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PLANET LAND - 彗星から惑星へ -

305,817 字

青春群像劇、家族の物語、成長譚

"彗星のように駆け抜けた日々から、自らの重力で輝く惑星へ。これは、出会いと別れを繰り返し、居場所を見つける若者たちの物語。"

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第15話 二人の母

 集落活動センターの校庭は、最高潮の活気が落ち着き、皆がじっくりと会話を楽しんでいた。
 杏奈は、そんなテーブル席から離れたベンチに一人座り、山並みの向こうで煌く、久羽乃の夜景を眺めている。
 すると、足音が近づいたかと思えば、聡志がその隣に腰を下ろした。

「俺も、知らなかったよ」
「おふくろとマスターに、あんな過去があったなんてね」

 杏奈は、遠くの明かりから目を離さず、口を閉ざしたままだ。
 聡志はスマートフォンを取り出した。

「これ」

 画面を杏奈に向ける。

【選ぶことができなかった方は、ずっと残るんだよ】

「マスターのことだったんだな」

 聡志の言葉に、杏奈はしばらく画面を見つめていた。

「……だからって、志織さんがおかあさんって呼ばせたってことは」
「志織さんも、お父さんに気持ちがあったからなんですよね」
「私を気に入った、と言ってくれたのに」
「本当は、私が田澤幸弘の娘だったからで……」

 聡志がすぐに首を振る。

「そうじゃないよ、そうじゃない」

 杏奈は視線を落としたまま続ける。

「私が、両親の馴れ初めを話してた時……」
「志織さん、どんな気持ちだったんでしょう」

「優しいね、杏奈は」

「けど、やっぱり嫌です」
「お父さんが好きだった人を、おかあさんって呼ぶなんて」

 少し離れた場所では、腕を組んだまま、じっと二人を見つめている幸弘。
 その横で、由美加が静かに微笑んでいる。
 少し後ろでは、久保崎が目を細めて成り行きを見守っていた。
 健作はすっと立ち上がり、幸弘に向き直った。

「なかなか……こんな奇跡みたいな偶然も、あるもんなんじゃの」

「ほんまに……わしも、信じられんわ……」

 幸弘が苦笑いをすると、健作は首筋をボリボリとかきながら、焼き台の方に歩み出した。

 焼き台では、ミナと峯岸、宮坂と秀然が肉を焼いていた。
 峯岸が秀然をチラチラ見ながら、何かを気にしていた。
 焼きたての肉を頬張り、ビールに喉を鳴らす秀然。

(……わかっとる、わかっとるで、そんなもん野暮なことやって)
(わざわざ言う必要ないって)
(けどなあ……聞きたい!)

 Tシャツにキャップ姿の秀然は、また新たな肉を焼き網に置き、今度はワンカップの蓋を開けて口に運ぶと、とろけるようなため息を漏らした。
 ミナと宮坂が顔を見合わせる。

(海斗、気になってるね)

(気持ちは……わかるよ)

 三人は口数少なく、黙々と肉を裏返した。

(……あかん!我慢できん!言うてまおう!)

 峯岸が、口を開こうとしたその時。

「おう!和尚さん、今日も生臭やのう!」

 身も蓋もないことを、秀然にストレートに浴びせた。
 峯岸は、拍子抜けしてしまう。

「ふふふ、健作さん、相変わらずですね」
「肉も野菜も酒も、元は命」
「その命で、命を繋いで行くのです」

「けど、殺生じゃろう?間接的に」

「前にもお話ししたでしょう?不殺生戒」
「あれは、努力目標です、無闇な殺生は悪だと理解していれば良いのです」

「……屁理屈は無敵じゃのう」

 秀然は、チラチラと照明の位置を確認すると、立ち位置を変えた。

「……うん、ここかな?」
「健作さんそんなあなたに……」

 呼ばれた健作が、秀然を向くとすっとキャップを外した。

「光あれ」

「うわ!まぶしい!」

 慌てて目を覆う健作。
 その様子に、三人が爆笑し始めて、また場が盛り上がり始めた。

 さらに少し離れたところでは、雄吾とユズが並んで聡志と杏奈の様子を見ていた。

「ユズさん、あの二人の佇まい、実に自然だね」

「ほんま、そうですね」

「あの丘の上の場面の、参考に出来そうじゃない?」

「雄吾さんは、本当になんでもお芝居に結びつけるんですね」

 雄吾は少し笑う。

「やっぱり、好きなんだろうね」

(なんて、綺麗な目で言わはるの?)

