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新版United Future Organization

abejunichi

42,496 字

新版United Future Organizationです。

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   エピローグ

 数週間が経った。
 通常業務に戻り、いくつものオフィスのデータやハードウェアの管理を行う日々。プロセスは滞りなく回り続けている。Kの案件は別の担当者に引き継がれたが、進展があったという話は聞かない。暗号は解かれていない。Kも見つかっていない。
 あの二日間のことは、妻以外には話していない。
 妻は時折、Kのことを尋ねる。「あの人はどうなったの」と。そのたびに「わからない」と答える。妻は頷き、それ以上は聞かない。彼女の中に内在化された僕が、これ以上聞かれたくないことを知っている。
 eSのpersonaが毎朝ニュースをピックアップし、Ringsで操作し、レンズ型デバイスが空間に画面を表示する。世界は変わらない。あるいは少しずつ変わっている。変化が生命的であること。退化もまた進化の一種であること。かつて僕が理解したそのことは、今も変わっていない。
 しかし僕の中には変化があった。
 仕事の合間にふと、Kのことを考える。BP72の静寂を思い出す。sMoonの喧噪を思い出す。K:sinの震えた声を思い出す。S.sidの沈黙を思い出す。
 情報管理者としての日々は続いている。リニアエレベータに乗り、白い壁のオフィスに向かい、複数の社のシステムを管理する。いくつものオフィスを訪れ、停滞しているプロセスを調整し、加速しているプロセスを監視する。すべてが以前と同じだ。しかし僕の目に映る世界は少し違う。
 Kがいたオフィスの席は空のままだ。新しい開発者がアサインされるという話はまだない。ディスプレイの電源は落とされ、椅子だけが残っている。通り過ぎるたびに、その空席を見る。不在の形。誰かがそこにいた痕跡。
 ある朝、通勤途中のハイウェイで、空にひときわ美しい朝焼けが広がった。オレンジから紫へ、そして深い青へとグラデーションが移っていく。eSのpersonaが天気情報を伝えてきたが、僕は聞いていなかった。音楽を止め、窓を少し開けた。冷たい空気が流れ込んできて、車内の温度を一瞬で変えた。
 Kはこの空を見ていただろうか。BP72からアラキス駅に向かう道で、この空を見上げていただろうか。
 ふとeSに着信が入った。匿名コールライン。しかしアバター名はない。番号もない。着信があったという事実だけが、一瞬、eSの画面に表示され、すぐに消えた。
 personaに確認させる。ログにも残っていない。着信があったのかどうかすら、確認できない。幻だったのかもしれない。
 しかしその一瞬、身体が反応した。あの沈黙。S.sidの沈黙と同じ質の何かが、一瞬だけ空間を横切った。
 Kは生きている。
 どこかで、誰かを愛し、何かを守り、静かに生きている。
 ある日の昼休み、社のリラクゼーションスペースで水を飲んでいた。窓から都市が見えた。あの深夜に見た夜景と同じ窓。しかし今は昼間で、都市は動いている。車が走り、人が歩き、チューブ・トレインが地下を行き交い、数えきれないプロセスが同時に回っている。
 その都市のどこかに、Kがいるかもしれない。あるいはもうこの都市にはいないかもしれない。情報化社会の監視の届かない自然主義コミューンに逃れたのかもしれない。あるいは想像もつかない場所に。
 どこにいても構わない。
 そして僕の中にも、Kは生きている。
 情報管理者として、僕は今日もシステムを守っている。プロセスが止まらないよう調整し、データを管理し、権限の範囲で仕事をしている。しかし僕の内心には、もうひとつのプロセスが走っている。管理されないプロセス。ログに記録されないプロセス。上が知ることのないプロセス。
 Kが守ろうとしたもの。妻が教えてくれたもの。K:sinが持てなかったもの。
 それが僕の中で、静かに、確かに動き続けている。
 昼休みが終わる。personaの通知が入る。午後の業務スケジュール。
 席に戻りながら、窓の外をもう一度見た。雲間から光が射していた。一億四千九百六十万キロの向こうから放たれた光。
 情報管理者としてプロジェクトが終わったら、全従業員のデータを自動的にクラウドにバックアップするようシステムのリプレイスを提案しようと思っていたことを思い出す。たったひとりいなくなるだけで業務に支障が出るなら、その組織化は間違っている。そう考えていた。今もそう思う。しかしKのような人間をバックアップすることなどできない。交換不可能な存在は、バックアップできない。消えたら、消えたままだ。
 でもKは消えなかった。完全には。
 暗号を残した。
 僕の中に、住んでいる。
 Kもどこかで、この光を浴びているだろうか。
 わからない。
 でもそれでいい。
 わからないまま、繋がっている。
 見えないところで。
 帰り道、ハイウェイを走りながら、ふとある言葉が浮かんだ。
 United Future Organization。
 有機組織体の名前。社を束ね、社会を管理し、人々の未来を先取りしようとするシステムの名前。Kが属し、僕が属し、K:sinが生まれた場所の名前。
 しかしその言葉は、別の意味を持ち始めていた。
 United。繋がっている。Future。まだ見えない。Organization。有機的な組織。
 まだ見えないところで繋がっている、有機的な組織。
 それは管理のためのシステムの名前ではなく、Kと僕のあいだにあるもの、僕と妻のあいだにあるもの、K:sinが持てなかったもの——見えない繋がりそのものの名前ではないか。
 Kはこの名前の意味を、最初から知っていたのかもしれない。
 この組織の本当の姿は、管理システムではなく、意識の底で触れ合っている見えない家族のことだ。血でもデータでも制度でもなく、愛によって繋がっている有機体。まだ見えない未来に向かって、ひとりひとりが静かに生きている、その連なり。
 だからKは暗号の鍵に、自分でも答えがわからないものを選んだのだ。
 鍵はUnited Future Organizationそのものだ。組織の名前ではなく、その言葉が本来指し示しているもの。まだ見えない未来で繋がっている者たち。それが鍵だ。そしてその鍵は、愛を知る人間にしか理解できない。
 車を停めた。
 しばらく、動けなかった。
 目を閉じると、すべてが見えた。深夜のオフィス。カルミアの花。K:sinの目。BP72の静寂。sMoonの噴水。妻のスープ。S.sidの沈黙。月の光。
 すべてが繋がっている。
 見えないところで。

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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