quartus=4:weight ∝ center─重い真ん中
ヴィザーゴさんの飛行って、ほんと安定してると思う。
飛行機だって、もうちょい揺れる。
いったいどんな仕組みなんだろうね?
とは思うけど、物理も数学も致命的なあたしには、きっと聞いてもわからない。
あ。
声に出たかもしれない。
けど、ヴィザーゴさんは、いつもみたいに目を合わせることもなく、あたしはその綺麗な横顔を覗き込むばかりだ。
怒ってるのかな?
んー。
行きたがってなかったもんねー悪いことをした。
「そうじゃないよ。どうしたの」
顔は相変わらずそっぽを向いてるけど、声はかけてくれる。
「僕を見たいの?」
と、漸く目を合わせてくれたけど、どうしたもんだろう?
「……ふぅ、アキラたちは難しいね」
「降ろしてくれたら、あたし一人で行くよ?」
「無理だよ」
即答かよ。
土地勘が無いってことかな?
まあ、樹海でうっかり迷子にでもなったら、地図もコンパスもないあたしには荷が重い。
あれ?樹海でコンパスは使えないんだっけ?
いや、それは都市伝説だった、筈だ。
「…………くっ、ぷっはは」
いつもの笑い声。
「全く、アキラには敵わないな。そうじゃなくて、アキラ今、裸足。さっきまで寝ていたでしょう。靴を履いてない」
そっちかよ。
「黙って僕に抱かれてなさい」
……その、物言い。
絶対わざとでしょ。
一旦、すーっと上がって、すぐに降下。
高く上がる必要あった?くらいの距離……の、ような気がする。
目の前には池……じゃない!湖だ!
湖面には富士山が映っていて。
へぇー。
これが逆さ富士ってやつかー。
ではあるけど。
振り返って、樹海の方を見てみて、さほど移動してなかった筈の方向に、村がない。
こうも全く見えないもの?
と、思うと村から見るより繁みも深く感じるし、緑も濃く見えるし、芳香剤みたいな森の香り。
こんなだったっけか?
そんなに覚えてるわけでもないけど。
「見えないよねーだって無いもの」
どういうこと?
さっきまで仏頂面だったヴィザーゴさんは、ご機嫌になってるし。
チャルマさんかな?君は。
「僕が五歳児なら、アキラ遊んでくれる?」
はいっ?どういうこと?
「いい子ならね!」
って、返しといた。
ガサッって、葉擦れの音がする。
「あーあきらぁ」
ち、チャルマさん?
チャルマさんは、肩に獣を担いだヴェーロさんにだっこされて満面の笑み。
そっか、ヴェーロさんと一緒だったのか。
もしやヴィザーゴさん、知ってた?
「ん、小さいけどいいんじゃない?」
って、口にしながら、ヴィザーゴさんがヴェーロさんに近寄る。
けど……黙っちゃった。
何だろう?
なんか、身の置き場の無いあたしは、チャルマさんに視線を落とす。
いや、目線はヴェーロさんにだっこされてるチャルマさんの方が高いのだけど。
繁みから出てきた時は笑顔だったのに、チャルマさんは困った顔をしてる。
どうしたんだろう?
「チャルマさん、どうしたの?」
「あきらぁ……」
ん、ヴィザーゴさんの翻訳機能は、ちゃんと仕事をしているようだ。
「あのね、チャルマね、あきらのおみみのやつ、ふたつにしたかったの」
おみみ?耳か。
この片耳ピアスのことかな?
ヴィザーゴさんは真珠って言ってたっけ?
あたしは実物は見ていなくて、触っただけの感触だと丸くないからか、真珠のイメージがない。
て、いうか、ここ湖だよね。
真珠って海にあるんじゃないの?
