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偽作演舞

ナン・ルーナック

32,328 字

メタフィクション・ダークファンタジー

"観客席など、どこにもなかった。誰もが筋書きの上の登場人物だ。"

※狂気太郎著、カイストシリーズの二次創作です。 ※オリジナルカイストが登場します。 https://madtaro.x0.com/

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第二章 配役

第二章

一

 その昔、大きな戦争があったらしい。

 四千世界の七割が焼かれ、数えきれないほどのカイストが死に、それでも最後には世界の側が勝ったのだという。カイがこの世界に転生したのは、その話が昔話になりかけた頃だった。

 死んでも記憶と能力を引き継いで転生する存在、それがカイストだ。よく勘違いされるが、『転生すること自体』は全ての生命体に起こっているという。カイストが積み重ねた意志の力は我力と呼ばれ、世界の法則をねじ曲げることさえあるらしい。カイは自分がカイストとなったことに、何の感慨もわかなかった。

 前の生を終えてから、どれだけの時間が経ったのだろうか。数えようとも思わなかった。暗くて、静かで、何も始まらない場所に、ずっといた気がする。戻ってくる理由は見つからなかった。

 戻ってきた世界は、平和だった。

 市場には果物が積まれ、子供達は通りを走り回り、酒場からは下手な歌が聞こえてくる。カイストらしき連中も時々見かけたが、誰も彼も、戦争の後の休暇を持て余しているような顔をしていた。

 カイは十五才になっていた。痩せて、背ばかり伸びて、どこにいても目立たない少年だった。

 ある夕方、カイは街外れの空き地を通りかかった。子供達が勇者ごっこをしていた。木の枝を剣にして、一人が勇者、一人が魔王、残りは村人や姫になる。

 空き地の端に、小さな子が一人、所在なげに座っていた。遊びの輪に入れてもらえなかったのか、自分から入らなかったのか。

 その子を見た時、カイの耳の奥で、いつかの声がした。

 じゃあ、カイは見てる役な。

 カイは立ち止まった。

 見てる役。

 あの時、自分は輪の外に逃げたのだと思っていた。役を断り、見る側に回ったのだと。見ている限り、自分はなにも痛まない。

 けれど、あの子供は言ったのだ。見てる役な、と。

 断ったつもりで、役を与えられていた。見る側に逃げたつもりで、見る側という役を演じていた。輪の外に座っていた自分も、あの遊びの登場人物の一人だった。

 なら、どこにも外などなかったのだ。

 床下も、写本屋の片隅も、空き地の端も、全部舞台の上だった。生きている限り、誰かに何かの役を振られる。逃げても、隠れても、逃げる者の役、隠れる者の役を振られるだけだ。

 カイは、空き地の端の子供から目を逸らさずに思った。

 なら、せめて自分で選ぶ。

 誰かに振られる前に、自分の役は自分で決める。与えられた舞台を眺めるだけの客ではなく、どの物語を読み、どの物語を選ぶかを、自分で決める者。

 観測者。

 そう決めた瞬間、頭の中に、本棚が現れた。

 見上げるほど高い本棚だった。背表紙がぎっしりと並んでいる。カイは本棚の前に立つ自分を感じた。一冊に手を伸ばすと、背表紙の文字が読めた。

 知っている名前だった。この世界で、名の知れたカイストの名前だ。二つ名と一緒に、その名が題に入っている。隣の一冊も、その隣も、みんなそうだった。

 頁を開くと、物語が書かれていた。どれも、この世界では起こりえなかった出来事だった。恐ろしい殺戮者が実は優しかった話。無敗の剣士が名もない誰かに敗れる話。死んだはずの者が生き返る話。

 そして頁の余白には、細かな書き込みがあった。誰かの感想のようだった。面白かった、とか、解釈違い、とか、続きを待っています、とか。カイには意味の分からない言葉も混じっていた。

