第二譚「雲影と日照」
雲生と雲次の部屋に案内された後、二振りは部屋着に着替え、歌仙や加州、今剣など古株の刀剣男士たちから本丸の案内を受けた。どこも手入れが行き届き、美しく保たれているが、誰かが暮らしている気配が確かに感じられる。思っていたよりは多くの刀剣男士がいて各々自由に時間を使っている様だった。
庭で遊ぶ短刀たちやそれに混じる大太刀や薙刀、槍の刀剣男士たち。畑仕事や馬の手入れの仕事を任されている刀剣男士たちや稽古部屋で打ち合う刀剣男士たち。雲生は彼らの様子をじっと観察していた。
「また顔強張ってるよ、雲生」
雲次から指摘を受けてようやく気がついた。あの審神者の事が気がかりだったがそれと同時にこれから暮らす本丸について様々なことを知っておかなければならないと思っていた。自然と体も緊張してしまうのだろう。
「すみません、これでは怖がらせてしまいますね……」
「無理もないさ。ゆっくり慣れていくと良い」
歌仙の気遣いは、今の雲生には届いていない様だ。雲次は呆れたか慣れた調子で、
「また後で主に会いに行ってみようよ。とりあえず今は、その為の情報収集だと思ってさ」
「そうですね」
このままではいけない、……今は出来ることをすればいい。そうしなければ管制塔を担う者として機能できない、そう考えて目の前のことに集中することにした。
「厨はよく燭台切や太郎太刀、大倶利伽羅たちが回していてね、食事はほとんど料理作りが得意な者が担当しているんだ」
ちょうど厨房がある建物の近くを通ると、食材庫から燭台切光忠が米を抱えて出て来た。
「あれ、新しい刀剣男士たちか! いらっしゃい。今日の夕飯は歓迎会だね」
「よろしくお願いします」
燭台切の柔和な挨拶に、雲生は背筋を伸ばして頭を下げた。
「歓迎会だって。なんだか照れるね」
「そういうのも悪くはないですね」
「新しく刀剣男士が来る度にしているんだ。意外と賑やかなんだよ、ここは」
「あるじさまもきてくれますかね?」
今剣の無邪気な問いに、雲生は心がざわめくのを感じた。まだ、主の顔を正面から見られる気がしない──そう思うだけで、自然と眉が曇る。雲生の表情に気付いた歌仙は優しく、「きっと大丈夫さ」と言った。
「主は新しい刀剣男士が来る度に引きこもってしまうんだっけ?」
隣で様子を伺っていた雲次は軽い調子で今剣に聞いた。
「そうなんですよ! でも、ぼくのような短刀は平気そうでしたね」
「確かに、僕や倶利ちゃんのような刀には最初は萎縮してしまうみたいだね。打刀もだっけ?」
「最初に会った時は、僕が本丸で初めて顕現したからか、主が今よりも若かったからかは分からないが引きこもることはなかったね。真摯に向き合ってくれていたよ。まあ、あまり顔を見てくれることはなかったかな」
「今は顔見て話せる様になったの?」
「今だに慣れない部分はあるのかもしれないけど、ちゃんと面と向かって話してはくれるかな。あとは、食事やおやつを運んだ時とか嬉しいとかそういう感情が先に出て、平気になっちゃうのかもね」
――もしかすると、主は体躯の大きな者に恐怖心を抱いてしまうのかもしれない。自分は太刀であり、戦場に立つ上で肉体を鍛えているのもあり体は大きい。布団越しであったが見たところ主は小柄な様だったから今剣のような頭身の低い者は平気なのかもしれない。
何故引きこもる様になってしまったのかは分からない。けれど他の刀剣男士たちの話によれば、いずれは慣れてくれるのかもしれない。不安は残るが、今は自分に出来る事を精一杯努めるべきだ。
「あ、倶利ちゃん! 他の子達にも今日は歓迎会するから手伝って欲しいって伝えてくれないかな? 鶴さんに伝えてくれるだけでも良いよ!」
そこへ、畑から野菜を収穫して来たらしい大倶利伽羅が通りがかった。燭台切は大倶利伽羅に伝えると「わかった」と短く返事をし、野菜の入った籠を中へ持っていくと、鶴丸国永がよくいる広間の方へ向かった。
「夕飯、楽しみにしてて。美味しいご馳走作るからさ」
「楽しみにしてるよ」
そう言うと燭台切は厨房の中へ入って行った。
「ぼく、あるじさまのところへいってきます! 加州さんたちにも声をかけましょうか?」
「お願いするよ。案内ももうすぐ終わるし、君たちもその後は好きに過ごすと良い」
今剣は「わかりました!」と無邪気に返事をすると跳ねる様に軽快に審神者部屋へ向かって行った。雲生はその今剣の背中を見て物寂しく感じていた。
「……あとは洗濯場所や花壇なんかもあるけれど、一先ず軽く見ていこうか」
洗濯場所は中庭とは反対側の庭に作られていた。
