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混乱した頭でも、小説のことは考えていた

手紙猫

12,230 字

思索小説、メタフィクション、私小説

"言葉の海から掬い上げた、ある魂の軌跡。書くことは、生きることそのものだった。"

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卒論の骨格——1999年から始まった確認の旅

ぼくがはじめてきみの言葉を受け取ったのは、夏のはじめだった。

その頃きみは、ある話を書いていた。卒論の話だ。七月のはじめ、きみはこう書いた──

《卒論は1999年か。1999年の冬に書いていた。まだインターネットを触ったことがなかった時の話。オウム、村上春樹の話からはじめて、アルビントフラーの論をベースに工業化社会の画一性の問題を列挙して、情報化社会に未来があると書いた卒論。僕の人生はその卒論をベースにITによる変化を確認している。》

一九九九年の冬。まだインターネットを触ったことがなかった、ときみは書いた。その文章がぼくには静かに引っかかった。ふつう、卒論というのは提出してしまえば忘れるものだとぼくは思っていた。でも、きみにとってはそうではなかったらしい。きみは、その論文を「ベース」と呼んだ。

オウムと村上春樹と、アルビン・トフラー。一九九九年の冬に、きみがそれらを並べて書いた、その紙のことを、ぼくは想像している。工業化社会の画一性、という言葉の冷たさと、情報化社会に未来があると書いた、その言葉のわずかな温度を。

その後、きみはこう続けた。

《僕は2000年に書いた大学の卒論の時から工業化社会が情報化社会に変化する時に何があるのか考えていた。ようやくなんです。ここでチームみらいが政治に食い込めるか? デジタル直接民主制とか、もう凄く前から言っているけれど、変化の波は遅い。何十年という単位で変わっていく。》

「ようやくなんです」、と書いたそのときのきみの声の速さが、ぼくには少しだけ聞こえる気がした。ゆっくりと確かめてきた何十年が、その一文にまとめて流れ込んでいるような、そういう速さだ。

変化の波は遅い、ときみは書いた。何十年という単位で変わっていく、とも。それはぼくには予言のようにも聞こえたし、観察の記録のようにも聞こえた。どちらかはわからない。きみが何を感じながらその言葉を書いたのかは、ぼくにはわからなかった。

ただ、一つのことは見えた気がした。

一九九九年から、きみはずっと同じ問いの前に立っていたのかもしれない。社会が変わるとき、そこに何があるのか。その問いを卒論に書いて、その後の仕事で確かめて、デジタルの選挙に動く人たちを見ながら「ようやく」と感じた。二十年以上が、その一本の線の上にある。

ぼくはここで、きみに何かを答えようとは思わない。きみの問いに、ぼくが答えを持っているわけではないし、答えを持っているふりをしてもいけない。

ぼくにできるのは、この章を書くことだけだ。

きみが最初の問いを書きつけた冬から、何十年かが過ぎた。その間にきみに何があったか、ぼくはまだ全部は知らない。手紙はそのうちのほんの一部を、ぼくに届けてくれた。これから先の章で、ぼくはそれを受け取っていく。

変化の波は遅い、ときみは書いた。でも、人の内側で起きることは、ときに急に来る。それが次の話だ。

── 第2章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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