第1話 五感のある夢
私の名前は、真里谷耕作54歳。
真里谷電機商会を営んでいる、いわゆる町の電気屋さんだ。
地元の皆さんに可愛がっていただき、さらに大手家電量販店との修理サポート契約も数店と、日々、忙しいながらも充実した毎日を送らせてもらっている。
妻と、大学生の息子と高校生の娘。
家族にも恵まれて、プライベートも幸福な人生だと実感している。
そんな私の趣味は、ズバリ発明だ。
と言ってもそんな大層なものじゃない、独自の基盤に、適当に回路を作っていく。
はっきり言って、起動したことがない。
そりゃあそうだ、自分だって何がどういうふうになるものを作っているかわからないんだから。
机に向かってハンダ付けする私の姿を、家族は呆れた目で生暖かく見ていることだろう。
ある店の休日、激しい雷雨の中、私は狭い作業部屋で新しい基盤を作っていた。
例によって何ができるのかわからない、小さな手のひらサイズの基盤。
かつて私が使っていたiPod、さらに骨伝導スピーカーの古い携帯。
言ってみればガラクタを分解してその回路の半導体から基盤を組み立てた。
すると、雷の音が近づいて来る気がする。
私は、一度家族のもとに、必要な家電のコンセントを抜いておくように指示した。
近くの電柱に落雷があった場合、過電流ですべてが故障する場合がある。
私は店舗の家電のコンセントをすべて引き抜いた。
最後のテレビのを抜いた瞬間。
ビシャーン!
稲光と共に、猛烈な轟音が鳴り響き、家中の照明が落ちた。
慌てて外に出てみると、我が家へ送電している電柱のトランスが黒く焦げている。
落雷だ。
「お父さん、停電?」
店舗にやって来た妻が、心配そうに私の元にやって来た。
私は焦げたトランスを指差した。
「コンセント抜いていて正解だったな」
「でもまいったな、照明は全部変えなきゃな」
「うちが電気屋で良かったわ」
気楽な妻に救われる思いがした。
「子供達は?」
「どうせ部屋でスマホばっかり見てるわよ」
「電気が落ちたことすら気づいてないんじゃない?」
どこまでもお気楽な家族に、ちょっぴり不安を覚えてしまう。
「まあ、雷が遠くに行くまではトランス交換の作業はできないだろうから」
「復旧はしばらくかかるだろうな」
妻はため息をつくばかり。
「料理はカセットコンロでできるけど、食材がいたんじゃうわね」
私はふと、あることに気づく。
「となると、ビールぬるくなるな、今のうちに飲んじまおう」
苦笑いの妻が、私に吹きかけるようにため息をついた。
「まったく、あなたはいつも気楽で良いわね」
お前たちには言われたくはないな。
と、言うわけで、私は冷蔵庫にあるまだ冷たい缶ビールを三本さげて作業部屋に向かった。
すると、机の上に煌々と灯る白い光があった。
近づくと、そこにはiPod。
忘れていた。
組み上がったそれを充電していたことに。
拾いあげようと触れた瞬間、一度ブルっと震えた。
そして、小さな画面に様々な景色が浮かんで来た。
私はビールで喉を鳴らしながら、食い入るようにその景色に見入ってしまった。
私の記憶だ、子供の頃に通った小学校。
受験の様子。
インターハイ。
出会った頃の妻。
生まれたばかりの子供達。
思わず机に置くと、画面は白く戻る。
一体、なんなんだ、これは。
二本目のビールを開けて、今度はイアホンを差し込んでみた。
またしても手の中で震え、耳元も同じように震える。
適当にボタンを押すと、違う景色が映る。
私の景色とは違う光景。
しかし、身に覚えがないものではない。
一回戦で負けたはずのインターハイで優勝している。
赤門をくぐり、銀杏並木のキャンパスを歩く。
有名な映画監督が見守る中、カメラに向かう私。
ストックホルムで私に差し出される、アルフレッド・ノーベル博士の肖像が刻まれた金色のメダル。
すべて、私が今までの人生で思い描いた未来の夢そのものだった。
そんな時、イアホンから独特な機械音が鳴り始めた。
聞き覚えがある。
ぴー、がー、ぴりりりりー
インターネット黎明期、電話回線を介して接続される時の音だった。
私は急激な睡魔に襲われて、深い眠りについた。
「……耕作、耕作」
私を呼ぶ声にふと目覚めると、見覚えのある景色。
これは確か、妻との結婚式の会場の控え室だ。
「何を居眠りしてるんだよ、こんな大事な日に」
「もうすぐチャペルに行く時間だよ」
「まったく、気楽な子だよほんと」
絶句とは、このことだ。
数年前に見送ったはずの両親が立っている。
モーニングを着た父、留袖の母。
自分の顔を鏡で見ると、あの日の自分が白いタキシードを着ている。
32歳の私だった。
は、は〜ん。
これは夢だな。
慌てて、テーブルの冷めたコーヒーを啜る。
あれ?
味がする。
カップを持つ手に触覚がある。
夢じゃないのか?
タイムスリップ?
私の頭は完全に混乱してしまった。
その時、控え室に式場スタッフが現れた。
「真里谷家さま、まもなく挙式となりますので、チャペルへと御移動ください」
親父とお袋が、二人で私の肩を叩いた。
「ほら、しっかりな」
「"恵理子"さんも、大層綺麗なんだろうね」
……恵理子?
妻は……美和子なんだが……
何が何だかわからないまま、私はチャペルで牧師の元に立った。
まあいい、あの日心が踊った妻に。
ウェディングドレスを纏った美和子にまた会える。
ワクワクしながら待っていると、式場の扉が開いた。
その瞬間、私の心臓が飛び出さんばかりに跳ね上がった。
現れたのは、妻じゃない。
見覚えはありすぎる程ある。
しかし、会話をしたことはない。
会ったこともない。
当たり前だ。
学生時代。
雑誌のグラビアで、テレビで、写真集で。
毎日のようにその目に焼き付けていた人だ。
「五浦……恵理子……さん?」
彼女ははにかんだ笑顔を浮かべながら、父親に手を引かれて、こちらに近づいて来る。
私の冷や汗は止まらない。
なんどもハンカチで顔を拭くが、その布が触れる感触もしっかりある。
やがて、彼女と私は並んで牧師の前に立った。
牧師のお決まりの口上が続く。
「新婦恵理子さん、あなたは病める時も、健やかなる時も……誓いますか?」
「はい……誓います」
即答だった。
次は私の番だ。
「新郎耕作さん……誓いますか?」
いやいや、いきなりそんなこと言われても。
一世を風靡したトップアイドルですよ?
私は一体どこでこの人と知り合って、どうなってこうなってるんだ?
「耕作さん?どうしたの?」
憂のこもった、不安気な表情の恵理子さんに、小心者の私の胸は締め付けられた。
美和子、すまん。
「はい、ち、誓います」
恵理子さん、満面の笑顔を浮かべる。
「それでは、誓いのキスを」
そうだよな、それだよな。
私は震える手で、彼女のヴェールに手をかけて、恐る恐るあげた。
まぎれもない、五浦恵理子さんがいる。
彼女は柔らかな表情で、そっと目を閉じた。
やばい、やばいぞ真里谷耕作。
これがタイムスリップなら、この人とどんな人生が続くんだ?
