← 作品ページへ戻る

PLANET LAND - 彗星から惑星へ -

NOB

143,163 字

青春群像劇、成長物語

"彗星のように駆け抜けた日々を終え、彼女は仲間という重力の中で、自らの軌道を描き始める。"

← 右から左へスクロール

第11話 幸福の島

 志織との会食を終えた後の帰路。
 スマホを覗いたミナが、管理しているプラネットランドのSNSアカウントの通知のバッジに気づき、何気なくDMを開いた。
 送信者の名前を見て、ミナが小さく声に出す。

「田澤幸弘って……」

 隣でスマートフォンを覗き込んだ杏奈が、すぐに反応した。

「うちの父です」

「え、なんだろうね?」

 杏奈は肩をすくめる。
 父がサークル宛てにメッセージを送ってくる理由が思い当たらない。
 ミナがメッセージを開いた。

 拝啓
 六星大学演劇サークルの諸君。
 私は、ある時は久羽乃町観光協会理事、またある時は久羽乃町商工会会長にして、洋食レストランいずみ亭店主。
 その実体は、田澤杏奈の父
 幸弘です。 

 そこまで読んだところで、杏奈が顔を覆うと、ミナも苦笑して返す。

「恥ずかしい……」

「面白いお父さんだね」

 ミナはそのまま続きを読み上げた。

 皆様には、娘が日頃から並々ならぬご厚情を賜り、誠に有り難く存じ上げます。

 この度、折りいってご相談があり、メッセージを送らせていただきました。

 と申しますのは、我が町で毎年行われている「くばの湧水まつり」にて、地元の有志劇団「澄水座」(すみずざ)の公演があります。

 そこに、皆様を助っ人として、ご参加いただけたらと、御連絡をさせていただきました。

 開催日は一ヶ月後。
 ちょうど皆様の長期休暇に当たると思いますので、事前に合宿も兼ねてお越しいただけたら、こんなに嬉しいことはございません。

 添付ファイルに、台本、各設定資料を用意しております。

 ご査収の上、良きお返事が頂けることを、期待しております。

 敬具

 追伸 星よ、導きたまえ!

 読み終えたミナは、スマートフォンの画面から顔を上げた。
 車の中は、一瞬だけ静かになった。
 そして、ミナがぽつりと言う。

「……めちゃくちゃ本気のやつじゃん。」

 車内の空気が少し変わった。
 杏奈の父からの妙に本格的な依頼に、皆の意識が一気に引き寄せられている。
 ハンドルを握っていた宮坂が、前を向いたまま口を開いた。

「でも、最後の言葉、なんだろ?」

 後部座席から峯岸が呟くと、聡志も首を傾げる。

「星よ、導きたまえ」

「何かの合言葉かな?」

 ユズがスマホを取り出した。

「検索してみるわ」
「あった、昔の映画のキャッチコピーらしいわ、八つの玉の話」

 ミナがすぐに反応し、運転席の宮坂が軽く笑う。

「うちら六人だよね」

「なんの意味があるんだろう」

 杏奈は苦笑いを浮かべて、聡志に顔を向けた。

「……特に、意味はないと思います」

「そうなの?」

「たまたまその時に思いついたんでしょう」
「そんな人です」

 ミナはスマートフォンの画面を閉じた。

「ひとまずみんな、解散して」
「うちに帰ったらみんなに回すよ」

 車はいつしか、神戸の海沿いの夜景を離れ、閑静な学生アパートが軒を連ねる町へと戻ってくる。
 聡志が降りると、窓越しに軽く手を上げた。
 後部座席の杏奈が、少し身を乗り出す。

「んじゃ、おつかれ!」

「おやすみなさい、聡志くん」

 聡志は一瞬だけ言葉に詰まり、視線を逸らした。

「あ、おおぅ、気をつけてな」

 車は静かに走り出し、聡志はしばらくそのテールランプを見送ってから、ポケットの鍵を取り出す。
 マンションの階段を上がり、扉の前で一度深く息を吐いた。
 カチャ、とワンルームの部屋に入り、電灯のスイッチを入れる。
 スマートフォンの画面を見ると、志織からのメッセージが着信していた。

