← 作品ページへ戻る

狂気の魔法

連載中(書きかけ)

波方 真季

149,667 字

ダークロマンス、支配と復讐の物語

"夢の国の裏側で、女は狂気の魔法を紡ぐ。"

ー真実の愛は、支配を超えて咲く。ー 権力に囚われたその瞬間、純粋で清らかだった少女は服従させられ、ある日突然彼女の世界は音を立てて崩れた。 舞台は“夢と物語の国”と呼ばれるテーマパーク。 華やかな笑顔と光が満ちる夢の舞台裏で、 支配、欲望、嫉妬――そして狂気が静かに息づいている。 誰もが幸福を演じるこの場所で、少女は愛と罪の境界に触れていく。 操られる心、壊れていく純粋さ。 抗えぬ欲望に、少女は深い沼へと堕ちていく。 それでも彼女は、愛を諦めなかった。 壊された夢の中で見つけた、たったひとつの真実。 夢と魔法の中で描かれる、心理官能ラブストーリー。 これは、狂気の果てに辿りついた究極の「真実の愛」の物語。

← 右から左へスクロール

第二話「壊された日常」

緊張感の中、食事が進んでいく。
ときおり交わされる会話が、空気の重さを少しだけ和らげた。
「お寿司は…召し上がりませんでしたか。」
「生魚はあまり好きじゃなくて。」
「嘘つけ。」
蓮が小声で茶化し、ゆりは思わず目を瞬かせる。
司は咳払いをひとつ。
「…こちらの食事の方が格段に良い。調理はどこで?」
真っすぐな問いかけに、ゆりは小さく答えた。
「…フードサービス部に内定を頂いてから、調理師学校に通いました。ただ…」
「ただ?」
促され、言葉が喉につかえる。
だが嘘をつくのはもっと苦しい。
「幼い頃に母を亡くして、学生の頃から家族の食事を用意していました。なので、最初のきっかけはその頃に料理を独学で学びました。」
「へぇ、ゆりちゃんって苦労人だ。」
蓮が軽く笑い、ワイングラスを傾ける。
その声音にからかわれていると分かっても、不思議と嫌な響きではなかった。
そんな他愛もないやりとりをしているうちに、気づけば皿は空になっていた。
「お済みのお皿、お下げします。」
立ち上がろうとしたゆりを、蓮が手で制す。
「いいよ、そんなの。」
蓮がテーブルに置かれた呼び出しボタンを指先で押した。
「お呼びでしょうか。」
すぐさまスタッフが現れる。
「これ、下げてくれる?」
「あの、私の役目なので!」
蓮がスタッフに指示を出すのに対し、ゆりが慌てて腰を浮かせかけた瞬間———肩にそっと、しかし抗いがたい力がかかった。
司の手が、彼女をソファへと沈めたのだ。
「君の役目は、他にある。」
「……他に?」
ゆりが怯えたように問い返すと、司の瞳がわずかに細まった。
「そう……もっと大事な役目がね。」
ソファに沈めた手は彼女の肩に残したまま、反対の手が前髪へと伸びる。
耳の横に垂れる細い髪をつまみ、弄ぶように滑らせた。
ぞくりと背筋を走る感覚。
ただの仕草なのに、視線と指先が絡むだけで危険信号が鳴り響く。
スタッフが空いた皿を下げて出て行く。
本能が「逃げろ」と叫ぶ。
このままここにいてはいけない。
「わ、私っ…業務に戻りますので!」
慌てて立ち上がろうとした瞬間、蓮の声が横から割り込む。
「戻る?手配済みだよ。君が戻らなくても現場は回るようにしてある。」
逃げ場が塞がれたことを理解した瞬間、喉が乾いて呼吸が浅くなる。
司がさらに身を寄せ、静かな声を落とした。
「これからだよ。君の本当の役目は。」
顔が近づいてくる。
吐息が頬にかかり、肌が粟立つ。
咄嗟にゆりは顔を背けた。
「っやめてください!」
必死に腕で押し返そうとしたが、すぐに蓮の両手が伸び、ゆりの腕をしっかりと押さえた。
「こらこら、なにしてんのよ。だめでしょ、逆らっちゃ。」
冗談めかした声なのに、逃げ道を完全に塞ぐ重さがあった。
次の瞬間、司の手が彼女の顎を掴み、顔を正面に向けさせ、抗う暇もなく、距離がゼロになる。強引に塞がれた唇。
熱と圧が一気に押し寄せ、頭の中が真っ白に弾け飛ぶ。

「ん———————っっっ!!!」

喉を震わせ腹から叫び、必死に足をばたつかせる。
けれど、絡みつく熱はそれをものともせず、息を奪うほどに深く食い込んでくる。
全身を抑えかかる力に、ただ必死に抗うしかなかった。
勢いよく司の唇が離れたその反動で、ゆりの身体はバランスを崩し、ソファに押し倒されるように仰向けになる。
背中が沈み込み、視界がぐらりと揺れた。
下敷きのようにしていたのは、蓮の膝。
彼は変わらぬ表情で、両腕をがっしりと掴んだまま離さない。
「やめて…っ離してくださいっっ」
腕に力を込め、必死に振りほどこうとする。
だが岩のようにびくともせず、ただ拘束だけが強まっていく。
次の瞬間、司の手が容赦なく伸び———
ゆりのワイシャツが裂ける音が、静かな個室に鋭く響いた。
(……っ!)
肌に冷たい空気が触れ、羞恥と恐怖で全身が震える。
露わになった胸元へ、司の影が覆いかぶさる。
布地が押し上げられ、下着越しの感覚すら奪われていく。
「いやあぁっ……やめてくださいっ!!」
声を振り絞った。
だが返ってきたのは、蓮の低い一言。
「うるさいよ、お前。」
ぞっとする冷たさに、心臓がきしむ。
その刹那、蓮の顔が迫る。
「ねぇ、まさか処女って事はないんでしょ?」
ゆりの顎を掴み上げ、唇寸前の距離で熱い視線を注ぐ。
「こんなに可愛い顔してるのに…この歳になるまで男が放っておくわけねぇよな。」
逃げ場を塞ぐように、強引に唇を奪われた。
呼吸が奪われ、抗おうと足をばたつかせても、両腕はなお強く押さえ込まれている。
理不尽な熱に飲み込まれながら、視界が滲み、思考は恐怖と混乱でかき乱されていった。
(誰か…助けて…っ!)
頭の中で叫びながら、ゆりは必死に身体をのけぞらせた。
拘束される腕を振りほどこうと足をばたつかせる。
次の瞬間、視界に映ったのはテーブルの上の呼び出しボタン。
ほんの数十センチ。
つま先を延ばせば、今にも届きそうな距離。
「……っ!」
全身の力を込め、足先を伸ばしたその瞬間。
「おっと…だめだめ!往生際が悪いよ、君。」
蓮の手がすっと伸び、ボタンをひょいと拾い上げた。
軽やかな仕草とは裏腹に、その笑みは底知れない。
「ねぇゆりちゃん、自分の立場わかってる?」
冷ややかな響きが胸を突く。
その声に反応するように、司がゆりの胸元から顔を上げた。
弄んでいた手が一瞬止まり、メガネを指で押し上げる。
「〝今の対応〞、君が間違ってるって、僕ら上の人間にどう伝わるか、ちょっと想像してみて?」
言葉は柔らかい。
しかしその裏に潜むものは、脅しよりもずっと冷酷だった。
(……っ!)
心臓が一気に冷え、背筋を氷で撫でられたような感覚に襲われる。
これは冗談でも挑発でもない。
〝現実〞だ。
この人たちは、自分の雇用主の、そのさらに上にいる。
逃げ場などどこにもない。
コトッ———。
蓮はわざと音を立てないように、ボタンをそっとテーブルの手前に置いた。
「鳴らしたかったら、いつでも鳴らしてどうぞ」
余裕に満ちた声音。
その挑発を前に、ゆりの胸にただひとつの言葉が浮かんだ。
(…あー……これが、〝権力〞ってやつか…)
胸を締め付ける重苦しさの中で、頭の片隅に浮かんだのは———ずっと抱いてきた夢だった。
大好きなテーマパークで働くこと。
小さな頃、父に手を引かれてよく訪れた。
男手ひとつで育ててくれた父は、不器用な笑顔を浮かべながら「今日は思い切り楽しめ」と言ってくれた。
夜空に咲いたパレードの光、響き渡る音楽、胸の奥を震わせたあの魔法のような時間。
あの瞬間から、この場所は彼女にとってただの遊園地ではなく、人生の支えとなる場所になった。
(ストーリーテイルのお姉さんになりたい!)
そう夢を抱き、努力を続け、内定を告げられた日の喜びはいまも鮮明だ。
(お前にピッタリの仕事だな)
父の声が耳に蘇る。
その顔は、涙をこらえるように目尻を細めて笑っていた。
一人暮らしなどしたこともない娘が、社員寮でひとりやっていけるのか。
心配そうに荷物をまとめてくれた父の姿。
それでも最後には「頑張れ」と背中を押してくれた温かな手の感触。
思考がぐるぐると回り、現実と過去が交錯する。
憧れの場所で輝くはずだった自分。
そして今、その夢の象徴である空間で押し潰されそうになっている自分。
胸の奥に湧き上がるのは、恐怖と悔しさと、どうしようもない孤独感だった。