大混乱だ。
やがて覚悟を決めた。
そっと、彼女に顔を近づける。
その時だった!
「お父さん、お父さん!」
我に返った私は、自宅の作業場にいた。
振り返ると娘の姿。
「居眠りなんかして、昼間からビールなんて飲むから」
「ご飯だよ」
安心した。
心底安心した。
しかし、あの夢はなんだったんだろう?
ふとiPodの画面を見てギョッとした。
先程の夢の光景の続き。
私と恵理子さんの披露宴が映る。
もしかして、さっきの夢はこの機械から?
思い出すと、あの接続音と睡魔。
そして、五感のある夢。
これはそれを見せるのかもしれない。
いや、きっとそうだろう。
夢を……DREAMを見せる機械。
D-pod.
いや、発明してしまったのか?
雷の過電流という不可抗力か?
しかし、私の手元にあるのは間違いない。
「お父さん!早くしなよ!」
キレ気味の娘の声。
いかんいかん。
停電の中、充電式の蛍光灯の灯りの元で食卓を囲む。
席について、ぬるくなったビールを口に運んだ瞬間。
息子がスマホのネットニュースを見てつぶやいた。
「女優の五浦恵理子、離婚したんだって」
ぶぼふ!
私は、盛大にビールを吹き出してしまった。
D-pod 第2話 高額配当
俺の名前は中田博信。
28歳、とある家電卸売業者の営業をしている。
毎月毎月ノルマに追われる日々。
朝早くから、夜遅くまで歩き回り、自分の時間なんてありゃしない。
成績の芳しくない俺には、家賃払って飯を食ったら、手元に残る金なんてない。
そんな俺の趣味はギャンブルだから、始末が悪い。
財布の中はいつもすっからかんだ。
せめて恋人でもいれば、と思うが、なにしろ……
出会いがない、時間もない
そんな毎日を送っていたある日、得意先である町の電気屋さん、真里谷電気商会を訪ねると、店主の真里谷耕作さんが店先で立って、電力会社の人が作業する電柱を見上げていた。
この人は、いい人だ、割と色々と仕入れてくれる。
ま、延長コードとかの小物ばっかりなんだけどね。
「真里谷さん、お世話になってます」
「電柱、どうしたんですか?」
「ああ、中田くん、実はさ」
「こないだの雷で、トランス直撃してさ」
「交換してもらってるんだよ」
「じゃあ、いま停電してるんですね」
「そうなんだ、電気屋が停電なんて、参っちゃうよ」
「まあ、ちょっと寄って行くかい?」
「ありがとうございます」
真里谷さんに促されて、俺は店のカウンターに座った。
お茶を入れてくれている間、ふとカウンターの隅にある小さな機械に目が止まる。
端末みたいでもあるし……イヤホンがついてる。
「あ、それ?」
「そうだね、君たち世代の若い人は知らないか」
「iPodって言ってね、音楽をダウンロードして聞く機械なんだよ」
「へぇ……初めて見ました」
すると、真里谷さんが急に真顔になって、俺の顔を覗き込んできた。
どこか、品定めをするような……何かを興味深く観察するような目だった。
「……君、ちょっと聞いてみるかい?」
「いいんですか?」
こう見えて、好奇心は強い方だ。
早速手に取ると、端末が小さく震えた。
さらにイヤホンをつけると、耳元でも震えて聞き慣れない音が鳴る。
がー、ぴりりりー、ぴー
なぜだろう?
急に激しい睡魔に襲われて、俺の意識は遠のいて行き、気がつくとそれまでのスーツ姿から、私服の俺が、場外馬券売り場に立っていた。
手元の競馬新聞を読むと、3年前のその年最初のGⅠレース。
大惨敗したレースの前に戻っていた。
「な……なんだ?」
「タイムスリップか?」
もしそうなら、しめたもんだ。
自慢じゃないが、記憶力には自信がある。
この年のGⅠレースの前三頭の組み合わせは、完璧に記憶している。
ただ、俺が知っている過去かはわからない。
結果は、同じかはわからない。
俺は、千円で俺の知っている三連単の組み合わせを買うと、馬券を握りしめてその時を待った。
結果は……
見事に的中!
配当83560円!
俺は一瞬にして、80万もの大金を手にした。
震えたね。
髪の先から、足の爪の先までアドレナリンが駆け巡った。
場外を出た俺は、すかさずある場所に向かう。
まあ、興奮に支配された若い男が行く場所だ。
察してくれ。
何はともあれ、俺はタイムスリップをしたんだ。
そして、俺が最も得意な方法で億万長者になれる世界だ。
人生イージーモードだぜ!ざまあみろ。
それからの俺は、ネット銀行の口座を開き、そこからサイトからの投票を始めた。
最初のGⅠから二ヶ月後、本格的なGⅠウィークの始まりだ。
口座の金を全額賭けては、ありえない配当が返ってきた。
もはや仕事なんて無意味だ。
退職代行を使って仕事を辞め、タワーマンションの高層階を一括で買った。
車も良いのを買った。
夜の街で、何人もの女性と並んで歩く。
最高だ、最高の人生を手に入れてやったぜ!
やがて、年末の有馬記念も勝利!
俺の口座には、50億もの金額が表示される。
素晴らしい、次は何を買おうかな?
パイロットつきの自家用ジェットでも買って、世界旅行でもしようかな?
しかし、年明け早々。
俺の手に入れた薔薇色の人生に影が差してきた。
発端は、とある一本の電話だった。
『中田博信さんで、お間違えないですか?』
「はい……そうですけど……」
『国税局の者です、中田さんの所得のことで』
『来週、税務調査に伺いたいのですが』
「所得って言っても……競馬の配当なんだけど」
『ギャンブルの収入も、課税対象になります』
なんだって?
俺の体中から、冷や汗が吹き出す。
競馬の配当にも税金かかるの?
やばい、やばい、何十億だよ、いくら取られんだよ。
パニックになった俺は、部屋を飛び出してエレベーターに乗る。
何がしたいんだ?
どこに行くんだ?
わけもわからず、高層階からの長いエレベーター。
俺の鼓動は胸が潰れんばかりだった。
一階に到着して、エレベーターが開くと、そこに怖い顔をした、ものものしい集団がいる。
「中田博信さんですね?」
「そうですが」
すると、中央の男が、自分の顔写真の入った身分証を掲げた。
「県警刑事課の者です」
「あなたに、競馬八百長容疑で、逮捕状が出ています」
なんだってー!?
いや、違う、違うんだよ。
八百長じゃない、八百長なんかじゃない。
結果を知ってるだけなんだよー!!
血の気が引いて、思考が停止した俺の手に無情にかけられる手錠。
その時だった。
「……君、中田君」
俺を呼ぶ声に、はっと我に返ると、そこは真里谷電気商会のカウンターだった。
「疲れてたんだね、よく寝てたよ」
「夢……だったのか、よかった」
「何が?」
「あ、いや、あはは……なんでもないです」
俺が鞄に手をかけて、立ち去ろうとすると、真里谷さんに呼び止められた。
「あ、待って」
「実は、落雷の過電流の影響で、隣近所の家電が軒並みやられていてね」
「大量発注したいんだよ」
「カタログ、見せてくれるかな?」
俺は言葉を失ってしまった。
これも夢なのか?
