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時計塔の博士

連載中(書きかけ)

ラビホエ監督

24,216 字

学園ミステリ、青春群像劇

"論理と感情が交錯する時計塔で、天才博士と恋する少女が解き明かす、青春の「謎」。"

論理で解き明かす博士と、乙女心が織りなす、学園の日常に潜む謎解き。

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第二話 シュレディンガーの猫とキツネ

 旧音楽準備室の幽霊事件から数週間後、事件の熱は冷め、学園には穏やかな空気が流れる。額にうっすら滲む汗が、少しづつ近づく夏の到来を告げていた。……私はまた、足早に博士を探し理学部部室へ向かっていた。部室に近づくと珍しく紅茶の香りがしてくる——先輩は、普段コーヒーを飲む。だから、この匂いがするってことはある人が来ていることを示唆している。 扉を開けると、来客用のソファーに前髪をシルバーで染め、ミニラウンドのサングラスをかけてパッと見、露天でシルバーのアクセサリを売ってそうな感じの風貌の新聞部部員 吉塚 蓮よしつか れんが紙コップの紅茶を片手に先輩と語っていた。
 
「っと……嬢ちゃん。お邪魔してるよ〜♪」

「吉塚先輩……。相変わらず、チンピラみたいな格好してますね。」

「キッツイな〜。——見た目はイイのに〜もったいない♪」

 細目でヘラヘラと笑う……。

「——でも、あれだな。女っ気がない博士が……ね〜?」

「——どういう意味だ?」

「いやいや、六芒の凸凹カップル。——巷で有名じゃない?」

 その言葉に、心臓が一瞬跳ねた気がした。私と先輩がカップル……ですか?たまには——ホントたまにはいいこと言いますね、この人。

「……全く、こんな奴と中学からの縁だと思うと——ウンザリするな。」

 先輩は本当にウンザリしながら言った。吉塚先輩は先輩の肩を叩きながら答える。

「まぁ、そう言うなよ。……今回は無駄話じゃなくて————取材に来たんだから——よ?」

 少しトーンが変わるが、サングラス越しの細目はヘラヘラしたままだ——それが余計に胡散臭く見えた。

「——例の幽霊事件についてだよ?聞き込んでようやくだ——真相を明かした奴を特定した。」

「——博士〜。お前だよ……で、その名探偵に事の内容と真実を語ってほしくてな。わざわざ出向いたってわけよ。」

「………………。」

 先輩は無表情だ。吉塚先輩はゆっくりと来客用のソファーに掛け直すと紅茶を啜り続ける。

「この際、誰だっていい……博士が語らないなら——嬢ちゃん。君だって構わないよ。どうなのよ?」

 話せない内容ではない——が、能登先輩の件は恋バナも含む、それを他人が喋って——しかも新聞、大衆の面前に晒すのはどうかと思い、愛想笑いをして沈黙するしかなかった。
 
「仕方がない——能登先輩に、直接聞いてくるしかないか?——。」
 
 しびれを切らした吉塚先輩はそう言うと、チラッとこちらを見て、細目でニヤッと笑う。——そんな安い挑発に乗ってしまい、私は思わず声を発してしまった。
 
「——何で……能登先輩だって、知ってるんですか?」
 
「——おいおい、文屋をあんまり見くびらないほうがいい。」
 
 そう言うと、またニヤッと細目で笑った。——ってか、この人いつもヘラヘラしているので、分かりづらいんですよね。まるで化かそうと画策しているキツネみたいだ——出ていこうとするキツネを先輩が呼び止めた。
 
「能登も——六芒コンクールが近い、やめてやれ。」
 
 面白そうなおもちゃを、見つけた子供のように先輩に絡む。
 ——因みに“六芒コンクール”とは、春期にある行事の一つで、文化部の発表の場として六芒のOB、OGの著名人を招待し行われます。地元のメディアにも取り上げられるほど大きいコンクールなんですよ。
 