その直後、ゆりは抵抗することを、静かに諦めた。

ソファに押し倒されても、先ほどのように必死に暴れることはしない。
ただ力なく身体が傾き、重力に従って沈んでいく。
視界の端で、蓮がゆっくりと腰へ手をかけるのが見えた。
ベルトの金具が外れる小さな音が、やけに鮮明に耳に響く。
蓮は自分の既に硬くなっているものをゆりの面前へと露にすると、冷たく低い声を落とす。
「わかったなら、さっさとしゃぶれよ。」
その直後、ゆりの喉奥まで響く圧迫感。
司はその顔を上げた。
正面に広がる光景。
蓮が彼女の頭を掴み、支配するように動きを操っている。
無言で凝視する司の瞳には、冷ややかな興味と昂揚がないまぜになった光が宿っていた。
その視線の奥で、司の手がゆっくりと動き出し、指先が下へ下へと滑る。
ゆりの下半身の布越しの感触をなぞるその仕草は、冷酷なまでに淡々としていた。
蓮の動きは荒々しくも余裕に満ちていた。
片手でゆりの髪を絡め取り腰を動かしながらもう片手は胸元を弄ぶ。
彼女の身体をまるで玩具のように扱いながら、口元に笑みを浮かべる。
「あぁ……案外、上手いな。」
蓮の喉から低く漏れた声は、余裕を装いながらも震えていた。
足先から背筋へ、痺れるような感覚が駆け上がってくる。
血が脈打つたびに、硬さを増していく自分のものが張り詰め、蓮の喉から呼吸が勝手に乱れる。
「……くっ……う……っ」
声が勝手に漏れ出す。
あと一歩で堰が切れる———その刹那、蓮は大きく息を呑み、勢いよく身体を引いた。
ズボッ。
音を立てて、ゆりは強引に解放された。
その瞬間、塞がれていた喉が急に解放され、肺に一気に空気が流れ込む。
「ゲホッ……ゴホッ……はーっ…はーっ……!」
咳き込みながら必死に呼吸を繰り返す。
視界が滲み、涙が頬を濡らす。
酸欠で痺れる胸を押さえようとした瞬間、さらに追い打ちをかけるように蓮が覆いかぶさった。
昂ぶりを抑え込む苦痛は、逆に蓮の興奮を際立たせていく。
行き場を失った熱をぶつけるように蓮はゆりの胸へと顔を沈めた。
荒々しく貪る興奮の熱そのもので、抑圧された欲望が、彼を獣のように動かしていた。
ゆりは身をよじるが、逃げ場はない。
そこへ、今度は司の手が伸びる。
次の瞬間、司はゆりの頭を強く掴み、欲望に突き動かされるまま口元へぐっと押さえ込み、自分の衝動を押し込んだ。
呼吸も整わぬうちに、再び塞がれる感覚。
喉にかかる重圧と、胸を縫い止める腕の重み。
(……っ……ぐ…るじ……い…)
涙で濡れた視界が白く滲み、思考は追い詰められていく。
そんな中、蓮の手が、ゆりの下半身へと迷いなく伸びた。
その指先が敏感な突起に触れた瞬間。
「……っ!」
ゆりの身体がビクッと大きく跳ねた。
逃げようとするわけでもなく、抗う力が抜けてしまったわけでもない。
ただ本能的に、触れられた感覚に全身が震えてしまう。
蓮はその反応を見逃さない。
唇の端に薄い笑みを浮かべ、指先の動きをゆっくり、そして確実に強めていく。
撫でるような仕草から、次第に執拗に、逃げ道を与えないように。
「んんっ…!」
思わず、声が漏れた。
必死に噛み殺そうとしても、喉の奥からせり上がる声は止められない。
羞恥と恐怖と、抗いきれない感覚がごちゃまぜになって、息が詰まる。
小さな痙攣のように、ゆりの全身は何度も震え、ソファの上で小さく跳ねる。
そのたびに突起を弄ぶ蓮の指はさらに深く追い打ちをかけ、彼女の反応を楽しむように動き続けた。
蓮の指先が、ゆりの奥へと押し入っていく。
その瞬間、ゆりの背筋がびくりと震えた。
「あれ…?意外と…ほら。」
わざとらしく呟き、指をゆっくりと引き抜く。
薄く艶を纏って絹糸を引いたその指先を、司に見せつけるように掲げた。
司の眼鏡の奥で視線が細められる。
次の瞬間、彼はゆりの口から容赦なく自らを強引に引き抜いた。
「ゴホッ…ゴホッ…」
一気に空気を吸い込もうとするゆりの喉が咽せる。
荒い呼吸に涙が混じり、顎が震えた。
司はその頭を掴んでぐいと持ち上げる。
ゆりは否応なく視線を合わせさせられる。
「…身体は喜んでるじゃないか……な?」
羞恥と屈辱と恐怖が一気に押し寄せ、ゆりの胸を締め付ける。
司は、涙に濡れて歪むゆりの顔を見つめ、その表情に衝動的に再び唇を奪う。
強引に押し当てられた熱が、彼女の呼吸を塞ぐ。
同じ頃、蓮の指先がゆりの奥で執拗に蠢く。
最初は探るような動きだったのが、今はためらいなく激しさを増していた。
「…あぁ…っはぁ…んっ…んーっ…っはぁ…」
堪えきれず漏れた声は、司の唇に押し潰される。
舌を絡められ、息を奪われながらも、喉の奥から洩れ出す甘い音は止められなかった。
司は吸いつく唇の合間に、彼女の表情を逃さず凝視する。
拒絶と羞恥と、否応なく引き出される反応。
それらすべてを記憶に刻むように、彼の瞳は一瞬たりとも逸れなかった。
蓮はゆりの足を強引に開き、そのまま顔を埋めた。
熱を帯びた吐息が敏感な部分を撫で、次の瞬間、舌先が鋭く触れる。
「———っ!」
突き上げられるような感覚に、ゆりの身体は大きく跳ねた。
これまでの小さな震えとは比べ物にならない。
腰が反射的に浮き上がり、声が喉の奥から零れる。
「んんっ…あぁ…!」
舌は容赦なく動きを増していく。
円を描くように、あるいは転がすように。
その度に息が乱れ、苦しげな声ではなく、はっきりとした声がこぼれ落ちていく。
「…っあ、あぁ…!」
その響きに、司の胸の奥がざわめいた。
唇を重ねていたはずなのに、思わず動きを止める。
そして、真正面から彼女の表情を凝視した。
涙に濡れた顔が、羞恥と快楽に揺れながら震えている。
その矛盾した姿は、理性を削り取るほどに甘美だった。
司は呼吸すら忘れ、ただその表情を目に焼き付けるように見つめ続けた。
蓮は、司がキスを止めてゆりの表情を凝視していることに気づいた。
その視線に応えるように、彼はさらに彼女の顔を崩そうと仕掛ける。
舌の動きが荒々しくなり、敏感な突起を執拗に転がす。
同時に、奥へと差し込んだ指を容赦なくかき混ぜるように動かした。
「———あぁーっ!も、もうっ…やめっ…あぁ!あ!あ!」
張り詰めていた声が、一気に弾ける。
その叫びは苦痛か快感か、本人ですら分からない。
全身が痙攣し、ソファが小さく揺れる。
司は片手でゆりの顎を掴み上げ、潤んだ瞳を強引に自分へと向けている。
もう片方の手は、優しく撫でるように髪を梳きながら、熱に浮かされたように理性を削る甘美な光景に、司の眼差しはさらに深く燃えていき、凝視し続けた。
ゆりの定まっていた視点は焦点を失い、顔がふいに変わった。
その一瞬を司は見逃さず、眼鏡の奥で瞳を細める。
「……いいぞ、いけ。」
興奮混じりに響いた声は命令というより、確信に近かった。
次の瞬間、ゆりの全身を電撃のような感覚が貫いた。
これまでに経験したことのない熱が、一気に胸の奥から広がっていく。
燃え上がるような熱量に、身体は勝手に跳ね上がり、制御できない。
「あああぁぁぁぁぁ————————っっっ!!!」
押し殺すこともできず、叫ぶような声がほとばしる。
下半身が小刻みに震え、痙攣するように跳ね続けた。
その表情を、司は凝視していた。
貞淑で汚れを知らない少女が、初めて抗えずに反応を見せる———その逝く瞬間の顔。
「……はぁ……はぁ……」
肩で荒い呼吸を繰り返すゆりから、蓮が静かに身を離す。
その仕草は先ほどまでの激しさが嘘のように、淡々としていた。
司の手がゆりの太ももを掴み、ぐっと開かせる。
押し当てられる熱に、ゆりの身体は小さく震えた。
「……お願い………やめて……」
かすれる声。
わずかに残った意思の火が、細い糸のように揺れている。
「今更?もうこんなになっているのに」
嘲るように囁きながら、司はその熱を入口に擦りつける。
逃れようとする心を嘲笑うかのように、わざと周囲をなぞり、濡れた証を自覚させるかのように広げていく。
「とっくに諦めてるくせに。」
その言葉に、ゆりの胸の奥で何かが折れた。
抵抗の糸がぷつりと途切れ、視界が絶望に染まる。