 杏奈の隣に座る聡志は、夜空の星を眺めながら言葉を重ねる。

「じゃあさ」
「杏奈に、おふくろの話、聞いてもらおうか」

「志織さんのこと?」

 聡志は、ひとつ頷いた。

「多辺って苗字、おふくろの元々の姓なんだ」
「おふくろと、父親だった人は、俺が五歳の時に別れちゃってさ」
「それからは、母一人子一人で、今までやってきたんだよ」

「……そうだったんですか」

「結婚した時は、すげえ仲が良かったんだって」
「とにかく優しい人で」

 そこまで言って、聡志は少しだけ苦笑した。

「けど、俺がおふくろのお腹に来てから」
「おふくろが、俺ばっかりになった途端にギクシャクし始めて」
「俺が生まれて少しして、単身赴任を申し出て離れたって」

 杏奈は、黙ってその横顔を見つめている。

「電話も寄越さず、年に数回帰って来ても泊まりもしない」
「俺の存在そのものを、あの人は受け入れようと、しなかったんだって」
「おふくろと、自分の仲に割り込んで、関心を奪った存在だって」

「……そんな話」

 杏奈がようやく声を出す。
 聡志は、小さく肩をすくめた。

「おふくろも、そんな話を直接本人の俺に言うなよってね」

 少し離れた場所から、由美加がその様子を見ていた。
 ベンチに並んで座る二人の後ろ姿に、由美加は小さく息をつくと、ふっと笑った。

「……長い話になりそうやけ」
「お茶でも持っていっちゃろうかね」

 近くに置いてあったペットボトルの茶を二本手に取り、ゆっくりと立ち上がる。
 聡志は、夜の校庭の方を見ながら続けた。

「おふくろは俺のために会社を辞めて、フリーでデザインの仕事を始めたんだ」
「自宅でできる仕事として」

 聡志は今度は、町の明かりに視線を移した。

「会社も後ろめたさもあったのかな」
「父親だった人も、同じ会社で、単身赴任も許可したわけだから」
「だからおふくろにも、だいぶ仕事を回してくれて」

 杏奈は、黙ってその話を聞いている。

「もっと早く決断もできたんだろうけど」
「生活のための送金とか、その辺はきっちりした人だったらしいから」

 聡志は、少し笑う。

「そっちの爺ちゃんと婆ちゃんも、いい人でさ」
「いろいろ助けてくれたしね」

 小さく頷く杏奈。

「だけど、俺が五歳の時突然、郵便ひとつで終わったんだって」
「つまり、そういう書類」
「向こうで、新しい家庭があって」
「会ったこともない、俺の兄弟がいましたってオチ」

 聡志の声が、少し震えるのがわかった。

「五歳の時のことだけど、よく覚えてるよ」
「泣いて土下座してた爺ちゃんと婆ちゃん」
「結局、二人ともそれっきりになっちゃった」

 そこで、聡志はもう一度空を見上げた。

「……今も元気かなあ」

「聡志くん……」

 杏奈の声は、吐息みたいに小さかった。
 聡志は、ふっと笑った。

「まあ、それから自分の会社作って、今に至る、ってわけ」
「すげえ人だよ」
「うちのおふくろ」

 聡志は少し間を置いてから続けた。

「だからさ」
「杏奈に、自分が選ばなかった方の人生を見たのかもしれない」 
「それはきっとあると思う」
「だけど、田澤杏奈と言う人間を、好きになったのも本当だと思うよ」