「へぇ〜〜。人に……まして女に気遣いするようなキャラだっけ——博士?」
 
 先輩は鬱陶しそうに手で払いながら答える。
 
「…………細部までは話せないが、あらすじなら語ってもいいだろう。————ただ一つ条件がある。」
 
「——何だよ、条件って。それ次第だな♪」
 
「…………記事にしないことだ。」
 
 その言葉を聞き、吉塚はしばらく考え込み
 
「——絶対に?」
 
「くどい——。」
 
 またしばらく沈黙。そして、両手を挙げて、けだるそうに言った。
 
「——わかったよ。記事にはしない。……真相は知りたいしな。」
 
 事件の真相を先輩は淡々と話し、その日は解散した。

 
 翌日の朝、玄関を抜けると人だかりができているのが見えた。どうやら多目的ホールっぽい——六芒コンクールの展示かなと思い、人混みを掻き分け進むと——。
 
「——わぁ……。」 

 引き込まれそうな夕日の街並みの絵が、目に飛び込んできた。すごく綺麗で、心が温かくなる——そんな雰囲気を持つ絵だ。その絵の前で一人の男子生徒が、生徒に囲まれ、もてはやされていた。その隣で女生徒も嬉しそうに男子生徒に抱きついている。私も先輩と、あぁしたいな——なんて思っていると、後ろから声をかけられた。

「ふむ……いい絵だ。細部に雑味はあるが——それを引いても名画の一端を秘めている。」
 
「先輩!? ——いつから、そこに?」

「——ん?今さっきだが、どうした?」

「いや、何でもないです。——それにしてもいい絵ですね。」

 先輩は私の横に立ち、語り始める。

「あぁ——一見、印象派のようだが……その実は表現主義の素養が見える。実に素晴らしい一品だ——磨けば素晴らしい才能だ。」

 いつも以上に小難しい話をしている。そんな横顔をみつめたが——先輩は気にせず、絵について語り続ける。暫くして私は先輩と別れ、それぞれの教室に向かった。

 それから数日が経ち、あの絵の入選が確実だろうという噂を知る。それからまた、数日後……昼休み。
 多目的ホールは、絵の時以上に人混みが出来ていた。どうやら、男子生徒の絵が盗まれたようだ。
 たまたま、展示してあった場所を通りかかると、落ち込んでいる男子生徒と、それを気遣う女生徒がいた。気になり立ち止まっていると声がかかる。

「美月〜、どした〜ん?」

「ん? いや、あれ……。」

「あぁ、アレ?あの二人付き合ってるっぽいよ〜。女の方は2年で、男の方は一年で、ウチらと同じ学年らしいよ〜。」

「へ〜そうなんだ……。」

 そんな話をしながら、私たちは次の授業に急いだ。
 放課後、いつものように理学部部室に行くと、紅茶の匂いがした。そう吉塚先輩が来ているのだと察した。ドアに聞き耳を立て中の様子を伺う。
 
