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PLANET LAND - 彗星から惑星へ -

305,817 字

青春群像劇、家族の物語、成長譚

"彗星のように駆け抜けた日々から、自らの重力で輝く惑星へ。これは、出会いと別れを繰り返し、居場所を見つける若者たちの物語。"

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第12話 暴走中年

 盛夏。
 プラネットランド一行は、突き抜けるような青空の下、とある高原のサービスエリアでソフトクリームに舌鼓を打っていた。
 峯岸が大事そうにソフトクリームを眺めながら言う。

「なんて滑らかで濃厚なんや、たまらんなあ」

 杏奈も笑いながら頷いた。

「景色も良いし、風も気持ちいいですね」

「やっぱり高原のソフトは最高やな」

 それを横から見ていたユズが、呆れたように言う。

「あんたホンマ、サービスエリアのソフト好きやんな」

 峯岸はコーンを回し、山並みに視線を合わせたまま急に真顔になった。

「不思議なもんやで、場所、場所で違う」
「明らかに大量生産のもんがあれば、ここみたいに高原の特性を生かしたもんもある」

 杏奈が思わず吹き出しそうになるのを堪えて、ソフトを見つめた。

「他にもな、土地の果物を練り込んだり……塩、わさび、焼き茄子なんちゅうのもある」
「その場所の息遣いが、感じられへんか?」

 ミナが、ソフトクリームを持ったまま笑う。

「ソフトでそこまで語れるあんたがすごいよ」 

 その横で、聡志がスマートフォンの経路地図を開いた。
 画面を指でなぞりながら、ぽつりと言う。

「あと何時間くらいかな?」

 画面をのぞき込み、淡々と答える宮坂。

「三時間くらいだと思うよ」

「じゃあ、そろそろ誰か運転変わってよ。次、誰行く?」

 峯岸が待ってましたとばかりに腕を上げる。

「俺行こか?次からは海沿いやろ?気分上がるでえ」

「じゃあ海斗」

 ユズがにやりと笑った。

「それは楽しみやな?めいリン車中ライブでもしよか?」

「……それは、勘弁して?」

 真顔で返すミナを尻目に、男三人の悪ノリが始まる。

「夢見る私のシャボン玉」

「あなたの心のシャボン玉」

「いつか重なるその日まで」

「だからあんたら!」

 ユズがたしなめた。
 杏奈は肩を落とし、その場で項垂れ、ミナがそっと杏奈の横に寄って、苦笑いする。

「杏奈ちゃんの心を折らないで」

 ワンボックスは高原を下る。
 入道雲が、空の青さをいっそう際立たせていた。
 そんな中、ハンドルを握ったまま、興奮気味に声を出す峯岸。

「いよいよ見えてきたで〜」

 助手席の聡志も、声を弾ませた。

「確かに気分あがるよな」
「日本海だ」

 車は山を下りきり、進路を海沿いに西へ向かった。
 右手には日本海が広く光っている。
 ハンドルは、いつの間にか宮坂に代わっていた。
 杏奈が窓の外を眺めながら、ふと思い出したように言う。

「でも、うちの大学、不思議ですよね」

 助手席の聡志が振り向く。

「何が?」

「普通、学園祭って秋ですよね。でも七月にするなんて」

 杏奈の疑問に、聡志が答えると峯岸が付け足した。

「なんか、秋は運動部の方がリーグ戦とかで忙しいからって」

「体育会の神輿行列も、名物やしな」

 ミナとユズが杏奈をねぎらう。

「杏奈ちゃんも、次から次へ大変だったよね」

「ほんまほんま。うちらに引き込まれたばっかりに」

「そんな事はないですよ。私、すっごく楽しいです」

 ハンドルを握る宮坂が、前を向いたまま穏やかな口調で言った。

「そう言ってもらえると、僕らも嬉しいよ」

 杏奈は少し照れたように笑い、それから視線を助手席へ向けた。

「それもこれも、誘ってくれた、聡志くんのおかげです」

「あ……ああ、そうか」
「いや……まあこっちこそ、だよ」

 後ろの席で、ユズとミナが顔を見合わせてにまにまと笑う。
 やがて車は、久羽乃町へと入った。

 山あいの道がゆるやかに開け、白い土塀と古い家並みが続いている。
 水路を流れる水の音が、車の窓越しにもかすかに聞こえてくるようだった。

 宮坂が周囲を見渡す。

「良いところだね」
「風情があって、歴史を感じるよ」

 杏奈が少し照れたように、そして申し訳なさそうに答えた。

「ありがとうございます」
「そろそろです」
「私、免許ないから、みなさんに運転してもらって、申し訳ないです」

 後ろから、笑って言う峯岸と聡志。

「気にせんでええよ。俺ら運転好きやから」

「景色も良いし、ドライブには丁度よかったよ」

 杏奈の指示で、宮坂は駐車場へゆっくり車を入れて、エンジンを切る。
 一行は駐車場から、古都の風情の残る街並みを散策するように、ゆっくりと歩いた。
 歩道脇の水路を流れる水は澄み切って、せせらぎの音が涼を運び、そこを色とりどりの錦鯉たちが、優雅に泳いでいる。
 やがて、足を止めて杏奈が指を差した。