…もう抗えない……

次の瞬間。
「……っ!」
深く押し入れられる感覚に、喉から声にならない声が漏れる。
痛みとも快楽とも判別のつかない奔流が全身を駆け巡り、心がぐらぐらと揺さぶられる。
ゆりの悲鳴と快感の混ざり合う声は抑えのきかないほど荒くなっていた。
涙で濡れた表情は抵抗と羞恥に歪みながらも、全身は否応なく反応し、痙攣するように揺れている。
その姿が、司の理性を最後の一線まで追い詰めて、いまや熱に溶かされていく。
腰を突き動かすたびに、昂ぶりは倍加し、動きはさらに激しく速くなった。
喉が焼けるように熱く、呼吸は荒れ、頭の奥で白い閃光が瞬き続ける。
司の身体は衝動に支配され、ゆりの震えを逃さず飲み込もうとする。
ゆりは、壊れていく自分を自覚していた。
身体の奥に繰り返し叩きつけられる衝撃に、必死に否定を叫んでも声はうわずり、喉から甘い響きが漏れてしまう。
拒絶する心と、勝手に反応する身体。
その矛盾が絶望となって胸をかき乱す。
腰が勝手に浮き、全身が震え、汗と涙が混じって視界を曇らせ、意識は次第に塗りつぶされていった。
絶望と快楽の狭間で、ゆりは壊れていくのを感じていた。
「…っこれ以上は……くっ…あぁっ‼」
喉を震わせる声と同時に、司の動きが急に途切れた。
極限まで追い込まれた衝動を寸前で引きはがすように、彼は勢いよく身を引いた。
ズボッ。
その音が密室に響き、司は大きく息を吐き出した。
「…はぁ……はぁ……」
胸が荒々しく上下し、乱れた吐息がこぼれる。
ソファにドサッと身を預けると、手を震わせながらワイングラスを取る。
赤い液体を喉へ流し込みながら、その視線はゆりの乱れた姿に釘づけになっていた。
頬に滲む涙、震える肩、潤んだ瞳。
そのすべてが、彼の昂ぶりをさらに煽る。
司はグラスを傾けたまま、蓮に視線を送る。
その直後、蓮がゆっくりと立ち上がった。
無言のまま歩み寄り、ソファに倒れ込んだゆりの上に覆いかぶさる。
蓮は躊躇いもなくゆりの唇を奪った。
荒々しい息を混ぜ、舌を絡め取り、まるで相手の声を塞ぐように激しく貪る。
長い飢えを癒やすかのように、待ち望んでいた瞬間に解き放たれた欲望をそのままぶつける。
口内にまで押し入る熱が、彼の興奮を隠しようもなく伝えていた。
そのまま体勢を崩させ、両手で太ももを押し開く。
圧倒する力に、ゆりは身を捩ろうとしても逃げ場を失い、呼吸が浅くなる。
蓮の吐息はさらに荒く、キスの合間に熱を漏らした。
強引に唇を吸い上げながら、彼は囁く。
「司の時より、激しく鳴けよ。」
ぞくりと背筋を走る声。
その直後。
ゆりの身体が衝撃に大きく跳ねた。
胸の奥まで一気に突き抜けられたような感覚に、思わず喉が震え、声が漏れる。
「———っあ…‼」
稲妻に打たれたように神経が跳ね上がり、視界が白く弾け飛んだ。
腰が勝手に浮き、背筋が弓なりに反る。
唇を塞がれたまま、呻くような声だけが空気を震わせた。
蓮の動きは容赦がなく、その荒々しさは司とはまったく異なる。
計算や抑制をかなぐり捨てた、獣じみた熱。
その圧倒的な激しさに、ゆりはただ振り回されるしかなかった。
ゆりの頭の中はもう、ぐちゃぐちゃだった。
何を考えることもできない。
幾度となく押し寄せてくる波に、思考はさらわれていく。
身体の芯を突き抜ける稲妻のような感覚。
全身を痙攣させる衝撃は、休む間もなく次々と押し寄せ、理性をかき消していった。
(……また……くる……っ)
「あぁ———っ!あぁっ!あ———っ!」
胸の奥に熱が集まり、下腹から突き上げるように広がっていく。
その予兆に気づいた瞬間、全ての意識は自然とそこに集中していた。
恐怖も羞恥もすべて霞み、自ら身体の力を抜いた。
わざと力を逃がすことで、波が一層大きく押し寄せる。
自分からその熱に呑まれにいく。
無自覚に、ただ「その瞬間」を待ち望む。
「おら…いけよ!…早く…っこっちが…もう…!」
蓮の声は掠れていた。
極限まで昂ぶり、喉の奥から溢れる熱をどうにか抑え込んでいる。
今にも爆発してしまいそうなその刹那。
「んーっ!…ゴホッ…んんっ‼」
突然、別の圧が加わった。
司が迷いなくゆりの頭を掴み、強引に口を塞ぐように腰を押し込む。
喉奥で咽せる声が漏れ、部屋の空気が一気に緊迫した。
「……っ!」
その光景に、蓮の動きは思わず止まった。
限界寸前だった熱は、遮られるように行き場を失い、胸の奥で荒く脈打つ。
「おぉ…っうっ…はっ…はぁ…はぁっ!…あぁっ!」
司はもはや無我夢中だった。
両手でゆりの頭を強引に抱え込み、荒々しく揺さぶる。
押し殺す余裕など欠片もなく、声は獣の咆哮のように荒れ狂っていく。
眼鏡の奥の瞳は焦点を失い、ただ目の前の光景に支配されていた。
理性も立場も、すべて吹き飛ばされ、残ったのは原始的な欲望だけだった。
その様子を目の当たりにして、蓮は思わず息を呑む。
目の前で女を貪る司の姿に、昂ぶりが刺激される。
下半身が痙攣するように震え、限界を告げるように脈打ち、身体は否応なくその光景に反応していた。
「やばい…っでる…っ‼うぅっ…あーっ‼」
蓮の声が裏返り、動きが急激に荒くなる。
猛スピードで突き込まれる衝撃に、ソファが軋み、ゆりの全身が跳ね上がった。
「んんーっ‼ん———っ‼ん—————っ!!!」
呼吸を塞がれたまま、体の奥から突き抜けるような電流が全身を支配する。
叫びにも似た声が、途切れ途切れに零れた。
司の喉からも、抑えきれない声が迸る。
「くっ…出すぞ…!あぁっ!あぁーっ‼」

次の瞬間、二人の熱が同時に弾けた。

全身を震わせるような圧倒的な奔流が、ゆりの内部と喉奥を同時に支配していく。
視界が真っ白に弾け、息も思考も奪われる。
ただ荒い呼吸と、二人の熱に押し流されていく感覚だけが刻み込まれた。
「ゴポッ…っん…ォェッ…ゲホッ!ゲホォッ……!」
「……はぁー……はぁー……はぁー……はぁー……」
密室を満たすのは、しばらくの間ただその音だけだった。
ゆりの喉を引き裂くような嗚咽と、男たちの荒い呼吸。
言葉はなく、ただ余韻だけが重苦しく漂っていた。
やがて、蓮と司は無言のままワイングラスを取り、赤い液体を喉へ流し込む。
グラスの縁に揺れるワインが、あたかも何事もなかったかのように静かに波打つ。
二人は会話を交わすことなく、ゆっくりと時間をかけて呼吸を整え、衣服を身にまとっていった。
ゆりは、ソファに崩れたまま動けない。
視線は焦点を失い、何も映してはいない。
放心というより、虚無。
熱も痛みも、今はただ遠いところで木霊しているだけだった。

どれほどの時間が経ったのか。
気づけば、蓮と司の姿はすでに元の威厳を取り戻し、身なりもきっちりと整えられていた。
先ほどまでの獣じみた影は跡形もなく、ただ冷徹な支配者の顔だけがそこにあった。
放心状態のままのゆりの前に、真新しいユニフォームが差し出された。
糊の効いたシャツとスカートは、まるでクリーニングから戻ったばかりのように整っている。
最初から計画されていた。
その事実が頭をよぎった瞬間、何とも言えない怒りと屈辱が胸を満たした。
「………………」
声は出なかった。
無言のまま制服を受け取り、震える指で袖を通す。
髪を結い直し、鏡に映った自分の姿を確認する。
制服に身を包むと、皮肉なことに少しずつ〝仕事の顔〞が戻り、呼吸が落ち着いていくのを感じた。
「すぐにこれを飲みなさい。」
司が鞄から錠剤の箱を取り出し、目の前に置いた。
(……緊急避妊剤)
箱に書かれている文字に、呼吸が詰まる。
だが、蓮が何も言わず呼び出しボタンを押した。
「はい、お呼びで。」
「水を。」
「承知しました。」
スタッフが足早に水を持ってくるまでの一連の流れは、あまりに慣れたものだった。
何かと用意周到で、腑が煮えくり返りそうになる。
この部屋で、何人もが同じ目に遭ってきたのだと、嫌でも悟らされる。
「お待たせいたしました。」
差し出されたグラスの冷たい水。
ゆりは箱から錠剤を取り出し、半ばやけになって一錠口に放り込む。
水で無理やり流し込み、喉を鳴らした。
その様子を蓮と司が確認すると、ふたりは鞄を手に取り、整った背筋のまま個室の扉へ向かう。
「……では現場で、また会おう。」
扉が静かに閉じる音が響き、部屋に残されたゆりは、張りついた制服の袖を強く握りしめた。

