第二十一章
花筏想流 紀之と勇の母篇
境内の桜は、散り始めていた。
紀之は落ちた花びらを集めて、小さな筏を作っていた。
隣では、まだ名前も知らない女の子が、同じように花びらを集めていた。
「何で流すの」と紀之が聞いた。
「悪いお願いは、花と一緒に流せばいいの」その子はすぐに答えた。
「悪いお願いって」
「言わない」女の子は言った。「言ったら、流れなくなる」
紀之は頷いた。それ以上、聞かなかった。
二人は、境内の脇を流れる小川に、花筏をそっと乗せた。
桜の花びらでできた小さな筏が、二つ、水の上を揺れながら離れていった。
「あれ、何処へ行くのかな」紀之の問いに
「知らない。でも、戻ってこないといいな」
「戻ってきたら、困るもんね」
二人は、花筏が見えなくなるまで、黙って見ていた。
あれから、何十年経っただろうか。
紀之は、その日のことをもう覚えていない。勇の母も、覚えていない。
桜は変わっていなかった。梅は少し小賢しくなった。桃はいい意味で年をとった。
杏 は今も残っているみたいだった。
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