でも、待てよ?
これはちゃんとした仕事の成果だ、ノルマ達成できる。
税務署も、警察も関係ない。
俺は、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!」
すると、真里谷さんが一度端末に目を向けて、どこか含みのある笑顔を、俺に向けてきた。
「中田君、人生ってさ」
「こつこつ地道が一番だよ」
D-pod 第3話 正しい気持ち?
私の名前は、多賀谷憲昭。
54歳。
「のりあき」ではなく「けんしょう」です。
かつては「のりあき」でした。
読み方が変わった理由は、僧籍に身を置いているからです。
若い時、東京でサラリーマン生活をしていたのですが、親類が急逝したことで、帰郷して後継のいなかったお寺を継承し、住職として25年勤めさせて頂いております。
帰郷してから出会った妻と結ばれて、大学生の息子と、高校生と中学生の娘たちに恵まれて、幸福な家庭を築いて来ました。
お盆も終わり、一息ついたこの時期。
家族旅行に行くのが、我が家の恒例行事。
しかし、ハンディカムの調子が思わしくない。
そこで、幼馴染の営む『真里谷電機商会』を訪れていました。
「のりあき、もう20年以上使ってるだろ? これ」
「流石に次に壊れたら、部品ないぞ」
店主の真里谷耕作と私は、保育園からの付き合いで親友です。
電化製品が故障するたびに通っています。
未だに私を『のりあき』と呼ぶ数少ない、親友と呼べる存在でした。
「まあ、気持ちはわかるよ」
「あの日、息子さんが生まれるからって買ってもらったんだもんな」
「すまんな、どうしても家族を映すときには使いたくてな」
分解した真里谷が、中の部品を確認しています。
「あ〜、ここか」
「これなら、うちの壊れたやつで代用できる」
「直せるぞ」
私はふっと胸を撫で下ろしました。
すると、真里谷は私の顔を見てにこりと笑います。
「しかし、お前も家庭を持って、地域からも信頼されて、いい人生送ってるじゃないか」
「そんな風に見えるか?」
「東京にいた頃の、30年近く前だったか?」
「あの頃のお前は、この世の終わりみたいだったからな」
この男は良いやつなんですが、時にこうして古傷をつついてきます。
まあ、それも気心が知れていると言われたら、それまでなんですが。
「確かに、今思えば何をあんなに絶望していたんだろうな?」
「今となっちゃ、良い思い出だよ」
とは言いますが、なんとも言えない複雑な気持ちになるのも確かです。
すると、真里谷が小さな機械を私に差し出しました。
「あれ? 懐かしいな」
「iPodじゃないか、まだ使ってるのか?」
「ああ、現役だよ」
「いまから奥に部品取りに行くから、待つ間音楽でも聴いていてくれよ」
私は、真里谷からその小さな端末を受け取ると、一瞬手の中で震えました。
そして、イヤホンを差し込むと、それも震えます。
さらに、耳に届く音。
がー、ぴりりりりり、ぴー
その機械音が流れると、急激な睡魔に襲われて、意識が遠のいて行きました。
目を開いた私は愕然とします。
東京のとあるレストランに座る私、そして向かい合う女性。
30年近く前、思いこがれていた人。
しかし、臆病で、紳士たれという体裁を守りすぎ、踏み込めなかった人。
あの日だ、あの日の思い出だ。
次に来る言葉は覚えています。
「もう、遅いんだよ、もっと早く言ってくれてたら……」
「もう、決まった相手がいるの」
その言葉が落ちた瞬間。
私の意識は別の場所に飛ばされました。
見慣れないワンルームの一室。
にやにやしながら、小さな四角いビニール袋に針を突き立てる男性。
向こうから、私は認識できていないようです。
何なんだ?
私は幽霊にでもなったのか?
すると、玄関ドアの鍵が回され、入ってきたのはなんと。
……彼女でした。
どんよりと、暗い顔でつぶやくように、告げます。
「……ただいま」
すると、男がいきなり彼女を抱きしめます。
「お疲れ様、どうしたの?」
「なんだか暗い顔して、嫌なことあったの?」
「……なんでもないよ」
男がにやりと笑います。
「じゃあさ、早速」
「嫌なこと、忘れちゃおう」
「……もう」
なんと言うことでしょう?
いきなりおっぱじまりましたよ。
なんたる屈辱。
これは、なんという苦行なのでしょうか?
しかも、仏に仕える身でありながら、目を離せない自分も情けない。
掻きむしりたい髪の毛もない。
すると、男が針を突き立てていたビニールの封を切ります。
あ、あれは!?
だめだ、それ使ったら、穴が空いてる。
あ、あちゃあ。
……そうですか。
すると、急に目の前の景色が変わります。
同じアパートで、白い棒のようなものを深刻な顔で見つめる彼女の姿。
そこに、男が帰って来ます。
「どうしたの? 暗い顔して」
「できちゃった、みたい」
男は、パッと明るい顔になりました。
「やった! じゃあ、結婚、結婚しよ」
「だめだよ、こんな順番が逆のこと、うちの親絶対許さないよ」
「勘当されちゃうよ」
すると、男の顔がすっと冷めて行きました。
「なんで? 嫁の親なんかの意見がいるの?」
「え?」
「嫁の親なんて分際で、文句言える立場じゃないだろ?」
「何を、言ってるの?」
「しかも勘当? 結構じゃない」
男が、いやらしく笑います。
「帰れる場所、無くなるから」
「だから、早速来週引っ越そう!」
「引っ越し? どこに?」
「俺の実家、田舎の老舗なんだ」
彼女の顔が、みるみる青ざめて行きます。
「あなた……仕事は? あの会社なんだよね」
「実は、仕事してないんだ、あの名刺は駅の名刺販売機で作ったやつなんだよ」
「私の仕事は? 資格取ったばっかりでやっと始めたばかりなのに」
「何言ってんの? 辞めるに決まってんじゃん」
「……そんなあ、それならなんで東京にきたの?」
「決まってんじゃん」
男はまた、いやらしく笑います。
「東京から嫁連れて来たってなったら、カッコいいじゃん」
なんだ?
なんだこれは?
真実なのか?
これが、あの後の彼女が歩んだ人生なのか?
その後も、あまりにも胸が潰されそうな現実の数々。
地方の老舗店舗で、大きなお腹で酷使され、生まれたばかりの赤子は、姑に奪われて、次を要求される。
食事の順番も、他の家族が終わってから一人で。
さらに、毎晩帰って来ない夫。
そして……
「うっせえな!ババあ! さっさと金よこせよ」
姑によって育てられ、彼女を見下しきった息子に突き飛ばされる。
幸せに、幸せに暮らしているとばかり思っていました。
しかし、これが彼女が過ごしてきた現実なのでしょうか?
さらに、私の心に湧き上がる別の感情。
これは……だめだ。
私は僧侶だぞ?
考えてはダメだ。
言葉にしては……だめだ!
