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食べてすぐ寝たら牛になるよ

梓星

35,365 字

現代ファンタジー、家族ドラマ

"娘が牛になった世界で、父は家族の形を問い直す。"

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第2章

 午前10時過ぎ、呼び鈴がなる。テレビを消して玄関へ向かう。
 玄関先に立っているのは定期検査に訪れた県の人牛保険衛生所の男性だ。この人に会うのも3回目。挨拶もそこそこに庭へ案内する。
 由奈の状態、糞尿の処理施設、衛生状態などを確認していく。問題が生じないように注意はしている。だが、近所から苦情が出ているのではと内心冷や冷やしている。
 今回も特に苦情についての話はなかった。由奈が幼稚園に入る前から私が散歩や公園遊びによく連れて行っていた。そこで近所のお母さんたちとも顔見知りになっていたのが今になって幸いしているのかもしれない。同情はされても匂いや鳴き声への苦情は出ていない。今のところは。
 検査員は少し困ったような顔で「由奈さん、だいぶ大きくなられましたね」と言う。由奈が成牛に近づくにつれ、自宅での飼育は限界を迎えつつある。それは私も分かっている。
 検査は今回も問題なく終わった。だが、あと半年もすれば確実に宅地外のより広いスペースの確保か、それでなければ何らかの形での処分を勧められるだろう。

 検査が終わり室内に戻る。今日は半休を申請している上、在宅勤務だ。まだ時間には余裕がある。
 ソファの前のコーヒーテーブルには読みかけの就農に関する本がある。駅前の本屋に立ち寄った際に、就農し由奈といっしょに畑を耕したどうだろうとふと思いついて買ってみた本だ。農耕に使役するのは残酷なようだが、人間だって大人になれば身をすり減らして働いている。2人で汗を流して畑を耕すのは前向きに感じられた。
 だが、冷静に考えると農業はとっくに機械化され、今ではAIやドローンまで活用されている。江戸時代のように牛馬で作業して食べていけるとはとても思えなかった。
 だとすると、現実的な選択肢は施設への入所だろう。県内にも幾つか牛化した人を受け入れている養護施設がある。
 安くはない。平均的なところで食費を含め月30万円程度の費用がかかる。障害者用の養護施設と違い、公的な補助金がないことが重くのしかかる。牛化した人は戸籍からも除籍される。当然、公民権もない。
 自宅を売ってローンを完済。私は単身者用の賃貸物件に移り住む。そうすればなんとか工面できるだろうか。
 既に何度もしたことだが、改めてネットで週末ごとに通えそうな距離の養護施設を調べていく。
 安いところはやはりそれなりだ。個室がなく、宿泊エリアは「牛舎」そのもの。本来いるはずの獣医がおらず、病気に対応してもらえなかったなどのトラブルも耳にする。
 隣との間に壁が設けられ、歩き回れる程度のスペースが与えられる施設が望ましいが料金は高くなる。
 施設はどれも山間部にあるため、通うためには車も維持しなければならない。
 ため息をついて、ノートパソコンを閉じた。テレビをつける。ちょうど昼のニュースをやっていた。「無職の男がホームレスの男を牛化させ不法に売却したなどとして逮捕されました。逮捕されたのは金山智樹容疑者で…」

X X X

 やばいことになった。
 深夜の2トントラックの運転席でオレは震えていた。
 さっきまで隣に乗っていた2人のタトゥーの入ったいかつい男たちが公園からホームレスを拉致ってきて、荷台に放り込んだ。
 今すぐにでも逃げ出したい。だけど、このバイトに応募した時に運転の仕事だからということで免許証を提出させられた。万が一、うまいこと逃げおおせても後で何をされるか分からない。
 荷台からはガタガタと暴れる音が聞こえてきていたが、やがて静かになった。何が行われているのか、想像もしたくない。
 いかつい2人組の一人が戻ってきて「スマホ貸して」という。おずおず差し出すと、地図アプリを開いてナビモードにすると目的地を入力した。
 「あとはここまで運転して。そこに人がいるから荷物を渡したらそれでおしまい。バイト代もそこで受け取って」
 男はトラックから降りる。「あ、あの、殺したんですか」
 「まさか」。男は笑っていう。「ちょっとお薬飲んで眠ってもらっただけだよ」
 最悪の事態ではないようだが、それでもただ事ではない。「じゃ、オレたちはこれで。分かってると思うけど、もし荷物が届かなかったらかなりまずいことになるから」
 ここからは1人らしい。
 息を落ち着けてから車を発進させる。逃げる気はないが、事故ったり職質でもされたら終わりだ。
 来週は姫華の誕生日。付き合い始めてから初めての誕生日だ。その軍資金のため割の良いバイトを探していたら、SNSで単発の運送ドライバーのバイトを募集していた。拘束3時間程度で3万円。その時は天の助けだと思った。
 ナビに従い大通りに出る。歩道橋に「食べたら乗るな。乗るなら食うな」という標語が掲げられている。先月、運転中に居眠り、牛化して5人が死亡する大事故があった。眠気を感じる余裕などないが気をつけなくては。
 「いや、まさか」
 牛化という言葉でふと気が付いた。さっきの男は「薬で眠ってもらった」と言っていた。睡眠薬だろうか。そんなに簡単に手に入るものではないが、もしかしてあのホームレスを牛に…。
 だけど何のためにそんなことを?
 「かったい肉。もしかしてこれ、おじさんが牛になったやつじゃないのー」
 姫華の声が頭をよぎる。ちょっと前に姫華を連れて行った格安の焼肉屋だ。
 子どものころから安いハンバーガーチェーンや焼肉屋があると、牛になった人を使っているという噂が立った。あれはマジで、オレの行き先は焼肉屋?
 そう考えると急に荷台が重くなったような気がする。手が再び震え始める。
 大通りをそれて徐々に人気のない方に向かう。目的地。倉庫だ。入口に男が一人立っている。男は手振りで倉庫の中に車を入れるように指示する。
 停車し、降りる。男は無言で荷台を開け中を確認すると、オレに剥き出しの3万円を押し付けた。「帰っていいよ」
 「積み荷」はまだ荷台にあるし、このトラックをどこに返せばいいのか分からずに困惑していると、男は親指で外を指した。「歩いて帰れ」
 結局、自宅についたのは明け方だった。トボトボと歩いている途中、姫華から「トモキ、来週楽しみだね」というLINEが来たが返信する気は起きなかった。

X X X

 ソファから立ち上がって庭を見る。木陰で眠っている由奈を見てほっとする。人を牛化させる犯罪も、牛化した人を狙う犯罪も後を絶たない。
 安全面を考えても、いつまでもこの庭に置いておくわけにはいかないだろう。私は施設見学を決意した。

── 第2章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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