 どこの誰が書いたのか、分からなかった。この世界の誰でもない、どこか違う世界の誰かが、この世界の人物達について書き続けている。そういうものらしかった。

 カイは本を閉じ、空き地を後にした。

 ずいぶん長い間、何も始まらない場所にいた。

 そろそろ、観に行こう。

二

 フィロスは笑っていた。

 胴から噴き出した刃が夕陽を弾き、安宿の並ぶ路地を銀色に埋め尽くしていく。逃げ惑う人々の背に、その切っ先が殺到する。『八つ裂き王』にとって、これは呼吸のようなものだった。肉を、丁寧に、時間をかけて、ばらばらにする。それ以上の悦びを、フィロスは知らない。

 男が転んだ。振り返り、無様に命乞いをする。刃が届く。

 届いて、逸れた。

 一万を超える刃が、男の体を避けるように曲がり、その周囲を取り囲み、頭上で交差した。折しも降り出した雨が、刃の天蓋に弾かれて、男の上には一滴も落ちない。

 フィロスは己の刃を見た。動かしてなどいない。むしろ全力で、この惨めな獲物を裂こうとしている。なのに刃は、雨除けの庇になっている。

「あ……ありがとう、ございます」

 男が言った。

「礼など要らぬ。弱き者を守るは、強き者の務めよ」

 フィロスの口が、勝手に動いてそう告げた。

 言っていない。我はそんなことを、ただの一度も思ったことがない。

 体が操られている。否、操られているのではない。動かす力などどこにもない。我力の気配も、術者の影も、結界の歪みもない。ただ、そういうことになっている。八つ裂き王フィロスは、弱者を守る心優しき剣士である。世界がそう決めてしまったかのように、フィロスの体は、その役を淀みなく演じていく。

 男は泣きながらフィロスの手を取り、何度も頭を下げた。その手の温度が、フィロスの内側の何かを、ひどく逆撫でした。

 この手を、裂きたい。

 この顔を、恐怖で歪ませたい。

 三百億年、一日たりとも絶えたことのない渇きが、腹の底から湧き上がってくる。優しき剣士の役が、その渇きに押されて軋む。フィロスは、己の中の何かが、見えない枷を内側から引きちぎろうとしているのを感じた。

 刃の天蓋が、一枚、また一枚と、元の向きへ戻っていく。

 そして、全てが戻った。

 男の顔が、感謝から恐怖へ変わる途中で、ばらばらになった。

 雨が、肉片の上に降り始めた。

 フィロスは肩で息をしていた。息を切らすなど、いつぶりか分からなかった。殺した。いつも通りに。いつも通りに殺せたことに、これほど安堵したのは初めてだった。

 そして、フィロスは気づいた。

 路地の端に、一人の男が立っていた。

 冴えない、痩せた男だ。カイストの鋭さも、一般人の鈍さもない、奇妙に薄い存在だった。男は雨に濡れながら、困ったように頭を掻いていた。

「あぁー、ダメだったか」

 男は言った。

「まぁ僕もちょっと無茶な"エピソード"だとは思ってたんだよね。八つ裂き王が実は優しい人でした、なんてさ。解釈違いって書き込みも多かったし」

 フィロスには、男の言っていることが一つも分からなかった。ただ、この男が今の出来事に関わっていることだけは分かった。

 フィロスの刃が、男に殺到した。

 男は避けなかった。逃げようともしなかった。雨の中で、少しだけ残念そうな顔をしていた。

「……ぷきゅ」

 男は、ばらばらになった。

 頭の中の本棚から、一冊が消えたのを、カイは死ぬ間際に感じた。

三

 次に転生した時、カイは、もう少し慎重に選ぶことにした。

 フィロスで学んだことがある。その人物の芯に反する物語は、長くは保たない。本人の中にある一番強いものが、物語を内側から押し返してしまう。

 カイは本棚の前に立った。もちろん、頭の中で。

 背表紙を眺めていく。『針一本』裏鋭の名が入った本は、何冊かあった。

 一冊目を手に取りかけて、やめた。急所を見抜けなくなった針一本の話。これは、フィロスの時と同じことになる。急所を見抜くことだけで百五十億年以上生きてきた男から、それを奪う物語は、たぶん一晩も保たない。