「あそこが、うちの実家」
「いずみ亭です……て、えぇ!?」

 ミナが身を乗り出す。

「どうしたの?」

「あんなの……なかった」

 店のメインの入り口が、なぜか解放されていて、その内側になんと。
 西部劇でよく見る、木製の両開き扉が存在感を発揮していた。
 杏奈の視線が止まり、指先が震えている。
 進学して、家を離れる前にはなかったからだ。
 聡志と宮坂の声が、明るくなる。

「へー、カッコいいじゃん。西部劇のやつだよな」

「サルーンドアだね」

 ミナと峯岸とユズも、気分が乗っていた。

「おしゃれじゃん」

「俺、実物を初めて見たわ」

「うちも、あの“キィ〜”ってやつ、やってみたかった」

 しかし、杏奈だけが、心なしか後退りしている様子だった。

「……みなさん、覚悟してください」

「?」

 全員が首を傾げると、杏奈はゆっくり振り向く。

「うちの父、すぐドラマとか映画の真似をして、周囲の温度を下げるんです」
「私たちがあの扉を開けた瞬間」

 息を飲む一同。

「あの中は……北極になります」

「……ゴクリ」

 意を決した杏奈が手をかけると、サルーンドアが、キィ、と揺れた。
 店内に入ると、久しぶりに帰って来た実家の見慣れた景色。
 自身も時々エプロンを着て、手伝った店内。
 帰郷の喜びに、胸を撫で下ろすはずなのに、この時の杏奈は正面に見える人物のせいで、そんな感慨にふける余裕は無かった。

 テンガロンハットに、赤いバンダナ。
 拍車のついたウェスタンブーツで脚を組み、真正面を向いている。
 まさにカウボーイ。
 そして、組んだ足に年季の入ったギターを乗せていた。
 その姿を見た杏奈は、反射的に心の中で呟く。

(おじいちゃんの形見のギターじゃろ?それ)
(こんなことに使うたら、いけんじゃろ?)

 すると、ギターが、ボロン、と鳴った。
 男はゆっくりと、人差し指で帽子のつばを押し上げる。
 気取った声で、一生懸命雰囲気を作るように。

「いらっしゃい」

 ボロン。

「田澤杏奈の父」

 ボロン。

「田澤幸弘です」

 頭を抱える杏奈をよそに、固まる一同。
 その反応が不満だったのか、今度は立ち上がり、近寄りながら声を張る。

「いずみ亭に、ようこそ」

 幸弘はもう一度ギターを、ボロン、と鳴らして、顔を下げてつばで視線を隠す。
 一同は、次は何が始まるのか、観察するように視線を外さない。
 杏奈だけが、耳まで真っ赤に染まっていた。

 深呼吸をして、今度は立ったまま、帽子のつばを押し上げる。

「いらっしゃい」

 ボロン。

「田澤杏奈の父」

 ボロン。

「田澤幸弘です」

 ギターを丁寧にスタンドに戻すと、向き直って、真顔のまま両手を広げた。

「いずみ亭に、ようこそ」

 そして間髪入れず、ホルスターからモデルガンを抜いて、眉間に皺を寄せて表情を作り、低い声でセリフを放つ。

「……あいむ、らいと、ひあー……」

 ミナと宮坂が、心の声で呟く。

("I'm right here.")

(……確か、『ワイアットアープ』だったかな?)
(ケビン・コスナーの)

 カチン。
 引き金が引かれると、満足気に微笑みながら、モデルガンをクルクルと回し始めた。
 その瞬間!