第三話 鳳条蓮

翌朝。

目が覚めてからというもの、ゆりの脳裏には昨日の出来事が浮かんでは消え、何度も同じ映像を繰り返した。

ラウンジの照明。
皮張りのソファ。
息を荒げる男たちの影。

胸の奥がひりつくように痛み、胃の底が重く沈む。

(…仕事行きたくない……)

その思いが頭を満たした瞬間、今度は現場のスケジュールが浮かぶ。
今日の担当エリア、入っているお客様の予約、フロアのスタッフたちの顔。
責任感が、背中を押す。

(私がいないと…みんなに迷惑が…自分の甘えで穴を空けるなんて…できない……)

けれど心は悲鳴を上げていた。

今日を逃げても、明日は必ずやってくる。
今日を逃げたら、明日はもっと苦しい。

いっそこのまま全部を投げ出してしまえば楽になれるのか。
そんな衝動が胸をかすめる。

だが、不意に浮かんだのは遠い日の記憶だった。
幼い頃、父に連れられて訪れたパークで、眩しい笑顔を浮かべるスタッフのお姉さんを見て「なりたい」と夢見たあの日。
内定をもらった日、誰よりも喜んでくれた父の顔。

(……そうだ…私は夢を叶えたんだ……)

その記憶が、わずかな支えになる。
しかし、すぐにまたラウンジの光景が脳裏をよぎるが、ゆりは唇を噛みしめた。

あれは“仕事”だった。
うん、接待。
そう思えばいい。
与えられた業務の一環、役目だった。

そう自分に言い聞かせなければ、心が壊れてしまう。
吐き気にも似た痛みを抱えながらも、ゆりは深く息を吸った。

そして、意を決して布団から起き上がると、早々に支度を済ませて仕事へと向かった。

キラキラした来園者の笑顔。
汗を滲ませながらも輝きを失わないスタッフたちの姿。

あれからの一カ月、ゆりは悪夢を振り払うかのように、ただ目の前の仕事に没頭した。
余計なことを考えないように。
心を空白にして、現場に身を溶かし込むように。

その頃、支社本部ビル最上階の代表取締役室。

重厚なドアで隔てられたその空間で、蓮は社長椅子に腰を預け、パソコンの画面を開いていた。
新年度に向けた社員の配置とシフトスケジュール。
その一覧に視線を滑らせていた彼の目が、ある名前に止まる。

「ん?あれ…早瀬ゆりって……」

画面には、今月も来月も埋め尽くされた勤務シフト。
遅番、早番、早番。
並んだアルファベットの文字が、確かに彼女の勤続を示していた。

「……へぇ、辞めてないじゃん」

ゆっくりと笑みが浮かぶ。

「今日は…遅番か」

蓮の瞳が妖艶に光り、静かな取締役室にカチリとマウスを叩く音が響いた。

一方その頃、パークの現場は春休み真っ只中。
学生たちのグループで溢れ返り、フードエリアは昼間を思わせる熱気に包まれていた。

「すみません、あちらのダストボックス、トレーがいっぱいなのでお願いします!」

「ドリンクマシーン、補充お願いします!」

ゆりは担当エリアの店舗を回り、到着したレストランのフロアや厨房の状況チェックや在庫チェックをして次々に指示を飛ばし、スタッフを動かしていた。
その過程で人手が回っていない時は臨機応変にフロアや厨房にヘルプに入る。

積まれたトレーの山、絶え間なく押し寄せる制服姿の学生ゲスト。
フロアを一望したゆりはすぐに状況を飲み込み、矢継ぎ早に指示を飛ばす。
キャストが「はい!」と返事をして散っていくと、無線から新たな声が入った。

《……早瀬さん、至急キングダムカフェにて一件対応依頼です。こちら向かえますか》

「了解」

ピッ。

「すみません!私、別件対応で今からキングダムカフェに移動します。何か困っていることないですか?」

「大丈夫です!」

「では後ほどまた回ってきますね!」

軽快に声を残し、ゆりは足早にエリアを後にした。

エリアからエリアへ移動し、ようやくキングダムカフェに辿り着いた瞬間。

ドクンッー

…え……なんで……。

視界に入ったその姿に、背筋が凍りつく。
溢れ出る汗。
湧き立つ鳥肌。
蘇る悪魔の記憶。
見ないように、蓋をしていたのに。
一気に息が浅くなり、足がすくむ。

カフェの入口中央。

両脇にスーツ姿の部下を従え、フード責任者の社員と談笑している鳳条蓮。
まだこちらに気づいている様子はなかった。

「……っ」

ゆりは咄嗟に柱の影へ身を隠す。
心臓がドクンドクンと音を立て、耳の奥が熱を帯びる。

(どうしよう……どうしよう……)

突然の出来事に固まり、時間が止まっていたかのようなゆりは、どれくらいの時間が経過しているかの感覚を失っていた。
そこへ、無線のノイズ混じりの声が響いた。

《…早瀬さん、現在どちらですか》

「……」

目の前に広がるパークの光景は、次の目的地へ向かおうと沢山の来園者が行き交い、沢山のスタッフが次から次へと話し掛けられるゲストに笑顔で対応をしていた。

ゆりの頭に現場の光景がよぎった。
春休みで来園者は押し寄せ、スタッフは休む間もなく必死に動いている。

私がここで立ち止まっている間にも。

《……ジジ……早瀬さん、応答願います……》

少しの格闘を得て、覚悟を決めた。

ピッ。

「申し訳ありません、現在お客様対応中でした。間も無く到着します。」

震える声を押し殺し、悪魔の記憶を振り払う。

(これは仕事…ただの業務。大丈夫、大丈夫……)

必死にそう自分に言い聞かせ、意を決してカフェの入り口へと歩を進めた。

「申し訳ありません、到着が遅れました!」

声を張った瞬間、現場責任者がぱっと振り向き駆け寄ってきた。

「あ、早瀬さん来た来た!ちょっとこっち!」

──あー…最悪。

気づけばその腕に導かれ、強制的にフロア中央へ。
待ち構えていたのは、スーツの部下を両脇に従え、圧倒的な存在感で場を支配する男だった。

「経営戦略部の方が視察に来られてるから、対応お願いね」

「…私…ですか。」

「現場の前線の社員から、ちょっとだけお話しを聞きたいって。新人目線の!」

フード責任者が小声で囁く。

「この方、CEOの鳳条代表…トップの、さらにその上の……絶対に失礼はできないから!しっかりね!」

そんなことは、もう嫌というほど理解している。
この身をもって、抗えない力を刻み込まれた。
屈服させられ、その強大さを骨の髄まで知っている。

「ちゃんと挨拶して」

困惑で体が強張るゆり。
その様子を、蓮はおもしろそうに目を細めて見つめていた。

「早瀬です。よろしくお願い致します」

「〝はじめまして〟早瀬さん、急に呼び立ててごめんね。よろしく!」

蓮はにこやかに微笑み、その声音は穏やかだが、瞳の奥に光るのは、ゆりが知る“悪魔”の色だった。

──── 。

「そうですね、イベント限定品のフードは大変人気がございますので、それだけを目的でお越しになるお客様と、お食事全般を希望されるお客様とで、現在このように列を分けていますが、こちらの対応が追いつかず、どうしてもお客様にお待ちいただく時間が長くなり、滞在の価値を損なってしまうケースが見受けられます。なので混雑状況に応じて一時的にワゴン販売などの臨時対応ができれば良いな、と個人的に感じる時があります。それと、将来的には、モバイルオーダーシステムの導入なども視野に入れていただければーー……」

言葉を紡ぐゆりの隣で、重役のひとりが「なるほど」と小さく頷きながら、手元のメモ帳にペンを走らせていた。
勢いあまってインクが紙を擦る音がやけに大きく響く。
必死に書き留める仕草が、その言葉の価値を雄弁に物語っていた。

蓮のからかうような視線を意に介さず、ゆりは淡々と話し続ける。
声は落ち着き、言葉は整理され、真剣そのもの。
その表情には迷いも怯えもなく、目の前の問題に正面から向き合う誠実さが宿っていた。

蓮は戸惑った。

先日のラウンジで見た姿。
必死に抗い、やがて屈服させられた無力な女。
その印象が強すぎたせいで、今の光景はあまりにもギャップがありすぎた。

蓮を前にし、重役相手に尻込みするどころか、むしろ堂々と、現代人ならではの斬新なアイディアを投げかける。
次から次へと口をついて出る意見は、机上の空論ではなく、現場を知る者の的確さを持っていた。
ゆりの瞳は真剣で、そこに媚びや飾りはひとつもない。
まるで先日の出来事など存在しなかったかのように。
いや、それを押し込めてなお、プロとして立っている姿。

権力で無理やり膝を折らせた女が、別の場ではこれほどまでに毅然と立っている。
そのギャップに、蓮の胸の奥で何かが疼き、蓮のゆりを見る目が変わった。

「いやー、貴重な意見を聞けたよ。忙しいなか本当にありがとうね」

経営戦略部のスーツの社員が声をかけると、ゆりはすぐさま柔らかなビジネススマイルを浮かべた。

「いえ、またいつでも!お役に立てれば光栄です」

丁寧に会釈し、足早に店を後にする。
その後ろ姿は、現場を背負う覚悟に満ちていて、眩しいほどに真っ直ぐだった。

(……おいおい。只者じゃねぇな)

蓮はその背を、視線で追い続けた。
昨日までの「一度壊した女」という認識は、もはや霞んでいた。
今の彼に映るのは、現場で輝くひとりの強い女の姿だった。

終電間際。

遅番を終えたゆりは、関係者ゲートを出て目の前の大通りの直線の道を歩いていた。
冷えた夜風が頬を撫でる。
疲れ切った体を引きずり、足早に駅へと向かう。

そのとき。

シュッ、と音を立てて黒塗りのリムジンが横付けされた。
まるで待ち伏せしていたかのように。
後部座席の窓が静かに開き、声が響く。

「お疲れさん」

…………っっっ!!!!