 二冊目を開いた。

 急所を狙ってくるなら、その急所を把握して守っておけば防げるのではないか。そういう要旨の物語だった。短い話で、余白には「そんな単純な話あるか」とか「いや針一本ならそれも貫くでしょ」とか、否定的な書き込みが多かった。

 けれど、この物語は裏鋭から何も奪わない。裏鋭は急所を見抜き、急所を狙い、急所を突く。いつも通りに。ただ、その先が防がれるだけだ。

 カイは、その一冊を選んだ。

 裏鋭は、酒場の隅の席で、一人で食事をしていた。

 特徴のない男だった。地味な服に、肩掛けの鞄。親指に黒い布のサックを嵌め、手首には細いリストバンドを巻いている。誰の目も引かない。それが、この男の在り方だった。地味で、さりげない。

 カイは、その向かいの席に座った。

「こんばんは。『針一本』さん」

 裏鋭はカイの顔を見た。

 そして、カイの体の内側を見た。

 カイには分からなかったが、裏鋭の視界の中で、カイの体は無数の光点と細い線の網目に変わっていたのだろう。光点の一つ一つが急所だ。裏鋭は、その中から最も効率的で、最も美しい一点を探す。

「僕の急所、どこにあるか分かるかい」

 カイが言い終わる前に、裏鋭の手はもう動いていた。

 手首の鞘から抜かれた九センチの針が、カイの急所、魂の座、その一点へ音もなく吸い込まれていく。

 その針先が、止まった。

 カイの胸の、服の上。急所のほんの手前で、見えない何かに弾かれていた。

 カイは何もしていなかった。指一本動かしていない。物語がそうなっているだけだ。急所を狙ってくるなら、その急所を守ればいい。

 裏鋭の目が、見開かれた。

 カイは、ほっと息を吐いた。

「これもちょっと無茶かなと思ったけど、案外いけたね」

 カイは立ち上がった。

「意外とみんな、こういう"妄想"しがちなのかな」

 物語は、そこで終わっていた。最後の一行はこうだった。そして男は、最初からそこにいなかったかのように消えた。

 カイは、その一行に連れ出されるように、酒場から消えた。

 裏鋭は、男の立っていた場所を見つめていた。

 指の間には、まだ針がある。針の先には、何の痕もついていない。ただ、止められたという感触だけが、指先に残っている。

 あれは、いったい何だったんだ。

 裏鋭は長い間、その場に立ち尽くしていた。

四

 キルマは、街をさまよっていた。

 戦争は終わった。あの戦いを生き延びた。戦う理由も、守る者も、今はない。

 雑踏を眺めていた。人々は笑い、物を売り、恋をし、子を育てている。守られるべき者達が、もう守られる必要のない世界で暮らしている。

 目的のない凶器は、どこへ向かえばいいのか分からなかった。

「君がキルマかい」

 声をかけられて、キルマは振り向いた。

 痩せた男が立っていた。冴えない、薄い男だ。カイストの気配はほとんどない。

「随分と草臥れた……ちょっと汚れすぎだぞ。顔色も分かりゃしないじゃないか」

 キルマは答えなかった。

「君の物語は、一度終わった。でも、まだ続きがあるらしい。君を救いたいと願う者が、違う世界にはいるようだ」

 救い、だと。

 キルマの胸の内に、冷たいものが広がった。二百十億年かけて積み上げてきた絶望と後悔が、そんな言葉で覆されるものか。

「新しい『目的』が、ここにあるよ」

 男が、キルマの後ろを指さした。

 キルマは振り返った。

 一人の少女が立っていた。パンを抱えて、不安げにこちらを見つめている。

 その顔を見て、キルマの時が止まった。

