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重工のメカロニカ

連載中(書きかけ)

赤間世穹

69,848 字

ハードSF・異種族コンタクト

"元素の鼓動と科学の業が交差する、美しくも残酷な鉱石の星のクロニクル。"

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第12番:空の怒り

 「私は導師ドクターを信じて仲間として認めたいと思った。だが万一にも、私たちに害をなすのであれば、その時は容赦なく崩壊させる。一線は引かない。それでいいか?」
 カルシウムのその問いに導師は頷いた。
 「それで構わない。そもそも、そう簡単に信じる方が危ないと思うしね。カルシウム以外の方々にはどう思われているか分からないが、それでも……少しは前向きに考えてくれるだけで嬉しいよ」
 その返答にカルシウムは微笑んだ。しかし、その直後カルシウムの背後から怒号が聞こえてきた。
 「何でだよカルクス!!」
 カルシウムに対して絶望したような顔を向ける元素体エレメンタムは静かに歩み寄った。彼はカルシウムと同じ部隊の列にいたが顔合わせはまだしていなかった為、導師はただ呆然としていた。カルシウムは彼を向いて「セレスタイン」と呟いた。
 セレスタインとは天青石、硫酸ストロンチウムを主成分とする宝石の名だ。ストロンチウムとカルシウムはそう呼び合っているのか、と即座に理解した導師は二人を静かに見守った。
 「なんで、ぼくは認めないぞ! それは危ないやつだ!」
 「セレスタイン。落ち着け」
 「だって、カルクスが言ったんじゃないか! ぼくはっ、ぼくはカルクスが」
 「落ち着け、セレスタイン!」
 ストロンチウムは頭を抱えて唸り出した。カルシウムはストロンチウムの体を支えるが、もはやストロンチウムは相手が誰なのかすら視認出来ていないのかもしれない。
 「あらら」と水素は様子を眺め、特に手を出す気は無いようで、金や白金すらも彼を眺めるだけだった。ストロンチウムの方を見ると、こちらをじっと睨みつけていた。指を差しながら。
 頭が重い、方向感覚が狂っていく。吐き気がする。どこからか時計の音が聞こえてくるが、異常に近い。ここには時計はない。正確には時計と思しきものはあるが見たことの無い形だった。
 時計の音はゆっくり、ゆっくりと進んでいたが、次第に止まった。
 ストロンチウムの力か。彼は時間を操れるというのか。
 「光格子時計──一時停止タイムストップ。きみの土手っ腹に光格子時計を埋め込み、時間を止めさせてもらった。これでぼくはきみを自由にできる。言ってる意味はわかるよな?」
 周囲には金たちがいると言うのに、導師とストロンチウムだけの世界のように周囲が止まって見える。ブラックホールに飲み込まれる側は理論上こうなるらしい、それが体験出来ただけでもよしとしようか、などと考えてしまうが、これを脱しなければ。
 「ぼくは、きみが憎くて憎くてたまらない。きみがいるからカルクスがおかしくなった。カルクスはぼくのものだ。ぼくには笑わなかったカルクスがきみには笑ったんだ。きみは、きみが来たから、ニンゲンが、異種が、この世界へ踏み込んできたから!」
 青白い光と共に、指の先から大きな日時計のようなものが現れた。影によって時間を刻み込むそれは素早く回り始めた。同時に体内の時間も高速に解かれたようで、時間感覚が狂い、他国へ飛び移った時とまるで比較にならないほどの苦痛が襲った。解かれたと同時にその場にしゃがみ込むと頭を抱えた。呻き声しか出てこない喉元には胃液が今か今かと這い出ようとしてくる。
 頭が痛い。押し潰されるような、脳を掻き回されるような訳の分からない痛み。腹も掻き回されているかのような気持ち悪さだ。ウイルスというより寄生虫が暴れるような痛みと気持ち悪さを感じる。
 「待て」
 すると黄金の光が導師を包み込んだ。同時にストロンチウムには金糸が巻き付かれ、そのまま床に組み伏せられた。
 「私を説き伏せてみろと告げたはずだ。ストロンチウム」
 その声には怒気が強く込められていた。白金でさえ萎縮するほどの、その場全員が固まるほどの迫力だ。金は白金に導師を治療室へ運ぶよう告げると、ストロンチウムを掴み上げた。
 「ストロンチウム。君がカルシウム一辺倒なのは知っている。私の声など届かないこともね。だがこればかりは見過ごせないな──私の仲間を傷つけた罰を受けてもらう」
 「い、ぁ」
 我に返ったストロンチウムは、カルシウムに助けを求めようと顔を見た。しかしカルシウムは怒りを込めた表情でストロンチウムを静かに睨んでいるだけだった。
 愛するカルシウムへの思いが暴発した。結末はお粗末なものだった。ストロンチウムは懲罰室へ幽閉されることとなったが導師はそれを後から知った。
 ストロンチウムがどんな罰を受けたのか気になったが、金は一切口を割らなかった。
 導師自身は後遺症も無かったが、治るのに時間が掛かった。痛みよりも吐き気などの気持ち悪さがずっと残り、何をしてもどんな体勢でいても気分が悪くて仕方なかった。一番心配していたアルカリ部隊はよく様子を見に来た。
 「そろそろ大丈夫ね」
 「酸素、ありがとう……」
 酸素や水分がこれだけありがたいと思ったことはなかった。酸素と水素のおかげである程度回復することが出来た。
 「それでも大変ね。オーラムはずっと不機嫌だし、プラチナもみんなへの事情説明大変そうだし、でもあなたのせいではないのよ。アルカリたちもトランジたちもみんな心配してるから、顔見せてあげなきゃね」
 そう言うと酸素は導師の頭を優しく撫でた。頭を撫でられる事など人生で一度もなかったなと思いつつ、酸素の「顔見せてあげなきゃね」の言葉が引っかかっていた。
 顔──はじめに夢で見た。自分の顔が認識できない夢だ。あれは、本当に夢だったのだろうか。
 「ねえ、酸素」
 不意に口をついた。
 「私の顔は、どうなっているんだ?」
 聞くのは怖かった。だがやはり自分も科学者なのだろう。恐怖よりも興味を惹かれるものを知りたくなってしまう。
 酸素はきょとんと見つめた。「お顔?」と不思議そうに。
 「うーん。どうって言われても、傷がある訳では無いし、普通のお顔じゃない?」
 変な質問をして困らせてしまったか、と「ありがとう、ごめん、何でもないんだ」と謝ったが、酸素はふふっと笑った。
 「きっと不安なのよね。でも記憶が無くなって、顔が変だって、あなたはあなたよ。大丈夫、ここではどんな姿であってもあなたを受け入れられる。だって、あなたと海生脊椎動物だけが生身の生き物だからね」
 安心させようとしてくれているのか、酸素は優しく導師の手を取って話した。
 「酸素も水素も、オーラムもプラチナも、みんなみんな、あなたのこと大好きよ。まだ日は浅いけれど、乗り越えられない壁なんて無いわ」
 優しく微笑む酸素に温度は無いが、それでも温かく感じるのは言葉のせいだろうか。どこまでも不安だったのかもしれない。頬を伝う温かなものは、久しく流していなかった涙か。人前で大人が泣くだなんて、と内心冷静になりつつも、心のどこかで欲していたものはいつしか硬い何かで覆われていた。だがそれは彼によってほぐされたようだ。
 酸素はもう一度導師の頭を撫でると、落ち着いたらゆっくり運動してね、と言って部屋を出て行った。

