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嵐過心月

20,765 字

正義を問う、慟哭のヒューマンドラマ

"そのスイッチは、正義か、復讐か、それとも愛か。"

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第十章

偽りの正義

 翔太事件の裁判も、その十年の間にあった。一審は死刑だった。世論は当然と思った。しかし一人の男が動いた。無罪請負人、人権派の大物、木山一年弁護士。少年法と人権、加害者の貧困、家庭内暴力等あらゆる方法でアピール。連日メディアで涙ながらに訴える。そしてついに控訴審で無期懲役の判決を勝ち取り、最高裁でも確定した。
由理恵は同じ運動の仲間と打ち合わせのため、法廷そばの喫茶店で待ち合わせした。
「一本くらい?」小声で喋る男の声。「それが五くらい。人権様々だ」
 聞いた事のある声。でも私は振り向かない。振り返れない。振り返りたくない。
判決が出た日、利勝は法廷の傍聴席にいた。

 無期懲役。

 利勝は、立てなかった。
廊下で、その弁護士とすれ違った。弁護士は、利勝を知らなかった。
利勝は、弁護士の顔を覚えた。
自分の信じた正義が、裏切られた気持ちだった。目には目を。法には法で。
資料を集める。夜も寝ず。痩せていく。
新聞で名前を見たとき、すぐに動けなかった。飯島。地方新聞の隅に載っていた。別件の暴行事件。軽い記事だった。服役中に昔の犯罪が暴露された。
 利勝は、少し考え新聞を折った。翔太 私は 今 悪魔に魂を売る これも又 正義
 机の引き出しを開けた

 利勝は、手を止めた。もう一度だけ、考えた。これは正しいのか。答えは、すぐに出なかった。その代わりに、利勝は、ペンを動かした。止まらなかった。だが、足りないものがあった。繋がりを証言してくれる人間が、必要だった。 美波に頼もうとした。だが、やめた。あの子は幸せでいてほしい。翔太もそう思っていたはずだ。

 翔太の月命日だった。墓の前に、見知らぬホオズキが供えてあった。赤い提灯のような実が、風に揺れていた。誰が供えたのか、分からなかった。次の月も、また来ていた。
利勝は、待った。
 三度目の月命日。少年が来た。手に、ホオズキを持っていた。花を置いて、手を合わせた。
青木、という名前だった。美波の弟だった。
翔太に助けてもらったんです。こっそり。姉には言わずに。
利勝は、黙って聞いた。
姉は幸せでいてほしかったから、と少年は言った。翔太くんも、そう言うとおもう。
利勝は、少年の顔を見た。翔太に似ていた。真っ直ぐな目だった。
お願いがある。一つだけ。利勝は、言った。
少年は、黙って頷いた。
数日後、飯島は呼び出された。最初は、軽い調査のはずだった。本人も、そう思っていた。椅子に座ったまま、足を組んでいた。

 「昔のことっすよ」。笑っていた。だが資料が並んだ。写真。証言。時間。一本の線になっていた。笑いが、消えた。「……ちょっと待ってくださいよ」。声が、変わった。
裁判は、早かった。関与あり。重大事件。刑が確定後 新たな事案、新法適用対象。
 飯島は、言葉を失った。「ちょっと待てよ」。それだけだった。利勝は、後ろの席に座っていた。何も言わなかった。ただ、見ていた。

 影山の裁判が始まった。影山は新法をバカにしていた。死刑にならなければ どうにでもなる。そう信じていた。死ぬ程の辛さと本当の死刑 比べるまでもなかった。
法廷で、由理恵は影山を見た。十年ぶりだった。影山は、神妙な顔をしていた。
変わらなかった。
閉廷後、影山が由理恵の横を通った。すれ違いざま、小声で言った。
僕を守って。人権ばあさん。
由理恵は、振り返らなかった。聞こえていた。全部、聞こえていた。
光希。お母さんは今、壊れそう。

── 第12章 了 ──

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