全身から冷や汗が噴き出す。
現れたのは鳳条蓮。

(なんで……ここに……!)

リムジンの扉がゆっくりと開いた。

「送ってくよ、乗って」

「いや…電車で帰りますので……!」

オドオドと声を震わせながら、動揺を隠せないゆり。
蓮は涼しい顔で言葉を重ねた。

「今、電車動いてないらしいよ」

「えっ!そうなんですか?」

思わず足を止めてしまう。
その一瞬の隙を、蓮は逃さなかった。

「うっそぴょーん」

にやりと口角を上げたその瞬間、ゆりの腕を優しく、けれど決して逃れられない強さで掴み、リムジンの中へ引き寄せた。

「……は!?」

動揺とパニックのまま、体勢を崩し車内へと傾れ込む。

「ちょ、待っ──」

「いいからいいから。送ってくだけ」

言葉に逆らう隙もなく、シートへ押し込まれる。
蓮が指先でピストルの形を作り、前方を指し示した。

「ゴー!」

その合図とともに、リムジンは静かに動き出した。
夜の闇の中、逃げ場のない車内へと。

「降ろしてください!」

声を張った瞬間、自分の声がやけに狭い車内に響いた。
中は薄暗く、ふんわりと漂うバニラの香りが鼻を刺す。
その甘さとは裏腹に、ゆりの全身は恐怖でぎゅっと締めつけられていた。

「なに動揺しちゃって。さっきは全然余裕そうにしてたくせに、今全然違うじゃん」

低く響く蓮の声。
ゆりは喉を鳴らしながら、必死に返す。

「……それは、業務中でしたので」

「へぇ。お前さぁ……結構肝座ってんのね」

蓮がすっと距離を詰めてくる。
夜の闇より濃い視線に射抜かれ、ゆりは思わず目を逸らした。

「……なんで来たんですか」

問いかけは、消え入りそうな声になっていた。
蓮の目は強く、まるで逃げ場を与えない。

「いや、とっくに辞めてると思ってたんだけどまだいたからさ」

「は…辞めさせたかったんですか」

呆れと苛立ちが混ざった声。
その刹那の強気すら、蓮には面白がられている気がした。

「そんなつもりないよ。むしろ、その逆」

グイッ──。
蓮の手が伸び、強引にゆりを引き寄せる。
顎を掴まれ、顔を固定される。

「居てくれて、嬉しかったよ」

吐息混じりの声に、全身が総毛立つ。

「やめてください!!!!」

ドンッと渾身の力で突き放した。
シートにぶつかる鈍い音が響き、息を荒げるゆりの肩が大きく上下する。

「おっと…はは、冗談だよ冗談。そんな怒んないでよ」

両手のひらを上げ、降参ポーズを取る蓮。
その仕草は軽い冗談めいているのに、眼差しの奥には相変わらず余裕と挑発が混じっていた。

「まぁゆっくり寛ぎなよ。ワイン?ウィスキー?仕事終わりならビールか」

「いりません」

ピシャリと言い切ったゆりの声音に、車内の空気が一瞬止まる。
冷蔵庫に手を伸ばしていた蓮は動きを止め、肩をすくめた。

蓮はリキュールの瓶を取り出し、キャップを弾く。
琥珀色の液体を一口含むと、口角を上げて呟いた。

「本当、真面目だよね」

「…………」

ゆりは応じず、反抗的に窓の外へ視線を向けた。
街のネオンが流れていく。
その無言すら拒絶の意思表示だった。

「真面目、誠実、仕事にも一生懸命、有能なしごでき女」

からかうように並べ立てながら、蓮はゆっくりと距離を詰める。
熱い吐息が耳元をかすめる。

「…………だけど、この前は可愛かったね」

「……!!!!」

ドクンッ。
瞬間、心臓が跳ね上がり、冷たい汗が背を伝った。

「やめてください!!その話は!!!」

声は裏返り、パニックに近い響きになっていた。
蓮は肩を揺らして笑う。

「照れてんの?可愛いー」

「もう降ります!本当にここで!!」

声は掠れ、ほとんど悲鳴に近かった。
トラウマを抉られたゆりは半ば錯乱したように、走行中のリムジンのドアノブをガチャガチャと乱暴に揺さぶる。
だが当然、厚い扉はびくとも動かない。

その瞬間、腕を掴む強い力。
そんなゆりに蓮が飄々と言う。

「落ち着きなよ」

「いやあぁっ!!!空けてくださいっっ!!」

掴まれた腕とは反対の手で、なおも必死にドアを叩き続ける。
パニックの音が狭い車内に響いた。

「空けたらケガするよ?」

ハッ。
言葉に縫い止められたように、ゆりの手が止まった。

“この前は可愛かったね”の、たかがそんなひと言に対するその過剰さに、蓮はひそかに愉快さを覚える。
怯えれば怯えるほど、その姿は逆に可愛く見えてくる。
彼女が見せる震えや焦りは、まるで獲物が逃げ場をなくしてもがく瞬間のようで、蓮にとっては、いっそう追い込みたくなる衝動を掻き立てるものだった。

おもろー。
もっと虐めたくなっちゃうー。

「この前、最後の方は…良かったでしょ?」

口元に浮かぶ笑みには、悪戯な光が混じっていた。

「もう…その話はしないで下さい…っ」

「なんで?」

ゆりは視線を逸らしたまま、掴まれた腕を必死に振り払おうとする。
だがその仕草には力がなく、声も今にも泣き出しそうに震えていた。

蓮の手は決して離れない。
むしろその抵抗を楽しむかのように、強引にゆりの身体を自分の方へ向けさせる。

そして──目が合った。
潤んだ瞳、今にも涙がこぼれそうな顔。

「……そんな顔されたら、俺が悪者みたいじゃん。ま、悪者か」

その余裕ある口調が、かえってゆりの胸を締めつける。

「「…鳳条代表は…人々に純粋な夢を与えるパークの、一番偉い人ですよね…?私たちスタッフは、どんな時でもお客様に夢と最高のひと時をお届けするために…日々、必死に奮闘しています。…なのに…その裏側で……あんなことしてるなんて…本当に…最低です」

声は震え、言葉は途切れがちだった。
それでも、ゆりは恐る恐る顔を上げ、潤んだ瞳で真っ直ぐに蓮を射抜いた。
恐怖と怒りと正義感。
そのすべてを宿した視線だった。

「へぇ…俺に説教たれてんの」

蓮の瞳が細く光り、悪魔のような色を帯びる。
その視線は、彼女の純粋な想いを一つひとつ踏みにじるようだった。

こいつの真面目さ、潔白さ、必死に守ろうとする純粋さ。
どうしてこうもこんなに、虐めたい衝動を擽ってくるのか。
壊して、汚して、抗えなくさせて…それでもまだ光を失わない姿を見たくなる。

「上等じゃんね」

蓮の声が落ちた瞬間、ゆりの身体は強引にソファへと押し倒される。
影が覆いかぶさり、耳元に熱い吐息が落ちる。

「その汚れのない綺麗な心…純粋すぎる目…また、めちゃくちゃにしてやろうか」

「…くっそ…!……最っっっ低……!!」

涙をにじませながらも、唇を噛み締めて吐き出したその言葉は、最後の抵抗だった。

吐き出した瞬間、蓮の手がゆりの両腕をがっしりと掴んだ。
逃げ場を失わせるように押さえ込むと、そのまま強引に唇を奪う。

「んっ…っ…やめ…っんー…ん!離し…っ」

塞がれた唇の隙間から声がかすかに漏れる。
ゆりは足をバタつかせ、全身を右へ左へと必死に捻る。
それでも両腕は鋼のように押さえつけられ、唇は何度背けてもすぐに覆われる。
息を奪われ、言葉を奪われ、抗いの余地すら飲み込まれていく。