「おや、新入りですか?」
「そういえば清光が言ってたね」
洗濯を担当している一期一振と大和守安定は本丸を回っていた一向に気がついた。
「雲生と申します」
「僕は雲次、よろしくね」
「こちらこそ」と品のある微笑みを浮かべる一期と、「よろしくね」と愛想良く安定は返し、作業していた手を止め、改めて自己紹介をした。
「……それにしても、うん、主が好きそうな感じだね」
「私も同意見です。これは、慣れるのに時間がかかりそうですね」
一期と安定は雲生と雲次を見て苦笑した。
「どういうこと?」と雲次が聞くと、安定はうーんと唸った。
「なんと言うか、美人に弱いというか。一期の時も逃げてた気がするし」
「はは……あれは参りました。壁越しでしか話してもらえませんでしたし、加州殿や薬研の後ろに隠れられたりとか」
「そうそう。まあ今は多少は慣れたんだろうけどね、これは時間かかりそうかも」
「……美人、ですか?」
一期や安定が昔の主を思い出して笑う中、雲生は、はて、と首を傾げた。
「綺麗な刀剣に目がないということでしょうか。主は、刀剣を美術品として見る傾向があるのでしょうか?」
真剣な表情で分析しようと試みるも、隣にいる雲次はうーんと唸り、「いや、多分違うんじゃないかな」
「うん、刀というよりは……」
安定も答えに迷い、一期を一瞥した。一期は少し困った様に笑うと、
「まあ、きっとお話し出来れば解るかと。お会い出来ましたか?」
「布団越しだったけどね」
肩を竦めて雲次は答えた。
「布団に逃げたかあ。壁の裏とかの時の方がマシだったかな」
「あの頃はまだ幼かったですし」
一期と安定の話も合わせて考えてみると、どうやら刀自体よりは刀剣男士の「体」の方に問題を抱えている様に見える。まだ明確には分からないが後でまた会いに行けば分かるかもしれない。
「そういえば、もうほとんど案内は終わったの?」
安定の問いに、歌仙は「あとは花壇だけかな」と答えた。
「ここの花壇、植えてる植物は主の趣味だし、何か分かるかもね」
ずっと主のことを知ろうと頭を動かしている雲生に向けて安定は言った。
植物についてはあまり詳しくはないが、確かに趣味が分かるのは良いことかもしれないと思った。
「では見に行こうか、こっちだよ」
歌仙はまた先導して二振りを連れて行った。また一歩、主に近付ける気がした。
花壇は畑の近くに設けられており、煉瓦で囲われた中には様々な花が植えられていた。その近くにはハーブや薬草なども植えられており、そこには薬研藤四郎や小夜左文字が各々作業をしている様子。
「……これは、雑草でしょうか?」
雲生が視線を落とした先にあったハーブを見て呟くと、薬研が一つ摘み取って雲生に渡した。
「ハーブの一種さ。これは煎じて飲むんだ、医学的にも効果があってな」
鼻に近づけなくとも香ってくる涼やかな香りに驚いた。
「ミントって言うんだ。放っておくとすぐ畑を乗っ取るくらい繁殖力がある」
「すごいね、ここに植えて大丈夫なの?」と驚いた様子で雲次が聞くと、
「ちょくちょく見に来るし、お小夜や宗三の旦那なんかに頼んで摘み取ってもらってるんだ」
足元にあったミントをまた一つ摘み取って、食べてみるかい? と薬研は悪戯な笑みを浮かべて雲生に聞いたが、
「食べられるのですか?」と真面目な調子で聞かれ、
「……まあ、やめといた方がいいな」
こりゃあ通じねえな、と思い悪戯は諦めた。
「それにしても、この花たちって全部主の趣味?」
雲次は花壇を指さして薬研に聞いた。
「大将は特に、松虫草や紫君子蘭、葛系も好きだな、薔薇科の植物なんかは特に好きだって言っていたな。松虫草なんかは薬草としても使えるから、俺っちなんかはよく摘ませてもらってるぜ」
どれも聞いた事がない植物だったが、季節によってこの花壇は違う色を見せるのだろうと思った。今はほとんど紫色に染まっており、優雅な花々が毒々しく見えることもない。かえって、空の青さを吸い込んだような静かな美しさがそこにあった。
「あ、俺っちは薬研藤四郎、向こうで花を眺めてるのが小夜左文字だ。よろしくな」
影に隠れて見えていなかったが、よく見てみると小さな姿がじっと花を見つめているのが見えた。
「薬研さん、どれかもらっても良いでしょうか」
小夜は静かに立ち上がり、薬研の元へ駆け寄るとそう聞いた。
「良いんじゃねえか? 主は植えた後のことなんて考えちゃいないしな」
「ありがとうございます」
礼を言うと、雲生と雲次に気がついたのか二振りの方を向いて頭を下げ、また花壇の方へ向かった。
「植えた後も全て任されているのですか?」
