◆エヴァ・ハムリー◆
【銀髪の救世主(七日目)】
熱っぽく気だるい身体でゆっくりと上半身を起こすと、まだ覚醒しきれていない頭のままぼんやりと視線を彷徨わせる。
一面が真っ白な壁で覆われているばかりで、これといった特徴のようなものは何もない。強いて言うなら、窓さえないのが特徴だろうか。そこまで考えて、ようやく意識がハッキリとしてくる。
(……ああ、そうだった。ここは政府の研究施設なのよね……)
今からちょうど一週間前。突如として崩壊したニゲラで一人彷徨っていたところ、政府の人に保護されてこの施設へとやって来たことを思い出す。
兄とはあの時はぐれたまま、生死さえも分からない。外はあの惨状だ。再び生きて会える可能性もほぼないだろう。そんなことを思いながら、あの時見た恐ろしい光景を思い返す。
どこからともなく現れた、異形の姿をしたバケモノ。まるでアルビノのような白っぽい皮膚は魚のような鱗で覆われ、その身体は全体的に少しぬめり気を帯びているようだった。おそらく、体長は二メートルをゆうに超えていただろう。そのバケモノが、爆風によって怪我を負った人々を次々に襲い始めたのだ。
その光景を前にした私は、強い恐怖心に駆られて本能的にその場から逃げ出した。正直、その行動には自分でも驚いた。あれほど死にたいと願っていたはずなのに──。
「──診察の時間です」
そう告げながら扉から姿を現したのは、白衣姿の施設の女性職員だった。
「……はい」
返事をしながらのろりとベッドから降りると、それを確認した職員は私を連れて隣の部屋へと向かう。
二日間外で生き延び、ここへ保護されてからの五日間。毎日こうして定期的に職員がやって来ては、隣の部屋に移動して検査をしている。なんでも、外はバケモノによって空気汚染されているとかで、感染の有無を経過観察する必要があるらしい。
(そんなの別にどうだっていいのに……)
促されるまま検査室へと入ると、数人の職員達の手によって手際よく機械へと繋がれる。一体何をどう検査しているのかは不明だけれど、椅子に座ったままモニターに映し出される波形をぼんやりと見つめる。
そんな中、淡々と作業をこなすだけの職員達はいつも無言で、ここへ来てから五日も経つというのに、言葉を交わした記憶はほとんどない。とはいえ、今更気にするようなことでもない。もとより、私の存在など誰も気に留めることなどないのだから。
(………。昨日の夜から少し熱っぽいせいか、なんだか疲れちゃった)
見ていたモニターから視線を外すと、静かに瞼を閉じて身を委ねる。
おそらく、いつも通りの手順ならこの後十分程で検査も終わるだろう。そんなことを考えながら大人しくしていた──次の瞬間。慌ただしく室内へと入って来た男性職員が、焦ったような声音で大声を上げた。
「襲撃だっ!! 今すぐ逃げろ──!」
そう告げるや否や、突然短い呻き声を上げて足元から崩れ落ちた男性。そのすぐ背後から姿を現したのは、全身黒ずくめで目深にフードを被った男性らしき人。その手には二本の刀が握られている。
状況から見て、この男が背後から切りつけたのだろう。その証拠に、二本の刀からは血が滴り落ちている。
一瞬の静寂の後、一気にパニックへと陥った室内。その場にいた職員達は散り散りに逃げ惑い、断末魔と共に切り捨てられてゆく。そんな光景を、ただ黙って眺める。
ハラリと捲れて落ちたフードから見えたのは、肩まで伸びた銀髪をハーフアップに束ねた、まるで彫刻のように整った顔立ちの男性。年齢は、おそらく私より少し上くらいだろうか。その顔は一切の感情など持たないかのように無表情で、それでいてどこか危うげな儚さがある。
無駄のない動きで音さえ立てずに、なんの躊躇いもなく次々と職員達を切り捨ててゆく男。血飛沫が舞い散る中、男だけが静かな一枚絵のように切り取られたその姿は、思わず見惚れてしまうほどに美しかった。
「…………」
「──死にたいか?」
