← 作品ページへ戻る

○○がない

奥井晴弥

30,923 字

企業成長物語、群像劇、ヒューマンドラマ

"言葉にできない「らしさ」を求めて、中小企業が辿り着いた答えとは。"

← 右から左へスクロール

第十二話 (最終話)正解がない

第五回プロジェクト会議の翌日、私は朝からECサイトのレビューを眺めていた。
うちの商品はネット上だと、得意先のホームセンターと百円均一ショップのECサイト、生活雑貨を扱う小売店が出店しているECモールで販売されている。
レビューは概ね好意的だ。他のものより使いやすい。便利。アイデアが秀逸。
時折混ざっている低評価も、輸送中の破損や購入時の確認不足などによるものなどが多く、商品そのものを悪く言っているものはほとんど見当たらない。

私は、近くにいた佐藤に声をかけた。
「佐藤さん、うちの商品のネットでの販売ページって見たことある?」
佐藤は急に名前を呼ばれて、少し驚いたように見えた。
「はい。たしかうちの商品を出してるのって、得意先のだいたい十社ぐらいでしたよね?」
「うん。レビューも見てる?結構良い感じ、だよね」
私がそう言うと、佐藤は少し声のトーンを落とした。
「社長。うちの商品ってネットで写真を見て説明を読んだら、なんでこういう形なのか、大きさなのか、だいたい意味がわかるじゃないですか」
「ん?どういうこと?」
「たぶん、お客さんの期待したとおりのものが届いている、っていうことだと思うんです。逆に言うと、期待を裏切らない代わりに、期待を上回る感動もない、っていうことかもしれないですよ」
「……なるほど、そうか」
「すみません、生意気なことを言ってしまって。ただの想像なんで」
「いや、ありがとう。俺の読み方が、浅かったんだと思う」

続けて、サイトを見てふと気づいたことを、佐藤に聞いてみた。
「ところで、この商品説明画像とかってどこかの得意先さんが作ったのかな?どのサイトにも、同じ画像があったけど」
佐藤は少し考えてから、答えた。
「ああ、たぶんですけど、営業の、谷村さんじゃないですかね。前に僕のところにこういう素材はないか、って聞きに来たことがあって」

「──田所さん、それで合ってる?」
私は外回りに出ようとしている田所を引き留めるように、声をかけた。
「社長、僕急いでるんですけど。何ですか?」
少し笑いながら茶化すような、田所らしい反応だ。
私は自分のノートパソコンの画面を返して、その商品説明画像を指差しながら言う。
「ごめんごめん、今の聞いてなかったよな、これ、谷村さんが作ったんかな?」
「あー、そうです。僕が、こんなPOP作ってくれへん?って言うて作ってもらったんと、だいたい同じ感じです」
「ああ、じゃあ田所さんの発案ってことか」
私がそう言うと、間髪入れず声が返ってきた。
「いや、細かい中身を考えたんは谷村さんやし、ちょっとレイアウト変えて、ネットで売っとる得意先さんに使ってもらうのも作ったから送っときます言うて、メールで送っとったのも谷村さんです」
「……へえ、自主的に考えて。大したもんだね」
私がそう言い終わる間際、田所が言葉を返した。
「へえ、やないですよ。ほんまに。本来ならこういうの、社長が気付いて言わなあかん思いますよ。しっかりしてください」
「ははっ、ほんまそのとおりや。気ぃつけるわ」
田所が私にこういう軽口をきくのはなんだか久しぶりな気がして、つい口調が似てしまう。

夕方になって、私は倉庫に向かった。
第五回プロジェクト会議の中で、私は黒木に新商品開発のフローのたたき台を出してもらうように伝えていた。そのことで聞きたいことがないか、確認しに行こうと思った。
倉庫に着くと、黒木と坂上がいた。何かを相談している様子だった。
私に気づくと、黒木が話しかけてきた。
「社長、昨日の話のことで、坂上さんと話していて……」
「昨日の話っていうことは、新商品開発フローのことか?」
「はい。ちょっと聞きたいんですけど、試作用の3Dプリンターって買わへんのですか?」