「……怪盗の仕業かもしれないだろ〜、なぁ博士〜?」
 
「フ……バカか?そんなことは万が一にもない……後、元々興味がない——以上だ。」

「——ったく、分かったよ。もうお前には頼まん。」

 そう言うと、諦めたように部室を出てきた吉塚先輩は、私を見つけると、ニヤッと笑い手招きしてきた。そして部室をでて少し離れた廊下で、吉塚先輩が話しかけてくる。

「頼む……協力してくれ。ホレこの通り。」

 そう言って、手を合わせて拝んでくる——胡散臭すぎる。私の表情を察し、吉塚先輩は必死に説明を始めた。

「いや、あのね——今月マジで困ってんのよ〜。例の幽霊騒ぎのネタでイケるって思ってたらNGだろ?」

「それで今回の事件だよ!——そろそろ記事仕上げないと部長に怒られちゃうしさぁ〜。」

「それには、どうしてもアイツの力——もとい頭脳が必要なのよ〜。お前も気にならない——盗難事件!」

「——そりゃ〜気になりますけど……。」

 ただの盗難事件ならしょうがないじゃないですか……と思った。そう、その程度なら先輩は興味を示さない。
 
「——いくら上手いからとはいえ、一般人の絵を盗むか!?」
 
 吉塚先輩は畳み掛けるように言ってはくるが——確かに、そうだが……先輩が食いつくレベルかと言われると、まだ足りないと思う。

「まぁ……この後、被害者に取材の許可は取ってるんで——理学部部室で話してたら、アイツも乗って来ないかな?」

 そう言うと、吉塚先輩は笑う。——勝手に部室を取材場所にして……。私は、このキツネの自分勝手さに呆れながらも同席するのだった。
 

「失礼します。新聞部に呼ばれて来たんだけど——ここ理学部よね?」

「ちょ、ま、待ってよ、美依みい——まだ、心の準備が……。」
 
 吉塚に、言われて訪ねてきた被害者の男子生徒——綾瀬 孝太郎あやせ こうたろうは、付き添いに一緒にいるところを、よく目にした女生徒——遠藤 美依えんどう みい先輩に連れられてきていた。彼女は2年生とのことだ。

「悪いね。なるべく手短にするから……よろしく〜。どうぞ掛けて。」

「全く……何故ここで……?」
 
 先輩は、相変わらず興味なしで、勝手に理学部部室を使われた事に不機嫌だ。構わず吉塚は取材してゆく……が、遠藤の保護者ムーブで、上手く情報収集できない。

「じゃあ、まず改めて自己紹介を——俺は新聞部の2年、吉塚 蓮だ。」

「え、えっと……1年のあ、綾瀬 孝太郎です。ぶ、部活は特にやってません。」

「私は2年の遠藤 美依。美術部よ——それで、盗難事件のことでしょ?」

「あぁ、そうだね。それで何か盗難される心当たりとかありそうかい?」

 吉塚先輩の質問に、綾瀬はソワソワしながら答えようとした時、遠藤先輩が割り込む。

「そんなもんないわ。どうせ、普段コウにちょっかいかけて来る連中じゃないの?」

「そうなんだ〜。先生たちはどうするって?」

 綾瀬に向かい、吉塚先輩は尋ねるが——またもや、遠藤先輩が答える。

「もう少し詳しく調査して——それでも分からなければ警察に行くかもって言ってたかしら。コンクールは——棄権扱いになるらしいけどね。」

「へ、へぇ〜それは残念だね。」

 流石に、あのキツネも困ってる。…………少し、同情はしますよ、ほんの少しですが。
 
 かろうじて、綾瀬は遠藤に勧められて、絵を初めて描いたとのことと、遠藤とは幼馴染だと分かった。二人が帰った後、吉塚先輩はソファーにグダッとなりボヤく。

「——疲れた〜。いつもの倍……いや、3倍気を使ったわぁ〜」

「……でも、何だよ。あの——遠藤だっけ?綾瀬のマネージャーか?」

「お疲れ様でした。私この後、少し盗難事件の目撃情報がないか聞いてこようと思うんですけど——。」

「おぉ、いいね。俺も行くよ——1時間後に、またここに集合で。」
 
 そう言うと、私と吉塚先輩は校内に目撃情報を探しに行った。誰もいなくなった部室で……先輩は本を読んでいた、その顔は先ほどよりは眉間のシワが減っているように思えた。

 現場を見たり、校内で聞き込みを行い、約束の1時間が経とうとする頃理学部に戻ってくる途中で吉塚先輩と合流。部室に二人で戻ってくると先輩が綾瀬君と話していた。

「——ふむ、なるほど……初めて描いて、あの出来か?——才能があるぞ、君。」

「そ、そうですかね〜?」

「あぁ、見る者に訴えかける何かがある。——絵の題材は何だ?風景——いや、情景画に近いように見えたが。」

「アレは、美依に——幼馴染に勧められて。あぁ、2年何ですけど。彼女に油絵の描き方を教わりながら——その幼馴染との思い出で。」

「よく見てた——思い出の景色を描いたんです。」

 取材の時とは別の印象を受けた。——うまく言えないけど、自信がある?みたいな話し方。そんな風に思えた。綾瀬くんは私たちに気付くとペコリと頭を下げた。
 彼は、たまたま忘れ物を理学部にしてたらしく戻ってきた時に、先輩に呼び止められ話をしていたらしい。
 
 そんなことより私と吉塚先輩は情報を持ち寄り話し合う——最初の段階を整理すると、絵が無くなったのが判明したのは昼休みに入った頃で、絵は3時間目の終わりまではあったと目撃証言が得られている。——なので、盗まれたのは4時間目から昼休みの始まりの間。
 ——その時、怪しいのは所用で抜けた4人と体育の授業中だった2クラス。
 1人は吉塚先輩——。
 