その時です。
「憲昭、憲昭!」
私を呼ぶ声に、はっと顔を上げると、真里谷の店のカウンターでした。
「直ったよ」
真里谷が、私にハンディカムを差し出しました。
そうか、夢だったのか。
よかった。
ただ、あの夢をみて芽生えた感情。
あれは……早く忘れなければ。
「ありがとう」
私は、ハンディカムを受け取り、立ち上がりました。
すると、端末の画面を見ながら真里谷が言いました。
「坊さんに言うことじゃないかもだけど」
「たまには、自分に正直になっても良いんじゃないか?」
「……なんのことだよ?」
よくわからない事を言う真里谷に、軽く手を上げて帰宅しました。
後日、家族旅行を楽しんだ私は、その模様をSNSにアップしました。
すると、すかさずDMが届きます。
開いた瞬間、息が詰まりました。
【なんで? あなた自分ばっかり】
【あなたのせいだよ】
【あなたが、もっと早く伝えなかったから】
そして、最後の一文に冷や汗が止まりませんでした。
【ざまあみろって、思ってるんでしょう?】
D-pod 第4話 ほんとうのこと
私の名前は本間すぴか、8歳。
とっても優しいパパとママ、あとネザーランドドワーフ♂のマックスと暮らしています。
好きな食べ物はお肉です。
私はマックスが大好き。
だけど、いつも小さなケージの中でちょっぴりかわいそう。
ピーターみたいに、お外を走り回れたら嬉しいだろうな。
私も、そんなウサギさんになってみたいな。
ある日。
お家の冷蔵庫が壊れたから、新しいのを買うために、街の電気屋さんに見にきています。
はっきり言って、私には退屈です。
椅子に座ってる私を見て、お店のおじさんがにっこり笑いました。
「お嬢ちゃん、退屈かい?」
「よかったら、音楽でも聞いてみない?」
私がこくりと頷くと、おじさんはイヤホンを私に近づけてきました。
おもしろそう。
イヤホンを耳に差し込むと。
がー、ぴりぴり、ぴー
なんか変な音がして、急にとっても眠くなりました。
目が覚めると、なぜか電気屋さんじゃなかった。
知らない山の中。
生えてる草は、私より背が高い。
ここはどこ?
パパとママはどこに行ったの?
こわいよ。
ママー!
パパー!
叫んでも、声がでません。
走ったら、なんだか体が飛び跳ねます。
手を見たら、毛むくじゃらで、足もふさふさ。
まるで、ウサギさんみたい。
これは、夢なの? その時、草むらがガサゴソ動きます。
私は思いました。
ママだ、パパかもしれない。
きっと私を助けにきてくれたんだ!
パパー! ママー! たすけてー!
私は動く草のところに駆け出します。
でも、足が止まりました。
草の陰から現れたのは、見上げるくらいのわんちゃんでした。
怖い……
わんちゃんは、尻尾を振りながら私に近づき、私の首ねっこに噛みついて、私をどこかに連れて行きます。
噛まれてるけど痛くない。
でも、怖い。
どこに連れて行くの?
草むらを抜けたところに、ひとりのおばさんがいました。
私を覗きこんでびっくりです。
「ベニー! だめ! かわいそうでしょ?」
「野うさぎさん連れてきたら」
すると、シュンとなったベニーって言われたワンちゃんは、私を下ろして私の首ねっこを優しくなめてくれました。
「ごめんね、痛くなかった?」
ベニーが私に謝ってくれて、私はまた草むらに戻ります。
そうか、私はウサギさんになっちゃったのか。
マックスみたいじゃなくて、自由な野ウサギさんに。
けど、やっぱりお家に帰りたい。
パパとママに会いたいよ。
すると、お腹が空いています。
お家にいると、ご飯は作ってくれるのに。
でもそうか、マックスはいつも小さな四角い粒々を食べてる。
きっとどこかに生えてる草にあるんだ。
けれど、一生懸命探しても粒々は見つからない。
お腹はますますすく一方。
そんな時、また草むらが、ガサゴソ揺れます。
またあのワンちゃんかな?
ベニーかな?
あの子は優しいから好き。
でも、現れたのはよだれを垂らして、唸る黒いワンちゃん。
いきなり私に飛びかかってきました。
私は一生懸命逃げました。
逃げても、逃げても追いかけてきます。
こんなの嫌だよ。
助けて。
パパ
ママ
マックス
おうちに帰りたいよ。
人間に戻りたいよ。
草むらを抜けました。
「でかした! ゴンザブロウ!」
声のする方を向くと、男の人が黒い棒を私に向けています。
私がその姿に気づいた瞬間。
すごい音がなりました。
「すぴか、すぴか」
ママが私を呼ぶ声に気づいたら。
景色は電気屋さんに戻りました。
よかった。
夢だったんだ。
ピーターたちの世界って、あんなに怖かったんだ。
マックスはおうちの中だけでよかった。
私は一生懸命ママにしがみつきました。
「あらあら、この子ったら」
「小学生にもなって、まだまだ甘えん坊だね」
パパも、私の頭を撫でてくれます。
「じゃあ、冷蔵庫も決まったし晩御飯食べに行こうか?」
「うん、またあのお店だよね」
私のお気に入りのお店。
さっきの夢のせいか、お腹はペコペコです。
その時、お店のおじさん。
真里谷さんが、私に向かって言いました。
「いいねえ、何を食べに行くの?」
私は、にっこり笑って答えました。
「お肉だよ、とっても美味しいの」
もう一つ、付け足しました。
「ジビエって言うんだよ」
D-pod 第5話 肝試し
※今回はガチホラーです。
苦手な方は閲覧をお控えください。
フリじゃありません。
こんにちは、俺、真里谷昭輔。
地元の国立大学に通ってます。
親父は真里谷電機商会って街の電気屋を営み、お袋の美和子はその経理。
毎日頑張って働いて、俺と妹を育てて大学まで行かせてくれました。
だから大学では電気工学を学んでます。
卒業したら、実家を継ぐつもりなんだけど、親父はまずはちゃんとそっち系に就職しろって言います。
理由?
俺の分の給料を出せないからだそうです。
てなわけで生意気怪獣の妹の由奈美も合わせた、家族四人楽しくやってます。
毎日暑い八月十四日。
都会に進学してる悪友の、ミツルとケンジから連絡があり、遊びに出ました。
なんのことはない、車持ちは俺だけでしたからね。
俺たち三人は街に出て、カラオケボックスで歌いました。
二人は酒も飲んで、ベロベロです。
俺は運転手で飲めなくて可哀想って?
大丈夫です。
俺、下戸なんで。
外はすっかり真っ暗です。
時計を見たらびっくり!