──3Dプリンター。うちの商品はほとんど、プラスチック製の日用雑貨だ。新商品を試作する工程を考えたら当然、あった方が良い。費用も、試作用途であれば金型一組分にもならない金額だろう。父が社長だった時代にはまだ手が出せなかったが、今は技術も価格もこなれてきて、中小企業でも比較的、導入しているところが多い。

だが。私がそれを必要としなかったのは、次に作るべき商品のアイデアが、解消したい日常の小さな困りごとが、私自身からそんなに次々と出てくるとは、思えなかったからだ。
私は父とは違う。私には父のような発想力はない。ずっとそう思っている。

無意識に、3Dプリンターは考えから遠ざけていた。
だが今は、その無意識が何だったか、わかる。
導入したがほとんど稼働していない、3Dプリンターがそういう状態になる可能性が、怖かった。
父と私の違いを象徴する、そういう設備になってしまうかもしれない。それが、怖かった。

私は一瞬そういうことを考えて、少し言葉に詰まった。
その表情を見て、坂上が言った。
「……どうですか?社長。私はあっても良いと思います。試作用途に絞ったスペックのものなら、設備投資としては大きな金額ではないと思います。今は滅多に試作はしていないですが、そのペースでも試作をたまに外注している費用を考えたら、何年かで十分、回収できると思います」

滅多に試作はしていない。
本当のことだが、突き刺さった。坂上らしいと思う。
大きな金額ではない。何年かあれば回収できる。それもわかっている。
私が恐れているのは、金のことではない。

「……わかった。考えてみるから、3Dプリンターがあったらどういう開発フローが組めるか考えて、それと合わせて稟議書を回してくれ。二人で、いやみんなででもいい、考えてみてほしい」
「わかりました」
私の言葉に、二人は強く、返事をした。

一週間後。
黒木と坂上が私の机の前に来た。私は二人と会議室に向かった。
会議室に着くと、黒木がA4用紙を五枚、私に差し出した。一枚は、試作用3Dプリンター購入の稟議書。もう一枚には、新商品開発フローが図示されていた。あとの三枚は三社分の3Dプリンターの見積書だった。

稟議書には購入費用、ランニングコストの試算、現状の試作頻度と費用から導いた回収期間と、新商品開発が活性化した場合を想定した回収期間が書かれていた。いずれにしても、購入費用自体に問題がないことは想定していたとおりだ。

新商品開発フローには、「既存商品のブラッシュアップ・リニューアル」と「新しい工夫・発想の発掘」の二項目から始まって、それぞれに対応するニーズ収集方法……得意先ヒアリング、ECレビューのリサーチ、SNSからの情報収集、社内スタッフとその家族へのヒアリング……などを経て、検討会議、試作、試作レビュー、金型製造、生産委託先選定、量産試作、パッケージデザイン、販促物デザイン、などの項目が並んでいた。
下の方に小さな補足項目がいくつか書いてあり、その中に構想として半期に一回、社内で新商品アイデアコンテストを実施したい、とも書かれていた。
簡素なものだが、よく整理されている。
父のように一人で次々に考えなくても、商品開発が続く。そういう予感がする。

「……どうですか?社長」
黒木は新商品開発フローについて一通り説明した最後に、不安そうな声で聞いてきた。
私は少し間を空けて、答えた。
「ありがとう、ひとまず一日、考えさせてくれ」
「あと、新商品開発フローについてはこれを基に、香田さんにも相談してみたい」
「わかりました」
黒木と坂上はそう言うと、会議室を出て行った。

稟議自体には全く問題がない。
考える必要など、なかった。
それでも、その場ですぐに約束はできなかった。
この会社を成長させながら、守り続けられるのか。
私自身、変わることができるのか。
その営みに、正解などない。

翌朝。
私は誰も来ていない早い時間に出社すると、自分の認印を机の引き出しから出し、稟議書に判を押した。
管理部長が出社するとそれを渡し、判を押して黒木に回すよう指示をした。

次の会議まであと三週間。
パーパスの一文は、まだ書けない。

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

作品ページへ戻る

コメント

まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。

しおりを挟みました