「保健室に行ってた〜。——急にさぁ、頭が痛くなってね。」
 
 だ、そうだ……頭が悪いの間違いではないだろうか?
 もう1人は2ー1の加賀谷かがや先輩。

「これがさぁ〜——スポーツやってますって感じの好青年で〜。バスケ部らしいよ。」
 
「——彼はトイレに向かう為抜け出したらしいね。——途中用務員さんとすれ違い挨拶した——とアリバイを証言してたね。」
 
 もう1人は1ー4の橋下はしもとさん。

「彼女は私のクラスメートで、よく覚えてます。——授業中、副担任の大畝おおうね先生が来て、そのまま早退しちゃいましたね。」
 
「——先生も玄関まで一緒だったんで、完全に犯人からは外れると思います。」
 
 最後の1人は3ー3の槙田まきた先輩。

「——槙田先輩は、地学の福井ふくいに頼まれて——地学の教材……デカい地図を取りに行くのに、教室から離れたらしいね。——途中地学の福井も合流していたので、……彼も除外されるか?」
 
 抜けていた時間も、そんなに長くなく怪しくなさそうに思えた。
 
「——となると後は校庭で走り幅跳びの授業を受けてた1ー2と、体育館で卓球の授業を受けてた2ー5って、とこか?」
 
 そして私たちは綾瀬君が近くにいるので、小声で話し合う。被害者である彼と、その幼馴染である遠藤先輩についてだ。調べると何とも興味深い事が分かったのだ。

「そういや〜、面白そうなことを聞いたんだが……。」

「——奇遇ですね。私もですよ……とっておきになるんじゃないですかね?」

 私たちは含み笑いで笑い合う——多分、いやきっと第三者が見たら悪巧みしているようにしか見えないだろう。そして小声で続ける。

「あの遠藤って女は……綾瀬のことを気にかけてたらしい。それも、普通じゃない感じでさぁ——さっき取材した時に感じているとは思うが。」

「その事何ですけど——周囲の話では最近は、更に酷くなったらしいですよ。」

「保護者ムーブ通り越して、アイドルのマネージャーレベルだったしな〜——最近の話なのか〜?」

「——確か遠藤先輩は2ー5でしたよね?」

「ん? あぁ、そうだな……途中でケガしたクラスメートを保健室に連れてってるらしいが……。」

 私たちは頭を抱える。

「——それじゃ、アリバイ成立してるじゃないですか。」

「そもそも、絵を盗んで隠し持ちながら授業を受けるの——キツくない?」

「そう思うんだったら——考えてくださいよ。新聞屋……何でしょ?」
 
 あーだこーだ言い合う私たちを尻目に、先輩は優雅に本のページをめくり、コーヒーを啜った。私は先輩の机の前に行き、前のめりになりながら言う。
 
「先輩!——いい加減、機嫌直して助けてくださいよ〜。」

「……別に、機嫌が良いとか悪いの話ではないのだが。——そもそも、さっきから聞いていれば根本が違う。」

 そう言いながら、また本のページをめくった。

「——君たちは妄想豊かだ?まぁ——その方が盛り上がるのだから、しょうがないか——。」

「——どういう事ですか?」

「ふむ……確証はない——か。」
 
 ポツリとつぶやくと先輩は本をパタンと閉じ、立ち上がると足早に歩き始める、私たちも後に続く——遅れて綾瀬君も付いてきた。——この方向は多目的ホール?現場に着くと、絵が展示してあったキャンバスを調べる先輩。呆然としていたが、思い出したように吉塚も手伝う。
 