 聡志は少しだけ笑って、杏奈の方を見た。

「あとは杏奈次第だよ」
「今の話を聞いて、おふくろをどう見て、どう向き合うかは、杏奈が決めな」

「……」

「あの人は、それを尊重してくれるよ」

 杏奈は静かに頷いた。
 聡志は、すっと目を閉じる。

「それに、俺の名前」
「男だってわかった時、二人で決めたんだって」

 杏奈が顔を上げる。

「聡志の“志”は、志織の志」
「聡は、その父親だった人の字」

 少し苦笑する。

「さっきのマスターの言葉じゃないけどさ」
「俺の名前も、おふくろにとっちゃあ、呪いなんじゃないかな?」

「何を言うちょるの!」

 ぱしん、と乾いた音が夜に響いた。
 振り返ると、由美加が立っていた。
 聡志の尻を、容赦なく叩いたままの姿勢で。 

「子供が親の呪いになるはず、無かろう?」

 杏奈がはっと顔を上げた。

「お母さん、聞いとったの?」 

「もし呪いや思うとったら、そんなに苦しい思いして、あんたを育てとりゃせんわ」

「……はい」

 聡志は、肩を落として小さく返した。

「子供一人育てるなんて、そりゃあ大変よ」
「それも一人で、なんて」

 由美加は、聡志の顔をまっすぐ見た。

「聡志くん、志織さんはそれだけあんたを命懸けで育てて、大学まで行かしたんよ」
「志織さんを、もっともっと誇ってあげんさい」

 それから、由美加は杏奈の方を見る。

「それから杏奈」

「なに?」

「お母さんは写真しか見とらんけど、あんたは会うたんじゃろ?」
「ほんまに綺麗な人じゃねえ」

「うん」
「とても優しかったし」

「じゃったら、あんたはお父さんを誇りに思いんさい」
「あんな綺麗な人に惚れられる男やって」

 杏奈は少しだけ眉を寄せた。

「……お母さんは、平気やの?」

「あんな綺麗な人より、お父さんに選ばれたんよ」
「すごかろう?お母さん」
「じゃから、志織さんが望むなら、おかあさんて呼んでやりんさいね」

 杏奈が息を呑む。
 由美加は、やわらかい声のまま続けた。

「田澤幸弘の娘やなく、杏奈をちゃんと見て、受け入れてくれとるはずや」

「……でも」

「わかった」

 由美加はひとつ頷くと、今度は聡志の方を向いた。

「それなら、聡志くん」

「はい?」

「あんたは、うちを、ゆみかん母さんて呼びんさいね」

「お母さん?」

 杏奈が思わず声を上げる。

「これで、あいこじゃろ?」

「ゆみかん……母さん……」

 次の瞬間、由美加がそのまま聡志を抱きしめた。
 聡志は肩を震わせ、抑えきれず、由美加の胸元で慟哭した。
 少し離れたところで、その様子を見ていた幸弘が腕を組む。

「そうきましたか」
「娘でなく妻の方に、実に面白い」

 その隣で、久保崎が目を細める。

「まあ、女将さんの抱擁力は桁違いだからね」

 腕組みをしながら幸弘は、妻に抱かれて泣き続ける青年に、懐かしむような視線を送った。

(……あの人によう似とるわ)
(自分の脆さを、必死で背伸びして隠しとったんやろうな)
(ええ男じゃないか)

 翌日から、メンバーは本番に向けた稽古に余念がなかった。
 体育館のあちこちで人が動き、台本の読み合わせや段取り確認が続いている。

 雄吾とユズが、緊迫した場面の稽古に没入している。

「この島におる以上、あんたも、わしが守っちゃる」
「心配すんな」

「……雄吾さん」

 次の瞬間、ユズがいきなり抱きついた。
 雄吾は驚いたように目を瞬かせ、それから何も言わず、そっとユズの背中に手を回す。

「ありがとな、ユズさん」
「……ほんまに」

 少し離れたところから、その様子を見ていた男性陣がひそひそ声を交わす。

「……アドリブやな」

「完璧だね」

 聡志は腕を組んで、にやりと笑う。

「フォーリンラブだな」

 そんな三人も、テレビクルー役のやり取りを、台本を突き合わせながら、何度も繰り返す作業に熱が籠る。
 健作と秀然のコミカルなやりとりに、ミナは必死で笑いを堪えて、稽古に挑んだ。
 久保崎が、目を細める。

「みんな、適応力が高いね」

「良い相乗効果が生まれてますよ」

 答えた幸弘だが、視線を感じて振り向くと、メガネをかけて体育座りの杏奈と目が合った。

(……お父さん、うち、なんでこの役?)

 杏奈の目が全てを物語っており、幸弘は思わず目を逸らした。

 その夜。
 ユズとミナは向かい合い、小さなスペースを使ってライブの振り付けを合わせている。
 疲れなど気にも留めない様子で、何度も同じ動きを繰り返していた。
 ミナが軽くステップを踏みながら歌い出す。

 ♪まっすぐキラキラシャボン玉

 すぐにユズが続く。

 ♪星空翔けるシャボン玉

 二人の声が重なる。

 ♪天まで届けてこの純情

 最後のフレーズと同時に、二人はくるりと背中合わせになり、揃って片手を正面に差し出した。
 ほんの一瞬、動きを止めて顔を見合わせると、どちらともなく小さく笑う。
 窓の外では、虫の声が静かに聞こえていた。

 公演当日。
 青空の下、久羽乃町民文化会館の前は、行列が出来ていた。
 その隣にある弓道場で、一人弓を構える青年がいた。
 河瀬だった。

 パァン!

 と、乾いた音を響かせて、矢は的の中心を射抜く。
 ひとつ息を吐くと、賑やかな行列の様子に目を向けた。 

「OBでも、高校の道場は使うたらいけんって」
「わざわざ、久羽乃まで来たけど」
「お祭りのイベントでも、あるんかいね?」

 そして、もう一本の矢をつがえて、深呼吸をした。

(……そう言や、田澤さん、久羽乃じゃったか?)
(どこの大学行っとるんじゃろ……)
(……今、帰省しとりゃあせんじゃろか?)

 的に顔を向け、ゆっくりと弓を打ち起こした。

(また……会いたいのう)

 キリキリと、高く鳴る音をたてながら、弓を引き絞った。

 文化会館の舞台袖では、久保崎を囲むように、澄水座の面々と、プラネットランドのメンバーが立っている。
 久保崎がにこやかに語りかけた。

「諸君、今回は新劇作家の、田澤幸弘氏の初台本の舞台だ」
「稽古の呼吸を忘れずにね」

 出演者達が声を揃えると、今度は幸弘を見てにやりと笑う。

「……それに彼は、この後にもっと大きな事を企んでるかもしれないよ」

「いや……まだまだ先のことですよ」

 苦笑して、頭をかく幸弘。
 杏奈だけが、その様子に何かを感じ取っていた。

「お父さん、もしかして……」

 舞台中央に、澄水座の三人が立ち、頷き合う。
 ユズは中央に立つ雄吾から目が離せない。

「雄吾さん……うちの目一杯」
「受け止めてください!」

――次回。

いよいよ
「ハッピーアイランド〜瀬戸の花嫁大作戦〜」

その幕が上がります。

── 第13章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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