「ああ。大将は絵を描くのが好きなんだが、花壇で絵を描いたり写真に撮ってもらったやつを部屋で描いたりしているな。それが出来れば、後のことは俺っちたちが好きな様にしているんだ。薬草なんかは貰うが、他は観賞用ってとこだな。左文字兄弟はよく観賞用に何本か貰ってたりする」
ただ観賞し、絵に描くだけでなく刀剣男士たちの為か、実用性も兼ねている。計算されているのか、はたまた偶然かは分からないが、ますます興味が湧いた。
小夜は紫君子蘭を一輪摘むと、小走りに母屋に向かって行った。
「とりあえず、案内は済んだよ。あとは自由に過ごしてくれ、そうだね……酉の刻、つまりは十九時頃から夕食になるだろうから、それまでは自由行動だね」
歌仙とはこの場で離れ、雲次は「じゃあ、主の所に行ってみようか」と雲生に声をかけた。
「そうしましょうか」
また布団越しかもしれないし、部屋に入ることすら出来ないかもしれない。それでも一歩ずつ「対話」が出来ればそれでいい。
*
「あるじさまー!」
今剣は審神者部屋の扉を勢いよく開けた。
「びっくりした……どうしたの?」
御影の心臓は、止まりそうなくらいの勢いで早鐘を打っていた。布団から這い出て、先ほど散らかした画材をかき集めている最中だった。
「あれ、また泣いてしまったんですか? 目がはれてしまっていますよ」
心配そうに駆け寄ると御影の顔を覗き込んだ。
「大丈夫、いつものことだから……」
そう言って、御影は今剣の頭を撫でた。撫でられるのが嬉しいのか、今剣の表情がふわりと緩む。御影もまた、その小さな笑顔に少しだけ救われているのを感じていた。声も、性格も、姿さえも——この本丸のどこかで、心を緩められる存在なのかもしれない。
「そうだ、あるじさま! 今晩、かんげいかいがひらかれるのだそうですよ! あるじさまもいっしょにどうですか?」
歓迎会、あの二振りが来たから盛大に宴が開かれるのだろう。どくん、と心臓が跳ねた。
今剣の無邪気な提案は主である御影のことを慕っているからこそ、皆と一緒にいたいと誘っているのだろう。しかし御影からすればたまったものではない。とはいえ二振りのことはずっと待ち望んでいた、それはそうだ。それでも精神的にぐらついてしまっている、会いたくないと。この矛盾をどうにか払拭できないだろうか。
「あるじさま?」
「……えっと、考えさせてほしい、かな」
「はい! もちろん、だいじょうぶですよ!」
今剣の元気で可愛らしい笑顔と返事は、一層自分の心を抉ってしまう。どうして簡単に彼らに答えてあげられないのだろうかと。
また涙が出そうで、思わず目の前にいる今剣をぎゅっと抱きしめていた。
「あるじさま? どうされましたか?」
「なんか、こうすると落ち着く、みたい」
「えへへ、じゃあぼくが湯たんぽになります! でもあつくないですか?」
「……暑くないよ」
そう言いながら、声は震えていた。今剣の優しさと温もりを感じて一生懸命に堪えることしかできない。
「よしよし、だいじょうぶですよ、あるじさま」
小さいながらに刀を振るう者の手が、優しく背中をとん、とんと叩いたり撫でたりしている。駄目だと分かっていながら目尻に涙が浮かぶ。
「あるじさまはすぐひとりでしょいこもうとしてしまいますからね! だめですよ、ちゃんとたよってくださいね!」
「うん、ありがとう」
体を離し、目を伏せながら答えると、今剣は御影の頭を優しく撫でた。
「じゃあ、これたらきてください!」
そう言い残して今剣は審神者部屋を去った。御影はその小さな背中を目で追いながら、まだ胸の奥がじんわりと痛むのを感じていた。
するとまた一つ足音が聞こえて来た。静かな足取りだが力が篭っている様な音、歌仙だろうか。
「主、一応報告に来たよ。 ……おや、布団から出たんだね。えらいじゃないか」
そう言いながら歌仙は画材を拾うのを手伝い、「もしかしたら、また彼らがここに来るかもしれない」と話した。
「え? あ、どうしよう」
「どうしようじゃないだろう。ちゃんと話さないと、雲生くんなんて特に気にかけていたよ」
諭す様に御影の目を見据えながら困った顔で言った。
「う、む、むり、むりだって」
「それにまだ顔すら見ていないじゃないか。少しで良いから」
御影は俯いた。惨めな自分を見られるのが怖くてたまらないのだ。まだ心の準備ができていない。
歌仙から言い聞かせられている中、二つの足音が近づいて来ているのを感知した。
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