「——何かないか?」
 
「——う〜ん、何も貼ってないな。」
 
「…………そうか。」

 先輩は徐ろに、キャンバスを指で押し込む。すると、飴細工が軋むみたいな音が微かにした。
 
「ふむ——そういう事か。君——幼馴染を連れてきてもらっていいだろうか。」
 
 暫くして、綾瀬は幼馴染の遠藤を連れて戻ってきた。

  
 先輩は語り始める。
 
「——根本的な事を尋ねるが……絵は何故、盗まれた?」
 
 美月と吉塚は首を傾げ、思慮している。
 
「今回の被害者である——一年の綾瀬 孝太郎氏の絵は、たまたま今回——初めて描いたものだ。」
 
「何度も言っているが——何故、盗まれる?」
 
「盗まれて……いないんですか?」
 
「——しかし、絵はなくなっているという事象はある。では、盗む以外で……何か思いつくことは?」
 
「捨てる……隠す——くらいか?」
 
「そう——絵はF6の大きさ。410×318mmのサイズだ。捨てると破片から特定される危険性もある——隠すほうがリスクは少ない。」
 
「——まぁ、犯人には……もっといい方法があったがな。」
 
「何だよ——いい方法って?」
 
 先輩は展示されていた——今は白いキャンバスがはまった額縁の方を振り返り、
 
「隠し、破る——そして処分されるだ。」
  
「——才能とは、時に残酷だ。」
 
 先輩は少し、白いキャンバスの下地を剥がしてみる、すると表面がバリバリと剥がれ下からオレンジが見えた。
 
「絵の上から、白い布をジェル・メディウムで貼り付けている……剥がそうとすると、あの夕焼けはもう見えないだろうな。」
 
「ジェル……メディウム?」
 
「アクリル絵具に混ぜてツヤ、透明感、粘度を高め、盛り上げ表現やコラージュの接着に使う画用液の事だ——固まると強力な接着効果もある——少し乾燥が早いな、特殊なものか? まぁいい美術部の君なら、用意することは……簡単だろう。遠藤 美依さん。」

「——実に巧妙だ。布を貼り付けるだけで、周囲からは隠すことができ——もし気付かれた場合、剥がそうとすると下の絵は破けてしまう。……そうしたら、処分されるだろうからな。」
 
 私は思わず息を呑んだ。一同の視線が遠藤 美依に集中する。
 
「……だが、これを貼り付ける時——君は何も思わなかったのか?」
 
「この絵は、綾瀬氏が君との思い出を描いた絵だ。——だから、見る者の心を震わせ、美しいと称賛されたのだ……それに君は気付かなかったのか?」
 
 そう言うと、先輩は遠藤先輩をまっすぐに見つめる。遠藤先輩は肩をすくめ尋ねた。
 
「ジェル・メディウムなら確かに、使うけど——証拠ってそれだけ? 少し強引すぎない? 美術部なら——」
 
 先輩は手についた粉を落としながら遮る。
 
「——他にもある。絵は多目的ホールの中に展示されていた。——したがって、多目的ホールに近付けた人物が怪しくなる。」
 
「——4時間目から昼休みまでに、授業を抜け出しているのは4人で間違いないな?」
 
 先輩の問いに、吉塚は答える。
 
「あぁ、——後は体育を受けて——。」
 
「——それは、また後だ。」
 
「一人は君、吉塚。もう一人はトイレに向かった男子生徒と、先生に呼び出された女生徒。授業の道具を取りに行った生徒だな。」
 
「君は————ひとまず除外だ。動機もないしな。」

 先輩は吉塚を一瞥し、少し考え——つづけた。
 
「多目的ホールは、1階の玄関から西に少し歩いた所にある。——階段は中央に一つ、東西に一つづつ。」
 
「——まずトイレに向かった男子生徒だが、この学生は2年生、クラスは2-1——教室は東階段に近い、トイレは中央階段近くにあり——途中、用務員ともすれ違っていると証言もある。そこから、わざわざ1階に降りてまでトイレに向かったとは、考え辛い……用務員の目もあるしな。」

 思慮しつつ、行ったり来たり歩きながら話し続ける。そして踵を返し、また歩き始める——確かめるように。
 
「次に授業中、先生に呼び出しを受けた生徒だが——これも、犯行を行うことは不可能だ。」
 
「何故なら……この生徒は家庭内の事で親が学園まで迎えに来てて、先・生・と・共・に・玄関に向かい、そのまま帰宅している。」
 
「最後に授業の道具を取りに行った生徒だが、この生徒のクラスは3―3、中央階段のすぐ近く——向かったのは地学準備室——教室の西側だ。更に、途中先生が合流して、デカい地図を運ぶのを手伝ってもいる。よって、この生徒も消える。」