濃く、長く。
執拗に絡みつく舌が、逃げ場のない密室で彼女の抵抗をじわじわと溶かしていった。

ゆりは次第に、自分の身体が熱を帯びていくのを感じていた。

恐怖や嫌悪とは裏腹に、下半身からお腹、胸へと這い上がってくるような熱が、じわじわと全身を侵していく。

脳裏に、あの時の感覚が蘇る。

頭が真っ白になり、波のように電流が全身を突き抜けた瞬間。
その記憶が呼び水となり、ゆりの心拍数はさらに上がった。

その瞬間──。

──ゆりの目が変わった。

恐怖に怯えていたはずの目が、とろりと揺れ、熱を帯びる。

それにハッと気づいた蓮は、時間を忘れるように続けていた長いキスをふと止め、唇を離した。

そして確認するように、じーっと、ゆりの目を見つめる。

「……はぁ………はぁ………はぁ………」

赤らんだ頬。
涙に濡れて潤む瞳。
今にも溶けそうな、抗えぬ熱を宿した表情。

ドクン──。

その顔を目にした瞬間、蓮の心臓が大きく跳ねた。
先ほどまで必死に抗っていた姿とは別人のような、蕩けるゆりの顔。

「……やべぇな…」

低く呟いた声には、抑えきれない熱が滲んでいた。

「…前言撤回。今日は送れねぇ」

獲物の変化を見逃さない捕食者のように、蓮の目がぎらりと光った。
スイッチが入ったように、蓮は容赦なくゆりの身包みを剥いだ。
逃げ場を失った身体を野獣のように貪る。

「……嫌…っはぁ…やめて…」

必死の声は拒絶を訴えるはずなのに、その吐息は甘く震えている。

「拒否ってるわりに…声が甘いよ」

挑発するように耳元で囁くと、ゆりは全身をよじらせながらも抗えず、熱を宿した声を漏らす。
拒否と昂ぶりが交錯する、アンバランスな仕草。
蓮には、その矛盾が堪らなかった。

淫らで妖艶に崩れていく目の前のゆり。
その光景と重なるように、蓮の脳裏に先ほどの情景がよぎる。

重役たちの前で、堂々と意見を述べていたゆり。
若手でありながら斬新なアイディアを示し、毅然と、丁寧に言葉を紡ぐ姿。
あのときの彼女は、隙一つ見せない“プロ”だった。

「……あんな立派なセリフ言叩いてた口で……そんな声出すのかよ……」

いま目の前で乱れているこの姿との落差が、背徳的な愉悦となって蓮の胸を熱くする。
その光を知っているからこそ、壊し、蕩けさせることに抗えない興奮を覚えていた。

「…最高すぎるよ……お前…」

熱を帯びた声とともに、蓮は堪らずズボンと下着を降ろすと、己の昂ぶりをゆりの下半身の入口部分へと押し当てた。
硬く脈打つそれが密着した瞬間、ゆりの全身がびくりと震える。

「……もう…やめて…ください……」

震える声。
熱に浮かされたみたいに頬は赤く、目が潤んでいる。
そのか細い抵抗の響き。

ゾクゾクッ──。

口先の拒絶と、身体が裏切ってる矛盾。
その歪な反応が、蓮には抗えない誘惑に見えた。
言葉よりも正直な身体を暴き出したくて、衝動がさらに加速していく。
背筋を走った快感が、理性の最後の枷を吹き飛ばす。

次の瞬間、蓮はゆりの中を一気に深く貫いた。

「……あぁっ……!」

ゆりの喉から大きな声が溢れた。
抗おうとしたはずの身体は震え、胸の奥から熱がこみ上げる。

拒絶を叫ぶ脳とは裏腹に、熱を帯びた瞳が蓮を捉えてしまう。
「嫌だ」という言葉が、溶け出した熱に押し流されて別の意味を持って響き始める。

夢中でゆりの下半身に腰を打ちつける蓮。
その強引な動きに抗う力を失い、ゆりはただ、流されるように身を委ねるしかなかった。

走行中の密室の中は、二人の熱が重なり合う音だけが響いていた。

第四話 蓮の部屋

吐き出された二人の熱を帯びたままのリムジンは静かに停まり、高層マンションのエントランス前で止まった。

「え?ここって…」

「はい到着ー」

軽い調子で蓮が答え、先に車外へ降り立つ。
すぐに扉が開き、ゆりの顔を覗き込んだ。

「送ってくれるんじゃなかったんですか」

「送ってるじゃん。俺んちに」

「は!?なんで代表の家に送るんですか!」

「もーいいからそう言うの。いちいち反抗すんなよ」

そう言うが早いか、蓮はヒョイッとゆりを抱き上げた。
唐突なお姫様抱っこに、ゆりは真っ赤になって暴れる。

「ちょ…っ降ろしてください!!」

「お前軽くね?ちゃんと飯くってんの?」

「誘拐ですよ!!」

「ははっ、誘拐か。いいねその響き」

必死の抗議も軽く受け流しながら、蓮はそのままエントランスを抜け、エレベーターへ。
扉が閉まると、ゆりは観念したように息を吐いた。

「……わかりましたから!行きますから!自分で歩くので降ろしてください!」

「よろしい」

にこりと子どものように嬉しそうな笑みを浮かべ、蓮はようやくゆりを床に降ろした。
その笑顔は妙に無邪気で、だからこそゆりの胸に更なる不安を募らせるのだった。

高層マンション最上階。
ガラス張りの大きな窓からは夜景が広がり、ゆりはそのあまりの広さと豪奢さに思わず口をついた。

「代表…ここに一人で?」

「基本はパークのすぐ近くの本家だよ。ここは俺のプライベートマンション」

さらりと答えながら近寄り、片眉を上げる。

「住む?部屋余ってるよ」

「住むわけないじゃないですか」

ピシャリと言い放ち、蓮の作ろうとする甘い雰囲気を即座に遮る。

「冗談なのに冷たいなぁ」

肩をすくめつつ、蓮はキッチンへ。冷蔵庫を開けると振り返った。

「カクテルとか…甘いのも飲まない?」

「ビールがいいです」

「え」

(……飲むんかい)

内心で突っ込みを入れつつ、冷えたビールを二本手にして戻ってくる。

「まぁ適当に座ってよ」

ソファに腰を下ろし、プルタブを開けると、缶を軽く合わせて乾杯の仕草を見せる。

「これ飲んだら失礼しますから」

「え?なんでよ」

「明日も勤務なので」

「早番?送るよ?」

「……遅番ですけど」

自分で口にして、やば、と顔色を変える。

「じゃあゆっくりしていきなよ。遅番でも送るから一緒に出勤しよ」

「なんで代表と出勤しなきゃならないんですか」

「蓮でいいよ、ゆり」

「呼べるわけないじゃないですか」

返す言葉を無視するように、蓮はゆりを抱き寄せる。

「なんでそんなツンツンしてんの?怒ってんの?」

「怒ってますよ」

すぐに身を離すゆり。

「そんな怒んなよ。もう今日は何もしないからさ」

じとりと横目で睨むゆり。

「本当だって!だから安心して寛いで欲しいな。結構居心地いいでしょ?自慢のマンションなんだよ。ね?」

子犬のように「お願い」と言わんばかりの顔に、つい肩の力が抜ける。

「……わかりました」

「良かった!風呂もでかいからね。シャワーも快適だよ!一緒に入る?」

「いい加減にして下さい!!」

「もー冗談をいちいち本気にするんだからぁ…真面目がすぎるよ」

おどけたように笑いながら、蓮は部屋の奥へと姿を消した。

しばらくして戻ってきた彼の手には、ふわりとした大きなバスタオルと、真新しいバスローブ、それから未開封の歯ブラシの箱。

「はい。俺のだからでかいけど、まぁいいでしょ。大は小を兼ねる」

「……ありがとうございます」

受け取りながらも、どこか落ち着かない気持ちで言葉を返すゆり。

蓮は手のひらをひょいと伸ばし、廊下の奥を指し示した。

「どうぞ。あちらの扉を出て、廊下突き当たり右側です」

わざとらしく恭しく片手を胸に添え、もう片手を廊下へと差し出す。

「姫、ごゆっくり入ってきてくださいませ」

「やめてくださいそれ」

思わず呆れ声を漏らすゆり。

「ははっ」

蓮はその反応を楽しむように、無邪気な笑みを浮かべた。

湯気の余韻を纏ったまま、ゆりはリビングへと戻ってきた。
濡れた髪をタオルで押さえながら、所在なさげに言葉を落とす。

「……お風呂、ありがとうございました」

「でかかったでしょ」

ソファに腰をかける蓮は、グラスを片手に笑う。

「そうですね…私、庶民なんで落ち着かなかったです」

「なんで?銭湯とか行かないの?」

「行きますけど…銭湯も別に落ち着かないですよ」

「あ、そ」

軽口を交わしながら、ゆりは自然と蓮の隣に腰を下ろす。
ソファのクッションが沈み、ふと自分をじっと見つめる視線を感じて顔を上げた。

「……なんですか」

「幼い顔してるなぁとは思ってたけど…化粧落とすと小学生みたいだね」

「よく言われます。それ…気にしてるんですけど」

頬をふくらませ、むっとした表情で蓮を見返す。
だがその拗ね顔すら、彼にはどこか愛嬌に映っていた。

「まぁ、でもあんま変わんないよ?メイクしててもしてなくても」

「嬉しくないです」

そっぽを向くゆり。
その横顔を見つめながら、蓮はまた唇の端をゆるめた。

やがて、時計の針は夜更けを指していた。
一日中パークで業務に追われていた疲れが、じわじわと全身にのしかかる。
ソファに座ったまま思わずあくびを噛み殺すゆりを見て、蓮が口を開いた。