 名は、思い出せなかった。気の遠くなる歳月が、それを摩耗させてしまった。けれど、この顔だけは覚えている。守れなかった、あの少女の顔だ。

「あの……」

 少女が、おずおずと口を開いた。

「キルマさま、ですよね。お願いがあるんです。わたしを、守ってもらえませんか。お金は、あんまりないんですけど……パンなら、毎日焼けます」

 茶番だ。

 キルマは、声に出さずに吐き捨てた。

 同じ顔の少女を宛がって、過去をなぞらせる。これが救いだと言うのか。都合の良い奇跡。安易な救済。それは、キルマが最も唾棄すべき偽善だった。

 けれど、キルマの魂は、その茶番を求めていた。

 再び誰かを守るという目的を。

 振り返ると、痩せた男は、もういなかった。

 少女だけが、そこにいた。

 キルマは気づいた。自分の中から、何かが抜けていく。さっきまで、この少女を守らねばならないと、自分のものではない熱に押されていた。その熱が、すっと引いていく。

 物語は、終わったのだ。

 少女とキルマを引き合わせる。あの男が持ち込んだ物語は、そこまでだった。今ここにいるのは、元のキルマと、パンを抱えた見知らぬ少女だけだった。

 目的のない凶器は、少女を見下ろした。

 少女は、まだ不安げにこちらを見上げている。

 キルマは、少女の方へ一歩踏み出した。

 物語はもう働いていない。これはキルマ自身の一歩だった。

 少女が依頼し、提示した報酬に納得したのなら、契約は成立するのだ。

五

 フロウというカイストは、向こうからやってきた。

「こんにちわー」

 街道沿いの茶屋で団子を食べていたカイの隣に、いつの間にか一人の男が座っていた。気配も足音もなかった。痩せた、にやついた顔の男だ。

「きみきみぃ、最近なんか暴れまわってるらしいじゃあーないか。八つ裂き王が雨宿りの屋根になったとか、針一本の針が止まったとか、浮浪者みたいなやつが子守りを始めたとか。楽しそうだから、俺も混ぜてくれよっ」

 カイは団子の串をくわえたまま、男の顔を見た。

 頭の中の本棚を、ざっと眺める。『蜘蛛男』フロウの名が入った本は、何冊もあった。人気があるらしい。余白の書き込みも多い。

 けれど、カイは手を伸ばさなかった。

「あぁ……きみはちょっと無理だね」

「無理って、何がだよ」

「"違う世界"を知ってる側だろ」

 フロウの顔から、にやつきが消えた。

 フロウ自身にも、何を言われたのか分からなかった。違う世界。何のことだ。分からない。分からないのに、背筋が冷たくなった。自分の中の、自分でも覗いたことのない場所に、初対面の男の指先が触れた気がした。

 フロウは、警戒を最大まで上げた。

「……おうおう、随分と物知りさんみたいなんだな」

 声は軽いままだった。けれど、その目はもう笑っていなかった。

「何もんだ、お前」

「ちょっと本を読むのが好きなだけだよ」

 カイは串を皿に置いた。

 次の瞬間、カイの体は輪切りになっていた。首と、胸と、腹と、腰。見えない糸が、何本も通り過ぎていった後だった。

「あぁ、やっぱりそうなるよね」

 落ちていく首で、カイはそう言った。抵抗は、最初からするつもりがなかった。

 フロウは、崩れ落ちた男の残骸を見下ろしていた。

 能力らしいものは、一度も使われなかった。ただ、この男は何かを知っている。それも知るはずのないことを。

「……念のため、だ」

 フロウは誰にともなく呟き、茶屋の勘定を男の懐から抜いて払ってから、姿を消した。

六

(一)