【なかなか可愛くて良い子じゃないの】

【そんなんじゃねーし】

【ふぅん。ま、サークルと可愛い子も良いけど、単位は大丈夫なの?】

【そんなんじゃ、ないって】

【母さんそんなこと、言ってないよ。可愛い子って言っただけよ】

【ずりい】

【あんた、見た目はチャラいけど、中身は奥手だもんね】

【ほっといて】

【良い人で終わっちゃダメだよ】

【悪い人よか良いじゃん】

【悪い人の方がましな場合もあるよ】

【どんな場合だよw】

【相手がね、良い人であればあるほど】

【選ばれなかった方は、切り替えて前を向けるかもしれないけど】
【選ぶことができなかった方は、ずっと残るんだよ】
【あの時の選択は、本当に正しかったのかな?って】

【よくわかんないな】

【わかんないままの方がいいよ】
【おやすみ】

 聡志はそれ以上、何も返信することができなかった。
 宮坂の車が、杏奈のアパートの前でゆっくりと停車する。

「送って頂いてありがとうございました」

 そう言うと、運転席の宮坂が軽く頷いた。

「じゃあ、また明日ね」

 助手席からユズが、振り向いて手を振る。

「はよ、休みや」

 杏奈は小さく笑い、軽く会釈をした。
 部屋に戻ると、机の上のタブレットの電源を入れた。
 画面が立ち上がるまでの間に、スマホを覗くと父からのメッセージがあった。

【杏奈、元気か? PLANET LAND 見させてもろうたよ】
【あれをお前が書いたとは未だに信じられん】

 杏奈は思わず画面に顔を近づける。
 そこへ、タブレットに通知が入った。
 ミナから、サークル宛ての一斉メッセージ。
 再び父のメッセージへ視線を戻す。

【実はな、前々から劇団の劇作家にと誘われとったんじゃ】

「え?」

【今回は、彗星群以来、お父さんが二十数年ぶりに書いた脚本や】

【すっかりお前に触発されてしもうた】

「お父さんの、脚本……?」

 タブレットの画面に、添付ファイルが表示されている。
 杏奈はそれをタップした。

「ハッピーアイランド〜瀬戸の花嫁大作戦〜」

 文字を数行読み進めると、次第に物語の景色が浮かび上がってきた。
 穏やかに凪いだ海に浮かぶ離島。
 人々の暮らしを支える漁港。
 島の丘の緑と青空。
 頬をくすぐる潮風、海鳥の鳴き声。
 沖を横切る大型船が見える。
 漁港に戻ってくる、小さな漁船たち。
 そこで暮らす人々の生活。
 生きた言葉による会話。
 すべてが、そこに記されている文字から次々に浮かび上がってきた。

「これが、今の、お父さんが綴る……物語!?」

 父のメッセージは、最後にこう締められていた。

【これがお前への、挑戦状じゃい】

 翌日の夕方。
 学生会館のサークル部室。

 机の上にはノートパソコンやタブレットが並び、画面には同じタイトルが表示されている。

『ハッピーアイランド〜瀬戸の花嫁大作戦〜』

 峯岸が椅子に深く座り直し、肩を回した。

「皆んな、やっぱり寝不足か?俺もかなり読み返したで」

 ユズが笑いながら頷く。

「そりゃ、せやで」
「序盤に笑って、中盤に腹立って、終盤で寂しくなって、最後にほろっとなる」

 宮坂が腕を組み、画面を見つめたまま言う。

「王道なんだけど」
「地方衰退、少子高齢化、一極集中、都会生活の消耗……現代社会の闇を浮き彫りにして、最後に浄化してる」

 聡志が画面をスクロールしながら感心したように呟いた。

「杏奈の父さん、情景描写の筆致が半端ねえな」「この島の景色、もう完璧に形にしてるし」
「ワンパターンって言ったら失礼だけど、その結末じゃないと、見てる側はそうならないと、絶対納得しないって持って行き方」