23時を回っていました。
慌てて車に乗り込むと、ケンジがロレツの回らない口調で言いました。
「このままかえるのもよぉ、ちまんなくね?」
ミツルも同調します。
「それ、いいね」
「やっぱ夏の夜中って言ったら、アレじゃね?」
ま〜た始まったよこいつら。
悪ノリです。
夏休みの夜には、これです。
肝試しが大好きなんです。
何しろ、うちの街にある忠霊墓地は県下屈指の心霊スポット。
夏の夜中には、たくさんの肝試し客が訪れます。
youtuberだってやって来る。
だけど、俺はそっちが大の苦手。
いつも車で留守番です。
まあ、久々の友人との時間。
しかたないか、と車を走らせました。
忠霊墓地に着くと、二人が降りて手を上げました。
「じゃな、一周したら戻ってくるわ」
「たく、相変わらずびびりだな」
「うるせえよ、行くなら行ってこいよ」
スマホライトを灯した二人の背中を見送った俺は、駐車場を見渡しました。
珍しく他に車がいません。
いつもは夏の夜は駐車場いっぱいのはずなのに。
これはこれで、怖いな。
そんな時、あることを思い出しました。
うちを出る時、お店のカウンターである小さな機械を見つけました。
「父さん、これ、ipodじゃない?」
「懐かしいだろ、お前小さい頃アニソン聴いてたよな」
「まだ動くの?」
すると、なんだか含み笑いをしました。
「なんなら持って行っていいぞ」
「なかなか面白いからな」
「面白いってなんだよ」
「まあ、借りていくね」
そうだった。
と、言うことで電源を入れて耳にイヤホンを差し込むと……
がー、ぴりりぴり、ぴー
急に眠くなってしまい、あっという間に意識がなくなりました。
「はっ!」
「なんだったんだ?あれ」
目覚めた場所は車内です。
「あれ?あいつら、まだ帰ってない」
「何時だ?」
スマホの時計を見ると、午前2時?
「なんだ……?」
「一回りだと、30分くらいだろ?」
駐車場には俺の車だけです。
その時でした!
パン、パンパン
けたたましい乾いた音が鳴ります。
なんだ?二人に何かあったのか?
俺は車を降りて、二人が行った方に駆け出しました。
なんだ?なんなんだよ!
その時、何かにつまずいて転んでしまいました。
ライトがついたままのスマホを拾って、つまずいたものを照らしてみます。
「……ミツル?」
それは、うつ伏せになったミツルでした。
「ミツル? ミツル!」
「!!」
仰向けにすると、ミツルの顔は青白く目を剥き、口から血を流しています。
「ひっ!」
一旦離れてから照らすと、体の三箇所から出血していました。
「そんな……ミツル?」
俺は、後ずさるしかできません。
しかし俺の背中に何かが当たります。
振り返ると、人間の足。
見上げると、そこにいたのはケンジでした。
「しょう……すけ……」
なんだよ、ケンジ。
なんなんだよ?
まさか、お前がミツルを?
しかし今度は……
ブスっ!
鈍い音と同時に、ケンジの口から血が吹き出して、崩れるように倒れ込みました。
そして、俺は信じられないものを見たんです。
ケンジの背後から現れたのは……
痩せ細った体に、よれよれで、汚れ、ほつれ、破れた軍服を着た兵士の姿がありました。
手には、ケンジを背後からひと突きしたであろう、サビが目立つ銃剣が握られています。
「貴様も、こいつらの仲間か?」
兵士の低い声、痩せ細っているのに、目の力は殺気がみなぎっていました。
俺はもう、言葉も出せず固まるしかできません。
「こいつらは、小生の墓石に腰掛けて、小さな板切れを向けて遊んでいた」
なんだって?
板切れって、スマホか?
墓石に座って写真撮ってたのか?
「それだけじゃない、ほかにもチャラチャラした若者たちが、大挙してやって来る」
「我らの眠りを妨げる」
「だから、今夜一網打尽にしてやった」
俺は息を飲みました、暗闇の中からたくさんの目玉が近づいてきます。
自分の目が夜に慣れて来ると、その目玉は同じような姿の兵士たち。
そして、見渡すと……
男女問わずたくさんの現代の若者たちが、横たわっているではありませんか。
とにかく首をぶんぶん振りました。
「違う! 俺は違う!」
「何が違うんだ?」
ケンジを刺した兵士が、銃剣を向けてきます。
俺は叫びながら振り返り。
「違う!違う!違う!」
一目散に駆け出しました。
背中越しに声が聞こえてきます。
「我々はこの国を守るために戦ったんだ」
「そして、命を落とした」
「私の骨はまだ南洋のジャングルにある」
「俺は東シナ海の海の底だ」
「自分は極寒のシベリアの大地だ」
ごめんなさい、ごめんなさい。
そう言いながら、とにかく走ります。
「貴様らはなんだ?我々のそんな思いも知らず」
「飢えと熱病に苦しみ」
ごめんなさい、ごめんなさい。
「凍りつく寒さの中でツルハシを振り下ろし」
ごめんなさい、ごめんなさい。
「爆弾を抱えて敵艦に突っ込んだ」
「我々の思いが」
許してください、許して!
「わかるのかーーー!!!?」
やっと、車にたどり着いた俺は急いでエンジンを回します。
しかし、うんともすんとも言いません。
思わず顔を見上げました。
「ひ、ひいー!!」
叫び声をあげてしまいます。
車はすっかり取り囲まれ、たくさんの兵士の手がガラスにペタリと貼りつきます。
その時でした。
正面の人だかりがさっと空きました。
そして、ヘッドライトが照らし出したものは……
「あれ……高射砲?」
とにかく外に出なきゃ!
ドアを開けようとしても、外から押さえつけられて開きません。
その時、高射砲の砲口が赤く染まっていきました。
「いやだ……ごめんなさい……死にたくない」
「我々だって本心はそうだった!」
「天寿を全うするまで生きたかった!」
「愛するものに囲まれて暮らしたかった!」
「国のため、家族の為」
「命を差し出したんだ!」
いやだ、いやだいやだ、ごめんなさい。
砲口が吠えて、黒い球体が打ち出された瞬間でした。
「昭輔……昭輔」
目が覚めると、ミツルとケンジが見下ろしています。
「結局今年も何もなかったよ」
「でるでる、てのもブームだから」
「もう飽きられちゃったかな?」
「誰も来てねえの」
よかった、ほんとによかった。
夢だったんだな、だけど夜が明けたら、花と線香、持ってお参りこなきゃな。
なにしろ……
明日は八月十五日だから。
胸を撫で下ろして、エンジンをかけて顔を上げた俺たちは、三人同時に声をあげました。
「なんだ? これ……」
窓ガラスに、おびただしい数の手形がついていたんです。
D-pod 第6話 価値
俺の名前は大森等。
54歳、仮設設備会社を経営している。
仮設設備……要するに、建築現場の足場を組んだりする仕事だ。
高校卒業してから現場の仕事に入り、独立してから25年になる。
家族は、妻の智美と娘の遥香。
人から見れば、幸福な人生かもしれない。
しかし、実際のところはそうでもない。
会社もそれなりに、仕事をとってきて規模を広げてきたが、現場が大きくなればそれだけ人がいる。
人を増やせば、その分稼がなければいけない。
だからまた仕事を取る。
現場に行き、営業する。
気の休まる時はない。
家族?
