← 作品ページへ戻る

偽典演舞

ナン・ルーナック

21,280 字

メタフィクション・二次創作

"自らの存在すらも伏線となる、極上のメタフィクション。"

← 右から左へスクロール

プロローグ

 闇だった。

 上も下もない。光も、音もない。手を伸ばそうにも、伸ばす手があるのかどうかさえ分からない。形容するなら、深い混沌。その中を、カイは漂っていた。

 どれだけ漂っているのかも、分からなかった。一瞬のようでもあり、途方もなく長いようでもあった。

 ただ、覚えていることはあった。

 月明かり。笑っている少女。痩せこけた頬で佇む男。

 自分が差し込んだ不幸が、一つ残らず、あの結末のために並べ直されていく光景。崩れた遺跡から出てきたもの。空から落ちてきたもの。滲み出した灰色の欠片。どれもこれも、あの男の好む結末の、ちょうどいい位置に収まっていった。

 叩きのめされた。コー・オウジに。

 いや、違う。

 あの男は何もしていない。何も考えていない。頬のこけた顔で、ただ笑っていただけだ。それなのに、結末の方が勝手に、あの男の好む形へと転がっていった。

 だとすれば、自分が負けた相手は。

 世界の――。

 いや。

 "物語"の意思だ。

「そうは言っても到底納得できないでしょうね。よく分かりませんが結局のところ、"この世界"はこういった結末の方が好きなのではありませんか。よく分かりませんけど」

 男に言われた言葉が、頭を駆け巡る。

 できるわけがない……そんなので、納得できるか。

 勇者の物語で、僕は床下に隠れた。勇者の腕に抱かれて死ぬはずだった。僕が逃げたせいで、代わりに、ミーナが死んだ。後の英雄譚では村の娘、とだけ歌われて。広場の歓呼の中で、その歌の下に何が埋まっているのか、僕だけが知っていた。

 だから、観る側に立つと決めた。誰かの筋書きを演じる側にはならないと。

 だが、その観る側さえ、誰かの筋書きの一行に過ぎなかったというのなら。

 ここで終わるわけにはいかない。

 勝たなきゃならない。

 あの時、僕はまだ全力を出していなかったはずだ。観測者の顔をしたまま、似非批評家気取りをしていた。舞台の上の誰かに、一冊ずつ物語を投げつけていただけだ。

 もう一度。

 今度は、すべてを賭けて。

 そう思った瞬間、闇が裏返った。

 眩しい。音がある。誰かの荒い息と、遠くで何かが鳴る音。肌に触れる空気が、ひどく冷たい。

 カイは、見知らぬ天井を見上げていた。

 それから、自分を覗き込む、見知らぬ女の顔を。汗に濡れて、疲れ切って、それでも笑っている。

 見知らぬ母親だった。

── 第2章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

作品ページへ戻る

コメント

まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。

しおりを挟みました