  *

 懲罰室は指導者のエリアの地下にあった。まるで牢獄のようなその場所は地上とは違って光源を常設しているわけではない。従って本当の暗闇がそこを漂っていた。空気は淀み、過去にウランが捕縛されていたエリアは特に汚染が酷く、その半減期を過ぎない限りはその一帯はエリアMと同等であり、金はそこへ近づくことを恐れる程であった。
 地下への入口には水銀がいた。罰を与えるのはお前の役目だ、そう通信を受けたのだ。
 水銀は怖かった。床下の階段を降りればそこは真っ暗闇、光源を持っていかなければこちらも何も見えない。水銀に対応する光源ランプを持ち、ただその場で震えていた。金には逆らいたくない。だがそれでも仲間を助けたい。
 ストロンチウムは水銀に対して興味を全く持っていない。金に対する気持ちよりもカルシウムに対する気持ちが強いからだ。過去の金との事故によって金を慕う元素体からは水銀は嫌われているが、それだけで嫌わず関わろうとする者もいる。そこに関して、カルシウムは中立的だった。自ずとストロンチウムも中立的、ないしは興味すら持たない。
 水銀が代わりに懲罰を行わなければならないのには仕方がないと思っている。汚染されたエリアは自分がいちばん安全に動けるからだ。
 導師のことは心配だった。だが白金が連れて行った関係もあり、自分には何も出来ない。金から命じられた責務を全うすることだけが今の出来ることだ。
 地下へ降りた。
 水銀はただ、皆と仲良く暮らしたい。ただそれだけなのに、こんなことをしなければいけないのだろうか。
 独房が並ぶ。光源は一定の範囲を照らすが、その先は真っ暗闇で何も見えない。本当に空間があるのかすら不明なほど何も見えない。水銀にはそれが何よりも怖かった。世界でたったひとりになるのはあまりにも恐ろしい。
 きっとそれは、ストロンチウムは一層感じていることだろう。

── 第13章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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