「寝室、案内するよ」

立ち上がり、リビング直結の扉を開く。

「ここ…ですか」

「うん。一人で使っていいから、ゆっくり寝て」

ベッドルームの奥に広がるのは、ホテルスイートのような落ち着いた空間だった。
思わずゆりはぽつりと口にする。

「代表いつもこんな広いところで一人で寝てるんですか」

「まーそうだね。ゆりは庶民だから一人じゃ広すぎて落ち着かない?一緒に寝ようか」

挑発めいた口調に、ゆりは無言で鋭く睨みつける。

「ははっおやすみ」

小さく笑い、蓮はゆりの頭をポンと軽く撫でた。
不意打ちのようなその仕草に、意表をつかれる。

ゆりはふわふわのベッドに身を投げた。
その途端、瞼は重く沈んだ。
心も身体も疲弊しきっていたゆりは、あっという間に眠りに落ちていった。

翌朝──。

ふと目を覚ましたゆりは、まだ重たい瞼を閉じ直した。
静まり返った寝室に、スゥー…と背後から規則的な寝息が届く。

(……ん?)

バッと振り返る。
そこには、同じ布団の中で眠る蓮の姿。

「……っ!!なんで代表がここで寝てるんですか!!!」

思わず大声を上げると、その声に蓮が目を開け、ゆりと目が合った。

「ちょ、ちょっと…代表!昨日ここで寝たんですか?」

「ん…?あーやべ、寝落ちした」

「は?」

「いや、ちゃんと寝れてるかなぁーと思って一瞬覗いたら、あまりにも爆睡してて、その顔がもはや小学生を通り越して赤ちゃんみたいだったから、面白くて暫く見てたら寝落ちしてたわ」

悪びれることなく、無邪気に笑う蓮。

「……もう!」

呆れながら掛け布団を勢いよくめくり、ベッドから降りようとするゆりの腕を、蓮の手が掴んだ。

「もう起きるの?まだ早くない?もう少し寝てようよ」

「目が冴えちゃったので、また寝るとか無理です」

「あっそう、じゃあさ……」

蓮はゆりの両腕を掴んでそのままベッドへと押し倒した。

「セックスしようか」

至近距離で響く低い声。
近すぎる顔、微かに残るシャンプーの香と体温。
そのキーワードが耳を突いた瞬間、ゆりの下半身にジンと熱が走った。
心拍数が跳ね上がる。
頭では拒絶の言葉を探すのに、身体は別の反応を示してしまう。

「昨日…っ何もしないって言いましたよね」

胸の高鳴りを隠すように、必死で言葉を吐き出す。

「昨日はね。もう今日だから」

意地悪く笑う蓮の口元。

「やめてください…本当に…っ」

逃げるように顔を背けるも、熱を帯びた視線に囚われて離れられない。

「ねぇ」

顎を掴まれ、強引に正面へ向けられる。
蓮の瞳はゆりを射抜くように深く光っていた。

「俺たち、もう二回もやったんだよ?今更もう良くない?」

「…無理やり…じゃないですか…」

「無理やりかな?昨日、本当に嫌だった?」

リムジンでの記憶が脳裏にフラッシュバックする。
抵抗しながらも、結局は快楽に身を委ねたあの瞬間──。
全てを見透かすような蓮の眼差しが、逃げ場を奪う。

「……嫌……で…す…」

そう口にしながらも、顔は赤く火照り、視線は泳ぎ、揺らいでいた。
その曖昧で矛盾した姿に、蓮の呼吸は次第に荒くなっていった。

「……嫌がるふりして……そそってんの……?」

吐息混じりの囁きに、ゆりの表情はとろりと色づく。
蓮の呼吸が更に荒くなり、目が変わり、獣のように光る。
鋭い視線から目を逸らせず、喉が詰まって声にならないゆりは小さく首を横に振るだけ。
いやいや、と真っ赤にして顔をしかめ、必死に首を振るその仕草が無性に興奮を誘う。

「…はぁ…いいね……すげーそそるわ……」

心の奥に抑え込んでいた衝動が、ゆりの一挙一動に焚きつけられる。
拒絶が強ければ強いほど、なぜか血が沸き立ち、彼女を欲してやまない。
あまりにも可愛いその姿に、蓮の我慢の糸はぷつりと切れた。

次の瞬間、彼の唇がゆりの唇を覆い、熱を奪っていった。

蓮の口づけは、驚くほどに優しかった。

これまでの荒々しく強引なそれが嘘のように、柔らかく、ゆっくりと、ねっとりと甘く、ゆりの唇を絡め取っていく。
乱暴に奪われるのではなく、時間をかけて愛撫される感覚に、心の奥がざわめく。
息が溶け合うほど近く、逃げられないほど深い。
ゆっくりと這う蓮の手が、胸元をなぞる。
優しく触れるその指が、敏感な中心をそっとかすめた瞬間、ゆりの身体は思わず小さく跳ねた。

「……っ」

押し殺すような息。
その反応を楽しむかのように、蓮の手はまた滑り、また撫でる。
触れては這い、触れては這い……繰り返すたびに、微かな熱が積み重なっていく。
身体は確かに刺激に応じて反応してしまう。
その事実が、何よりもゆりを混乱させた。

重ねられた唇から、熱い吐息がこぼれた。
ゆりの呼吸は次第に荒くなり、胸が大きく上下するたびに、下腹部へと熱が集まり、膨れ上がっていく。

蓮の手は、驚くほどに力が抜けていた。
これまでのように押さえつけることもなく、ただ優しく、ゆりの肌の上を撫でていく。
──拒まない。
蓮はもうそれを確信していた。
その瞳には、すべてを見透かしているという余裕が宿っていた。

ゆりの反応の変化を感じ取ると、蓮の手は迷うことなく下腹部へと滑り落ちていく。
ゆっくりと、確かめるように。
指先がその場所に触れた瞬間、ゆりの身体は小さく震えた。
蓮の指先が、溢れる蜜をすくい上げた。
とろりと滑りを帯びるそれを指先に感じ、溜め息混じりの声が漏れる。

「……あぁ……すげぇ……」

その呟きと同時に、重ねられた口づけがさらに深くなる。
互いの吐息が絡み合い、蓮の呼吸には熱が滲んでていた。
指先がゆるやかに移動し、柔らかく突起をなぞる。
触れるだけで、ゆりの身体はびくんと大きく反応した。
優しいはずの動きが、かえって敏感な感覚を鋭く浮かび上がらせる。
蓮はその反応ひとつひとつを楽しむように、ゆっくりと、しかし確実に刺激を与え続けた。

「…はぁっ…」

重なった唇の隙間から、抑えきれない声が零れる。
蓮はゆりの震えを逃さず、指をそのまま深く──ゆりの中へと沈めていった。

ゆっくり、慎重に。
押し入るたびに、彼女の奥を確かめるように優しく動かす。

「…はっ…あぁ…はぁ…」

絶え間なく注がれる口づけは止まらない。
唇を吸い、舌を絡め、途切れそうな吐息すら奪いながら、指の動きは少しずつ速度を増していく。

ゆりの声は次第に抑えが効かなくなり、甘く、激しさを増していった。
拒絶と受け入れの狭間で揺れるその響きが、蓮の興奮をさらに駆り立てていく。

ゆりは、これまでに受けてきた激しいタッチとはまるで違う蓮の指の動きに、戸惑いを隠せなかった。
優しいのに逃げられない。
ゆっくりと撫でられ、優しく掻き回されるたびに、胸の奥まで届くような新しい快感が波紋のように広がっていく。
頭の中は戸惑いと動揺と、そして否応なく押し寄せてくる快楽でぐちゃぐちゃにかき乱されていく。

下半身の突起をそっとなぞり、次の瞬間には中をやさしく掻き回す。
そのリズムを繰り返す蓮。
あまりにも一定で、あまりにも緩やかで、だからこそ逃げ道を与えない。

「……っあ……はぁ……」

甘い吐息が唇の隙間から零れ落ちる。
やがて、下半身からせり上がるような感覚が確かに芽生えはじめていた。

──あぁ……くる……。

またあの、全身を電流のように駆け上がる波が。
けれど今回は、ゆっくり、ゆっくりと……昇りつめるように近づいてくる。

(……くる……くる……っ)

身体の奥で熱が膨張していくのを、ゆりは神経を研ぎ澄ませて受け入れていた。

「…っあ…ん……は……はぁ……きも……ち……い……」

思わず、無意識のまま言葉が零れた。
自分でも気づかないうちに、本音が口をついた瞬間だった。

「……気持ちい……?」

蓮は決して聞き逃さなかった。
重ね続けていた唇が、ようやく初めて離れる。
その瞬間、彼の目がわずかに見開かれる。

(…ん?今…気持ちいいって…言った….?)