いつの間に来たのか、私のすぐ目の前に立っていた銀髪の男。きっと、逃げる素振りをみせない私を見てそう尋ねたのだろう。事実、私は逃げようなんて考えを一瞬たりとも思い浮かべなかった。むしろ、私の願いを叶えてくれるであろう、唯一の救世主に見えたのだから──。
チラリと男の背後へと視線を向けてみると、息絶えた職員達の遺体が転がっている。私もあんな風に死ぬのだろうか? そう考えてみても、不思議と全く怖くはなかった。
「あなたになら……殺されてもいい。どうせ行くあてなんてないし」
「……」
おそらく、この施設はもう機能しないほどに壊滅しているのだろう。ここまでの騒ぎになっているというのに、誰一人駆けつけて来ないのが何よりの証拠だ。
たとえここを出たとしても、外にいるのはあの恐ろしいバケモノ。だとしたら、いっそのこと今ここで終わらせてもらった方がありがたい。もとより、私には生きたい理由なんてないのだから。
「……じゃあ殺してやる。だが、今じゃない」
そう告げた銀髪の男は、私の身体に繋がれた機械の管を切り捨てた。
「…………」
「ここを出る。付いてこい」
言われるがままに椅子から立ち上がると、無言のまま男の後を付いてゆく。
何故、今すぐではダメなのか──その理由は分からないけれど、確かにこの男は約束してくれた。
『──じゃあ殺してやる』
その言葉だけを信じて、私は目の前の救世主の背中を追いかけた。
【なんの価値もないのに】
検査室を出た先の状況は予想した通りで、そこかしこに職員達の息絶えた身体が転がっていた。廊下は勿論のこと、時折見かける開け放たれたままの室内でさえも、見た限りでは生存者はいないようだった。
一体何が目的で襲撃したのかは不明だけれど、この惨状をこの男が一人でしでかしたのかと思うと、その凄まじさに思わず息を呑む。前方を歩く男をチラリと盗み見ると、一糸乱れぬ様子で返り血さえ浴びていない。
(一体、何者なんだろう……)
「あの……、どこに向かってるの?」
「…………」
「…………」
勇気を振り絞って聞いた私の質問には、どうやら答える気はないらしい。そう思って男から視線を外すと、足元を見つめながら静かに歩みを進める。
「…………。この施設で銀髪の男の子を見たか? 歳は十三だ」
「……え?」
突然の質問に俯いていた顔を上げると、歩きながらもこちらに目線を流している男と視線がぶつかる。
「あ、えっと……見てない」
「……そうか」
それだけ答えると、再び前を向いて無言で歩き続ける男。どうやら人を探しているらしい。それだけは分かった。とはいえ、相変わらず謎だらけなことに変わりはない。
けれど、素性など知ったところで何になるわけでもない。ほんの少しこの男の素性に興味が沸いたのも、きっと熱っぽさが原因だ。
私はどうせ、この男に殺されるのだから──。
そのまま男の背中を追いかけるようにして歩いていると、突然エレベーター前で足を止めた男。
このエレベーターには見覚えがある。政府の人に保護された当初、私はこのエレベーターに乗って地下にある施設へとやって来た。どうやら、この男はこのまま地上へ出る気らしい。外で見たバケモノの姿を思い浮かべると、ゴクリと小さく唾を呑み込む。
「怖いか?」
そんな私の様子に気付いたのか、男はチラリと横目に私を確認する。
「……ううん。でも、外は空気汚染されてるって聞いたから」
「…………。大丈夫だ」
それだけ答えると、さっさとエレベーターに乗り込んでしまった男。こうなってしまうと、私も黙って後を追うしかない。考えてみれば、この男は外からやって来たのだ。その本人が大丈夫だと言うのだから、空気汚染の心配はないのだろう。例え汚染されていようと、私にとってはどうでもいいことだ。
沈黙が流れるエレベーターの中、カタカタと震え始めた両手をギュッと握りしめる。確かに死にたいと願っているはずなのに、地上へ出るのが怖いだなんて、矛盾した感情には自分自身でも呆れる。