 峯岸がうなずく。

「テーマと登場人物のキャラクターに、どっぷり感情移入してまうんやろな」

 部室の空気は、どこか熱を帯びてきていた。
 だが、ミナだけは腕を組んだまま、画面をじっと見つめている。
 杏奈も、机の上のタブレットから視線を落としたままだ。
 いつもと様子の違う二人を、ユズが不思議そうに見る。

「二人とも、どしたん?」 

 ミナがタブレットの該当のページを開いたまま言った。

「今回の依頼、全員裏方なしで、キャストとして出演してってことじゃない?」

 峯岸が短く頷く。

「せやな」

 ミナは視線を落としたまま続ける。

「で、配役が、島にやってくるテレビクルーと、売れない地下アイドルデュオ」

 宮坂が落ち着いた声で返す。

「そうだね」

 ミナは淡々と読み上げた。

「リポーター兼ディレクターが、聡志」
「カメラマンが海斗」
「音響と照明がゆうま」
「体育座りでじっとしてる、謎のスタッフが杏奈ちゃん」

 聡志が、タブレットの画面から目を離さずに言う。

「要するに、俺らは突然地域に現れる異物ってやつだ」
「劇でもリアルでも」

 ユズが小さく笑う。

「杏奈ちゃんのお父さん、目のつけ所がすごいやんな」

 ミナは一度だけ息を吐いてから、最後の行を置くように言った。

「アイドルが……ユズと、私」
「問題は、ライブまであること」

 宮坂が不思議そうに問うと、ミナは頭を抱える。

「なにか問題ある?」

「アイドル……私が?」

「こーんにーちはー、ミナでーす♡」
「とかやんなきゃなの?」
「無理無理無理無理。ぜったい無理」

 男性陣三人は言葉を失い、呆然とした表情で固まってしまった。

「……」

「……」

「……」

 ユズが怪訝な顔で問うと、ポツリと呟くように返す三人。

「どしたん? 三人とも」

「ありだね」

「ありや」

「ギャップ萌えってやつね」

 ユズが肩をすくめるように笑った。

「まあ、これも役の幅を広げる思て、がんばろ」

 ミナはまた台本を指で叩く。

「それと、地元のテーラーさんが作ったって言う衣装」
「ユズ、あんた着れる?」

「極小のシルクハット、ラメ付きのドレス調のステージ衣装……なんちゅうか一周回って新しいやん、うち、楽しみやで」

 ミナが眉を寄せる。

「うぞでじょー」

 そのまま、ミナはページをめくった。
 声が少しだけ低くなる。

「……あと、劇中歌」

 杏奈の肩が、びくっと跳ねた。
 ミナは淡々と読み上げる。

「杏奈ちゃんのお父さん作詞の歌詞、地元の音楽家の人に作ってもらったって、曲まであって」

 ユズがさらりと言う。

「何曲使ってもいいし、気に入らなかったら、新しいの作ってええってやつやんな?」

 その瞬間、空気が変わった。
 峯岸が、悪気のない顔でぽつり。

「さもしい熱帯魚」

 宮坂も続けてしまう。

「はんぶん不可思議」

 聡志が笑いを噛み殺しながら。

「ときめきのスケッチ」

 杏奈はみるみるうつむいていく。
 なのに、男三人は止まらない。

「ときめきスケッチシャボン玉」

「青空高くシャボン玉」

「はじけず届けあなたまで」

 ユズが机を叩いた。

「ちょっとあんたら!」

 ミナが慌てて手を振る。

「やめてあげて。杏奈ちゃんはもう限界だから」

 杏奈の目に涙が滲み、ユズが杏奈の肩を引き寄せ、ミナも反対側からそっと抱きしめた。
 杏奈は二人の腕の中で、子どもみたいに、しくしく泣いている。
 そして、目元を押さえたまま、息を整えるように言った。