 先輩は一旦立ち止まり、遠藤先輩の様子を伺うが——彼女は無表情で感情は分からなかった。また歩きながら話し始める。
 
「——では、体育の授業を受けている2クラスだが、一つは卓球のため体育館へ、もう一つは走り幅跳びのため、外の運動場へ。」
 
「運動場のクラスからは抜け出したものはいないとのことだ——まぁ、おおむね正しいだろう。遮蔽物のない運動場から校舎へ誰にも気付かれず、行動するのは無理だろうからな。」
 
「……そうすると残るのは体育館だが——体育館から保健室を横切ると多目的ホールだ。」

「遠藤さん……。君は怪我をした友達に付き添い、保健室に行き——友達に先に戻るねと伝え——保健室を後にした——。その友人からの証言もある。」 
 
「そしてこの時、絵に細工ができるのは——遠藤 美依さん——あなただけとなる。」

 遠藤先輩は肩を小さく震わせ手を握りしめている。——その拳の間から血が滲むのが見えた。——みんなが沈黙し、数分が経とうとした時、遠藤先輩はつぶやいた。
  
「……あの絵が。——あの絵がすべての始まりだった。」

「あの絵ができて、コウは……私だけのコウじゃなくなった!」
 
「——絵のおかげで、みんなにもてはやされた。——でも、コウは、元々気が弱くて——イジメられたり……皆は爪弾きにしてたのに!」

 遠藤先輩は、声を荒げると、その場に泣き崩れる。

「私はずっと——コウの側にいた!!」

「コウが嫌な思いしたら、私は庇ってあげた!!」

 遠藤先輩はゆらりと立ち上がると、涙声でつづける。

「——でも、薄々気づいていたの、コウは優しいし……私なんかよりずっと皆に好かれてる。私がコウを庇うから皆がコウから離れていく。」

「そんな私に、コウは「美依だけが、僕のことをわかってくれてる。」——って言ってくれた。」

「私はコウに必要とされてる。——だから。」

「あの絵が——憎かった!怖かった。……私たちの関係を壊そうとする、あの絵が!」

 遠藤先輩はそう言うと、今は布が貼り付けられ白いキャンバスが入った額縁に近付き、先輩が剥がしかけた白い布に手をかけた。
 
「こんなものが…………。私たちの——邪魔をしないで!!」

 そして、そのまま引き剥がす——布はバリバリッと悲鳴にも似た音をたて、下の思い出すらも破り去った。
 それを見て、皆が呆然とする中、一人の男子生徒が遠藤先輩に駆け寄る——綾瀬 孝太郎だ。綾瀬君は近付くと遠藤先輩を、後ろから抱きしめ涙声で絞り出すように言葉を発する。

「……ごめん。ごめんなさい……。美依がこんなに苦しんでるなんて——僕は知らなかった。ごめん……ごめんよ。」
 
「ずっと私が守ってあげる……だから、あなたは今まで通りしていればいいのよ。」

 そう答え、遠藤先輩も綾瀬君の方に向き直り——抱きしめ返す、その顔からは涙は消えていたが——歪な愛を感じさせる笑顔を浮かべていた。
 私たちは黙って、その光景を見ていた。
 
 ——私も、もしかしたら、あぁ——なってたかもしれない。一方通行な気持ちが先輩を縛り上げ、支配するような——そんな闇。友達同士で話す恋バナは華やかで甘酸っぱくみえる。それが当たり前だった。——でもそれは、何かしらのフィルターを通して見ているからなのか?そんな途方もない事を思っていると、先輩が私の横に立ち話しかけてきた。
 
「——あれも、一つの青春……か。」

「青春とは、よく綺羅びやかで美しいものに喩えられる。——だが、それは過去を振り返った時の……センチメンタルの産物だ。」

 先輩は私とは目を合わせず、抱き合う二人を見つめ……いや、もっと遠くを見ているように続ける。

「——実際、その真っ只中では嵐の如く荒く、残酷な時もある。それでもと望む願いが——真実を屈折させ、理想として目に映る。」

「——だから、俺は……本物を観ようとしているのかもな。」

 私は先輩の顔を見つめる。その顔は、いつもの理系特有の眉間にシワを寄せ、気難しい感じではなく——年相応の青年に見えた。
 

 事件解決後、美月は家に帰宅し、吉塚も帰ろうとするが、博士に呼び止められる。二人は理学部部室で、しばらく沈黙——重い空気のなか博士は読書、吉塚は今回の事件を記事に起こしていた。
 