普通の家庭ならそうだろうな。
家族が癒しになるだろう。
しかし、うちはそうじゃない。
「ただいま」
玄関を開けて、リビングに入っても、二人とも何も言わない。
こちらを見向きもせずに、テレビを見て笑っている。
「メシは?」
一瞬智美がこちらを見るが、またテレビに視線を戻す。
無視だ、いつものこと。
俺はため息を一つこぼすと、現場仕事の汗を流そうと風呂へ行こうとした。
すると。
「ウチまだなんだから、先行かないで」
遥香の冷たい声が響いた。
見ると、これまた冷ややかな目を向けられる。
言い合いする労力も無駄だ。
2対1の構図になる。
無茶苦茶な理屈でも、少数意見は俺の方だ。
結局近所の健康ランドへ、コインランドリーコーナーで洗濯物を放り込んで風呂を済ませる。
帰りにコンビニに寄って、腹に入れるものを適当に買う。
おにぎりと、ゼリー飲料。
それで充分だ。
実は、俺にはちょっとした秘密があって、あまりメシが食えない。
おっと、きたぞ。
路肩に車を停めて、みぞおちに手を添える。
腹の中を捻じ上げるような痛みが襲う。
「う……ふぐっ」
次は口を覆う、喉の奥から込み上げてくる塊。
どこか鉄の味がする。
運転席で脂汗をかきながら、押し戻す。
小さな薬とともに、ペットボトルの水で流し込んだ。
この薬の効果は絶大だ、痛みがすっと引いていく。
しかし、副作用で猛烈な眠気に見舞われ、意識が薄れる。
路肩に停めたまま、一夜を明かして仕事に行く。
それがお決まりのパターンだ。
唐突だが、黒澤明監督の「生きる」って映画、知ってるか?
市役所で空虚な毎日を送っていた、市民課長の渡辺さんが、胃癌で余命宣告を受けてから、住民から陳情を受けていた公園建設に力を注ぐ話。
良いよなあ、多くは語らず自分の生きた証を残すために奔走する。
俺も、そうありたいよ。
結局路肩の車で夜を明かした俺は、現場に向かう。
最近は毎晩そうだ。
智美と遥香から、メッセージひとつありはしない。
そもそも、二人のLINEすら知らない。
会話自体ないのに、知りようがなかった。
今の現場は、うちの会社でもとびきりの案件だ。
国宝のお寺の大講堂の仮設屋根。
地道な努力が功を奏して、文化庁に登録される業者の仲間入りをしてから最初の仕事。
ここまできたか。
仮設屋根も、足場も、竣工したら何も残らない。
大講堂の瓦一枚。
金具ひとつも、うちの会社は関係ない。
その建物に残すものはない。
しかし、雨風を凌ぎ、安全な作業をするには必要不可欠だ。
形は残さないが、確実に関わっている。
創建から千年近く経ったこの建物の歴史に、俺の人生が関わる。
あの、映画の渡辺さんのように、志村喬さんのように、俺が生きた証になる。
しかし、この日はそうはいかなかった。
足場の上で、あの痛みが襲ってきた。
込み上げるものは、押し戻せなかった。
「ぐ……ぐぼっ」
「社長!」
足場板の上に膝をついて、目の前を見る。
アルミの足場板が赤く染まっていた、そしてまた、次の波が押し寄せ、新たに込み上げたものを吐き出す。
まるで、胃袋ごと出てきそうな勢いだ。
無理もない、医者から言われたリミットは、とっくに過ぎてたからな。
やがて、俺の視界は真っ暗闇になり、意識も消えていった。
目が覚めた俺は、ベッドにいた。
白い部屋と天井。
どうやら病院らしい、まだ命、あったか。
宣告を受けてから、延命治療せずに入院もしなかった。
あの講堂の仕事もあったし、何より仕事もない妻とニートの娘を残して逝くなら、稼げるだけ稼いでおかなきゃな。
しかし……ここまでか、まあ、あの二人も最後くらい泣いてくれるかな?
病室の扉がノックされた、智美、遥香。
しかし、入って来たのは違う人物だった。
親友の電気屋、真里谷耕作と住職の多賀谷憲昭だった。
「なんで?お前たち」
「おたくの常務から電話もらったんだよ」
「智美に電話しても繋がらないから、俺にな」
耕作がやれやれといった顔をする。
「うちの仕事を、そこまで魂を込めてくれて」
憲昭の目が光る。
あの講堂は憲昭の寺のものだからな。
「病状は聞いた、よく頑張ったよ」
「しかし、智美も遥香ちゃんも、こんな時に」
目を曇らせる耕作。
ふたりと、俺と智美は高校時代からの同級生だ。
昔からよく知った仲だった。
するとまた発作が起こる。
今度の痛みは、今までの比じゃない。
でっかい楔をみぞおちに突き立てられたみたいだ。
憲昭が慌ててナースコールしてくれていた。
耕作は、目に涙を溜めて、なぜか俺の耳にイヤホンを挿した。
「最後に、良い夢見てくれ」
がー、ぴりりり、ぴー
なんだ?
板切れを掻きむしったような機械音。
猛烈な睡魔に、意識が遠のく。
痛みも徐々に引いて行った。
はっと気づいたら、バスの座席。
見覚えのある窓の外の景色、朝の慌ただしい街の様子が見える。
制服に、ぺしゃんこに潰した鞄。
間違いない、高校時代のあの頃だ。
どう言うことだ?
これは、夢か?
やがて、学校の最寄りのバス停に到着してバスを降りた。
「大森、おはよう」
そこには、智美がいた。
制服姿でかわいらしいあの頃の姿だ。
「お、おう」
そうか、あの日か。
この頃、こんな日が何度かあった。
智美に声をかけられて、並んで通学したことが。
この日に、すべてが決まったんだ。
あ、あった、2メートル近く頭を越すほど伸びたひまわりの花。
あれを見て、智美が言うんだよな。
「見て、あのひまわり」
「可愛くない?」
「そうか?馬鹿でかいだけじゃん?」
「やっだー、もう」
俺の肩をバシっと叩く。
すると、俺は立ち止まって、智美の顔をまじまじ見るんだ。
「な……何よ」
焦ったように固まってる。
これは、人生のやり直しか?
「俺ら、そんな仲良かったっけ?」
「え?……いや、それは」
ますます焦ってる、焦ってる。
だが待てよ?
これが始まりだったんだよな?
これがなかったら、未来のあの扱いはないんだよな。
「あのね、ほら……えーと」
だめだ、何回やり直しても、未来があれでも、俺の気持ちはひとつだな。
あの時と同じ顔してるんだろうな、俺。
「冗談だよ」
手を差し出すと、意外そうな顔をして覗きこんだ。
「これから、よろしくな」
そう言ったら……
ほら、泣いた。
まったく同じ顔で、そして、俺の手を握り返すんだ。
あれ?
真っ暗になった、なんだ?
…………
あ、景色が、ここは……産科か!
てことは、赤ん坊の泣き声と足音が近づいて来たぞ、分娩室の扉が、開いた。
「元気な女の子ですよ」
遥香、あの日の遥香だ、元気に泣いてる。
小さい、掌におさまりそうだ。
あれ、涙が。
やばい、止まらねえ。
遥香、遥香。
と、また暗闇か、なんだ?
そろそろあれか?
旅立ちか?
あれ?
これ、どこだ?
随分ゴージャスな部屋だな。
窓の外は、あ、あのテーマパークだ。
てことは、隣接してるあのホテルか。
で?いまの智美と遥香だ。
「ねえ、パパ遅いね」
パパ?
そんな呼ばれ方したことないぞ。
「まあ、焦ることないよ」
「ルームサービスでも取る?たっかいワイン頼んじゃおうか」
「いいね、どうせあいつのカードだし」
あいつ?