「でも一人は危ないよ。フィリーノさんたち心配してたよ」
あわわ。
チャルマさん、泣きそうだ。
「いつもはね、ととがだっこしてくれるから、すぐにつくの。でもね。きょうはいっぱいいっぱいかかったの」
そうだろうねえ。
カヴァリーロさん、足長いもんねー
「でね、あきらのおみみのやつ、さがしたんだけど、いっつもなくて。だからね。おひさんがおやまにちかくって、そしたら、おそらがあかくなるから、おそらがあかくなるまえにかえろうとして、そしたら、やぎさんがいたの!」
ヴェーロさんと会ったわけですね。
そりゃあ、心強い。
てか、ここまでは一人できたのか。
それはそれでおっかないな。
「でね、やぎさんともいっかいここにきたら、あったの!みつけたの!これ、あきらにあげゆ!」
へ?
さっきまでの困り顔から一転、チャルマさんスマイル。
困ってたんじゃなくて、言い淀んでたのか。
見れば、チャルマさんのちっちゃい手のひらに乗ってるのは、1センチに満たない、歪な石。
歪ではあるんだけど、なんか綺麗で。
銀色をしていて、でも水に油が浮いてるみたいな不思議な光を放つ。
こんなのがあたしの耳についてるのか。
「……玉虫色とか言うんじゃない?」
いつの間にかヴィザーゴさんの額は、あたしの頭に引っ付いていた。
ん、確かにそんな名前の色があった気がする。
カメムシの色だっけ?
「カメ……甲虫じゃない?」
耳馴染みはないけど、カブトムシとは違うのか?
ったく、博識だなヴィザーゴさん。
「ところで、ヴェーロさんは何を担いでるの?」
「馴鹿だよ……もっと、大きいのを期待してたんだけど、季節柄仕方ないか」
馴鹿とな?
真っ赤なお鼻のルドルフさんですか?
まあ、冬のイメージではあるけど。
「やぎさんねえ、すごいんだよー。ばさーって、しゅたっで、どぉーんなの!」
大阪のオバチャンかな?
「アキラの靴代だよ」
マジっすか?!
「さあて、戻りますか」
一仕事終えたみたいにヴィザーゴさんが言った。
終えたのか?
ヴィザーゴさん、何をした?
あ、あたしをここまで運んでくれたか。
「酷いなあ」
すみません。
「さ、兎、兎」
ヴィザーゴさんって、見た目によらず食いしん坊なのかね?
「……Επίκουροςじゃないかな?」
食通と何が違うのか説明……は、いいか。
「アキラのそういう潔さは、全く魅力的だねえ」
虚仮にされてるのかな?
「まさか、心からの賛辞だよ」
当てになりませんがな。
ヴィザーゴさんは笑いを堪えもせずに、歩み出すと、湖を背にして、ピタリと止まった。
どうした?
ちょっとだけ考えるような素振りをして、ヴェーロさんを見ると、ニヤリと笑った。
常にクールなヴェーロさんが、すっごいでっかい溜め息吐いてませんか!
何?何が始まるの?!
すうっと、あたしを抱えてない方の腕を、木々に覆われた樹海に差し出すと、指で空気を混ぜるように動かした。
空気が、水飴を練るみたいに、ヴィザーゴさんの指先で波紋を作る。
「えーとぉ……じゅげむじゅげむごこうのすりきれ」
…………
絶対、揶揄ってるよね!
水飴の波紋が凪いで、空気に静寂が戻ると、駆け寄ってくるフィリーノさんとカヴァリーロさんが現れている。
『道』がある。
道、って言っても、チャルマさんに月蛾の繭を見せて貰った、獣道をちょっと均しただけの、道。
あたしたちがついさっき、玄関のように出入りした窓もある。
ホントに近いじゃん。
空気が軽くなった気がする。
周りの緑も、若干薄い。
気のせいかな?