「お父さん、中学の頃……アイドル大好きだったらしいから」
「多分、その頃の感覚だと思います」

 峯岸が、妙に納得した顔で頷く。

「道理で」

 宮坂が肩の力を抜いた。

「腑に落ちたね」

 聡志が、わざとらしく胸を張る。

「これはまさに――」

 三人の声が、同じタイミングで重なった。

「昭和だ」

「ユニット名は、こっちで決めてって事やけど」

 聡志がまじまじと、ミナの顔を覗き込んだ。

「な、何よ?」

「……堕天使」

「喧嘩売ってんの? あんた」

 峯岸が無表情でユズを見つめる。

「な、なんよ。ジロジロ見て」

「瀬戸内……ユズ……」

 手のひらを拳で叩いた。

「柑橘少女隊」

「センスのかけらもないな」

 宮坂が二人を交互に見て、ぽつりと言う。

「アンバランス」

「お笑いかよ!?」

「ここは、やっぱり杏奈ちゃんやな」

 杏奈はユズとミナを交互に見た。
 二人の顔を視線がゆっくり動く。
 それから、ぽつりと言った。

「じゃあ……明るいユズさんの“明”で、めい」
「凛としたミナさんの“リン”」
「めいリン……どうですか?」

 聡志と峯岸、宮坂が手を叩いて声を上げた。

「さすが杏奈!ドンピシャじゃん!」

「非の打ちどころがないな、完璧や」

「ほんとに、二人にぴったりだよ」

 ミナは眉を寄せる。

「あんたたち、実は飽きてきてない?」

 三人が勢いよく首を振った。
 杏奈の口元が、ようやくほどける。
 ユズが勢いよく立ち上がる。

「よっしゃ!じゃあ、景気づけにいこか、ミナ」

「しょうがないね」

 ミナが急に声色を作ると、ユズもノリに乗って続いた。

「こーんにちはー」

「私たち――」

「ミナと」

「ユズで」

「めいリンでーす!」

 二人は顔を見合わせて、ハートを作り、そのまま、勢いよく前に突き出した。

 その夜。久羽乃町の洋食店「いずみ亭」。

 店の入口に掛けていた「営業中」の札が、カランと小さく鳴って裏返された。
 由美加はエプロンの紐を結び直し、テーブルを一つずつ丁寧に拭いていく。

 その脇で幸弘は電話をしていた。

「はい。彼らも出演を承諾してくれました」

 受話器の向こうから、年配の男の声が返ってくる。
 喜びを隠しきれない調子だった。

『嬉しいよ。やっと四半世紀経って、君の創った世界を形にできる』

「その節は、大変ご迷惑をおかけしました」

『私は、まだ諦めてないがね』

 幸弘の眉がわずかに動いた。

「諦めてない、とは?」

『あの時から、ずっとだ』
『あの彗星群を形にすることをね』

 幸弘は視線を落とす。

「久保崎さん……」

 その後、幸弘は短く礼を述べ、通話を終える。
 テーブルを拭き終えた由美加が、顔を上げた。

「楽しみじゃね、杏奈がお世話になっとる子らにも会えるし」

 幸弘は少しだけ笑って、椅子の背に手を置く。

「そうじゃな、どんな子らなんじゃろうな」

 由美加はタオルを畳みながら、ふと思い出したように首を傾げた。

「ところで、ゆきくん」

「何? ゆみかん」

 由美加の目が、いたずらっぽく笑う。

「地平線までシャボン玉」

「やめてください」

「思いを乗せてシャボン玉」

「許してください」

「あなたの胸ではじけとべ」

「やめてください、許してください」

 由美加は、拭き終えたテーブルに手を置き、真正面から聞いた。

「恥ずかしくないですか?」

「とても……恥ずかしいです」

 由美加は肩を揺らして笑い、幸弘もつられて小さく笑った。
 その笑いが落ち着くと、店内にまた静けさが戻ってくる。

 外はもう深い夜だった。
 商店街は、街灯の明かりだけになり、昼間の活気は消えている。
 久羽乃の夜は、静かに更けて行った。

── 第11章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

作品ページへ戻る

コメント

まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。

しおりを挟みました