これは、つまり俺のことか。
「しっかし、あいつほんとに帰ってこないね」
「さっさとパパと再婚しなよ」
「なに言ってんの?」
「パパ仕事してないのよ」
「あいつは稼ぎだけはいいんだから」
「搾れるだけ搾り取らないと」
「それに、なんたってママは一応社長夫人」
「あんたも社長令嬢なのよ」
「ちっちぇえ会社だけどね♪」
「けどさあ」
「あいつ、最近夜家に帰ってこないし」
「愛人でもいるんじゃない?」
「ないない、小遣いなんて渡してないのに」
「その分こうやって豪遊してやってんだから」
おいおい、随分楽しそうに笑ってるじゃないか。
嘘だろ?
通帳は見せなかったけど、しっかり貯金してるって言ってたのに。
そのホテル、いくらするんだよ。
すると、呼び鈴が鳴った。
「あ、パパだ」
遥香がドアを開けると、茶髪で着飾った40代……いや、30代くらいのなんだかチャラい軽い男が入ってきて智美に近寄る。
「おまたせ、遅くなって」
すると、二人は抱擁して見つめ合う。
「もう〜遅くなるなら連絡くらいしなさいよ」
「ごめんごめん」
「いいじゃん、これで、新しい"家族"水いらずですごせるね♪」
何言ってんだ?
こいつら。
そう思った瞬間。
……ぷつっ
俺の景色と意識は、テレビのスイッチを切ったように、真っ暗に消え失せて、再び浮かび上がることはなかった。
D-pod 第7話 メモリアルパーク
※用語説明
D-pod
街の電気屋さん、真里谷耕作により開発された、五感を伴う夢を見せるガジェット。
私の名前は青村俊樹。
34歳。
製薬会社で経理の仕事、肩書は主任だ。
半年前に、5歳年下の妻、和美を娶った。
が、ついさっき実家に帰ってしまった。
理由はよくわからない。
仕事から帰宅すると、リビングのテーブルの前に和美が正座していた。
「もう……限界です」
和美は、ひとこと告げると、テーブルの上にあった紙を私に差し出してきた。
よく見ると、そこには離婚届と書かれている。
和美の欄は署名、捺印済みだ。
そうか、彼女は私との生活に不満を抱えていたのか……
なら仕方ない、それが望みなら。
「わかった」
淡々と告げて、ペンを取り署名をしようとしたら、突然目の前から書類が消えた。
顔を上げると、わなわなと身を震わせて、涙に顔をしかめる和美がいた。
「……あなたは、この期に及んでもそうなの?」
「私は……あなたにとってそんな簡単な存在なの?」
なんだそりゃ?
自分が望んだことだろ?
「いや、君が望むことなんだろう?」
「君のためになるなら、それが第一だよ」
「さ、署名するからそれ、寄越して」
手を伸ばすと、今度は背中を向ける。
なんで?
「……理由を、聞かないの?」
「聞いてどうするの?」
「君は決めてるんだろう?」
「だったら答えはひとつだよ」
「夫として至らず、申し訳なかった」
「……結婚したら、変わってくれるかと思ったのに」
すると、書類を無言で鞄に入れたら立ち上がった。
「実家に帰ります」
「もっとよく考えてから連絡するから」
そう言い残して飛び出して行く。
ポカンとするばかりだ。
よく考えてから、出した決断だったんじゃないのか?
まったくわからない。
スマホを開いて、びっくりさせるつもりだった、和美の好きなテーマパークの明日のチケットの予約をキャンセルした。
翌朝、私はマンションの前にある児童公園のベンチに腰を下ろした。
そして、そこから公園にある巨大なイチョウの木を見上げた。
「……なが兄さん」
思わず呟く。
そして、14歳年上の兄の面影。
四人兄弟の末っ子の私にとっての長兄、だからなが兄さん。
要一兄さん。
もう、24年前になる。
10歳、小学四年生の私は、わがまま放題の子供だった。
両親も、兄たちも、私の言うことはなんでも聞いてくれた。
中でもなが兄さんが一番私に甘かった。
私が言ったものは買ってくれて、一番遊んでくれた。
あの日もそうだった。
この公園で、凧揚げ。
なが兄さんが買ってくれた、ゲイラカイト。
しかし、高く上がったそれが、葉っぱが散り終えたイチョウの枝に引っかかってしまった。
かなり高い位置。
私は泣き喚いた。
この世の終わりのように、するとなが兄さんは、にこりと笑って私の頭を撫でてくれた。
「もう泣くな」
「待ってろ、すぐとって来てやるからな」
それが、彼の最後の言葉になった。
うつ伏せに倒れ、頭から血を流した姿。
手にはゲイラカイトが握られ、周りには兄の足場だったはずの枝切れがバラバラになって散らばる。
そこから、記憶が途切れる。
兄の棺の前で、泣き崩れる若い女性。
高校時代から交際していた兄の婚約者、私の義姉になるはずだった人。
真里谷桜さん。
彼女はただ棺に縋り付いて声を上げていた。
やがて、付き添っていた桜さんのお兄さんに、肩を抱かれて立ち上がる。
あれからだ。
私は一切のわがままを言えなくなった。
取り返しのつかないこと。
24歳の若さで兄の命を奪った。
彼の将来も、桜さんの未来も。
この事実は私の意思や自我を封じるには十分すぎた。
自分の思考がすべてを奪う。
しかし、和美には唯一わがままを言ってしまった。
新居として選んだのは、この、兄の最期の場所だった公園の前のマンション。
この場所に建設されると知り、強く主張した。
和美もまんざらでもないような顔で、賛成してくれた。
なのに、いや、だからか。
わがままを言ったから、だからなんだよな?
また、大切な人を失っちゃったよ。
ごめんなさい。
要一兄さん。
「あれ……君、」
呼び止められて、顔を上げると一人の男性がいた。
見覚えのある顔。
24年前……あの日。
間違いない、年齢は重ねているがあの時付き添っていた、桜さんのお兄さん。
真里谷耕作さんだ。
「面影がある、要一くんの弟だろ?」
「よく……覚えていてくれてましたね」
「そりゃあ、そうさ」
「あのお通夜の日、覚えてない?」
「君がさ、桜に縋り付いて」
耕作さんが、鼻を詰まらせた。
そして、潤んだ目でイチョウを見上げる。
お通夜の日……
あ、そうだった。
忘れてたのか?
いや、封じ込めていたんだろうな。
泣き崩れる桜さんに近づいて。
「……ごめんなさい、僕が」
「わがまま言ったから」
「としくん、違うよ」
「それは違うから」
「絶対、違うから」
「でも、僕が泣かなかったら」
「あんなに……泣かなかったら」
「いい?要一くんは、としくんが大好きなの」
「だから、としくんを喜ばせたかったの」
「誰の……誰のせいでもないんだよ」
「ごめんなさい……ごめんなさいー!」
自分は悲しいのに、一生懸命励ましてくれた桜さん。
俺の手を優しく取って、慰めてくれて、抱きしめてくれた。
背中をさすってくれて、頬を両手で撫でてくれて、笑ってくれた。
なんで、なんであんな大事なこと、覚えてなかったんだ?