 スポーン。

 手からすっぽ抜けたモデルガンが宙を舞う。

「おっと!」

 峯岸が片手でキャッチすると、店内の時間は完全に静止した。
 幸弘は、目を見開いたまま、声を出さずに口の形だけで峯岸に告げる。

「……ゴメン」

 そして一つ咳払いをして、人差し指を突き立て、口元へ。

「フー」

 その手を、胸のホルスターの中に差し込んだ。

「……あかん……これは……あきません」

 口火を切ったのは、ユズだった。
 わなわなと肩を震わせ、堪えきれずに腹を抱えて、爆発したかのように笑いだした。

「……ふーって、指にふーって」
「あんなすました顔して……」

 ミナがつられて笑い出す。

「ちょっと、ユズ、やめなって……思い出すから」

 峯岸は銃を差し出して、しっかりと幸弘と視線を合わせて、目を輝かせて頷いた。

「……最高でした」
「最高のユーモアを、見せて頂きました」

 その一言で珍しく宮坂が噴き出す。
 すると、聡志はその宮坂の反応に手を叩いて笑い出す。

「ちょっと、海斗、ゆうま……ふたりとも、失礼だろ?」

「……いや、だってさ、雰囲気完璧だったのに……ちゃんと、ケビンコスナーだったのに」
「かなり研究したんだろうに」
「カチンから……スポンって」

 ユズは、引きつけを起こしかねない状態になっていた。

「やめて、ゆうま、もう、言わんといて」
「息が……息ができへん」

 爆笑する若者たちを前に、幸弘はただ呆然とするだけだった。

「……笑わせるつもりは、なかったんだけどなあ」

 杏奈がきっ、と鋭い目線を向けると、幸弘はしょんぼりと、肩をすくめた。

「笑わすつもりじゃなかったら、何を期待しとったの?」

「……いや、カッコいい、とか、渋い、とか?」

「……恥ずかしくないですか?」

「とても、恥ずかしいです」

 皆の笑いが、ひと段落し始めた時を見計らって、幸弘はひとつ咳払いをした。
 そして、帽子を外して胸にあてる。

「えー……この度は、遠方の所、はるばるお越しいただきまして、ありがとうございます」
「わたくしは、ある時は……」

「もう、ええから!」

 珍しく大きな声を出す杏奈に、また幸弘が小さくなってしまった。

「まあ、そう言うたりんさいな」

 厨房の奥から、カチャ、と扉が開き、由美加がエプロン姿のまま現れる。
 幸弘に近寄り、ニヤリと笑いながら。

「気はすみましたか?今日はウケて良かったね」

 その後ろから、ひょい、と顔を出したのは梨夏だった。

「不可抗力じゃろ」
「最後のおっちょこちょいが無かったら、寒いだけじゃったんやないの?」

 幸弘はまた、声が小さくなる。

「じゃから、笑わせるつもりじゃなかったん、じゃがの」

 そこへ、ユズとミナの表情がパッとあかるくなり、手を振りながら梨夏に近寄って行った。

「あ! 梨夏ちゃ〜ん」

「ひさしぶり〜」

「ユズさん、ミナさん、お久しぶりです」

 由美加はそのまま杏奈のほうへ向き直り、柔らかく言う。

「杏奈、おかえり」

「ただいま、お母さん」

 由美加は一行を見渡し、笑顔を作ってから、ひとつ手を叩いた。

「みなさん長旅お疲れ様」
「お昼、沢山作ったけ、いっぱい食べんさいね」
「席に座って待っとって」

「お母さん、うちも手伝うけえ」

 動こうとした杏奈を、梨夏が制止する。

「お姉ちゃんは、久しぶりに帰って来たんじゃけえ、座っとりんさい」

 由美加も同じように、優しく諭すと幸弘を向いた。

「そこの保安官!」
「燃え尽きとる場合じゃないでしょう?」
「さっさと動きんさい」

「……わかりました」

 肩を落とした幸弘は、トボトボと厨房に消えていく。
 杏奈はそんな両親のやり取りを見て、やっと帰省して来た実感が湧いたのだった。

「……これが、噂のローストビーフ」

 皿に並べられたローストビーフを見て、峯岸が思わず声をあげる。
 ミナも、どこかうっとりとした目で眺めていた。

「綺麗……ピンク色で、食べるのがもったいないくらいです」

 幸弘が胸を張る、そして杏奈は誇らしい気持ちになると同時に、念願の料理を前にして、心が弾んでいくのがわかった。

「さあ、一緒に食べましょう!」

「いただきます!」

 皆が、一斉に料理に箸を伸ばす。

「……ほんまに美味しい、何枚でも食べれそう」

 ユズがローストビーフの味に目を丸くしていると、オムレツを口に運んだミナが、余韻に浸る。

「こんなに表面ツルツルなのに、中はトロトロで、最高〜」

 峯岸と宮坂は、ハンバーグに感動していた。

「肉汁がジュワッと溢れてくる、幸せやわ」

「デミグラスソースも濃厚だね、バランスがとてもいい」

 幸弘は、ますます有頂天になり、体がのけぞらんばかりだった。

「そうかい、そうかい」
「みんな、遠慮せずにいっぱい食べるんだよ」

 梨夏がそっと由美加に、小声で耳打ちをする。

「お父さん、東京の言葉になっとるね」

「アクセントは微妙じゃけどね」
「ほら、梨夏も一緒に食べんさい」

「はーい」

 由美加に促され、エプロンを外した梨夏もテーブルに座った。
 杏奈が聡志に問いかける。

「聡志くん、美味しいですか?」

「美味いなんてもんじゃない、最高だよ」

 その一言に、幸弘の目の奥がぴくりと動いた。

(そうか……彼が、多辺聡志……彼女の.....)

 真顔になり、まじまじと観察するように聡志を眺める。
 薄い髪色。
 複数のピアス。
 軽い服装。

「なんだか……チャラいな」

── 第11章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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