第十二章
僅変視先 陽子篇二
最近望が、こっちを見てくる。
何かするわけでもないのに望の視線が確かに
こっちに向いている。
桜の前で、陽子はそのことを話した。
「望、私のこと見てる気がする」
桜は少し揺れた。
「見られるの、嫌?」
「分かんない。無視されるよりは、マシな気もするけど、でも」
「でも?」
「でも、なんで見てるのか分かんないのが、逆に怖い」
桜は答えなかった。
「あなたは、見られたいの、見られたくないの」
「前は見てほしかった。でも、ずっといないことにされてたら、
今度は見られるのが怖くなった」
「今は?」
陽子は少し考えた。
「見られてるのに、何もされないのも、それはそれで、怖い」
桜は少し揺れた。
「その目、怒ってる? それとも、笑おうとしてる?」
陽子は虚を突かれたように黙った。
「考えたことなかった」
「今、考えてみて」
陽子は目を閉じて、望の視線を思い出そうとした。
「怒ってる、目じゃない。でも、笑ってもいない。……何か、我慢してる目」
「我慢してる、何を」
「分からない。でも、ずっと我慢してる感じがする」
梅の前。花はもう跡形もない。
「望が見てるの、良い兆しだと思う?」
「分からない。でも、無関心でいられるよりは、何かが動いてる証拠」梅は言った。「人は、興味のないものは見ない」
「興味って、どんな」
「それは、望にしか分からない。でも、少なくとも、あなたはもう『いないことにされてる』わけじゃない」
陽子は少し黙った。
「見られてるだけじゃ、何も変わらない」
「変わらない。でも、何もされないよりは、変わる可能性がある」
裏手、桃の前。
「望がどう思ってるか、気になって仕方ない」
「気にしなくていい」桃はあっさり言った。「どうであれ、あなたの日々は変わらない。プリントも来ないし、お昼も一人でしょう」
「厳しいこと言うね」
「厳しいんじゃない。事実を言ってる。望の気持ち一つで、あなたの状況が変わるわけじゃない」
陽子は俯いた。
「じゃあ、期待するだけ無駄ってこと?」
「望に期待しすぎると、また傷つく。
あなたが自分の足で立つことの方が、先」
一番奥、杏の前。
「あなたなら、望の目、見たことある?」
杏は答えなかった。
しばらくして、実がひとつ、落ちた。
陽子はそれを拾った。「前よりも、大きい」
陽子は実を両手で包んだ。
「怒ってるようで、笑おうとしてる目、か」
風が吹いて、また一つ、実が落ちた。
「二つ、あった」
杏は何も言わなかった。
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