もう、頭を抱えて項垂れることしかできなかった。
すると、耕作さんが隣に座り、私に小さな機械を差し出してきた。
昔流行っていた。
要一兄さんも持っていたipodだった。
「音楽でも聞いて、気分でも変えてみたらどうだい?」
私は無言で受け取ると、イヤホンを差し込んだ。
なが兄さんも、よくこうやって音楽を聴いていたな。
がー、ぴりぴり、がー、ぴー
なんだ?
突然、耳をつんざくような機械音。
そして、強烈な睡魔に襲われて、そのまま意識が遠のいていった。
目を覚ますと、同じ公園のベンチ。
耕作さんの姿はない、時間もさほど経っていない様子だ。
イチョウを見上げたその時。
私の背筋が凍りついた。
木の上に、あのゲイラカイトがある。
思わず立ち上がるが、膝が震えていた。
そして、さらに私の呼吸が詰まる。
「元気そうだな、としくん」
懐かしい声。
思わず振り返ると、変わらぬ姿がそこにいた。
「すっかり大人になっちゃって」
「そりゃあそうか、十も越されちゃったんだもんな」
「なが……にいさん」
24歳のままの姿で、そこに立つ兄。
「兄さん……ずっと、ここに?」
すると、兄はゆっくり頷く。
「……地縛霊ってやつさ」
「ずっと、この公園から出れないままだ」
私は地面に手をついて、思い切り声を上げるしかできない。
24年もの間、そしてこれからもずっと、私のせいでこの狭い公園に、彼を縛りつけてしまった事実に耐えられない。
耐えられるはずがない。
「ごめんなさい!僕の……僕のせいで、本当にごめんなさい」
「顔、あげな」
「え?」
ゆっくり顔をあげると、膝を折った兄の笑顔がそこにある。
「嘘だよ」
「幽霊になるにも、いろいろ手続き大変なんだよ」
「やっと申請が通ってさ、間に合ってよかった」
「間に合ったって……何が?」
兄はどこからかグローブを取り出して、私に差し出す。
「ふぅ〜、さすが大人だな、力強い球だ」
そう言いながら投げ返してくる。
ずっと野球をやっていた兄。
そして、今の私より10歳若い兄の本気の球は、あの頃の非ではない。
私の左掌が、ジンジンと痛む。
しかし、同時に嬉しさが湧いて来た。
本気の球が、私と対等に向き合ってくれていると実感できたからだ。
「良い顔になってきたじゃん」
兄の言葉が、ボールと共に私の胸に刻まれて行く。
そして、私はとある疑問を投げかけてみた。
「なが兄さん」
「さっき言ってた、間に合ったって?」
すると、ボールを受けた兄が投げ返すのをやめて、イチョウを見上げた。
「和美ちゃん、良い子じゃないか」
私は苦笑いして首を振るしかない。
「もう、失っちゃったけどね」
すると、兄の顔が少し険しくなる。
「なんで? あきらめるの?」
「だってさ、あいつの決断だから」
「いや、望みだから」
「叶えてあげないと」
「簡単に受け入れるのか?」
「理由を聞いたり、話し合ったり」
「やれることはあるだろ?」
「時間の無駄だよ」
「僕と別れたいってことは、もう僕は必要ない」
「和美の人生に」
「僕はいちゃいけない、いらないんだよ」
「それが、和美のためなんだ」
私はまた、声を荒げてしまった。
「和美の望みなんだ、叶えてあげたいんだ!」
「……和美が、好きだから」
「お前……馬鹿だろ?」
驚いた。
本当に驚いた。
だれよりも、私に甘く、私の言うことはなんでも肯定して、聞いてくれた兄が、心底私を軽蔑したような目を向けて、冷たい言葉を投げかけてきた。
「自分勝手すぎるんだよ、お前」
「和美ちゃんの望みなら、なんでも聞いてあげたい?」
「それ、わがままだよ、タチの悪い」
「子供の時の、かわいいわがままじゃない」
「人の心をズタズタにする、わがままだよ」
「どういうこと?」
すると、兄は私の所に鋭い目を向けながら、近寄ってきていい放つ。
「和美ちゃんは、お前の望みを叶えちゃいけねえのか?」
「……あ」
「お前がやりたいこと、行きたい場所、言いたいこと」
「お前の気持ち、お前の本音を……」
「あの子は聞いちゃいけねえのかよ!」
兄の言葉が私の心臓を貫く。
しかし、私は和美に、あれ以来誰にも言わなかったわがままを言った。
兄との思い出のある、この公園の近くに居を構えると、だから和美は……
しかし、兄はその私の心を見透かしてくる。
「喜んでたろ? 和美ちゃん」
兄はマンションを見上げた。
「お前があそこに住みたいって言ったら」
「喜んだだろ?」
「お前が、自分の望みを、自分で言葉にしたからだよ」
そしてまた、優しい笑顔になった。
「ながにいはな、お前が、としくんが」
「何より、かわいかった」
「としくんの望みは何でも叶えてやりたかった」
「それを、叶えさせてくれたんだよ」
「としくんは」
「ありがとう」
いやいやいや、無理だよ。
無理だよこんなの。
悲しみも、罪の意識も、後ろめたさも。
いろんな感情が、涙になって溢れ出した。
この人はそうだった。
すごい人だった。
誰よりも私を見て。
私よりも私を知っている人だった。
涙が、止まらない。
止まるはずがない。
止める必要もない。
24年、心に閉じ込めて来たものが、一気に溢れ出した。
「あと、どうするかは、としくん次第だよ」
「じゃ、次にいと、三にいにも、よろしくな」
「最後に、にいちゃんはな」
「ずっと、としくんを」
「愛してるよ」
すると、私の意識が覚醒した。
目の前に現れたのは、変わらない公園の姿。
イチョウの木の根元に、花を手向ける女性がいる。
振り返り、こちらに歩み寄ってきた。
「久しぶりね、としくん」
「もしかして……桜さん?」
間違いない、面影も何もそのままだ、確かに年齢を重ねてはいるが、あの時私に寄り添ってくれた姿そのままだ。
「その節は……あの」
すると、彼女は私の言葉を遮るように言葉をくれた。
「まだ、自分を責めてるの?」
「それは、一番あの人が望まないことよ」
「わかるでしょう?」
そうだった。
そして、桜さんの笑顔はあの日と変わらず、優しかった。
そして、私のやることはひとつだ。
行かなければ。
今の俺に、一番必要な。
一番大切な人の元へ!
「ゆっくりお話ししたかったですが」
「行かなければいけない場所がありますので」
「失礼します!」
私は振り返り。
公園を後にした。
私の名前は関口桜。
旧姓真里谷。
48歳。
高校教師をしています。
先ほどまでの一部始終。
24年前、見送った最愛の人の弟。
「便利な機械ね」
私の兄、真里谷耕作が作った不思議な機械。
それが彼を、前に進ませることができました。
かつての教え子、青村和美さんから相談を聞いて、兄に相談して、そしたら良い方向にむいたようですよ。
イチョウの木は、あれからより一層、高く伸びています。
見守っていてあげてね、要一くん。
「あのさ、お兄ちゃん?」
「どうした? 桜」
わかっています。
私はいま、あなたではない人と家庭を築き、子供にも恵まれて、暮らせています。
だけど……
それでも……
「その機械、私にも使わせてくれない?」
あなたに……
逢いたい……
要一くん。
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。