「——紅茶飲むか?」
 
「あぁ……もらうよ。」
 
 珍しく博士が紅茶を淹れる。パックで淹れるやつではあるが、紙コップに入った紅茶を受け取り、向かい合うようにソファーに腰掛ける。
 
「——で、なんか話したいことがあるのか?」
 
「あぁ……。」
 
 しびれを切らした吉塚が尋ね、博士は答える。
 そして話し始める——先程の推理に穴があると——
 
「へぇ〜、そんな凡ミスするなんて——お前らしくないな。」
 
 減らず口を叩く吉塚だが、博士は淡々と続ける。
 
「——私は言ったな? ひとまず除外だと。……それについてだ。」
 
 紅茶を飲む手が止まる。
 
「——保健室に行ったと証言していたが。——保健室から教室に戻る際にも、多目的ホールを通る。そこから中央階段を上がって、私達の教室だ。」
 
「————それで、俺がやったと?」
 
「違うな。——話は変わるが、現場に行き絵を調べているときに、「……何かないか?」と私が尋ねたことは覚えているか?」
 
 吉塚は、ため息を吐き出すように答える。
 
「……あぁ。」
 
「その時、君はこう答えた。「——何も、貼ってないな。」と。」
 
 その言葉を聞き、吉塚は紅茶のカップを机に置き、博士をその細目で見つめる。
 
「普通なら——何もない、と答えればいい。」
 
「では、何・故・、・貼・っ・て・な・い・な・、と答えたか——それは何かしらで、そこに貼ってあるのを知っているか……もしくは。」
 
「——それを、目撃したかだ。」
 
 しばらくの沈黙の後——吉塚は観念したように、伸びをしながらぼやいた。
 
「……さすがは、博士——と、いったところか?」
 
「まさか、そんな凡ミスするなんてな……。」

 吉塚は自らを嘲笑するように言った。
 
「——皆の前では、友人の情として追求はしなかったのだ。何故黙っていたか……理由ぐらいは聞かせてくれるのだろうな?」
 
 吉塚は立ち上がると、紅茶のおかわりを入れながら——ゆっくりと答える。
 
「——言えなかったのさ。いや……言いたくなかったって表現したほうがいいか。」
 
「——確かに、お前の言うとおり見たよ、美依さんが布を貼り付けるところを——。」
 
「でもな……あの女、どんな顔してたと思う?」
 
「…………。」
 
「笑ってたんだ……。嗚咽を出し、泣きながら——な。」
 
 紅茶を手にソファーに腰掛け、つづけた。
 
「——見たことを言ったら、詳しく話さなきゃダメだろ?」
 
「あれは……他人が話していい内容のもんじゃない。」
 
 そう言って、紅茶を一口啜った。
 二人は黙り込む——そして、博士が少し誂うように尋ねた。

「——君は普段から、チャラチャラした格好をしているが……。そういうとこはちゃんとしているのだな?」

「へへ……当たり前だ。記者はな——真実を暴く為に取材したりするだろ?」

「——そこに人としての倫理がなくなっちゃ……オシマイだろうよ。」

 ——そうだな。と博士は答え、二人は笑い合う。その後はゆっくり適度な作業と無駄話をした後、暫くして家路につくのであった。
 
 
 後日、放課後——珍しく中庭で一人、読書をしていると綾瀬が話しかけてきた。博士は横目で一瞥して本を閉じる。

 「——この間は、ありがとうございました。」

 「あれから美依と話し合いました。——美依が、あぁなったのは僕の性格のせいもありますし……。」

 遠くの方で、運動部の掛け声が聞こえる。綾瀬はゆっくりと続けた。

「いつも庇ってもらって。——泣き言も言って。」

「ホント……情けないですよね。」

 綾瀬は、小さく笑う。——以前、会って話した時の卑屈な感じはもうなかった。

「でも、僕が変わらないと——美依も変わらないと思うんです。」
 
「今度は少しだけど、僕が美依を助けられたらな——と思います。」

「——そうか、絵はもう描かないのか?」

 その問いに、はっきりと描かないと答え——綾瀬は一礼すると校門に駆けてゆく。遠くに女生徒が、見えたがいつもの賑やか声が遮る。

「先ぱ〜い…………。」

