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Oración──恒常性同化作用が導く不条理な終着点

有城 砂卯

11,265 字

現代ロマンス、ライトコメディ

"推しとの出会いは、不条理な運命のいたずら。甘く、時に切ない、大人の恋のプレリュード。"

入院先で“長年の推し声優”勢雄祥匡(せお よしまさ)と出会った高校生・杉田弥依(すぎた みい)。 偶然を祈りと錯覚しながらも、彼女は「推し」を“人”として見つめはじめる。 やがて大学生となった弥依は、勢雄の母・祥華の喫茶店で働くことに。 再会、距離、そして「大切なだけじゃ、ダメか?」の夜──。 これは恋の成就ではなく、“憧憬を現実に還す”までの物語。 母から娘へ、推しからファンへ、そして人から人へ。 誰かを想う気持ちが、恒常性を取り戻すまでの四季の記録。

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2・乞巧

 勢雄さんが退院した後、あたしが退院するには二ヶ月を要した。
 退院したらしたで、直ぐに夏休みになってしまって、遅れた勉強を取り戻すのは、至難の業だった。
 よって、高一の夏休みは補習で終わった。

 とはいえ、高校生活はそれなりに楽しく過ごして。
 告白とかもされちゃったりして、お付き合いとかもしてみたけど、女の子と遊ぶほうが楽しくて、放っといたら罵倒された。
 
 いっけどね。
 
 入試やなんだって、ばたばたして、
 あっという間に大学生になっていた。
 
 相変わらず勢雄さんは舞台三昧で、チケット買う身にもなれや、なんだけど、そこはこう……惚れた弱みってやつよね。
 
 日参したい気持ちを堪えて、初日と千秋楽だけは押さえることで我慢した。
 時々、お母さんがチケットを用意してくれたのは助かった。素直に甘える。
 ありがとう、母。

 そんな母が夏休みを控えたある日、「お出掛けしましょう」と、少女のように浮かれて誘ってきた。
「どこに?」と聞いても教えてくれない。
「着いてからのお楽しみ」……母、いくつだよ。

 やって来たのは、大正浪漫漂うモダンでレトロな喫茶店だった。
 一人なら、入るのに物怖じしそうな大人な雰囲気。
 
「ここはなんと、勢雄様のご実家であらせられます!」
「はあ?」
 意気揚々と講釈を垂れる母とは裏腹に、間抜けな声が出る。
 
「なあに?嬉しくないの?」
「いや、嬉しいけど…ご実家とか…そんな……ご迷惑でしょう!」
「商売をやっているんですもの。節度ある客として伺えば、無問題!」
 と、お店の中へと入っていく。
 もう。

 外の明るさから切断された、ちょっと暗めの室内。
 いつも行くカフェとは違う、重厚な雰囲気。
 大きなのっぽの古時計。
 ちっく、たっくって、……音しない?!
 
「ふふっ、いらっしゃいませ」
 カウンターには、まあ、粋とかいなせとか、この方のためにあるんじゃないかと思わんばかりの美人さん。
 ……勢雄さんのご実家で……美人さんと言うことは……もしや、奥様っ!?
 
「ごめんねー、それ、外見は柱時計だけど、中は電波時計なのよ。ネジ巻くのが手間でね、そしたら息子が小道具のノリで作ってくれたの。だから振り子は飾り」
「……息子さん……?」
「……勢雄様のお母様よ」
 と、こそっと耳打ちしてくる母。
「うそっ!若っ!美人っ!」
 ……そこで、何で拗ねるかな、母。
 
「ふふっ、こちらにどうぞ」
 カウンターの席に促されて、お母さんと隣同士に座る。
 なんか、大人っぽくて、くすぐったい。
 
 映画とかでしか見たことない、多分コーヒーを淹れるのに使う道具たち。
 棚に並んでいるカップたちは、ひとつとして同じものは無いのに、でも不思議な統一感はあって、こだわりを感じさせる。
 