「どうだろうねぇ」
意地悪だな。
「くくっ、アキラが分かるのが面白いじゃない?」
命に関わらなければそれでいいですけどね。
「ちゃんと直してあげるよ」
直す、なんですね、治すじゃなくて。
「フィリーノ、兎は出来た?」
「出来てるわよ。それよりまず、……ありがとう」
「なんのこと?僕は何もしてないよ、ね?アキラ」
さっきのお返しだな。
「こうして探してくれて、見つけてるじゃないか。こっちの山羊……さんも、本当にありがとう」
山羊頭って言おうとしたよね?カヴァリーロさん。
寸でのところで言い直した。
ばればれだけど。
「いつものように、山羊頭で構わないのに。ヴェーロは気にしないよ」
「ああ、そうだ。ヴェーロ、ありがとう」
カヴァリーロさんは、ヴェーロさんの名前を忘れていたのかな?
わざわざ言い直して、ヴェーロさんからチャルマさんを受け取った。
名残惜しそうにヴェーロさんの顔を見たチャルマさんは、カヴァリーロさんの腕に収まる。
怪我はない?と、チャルマさんの体調を慮るカヴァリーロさんたち。
そこに、激昂や叱咤はなく、ただ、チャルマさんを心配している。
「“善良”って、いいよねぇ」
と、カヴァリーロさんたちを見つめるヴィザーゴさん。
アクマが善良に拘る訳ってなんだろう?
視線が、あたしに移る。
「――見惚れた?」
…………冗談かな?本気ではないよね?
洒脱な返しを考えていたら、
「……ふぅ、Drolleryだよ」
冗談ですか。
そうして、フィリーノさんたちのお宅に戻ると、裏庭にわらわらと人が集まっていた。
チャルマさん捜索隊かしら?と思ったけど、皆さんやけにさっぱりした顔をしておられる。
それに、何より。
ほんのりと湿った衣類。
皆さんお揃いで、Tシャツとは違う、弥生時代を彷彿とさせる……あ!貫頭衣って言うんだっけ?
見たことない生地だけど、そもそもあたし、そんなに生地に詳しくない。
「チャルマ嬢ちゃん、見つかったかね」
と、声をかけてきたのは昨日の靴屋さんだ。
「シュベンデオ。心配かけたね。湖まで行ってたみたいだ」
カヴァリーロさんに抱かれたチャルマさんが、得意気だ。
「なあに、俺たちは留守番ついでに風呂をもらったまでだ」
昨日は紳士然として、黙々と作業をしていた靴屋さんだけど、お風呂上がりも手伝ってか饒舌だ。
「チャルマ嬢ちゃん、冒険はいいが、出掛けるときはちゃんと声をかけなきゃだぞ。ビエスさん、娘さんの靴は明後日には出来るからな!」
忙しいな。
捲し立てるように、連絡事項を告げると、靴屋さんはヴェーロさんの獲物に釘付けになっていた。
「ビ、ビエスさん、あれ」
「ああ、靴の代金には足りますか」
「充分だとも!さあ!捌くぞ!」
おーっ!って、わらわらいた人たちは、いつの間にか道具を持ってきている。
手際いいな。
でも、お風呂上がりですよね?
獣を捌くって、いいんですか?
どわっ!血!スプラッタっ!
……ここで、倒れたりできたら、可愛げもあろうものを。
「ねぇ?ヴィザーゴさん」
「ん?」
「あたしって、可愛げがないよね」
「それは、見目のこと?」
「ううん」
「……庇護されたいのなら必須だけど、アキラは立てるじゃない」
「そうなのかな」
あたしは、なんだかバツが悪くなって、ヴィザーゴさんの顔から視線を逸らした。
したら、もろに解体が目に入ってしまって……
吐けないし、
昏倒も、失神も出来ず、
気持ち悪さだけを持ち越して、
ヴィザーゴさんの胸に、ぎゅっとしがみついてしまった。
「La vivo estas por esti ĝuata」
踊る阿呆に見る阿呆って歌う、阿波踊りの映像が脳裏に浮かんだ。
当然、ヴィザーゴさんの笑いスイッチは押したよね。
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。