「久々にワクワクするやつが現れたかもしれねぇ」

 フロウは、勝手知ったる様子でガリデュエの住処に上がり込み、勝手に椅子に座った。

 『裏の目』ガリデュエは、いつものように目元を白い帯で覆い、その帯に描かれた目でフロウを見ていた。

「ほう。お前さんがそう言うのは珍しいのう」

「フィロスとか裏鋭とかの件、聞いてるだろ。あれをやってる奴に会ったよ。殺しといたけど」

「殺したのか」

「念のためな。それよりさ、あいつ、変なこと言ってたぞ。違う世界とかなんとか」

 ガリデュエは黙って聞いていた。

 フロウは、話しながら、自分の言葉が妙に軽く響くのを感じていた。違う世界。あの男にそう言われた時の、あの冷たさを、うまく言葉にできない。

 ガリデュエは何も言わなかった。何かをした気配も、ほとんどなかった。

 ただ、フロウの中で、何かが戻ってきた。

 フロウは、一瞬、口をつぐんだ。

「……あ。おいガリデュエ。今、俺の記憶、何か戻したろ」

「緊急事態だと思うての。話が済んだら、また元に戻しておくぞい」

「じゃあ借りは帳消しだな」

「戻すと言うたじゃろ」

「相変わらずムカつくじじいだな」

 フロウはそう言って、それから少しの間、何も言わなかった。

(二)

 ディンゴがその噂を聞いたのは、新しいディンゴ亭を見つけて、恒例の行事を済ませた後の宴会の席でだった。

 フィロスが、妙な負け方をした。

 八つ裂き王が、雨の路地で獲物を守り、礼を言われ、それから我に返ってようやく殺した。そういう話だった。

 ディンゴは、杯を持つ手を止めた。

 フィロス。ディンゴが挑み、今も超えられない相手だ。あの男の強さを、ディンゴは誰よりも知っている。そのフィロスが、子供のようにあしらわれた。

 怒りに似たものが、腹の底で鈍く疼いた。

 ディンゴは情報を辿った。針一本の件。キルマの件。検証士のネットワークでは、なにやら話題になっているらしい。そして、ガリデュエがフロウから何かの報告を受けたらしい、という話に行き着いた。

 ガリデュエの住処を訪ねると、老人は待っていたように椅子を勧めた。

「来ると思うとったぞい」

「フィロスの件だ。何が起きてる」

 ガリデュエは、別々の場所で起きた出来事を並べてみせた。フィロスの件。裏鋭の件。キルマの件。どれも、我力の気配がなく、術者の影もない。ただ、名の知れたカイスト達が、ありもしない役を演じさせられた。

 フロウの件には、触れなかった。

「芯に反する役ほど、早く剥がれるようじゃの。フィロスは殺しの渇きで役を破った。裏鋭は、急所を狙うという芯には触れられておらん。だから最後まで演じさせられた。キルマは……あれは、剥がれた後も、自分で役を続けておるようじゃが」

「剥がれた後、ってのは」

「演じ終えれば、元に戻るらしい。役を演じておった間の記憶だけが残る」

「なんじゃそりゃ……」

 ディンゴは呆れて天井を仰いだ。訳の分からない話だった。そんな魔術士の手品のようなもので、自分が追い求めてきた強者があっさりあしらわれたとは、思いたくもない。

 けれど、フィロスが遊ばれたのは事実だった。

 あのフィロスが。

 ディンゴは、背筋に冷たいものが走るのを感じた。

(三)

 ディンゴが帰った後、ガリデュエは集めた情報を、検証士のネットワークへ正式な情報として流した。

 ネットワークは、ざわめいた。

 我力もないのに、法則が歪められている。名だたるカイストが、ありもしない役を演じさせられる。その匂いを、生き延びた者達は知っていた。

「またアブクドエか」

 誰かが言った。

 その一言で、あちこちの酒場の空気が凍った。やめてくれ。ようやく、終わったのだ。

 けれど、それきり何も起こらなかった。

 名だたるカイスト達の珍事は、ぱたりと止んだ。世界は歪まず、戦争も始まらず、空は今日も理不尽なほど青い。ひと月が過ぎ、半年が過ぎ、人々は肩の力を抜いた。まあ、こんなおかしなこともあったよな、と。

 ガリデュエは一人、白い帯の下で笑みを消していた。

 その手は、鎖の巻かれた何かの上に置かれていた。

「これ、使うような事態にはならんでほしいのう」

── 第2章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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