一階に到着したエレベーターから降りると、男の背中を追いかけるようにしてその先にある扉へと向かう。
「離れるなよ」
外へと続く重厚な扉の前で足を止めると、私を見てそう告げた男。それに応えるようにしてコクリと頷くと、緊張から首元に流れ出た汗をそっと拭う。そんな私の緊張など知りようもない男は、何の迷いもなく扉の開閉ボタンを押した。
ゴゴゴと低い音を響かせながら開いた扉は、生温い空気を乗せて外界との境界線を溶かしてゆく。いよいよ引き返せない状況に、思わず足がすくんでしまう。
久しぶりに見た外の世界は、最後に見た時と何も変わってはいなかった。
煌びやかだった色とりどりの建物はそのほとんどが崩れ落ち、原型を留めている建物でさえも焼け焦げて黒くなっている。未だに何が起きたのかはよく分からないけれど、きっとあのバケモノが何か関係しているのだろう。
目の前の光景を見ると、ここが一・二を争うほどに栄えていた都市ニゲラだとは到底思えない。
「こっちだ」
男に促されるようにして外へ出ると、ドクドクと煩い鼓動に気付かないふりをする。どうやら、ざっと見渡した限りあのバケモノはこの近くにはいないようだ。
とはいえ、恐怖心と緊張から私の身体は強張っていた。
「──あっ、」
瓦礫に躓いてよろけると、私の腕を掴んだ男が身体を引き上げる。
「……ごめんなさい」
そう謝罪をするも、男は何事もなかったかのように無言で歩き始める。それを追いかけるようにして、ただひたすらに黙々と足を進める。
一体どこへ向かっているのか、それさえ分からない。おそらく、質問したところでその答えは返ってこないだろう。そもそも目的地があるのかすら不明だ。なにせ、見渡す限り瓦礫の山ばかりなのだから。
そんなことを思いながら瓦礫の角を曲がると、突然現れたバケモノの姿に恐れ慄く。僅か一メートル程の距離の、目と鼻の先にいる三メートル級のバケモノ──。こんなに間近で目にするのは初めてだった。
あまりの恐ろしさに、喉の奥から悲鳴が込み上げてくる。
「──静かにしろ」
寸でのところで背後から男に口を塞がれ、耳元で静かにそう囁かれる。そうは言われても、恐ろしさからガタガタと震える身体。いくら死にたいと思ってはいても、こんなバケモノに喰われて死ぬなんてあんまりだ。
ギュッと固く瞼を閉じると、溢れ出た涙が頬を伝う。
「このまま静かに後ろに下がるぞ」
「……っ、」
頭では分かっているのに、思うように身体が動かない。カタカタと震える足元は今にも崩れ落ちそうだ。男にもそれが伝わったのか、背後から私を抱きかかえるとゆっくりと後退してゆく。
驚いたことに、バケモノはそんな私達の存在に全く気付いていないようだった。先程間近で目にしたバケモノは、確かに目のようなものが存在していた。けれど、その眼球は白く濁ったように落ち窪み、もしかしたら視力はほとんど機能していないのかもしれない。
恐怖に震えながらも、やけに冷静にそんな考えが頭をよぎる。
バケモノと遭遇した場所から充分な距離を取ったところで、抱えていた私を下ろした男は口を開いた。
「ここで少し休むぞ」
そう告げながら瓦礫に腰を下ろす男を見て、私は次々と流れ出る涙を拭った。
「……っ、ごめんなさい」
一体何に対して謝っているのか、自分でもよく分からなかった。極度の緊張状態と安堵感から、拭っても拭っても溢れ出る涙。私は今、助けてもらったことに心底感謝してしまっている。
あんなに死にたいと思っていたはずなのに、私はまだ、心のどこかで生きたいと願っていたらしい。その事実に、いたたまれない罪悪感が押し寄せる。
(私なんて、なんの価値もないのに──)
自分の中にある矛盾した感情に戸惑いながら、声を押し殺して涙を流し続ける。
そんな私のことを、男はただ黙って見ているだけだった。
【渇望】
「これを食べておけ」
「…………。ありがとう」
目の前に差し出されたチョコバーを静かに受け取ると、その袋を破きながらチラリと男の様子を窺う。元からの性格なのか、無口なこの男が何を考えているのかはよく分からない。