 そんな声が聞こえた時、ある出来事を思い出した。
 

—————————————————————————————————— 
 あれは半年前……。理学部の部室で、読書をしている時だった。今の生徒会長——その時は副会長だったか、“長谷川 はせがわなつみ”——という女生徒に絡まれていた。彼女とはクラスメートだった。

「ねぇ〜学。あなたの優秀な頭脳——生徒の役に立たせようとは思わないの?」

「くどい——。そんな暇はない。」

「ハァ〜、暇はないと言ってるけど……こんな時計塔で読書する暇はあるのね。」

 そう言い彼女は、後ろから首に腕を回してくる。まったく鬱陶しい——腕を払いのけようとした時、後方でドンッと荒い音がした。

「長谷川先輩。——先輩、嫌がっているみたいなので、離れてもらっていいですか。」

「——あら、そうなの学?」

 そうだと言い——腕を払おうとしたが、さらに密着してきた。柔らかいものが後頭部に当たる。

「お、おい——離れろ。」

「いいじゃない——。学、私は貴方が良いなら……」

「はい、そこまでです〜。」

 美月が強引に引き剥がしてくれた——正直、本当に助かった。礼を言おうと美月の方に目をやると、長谷川を思いっきり睨みつけている。
 嫉妬——自分より優れている人を羨み、妬む気持ちの総称。
 しかし——疑問がわいてきた。確かに長谷川は、目鼻立ちは整ってはいるが、美月と比べるとやはり劣ると思う。周囲の反応も——以前、吉塚が記事にした”六芒美少女ランキング”で美月の方が上だったし——では、何故嫉妬した?

「——だいたい、いつもスキンシップが過ぎるんですよ。」

「あら、貴方——学の彼女か何かなの?」

「ぐっ——違いますけど〜。」
 
——————————————————————————————————
 
 (過去の出来事に思いを馳せながら一つの仮説を立てる。愛する人の愛情が、ほかに向くのを恨み憎む……?)
 下らない内容に、思わず笑みがこぼれた。

「……フフフ。」

 (まさかな——。美月は学園のアイドルだろ?優良な物件は引く手あまただ——我ながら突拍子もない、正に妄想だな。)
——————————————————————————————————
 考え込む先輩の横に腰掛け私は話しかけた。
 
「先輩聞こえてます?後……何ニヤニヤしてるんですか?」

「……いや、何でもない——が、全く毎回毎回——」

 言いかけた言葉を、先輩は飲み込み考え込む——そして私をチラッと見る。——疑わしそうに。

「…………。」

「どうしたんですか?ちょっと顔色悪いですよ?——保健室いきます?」

「だ、大丈夫だ。——ところで毎回毎回、よく私の場所を見つけ出す事ができるな?」

 私は少し首を傾げ——答える。

「——先輩が行くところなんて、そんなに無いですからね〜。目撃情報をもとに来てますけど?」

「そうか。——でも、君にもプライベートの付き合いとかがあるだろう。無理に——」
 
「先輩と……一緒にいちゃダメなんですか……?」

 何だか距離を感じ淋しくなり、とっさに尋ねていた。ホント涙、出そうになったんですからね。でも、急とはいえ覗き込むように——上目遣いになっちゃったのは、流石にあざとかったですかね?

「ん?——、いや、君がいいなら……べ、別にいいのだが——。」

 先輩は目をそらす——若干、頬が赤いような?

「? ——そうですか。で、今日は何読んでるんです?」

 いつもの調子で、横から本を覗き込もうとするが、先輩は恥ずかしそうに少し距離を取る。何だか余所余所しいですね?——まるで気になる子が近くに寄ってきた男子みたいだ……。
 ——とは思ったが、この人がそんな人ではないことは、周知の事実……いやいや、自重せねばと思うのでした。

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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