分前より早く、会議室に来ている。
これまでの四回の会議では、なかったことだ。
「お疲れさまです。皆さん、今日は早いですね」
私がそう言うと、村井社長が答えた。
「はい。三十分早く集まってもらって、みんなの話を聞かせてもらっていました。その代わり、今日は三十分早く終わりますので、すみません」
「みんなの話、ですか?」
「はい。私がどうしたいと言ったところで、結局、それは本当じゃないな、と思って」
「どういうことですか?」
「私のやりたいことは、この会社を少しずつ成長させながら、残していくことです。やりたい、というより、やらないといけない、に近いかもしれないです。あまり面白くないですよね。ただ、それ以上に使命感を感じられることがない」
「だからそのためには、みんながどうしたいか、この会社をどう思っているかを聞かないと。そう思ったんです」
論理には、飛躍がある。だが、村井社長らしいと思った。
「香田さん。今日は私が、みんなの話を聞く回です。次回、私がパーパスとして一文にまとめてくる。それが、私がどうしたいかの答えです。それで良いですよね?」
村井社長がそう言うと、四人の社員も笑顔でうなずいた。
私は、社長一人ではなく社員みんなの意見を集めて決めたという形式をとろうとした。
その手札も、間違えていたのかもしれない。
社長と四人の社員の話が一巡して会議が終了予定時刻に近づくと、私はコメントを求められた。
「──えーと、今までで、一番良い会議だったと思います。私の出る幕ないですね」
「だから、下手にまとめたりアドバイスをしたりしたら、折角話し合ったことの良さが消えそうなので、やめておきます」
これは本心だ。この会議で私が言うべきことは何もない。
「香田さん、そらあかん、ちゃんと仕事してください」
田所さんがそう言うと、全員が笑った。
私も笑いを返したが、内心笑えなかった。私は何のために仕事をしているのか。
四人の社員が会議室を出ると、村井社長が私に声をかけてきた。
「香田さん、ありがとうございます。このプロジェクトをやっていなければ、今日の会議は永久に無かったと思います」
「いえ、私は何もしていないので」
「できれば、黒木が言っていた商品開発フローの話も、相談できませんか」
「わかりました。ただ、今はパーパスのことを考えた方が。」
そうは言ったものの、パーパスについて今、私が置くべき手札はない。
「ですが、今日なら私にはあと、予定外の三十分があります。ひとまずその間、商品開発フローの壁打ち、やっておきましょうか」
私は次の手札を、置いてみることにした。
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