確かに殺してくれると約束したはずなのに、今のところ私を殺す気はないらしい。それどころか、こうして食べ物まで与えてくれる。
(一体、いつになったら殺すんだろ……)
パクリとチョコバーを口に含みながらそんなことを考える。
役立たずな私では、きっと連れ歩くのでさえ相当な足手まといのはずだ。だとしたら、きっと何か利用する目的があるのだろう。そんなことを考えながら、何故かチクリと胸を痛める。
「少しこの辺りの様子を見てくる。ここで待ってろ」
それだけ告げると、私の返事を待たずして立ち上がった男。
「……う、うん」
こんなところで一人待たされるだなんて、バケモノに喰われる未来しか想像できなくてとても恐ろしい。けれど、そんなことは口が裂けても言えなかった。
男には何かやるべき目的があるのだろうし、赤の他人である私を守る義務なんてないのだから。
(ひょっとしたら、このまま戻ってこない気なのかも……)
殺すと約束して連れ出してはみたものの、面倒になったのでここに捨てていく判断をしたのだ。このチョコバーは、せめてもの慈悲だったのかもしれない。
そんな後ろ向きな考えばかりを思い浮かべては、立ち去ってゆく男の後ろ姿を静かに見つめる。
「やっぱり、私なんて……っ、」
誰にとっても価値などない存在なのだ。そんなことはとっくの昔から気づいていたはずなのに、今更ながらに虚しさが込み上げてくる。せめて穏やかに死ねたら──。そんな願いすら、もはやこの世界では叶いそうもない。
私はゆっくりと立ち上がると、ふらふらとあてもなく彷徨い歩き始める。どうせ死ぬ運命だというなら、せめてそのタイミングだけは自分で決めたい。瓦礫の角を曲がると、少し先に見えた静かに佇んでいる異形の姿をしたバケモノ。そのバケモノに向かってゆっくりと近づいてゆく。
(やっぱり、喰われる時は凄く痛いのかな……)
確かに覚悟を決めたはずなのに、私の頬には大粒の涙が流れ、その全身はカタカタと震え始める。
おそらく、即死なんて楽な死に方はできないだろう。きっと生きながら喰われるのだ。
「……ひっ、ぐ……ぐす……っ、」
ついに堪えきれなくなった口元から、嗚咽まじりの泣き声が漏れ出る。その音を聞き逃すはずもなかったバケモノは、ぬるりと体を滑らせるようにして一気に距離を詰めてくる。その口は左右に大きく裂けたように開かれ、まるで牛のような咆哮を響かせる。細く鋭い歯を剥き出しにしたバケモノは、迷いなく私に喰らいつこうとする。
そんな光景が、やけにスローモーションに見えた。
死ぬ間際には走馬灯が見えると聞いたことがあるけど、どうやらそれは嘘だったらしい。私は静かに瞼を閉じると、この後訪れるであろう痛みに恐怖した。
「──っ、!?」
突然の浮遊感に驚いて反射的に瞼を開くと、そこに見えたのは、先ほどまで自分がいた場所にバケモノが突っ込んでいく姿だった。
獲物を捕らえ損ねたバケモノはくるりと向きを変え、再び私に向けて咆哮を上げながら突進してくる。それを寸でのところで躱すと、私を片手に抱えたままの男はカチャリと刀を響かせた。
「……っ、どうして……」
私のその声は、きっとあまりにも小さすぎて男の耳には届かなかっただろう。
その場に私を下ろした男は、両手に構えた刀で勢いよくバケモノに斬りかかってゆく。ガキンと鈍い音を響かせながら火花を散らした刃は、バケモノの身体に傷一つ負わせることはできなかった。
ぬるりとした体躯と全身に及ぶ魚のような鱗は、その見た目に反して随分と硬いようだ。それでも諦めずに斬りかかってゆく男の姿に、私の心は戸惑いを隠せなかった。
(戻ってきてくれた──)
捨てられたと思っていたのは、どうやら私の勘違いだったようだ。けれど、この男がどうして戦っているのか、その理由はどうしても分からなかった。
たとえ私に何か利用価値があったとして、それは自分の命を危険に晒すほどの価値があることなのだろうか?