 ん。ここに勢雄さんが座って、煙草を燻らせながら、コーヒーとかお似合いですよ。
 コーヒー…ここはあえて珈琲って言おう。
 
 なんて、妄想を捗らせていたら、
「あの子のファンとは久しいねえ。この頃はこの狭い店内に、所狭しと若いお嬢さん方がいらしてたけどねぇ…」
 
 取り出したのは、一枚の色の飛んだ写真。
「うおっ!これ勢雄さん?若い!」
 
「お母さんが勢雄様追っ掛けてたのもこの頃ね」
 母。さすが声オタです。
 同人誌やら、一時はコスプレやらもやってたと言うから、母のバイタリティー恐るべし。

「……でも今の方が良くない?」
 見慣れてるからかな?古い写真の中の勢雄さんは若くて、まあちょっとカッコいいけど、あたしの知ってる勢雄さんじゃないみたいだ。

 ん?母?てか、美人さん?なんか変な空気だぞ?
 うーん…

「それにしても、おかあ様おきれいですね…」
 って呟いたら、きゅうと、眉根を寄せて。でもそのお顔さえもお美しい。
 
「祥華、とお呼び。ま、ホントに娘になる気なら、おかあ様呼びでも良いけどね?」
 と、飛びきりの笑顔で微笑みかけていただいてますけど……えっ?あ?何を仰っておられるのですっ?
 二の句を継げずに固まっていたら「くっ、冗談だよ」って、勢雄さんと同じ顔で笑う。
 親子なんだなぁ、って思う。

「勿体ないお話です」と振り子のごとく、ぶんぶん首を振るしかできなかった。

 そんな出会いを経て、なぜか夏休みはここでバイトをすることにまでなってしまったのでした。なぜ?

 ◆

『勢雄さんのご実家って、喫茶店でしたよね?』
 
『良くご存知ですね?さすがと言うべきですか?』
 
『弥依ちゃんをバイトさせてくれない?』
 
『何で、バイト?』
 
『何でもお気に入りの役者さんが舞台にしか出ないから、お小遣いもお年玉も使わないで“チケット代”につぎ込んでいるのよ』

『で、“チケット代”の為に、夏休みだけでも働きたいって言ってねえ』
 
『お気に入りの役者さんが』
 
『舞台にしか』
 
『出ないから』
 
『毎公演、チケットをご用意していましたが、届いてませんか?』
 
『届いてますよ。でも弥依ちゃん、初日と千秋楽の二回ずつ観に行ってるんですもの』
 
『わかりました。母に話しておきます。場所はご存知ですね』
 
『もち!じゃあ、明日には行くからよろしくね!』
 
『はい。了解しました』

 あの子の母親は、文字だけでも元気だ。
 退院間際にアドレス交換を持ちかけられてた時は躊躇したけれど、まあ、あの子の母親なら、漏洩することも無いだろうと、妙な信頼感で応じた。

 実際、メッセージが頻繁に送られてくるわけではない。
 季節の行事とか、そんな時にご丁寧に写真付きで送られてくる。
 少しずつ変わるあの子の髪の長さに、過ぎ行く年月を感じてしまう。

 母親も、あの子と同じで特別なにかを要求してくるわけでもない。
 今回のようなお願い事は、初だ。
 チケットの手配も俺から言い出したこと。
 まさか毎公演二回来てるとは……いや、知ってたな。あの子は毎公演、二枚のアンケートを出している。
 
 
 仕方ないな、と階下の店に出て、カウンターに座る。
「あのさ、お袋。バイトをさ、一人使ってくれない?」
 コーヒーを出してもらって、煙草に火をつけようとしたら、
「禁煙。珍しいお願い事ね。彼女?」
 誂ってやがる。

トンっ……
「ちゃんと入れなさいよ」と主張して無言で置かれた砂糖壺から、砂糖をスプーンに半分だけ取って、コーヒーに沈める。
 
「ばーか。そんなわけあるか。相手は未成年だぞ?犯罪だわ。入院中に知り合った子なんだけど。けど、まあ、いい子だから」

 平静を装ってるつもりでも、コーヒーを掻き回す指が止まらない。
 薄ら笑いを浮かべたお袋が、更に無言でコーヒーにミルクを垂らす。
 胃潰瘍で倒れてからというもの、ここでコーヒーを飲むと入れてくる。
 砂糖だけで勘弁してくれ。
 
「光源氏みたいで、面白いじゃない」
「ひか……」
 
「ぷっ!うそうそ。そんなタイプじゃないことぐらい知ってますよー母ですもんっ!」
「もんっ、ていくつだよ」
「忘れちゃったー」

 ……母親との会話だよな?
 ため息をついて、残ったコーヒーを飲み干す。
 まあ、あの子もお袋のところなら安心だ。

 三ヶ月の地方巡業が始まるから、会うことはないだろうが、そばに感じるのが嬉しい。
 ……嬉しい……のか?

 煙草を吸いに外に出る。
 ナイフみたいな銀の月が、空に浮かんでいた。
 

── 第2章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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