第十一章
識怖虚怖 翔太篇三
桜の前で、翔太は落ち着かない様子だった。
「勇、最近学校来てない」
桜は一瞬、間を置いて聞いた。
「聞いてみたの、誰かに」
「聞けなかった。何か、聞いちゃいけない気がして」
桜は少し揺れた。
「あなたも、優柔不断だね」
「悪かったな」
「今、聞かないともっと分からなくなるよ」
翔太は膝を抱えた。
「勇、ここに来てる?」
桜は答えなかった。それが答えだった。
「来てるんだ」
「私からは、何も言えない」
「言ってほしいとは、思ってない。ただ」
「ただ、何」
「怖いんだ。何か、大きいことが起きてる気がして」
桜は、貝になった。
梅の前。花はもう跡形もない。
「勇のこと、聞いた?」
「聞いた」梅は言った。「あなたより先に」
「先にって」
「勇が、私に話したから。あなたには言えないまま」
翔太は黙った。
「なんで、俺には言わなかったんだろう」
「言葉にした瞬間、本当になる気がしたんじゃない。あなたに言うのは、一番最後にしたかったのかもしれない」
「一番大事な奴に、一番言えない。皮肉だな」
「皮肉じゃない。大事だから、言えないんだよ」
裏手、桃の前。
「勇に、何て言えばいいか分からない」
「言わなくていい」桃は即答した。「言葉はいらない。」
「じゃあ何」
「何で行かないか私には分からない」
「行って、何も話せなかったら」
「それでいい。隣にいるだけで、十分な時もある」
翔太は俯いた。
「怖いんだよ、正直」
「怖くていい。怖くても、行くかどうかは別の話」
桃は少し間を置いた。
「でも一番怖いのは、誰?」
翔太は黙った。
「俺じゃない。勇だ」
「分かってるじゃない」
「分かってる。分かってるけど、自分の怖さで頭がいっぱいになる」
「それが普通。責めてない」桃は言った。「今、あなたが怖いと思ってる分以上、勇はもっと前から、もっと長く、怖い思いをしてる」
一番奥、杏の前。
「勇、ここで何か拾ったって言ってた」
杏は答えなかった。実がひとつ、落ちた。
翔太はそれを拾った。
「これ、勇にも渡した?」
「渡してない。落としただけ」
「渡すのと、落とすのは、違うの」
「違う」杏は言った。「渡すのは、こっちの都合。落とすのは、拾うかどうか、あっちの自由」
翔太は実を握りしめた。
「見舞いに行く時、これ、持っていっていい?」
「あなたの自由」
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