(一体、何の為に……)
考えても答えなど出ない疑問に、ただただ戸惑うばかり。確かなことは、男が戻ってきてくれたことに安堵してしまっている自分がいることだった。
目の前で繰り広げられている壮絶な攻防戦を眺めながら、この男が無事でいられることを切に願う。
「──ぼうっとするな。死にたいのか」
そう言いながら、私を抱えてバケモノからの攻撃を躱した男。「死にたいのか」だなんて、私を殺す約束をしているはずなのに随分と矛盾した台詞だ。
再びバケモノに向かってゆく男の背中を見つめながら、地べたに座り込んだまま地面を固く握りしめる。
「……っ、危ない!」
攻撃を躱したばかりの男の背中に向けて、バケモノの鋭く尖った爪が宙を掻く。それを両手の刀で受け止めるも、その強すぎる衝撃に押されてズリズリと後退する男の身体。そんな手に汗握る戦いを前に、私の心拍数は驚くほどに跳ね上がってゆく。
戦闘知識など全くない私でも分かる。おそらく、この戦いは圧倒的に不利だ。それほどに力の差があり過ぎる。いくら政府施設を壊滅させた男とはいえ、このバケモノに勝つのは難しいだろう。
「……っ、なんで……。なんで戻ってきたの……」
いっそのこと、私のことなど見捨てて逃げてしまえばいいのに。きっとこの男なら、戦わずにこの場から逃げることなど容易いだろう。でも、そうしないのは私がいるから──私を守るために戦っているのだ。
その事実に、たまらず顔を歪めた私は涙を流した。助けてもらう価値などないのに、こうして誰かが自分のために戦ってくれている。たとえその理由がなんであろうと、私の存在を認めてもらえているようで嬉しかった。
(お願い……っ、死なないで)
祈るような気持ちで男の姿を見つめる。その姿は、初めて施設で見た時と同じく静かな表情で、どこか退廃的な儚さがある。おそらく、私がこの男を美しいと感じたのもそのせいなのだろう。きっとこの男は、私と同じく生きることに何の価値も感じていない──。
無謀ともいえる戦いに身を投じる男を見て、チクリとした胸の痛みに眉をひそめる。
「────!」
バケモノに弾き飛ばされた男を見て、思わず前のめりになる私の身体。すぐさま体勢を整えたものの、防戦一方の今のままでは確実に男はやられてしまうだろう。
(せめて、あの硬い鱗さえ何とかできれば……)
とはいえ、戦うことのできない私ではどうすることもできない。下手に動こうものなら、むしろ邪魔になってしまう可能性だってある。祈ることしかできない状況に、やきもきとしたまま固唾を呑む。
バケモノの攻撃を躱しながらも、その両手に持った刀で何度も硬い鱗を斬りつける。ここからではよく見えないものの、きっとその鱗は傷一つ付いていないだろう。
そんな絶望的な状況の中でさえ、男の顔色は何一つ変わらなかった。
「────!!」
それは一瞬の出来事だった。
上空に飛び跳ねてバケモノからの攻撃を回避した男は、マントを翻しながら背後へと着地する。それを追いかけるようにして、鋭く尖ったバケモノの口が牙を剥く──。
「うそ……っ、」
小さく零れ出た私のその声は、生暖かい風に吹かれて静かにその場に響いた。
一瞬にして訪れた静寂の中。私の視線の先にあったのは、バケモノの口に男の腕が飲み込まれている姿だった。
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。