驚きと、ほんの少しの戸惑い。
それは予想していなかった彼女の反応に、一瞬だけ思考が揺さぶられたからだ。
とろけるような表情を浮かべるゆりの顔を確認するようにじっと見つめながら、蓮は試すように、指をさらに深く奥へと進めて動かした。

「……はぁっ…はぁ…あんっ…あっ…!」

そのたびにゆりの声が零れ、甘い吐息が熱を帯びて室内に響く。
蓮の指の動きと見事にリンクするように。

ゆりの顔は、完全に溶け切っていた。
抗う気配すらなく、ただ波に呑まれ、乱されていく。

そして二人の視線が絡む──

目尻がとろんと垂れたゆりの瞳は、濡れたように潤みながら、確かに蓮を捉えていた。

「…ゆり…気持ちい…?」

問いかけに応じるように、ゆりは小刻みに息を乱しながら、それでも震える首を、ゆっくりと

──縦に頷く。

ドクンッ。

その瞬間、蓮の胸の奥で心臓が大きく鳴り響いた。

あぁー……
こいつはなんて、やばいんだろう。

ゆりが頷いた、その瞬間。
蓮の思考は一気に白く塗りつぶされた。
魅力的すぎる彼女のその動作に、意識が遠のくような眩暈すら覚える。

ただの快楽の反応じゃない。
無理やりでもなく、嫌々でもなく今、自分に頷いた。
それがどれほど危うく、どれほど甘美か、蓮には痛いほど分かった。
抗って、嫌がって、それでも最後には自分を見て頷く。
その素直さと矛盾が、どれだけ狂わせるか本人は自覚していないのだろう。

全身を駆け巡る熱に、理性の最後の灯がかき消されていく。
眼前の少女は、もう蓮にとって「ただ欲しい」では済まされない存在になり始めていた。

衝動に突き動かされるまま、蓮は再び彼女の唇を奪った。
重なる口づけは先ほどまでの優しさを失い、荒々しい息遣いとともに熱を帯びていく。

「…っは……はぁ…っ……!」

吐息を荒げながら、蓮の指が容赦なく、激しくゆりの中を掻き回す。
繊細な優しさは消え、衝動のままに本能をぶつけるような動きに変わっていた。

その瞬間──。

ゆりは、自覚してしまった。
気持ちでは拒んでいるはずなのに、無意識に漏れたあの言葉。
頭と心と身体。
すべてが噛み合わず、ちぐはぐで、もはや何が正しいのか分からない。

けれど。
蓮の問いかけに、戸惑いながらも頷いてしまったあの一瞬が、全てを暴いてしまった。
もう、自分を誤魔化せない。

私は、悦びを感じている。

恐怖の底で、抗えないほど甘美な感覚に飲み込まれてしまっている。

「あぁーっ…いくっ…あっ…あぁっ……!」

──いく、なんて。
そんな言葉、自分の口から飛び出すとは、夢にも思わなかった。

「……っ!……っ!!……っっ……!!」

全身を大きくのけぞらせ、規則的な波に合わせるように、身体が何度も跳ねる。
襲いかかる奔流に、息をすることさえままならない。
ただ甘い痺れに支配され、震える声を漏らすしかなかった。

やがて力が抜け落ち、糸が切れたようにぐったりとするゆり。
その様子を見届けると、蓮はゆりの中で蠢かせていた指の動きをようやく止め、重ねていた唇から静かに離れた。

「……はぁ……はぁ……」

荒い息を吐きながら、蓮はゆりの身体からゆっくりと身を起こした。
その手が彼女の両脚を掴み、ためらいなく開かせる。

ゆりは、次に何が起こるかを確信していた。
けれど、これまで胸の奥に渦巻いていた拒絶感は、不思議と影も形もない。
抗いようもなく、当たり前のように、その流れを受け入れていく。

「あ、ちょっと待って…一応……」

蓮が頭上のベッドボードの小さな引き出しを開け、迷いなく避妊用スキンを取り出した。

「二日連続、生は…さすがにね」

軽く笑いながら口にした一言。
この言葉を聞いた瞬間、ゆりは蓮の中で自分が、玩具では無く、“女の子”になった事を自覚した。

そして蓮はこれまでのように一気に突き上げることはしなかった。
ゆっくりと、深く、また浅く。
行ったり来たりを繰り返しながら、まるでゆりの中をじっくり味わうように動く。
その滑らかな律動に、ゆりの吐息は次第に熱を帯び、甘く乱れていく。
見下ろす蓮の視線は一点に注がれていた。
自分がゆりの中で出入りする結合部のその光景。
恍惚にも似た眼差しは、その瞬間を逃すまいとするかのように釘付けになっていた。

蓮がゆりの中をじっくりと堪能するのと同じく、
ゆりもまた、蓮の熱に神経を研ぎ澄ませていた。
腰を浮かせ、身をよじり、自ら足をさらに大きく開く。
もっと奥まで、深く触れてほしい一心で、無意識に腰をくねらせ身体を動かしていた。
そのあまりに淫らな姿に、蓮の視線は釘付けになった。
これまで入り口へ落としていた視線をゆっくりと辿り上げ、彼女の身体、そして顔へと移す。

ゆりは、もはや理性を手放していた。
頬を赤く染め、潤んだ瞳を揺らしながら、熱に浮かされたように言葉を紡ぐ。

「……はぁ……蓮……っ……気持ちい……っ」

その一言に、蓮の胸に衝撃が走った。

(──呼べるわけないじゃないですか)

昨日、冷たくピシャリとそう言い放った彼女の声が脳裏に甦る。
凛とした拒絶の響き。
それがいま快楽に蕩けて自分の名を呼んでいる。

蓮の中で、理性の糸が音を立てて切れた。
甘美な優越感と、燃え盛る欲望がないまぜになり、どうしようもなく彼女を貪り尽くしたくなる。

「……ぁぁ…ゆりっ…!」

蓮の中で何かが弾けた。
堪らず彼女に覆いかぶさり、唇を強く重ねる。
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
抑え込んできた感情が溢れ出し、熱となって暴走する。
激しく、荒々しく、それでもどこか切実に、蓮はゆりを貪った。

密着するたびに、蓮の熱はさらに奥深くへと進み、下腹部の敏感な突起が擦れる。
そのたび、ゆりの身体に震えが走り、波のようにじわじわと電流が這い上がってくる。

「……蓮……っはぁ…もっと…っぁぁ…早…く……」

重ねた唇の隙間から漏れる声。
その言葉に、蓮は耳を疑った。
自分の名を呼び、さらに求めるように震える声。
昨日まで拒絶し、冷たく突き放した彼女が今は、自ら望んでいる。

蓮の脳内は真っ白になった。

ただひたすらに、求められるまま応えたい。
いや、それ以上に、自分が欲して仕方がない。
少し前から、蓮の限界はとうに近かった。
それでもほんの一秒でも長く、この熱を味わいたくて、必死に加減をしていた。
しかし、掠れた声で自分の名を呼びながら快楽を求めるゆりの言葉が耳に落ちた瞬間、そのブレーキは完全に崩壊した。
彼の動きは、次の瞬間、爆発するように速さを増した。

「……あぁ…っ!くっ…ゆり…!ゆり…っ!」

無我夢中で腰を打ちつける。
速度は一気に上がり、もう止めることなど出来なかった。

「…蓮…っ!はぁ…んっ…気持ちい…蓮……!」

濃厚に重ね合った唇の隙間から、お互いの名前が幾度も溢れる。
言葉にならない吐息が絡み合い、熱と熱がぶつかり、溶け合っていく。

ただ呼び合う。
ただ求め合う。

そこに理性も自制心も存在しなかった。

──そして、二人は同じ瞬間に果てた。

溢れる熱をぶつけ合いながら、深く、深く、互いの存在を焼き付けるように。

────────。

「なんでわざわざゲートの真正面なんですか」

リムジンの中でゆりは不満を漏らした。
彼女のロッカーは本部ではなく、制服を保管する別館のユニフォーム管理棟。
広大な敷地の中で、数ある関係者専用ゲートのうち、よりにもよって、ゆりがいつも出退勤しているゲートの真正面にリムジンは停まっていた。

「なんで?いいじゃん」

悪びれる様子もなく笑う蓮に、ゆりは眉をひそめる。

「鳳条さんは良いかもしれないですけど…私は普通に気まずいですよ!」

ゲート前の歩道には、スタッフ数人が行き交い、ちらりちらりとリムジンに視線を向けている。
その視線に背筋がむず痒くなる。

「出た、真面目っ子」

「……っ鳳条さん!」

むっとして頬を膨らませるゆりの顔が、蓮には余計にからかいたくなる。
距離を詰め、肩に腕を回し、唇が触れそうな距離で囁いた。

「それとも…また、抱っこして降ろして欲しいの?」

「ゲートの前ですよっ!やめて下さい!」

慌てて蓮を押しのけ、ドアノブに手をかける。

「もういいです、ここで降ります」

軽く笑った蓮が、運転手にロックを外すよう合図する。
扉を押し開け、歩道に降り立つゆり。
そして振り返り、ぴしりと背筋を伸ばして丁寧にお辞儀をした。

「送って頂き……ありがとうございました」

真面目さが滲み出るその仕草に、蓮は目を細める。
扉が閉まると同時に、後部座席の窓がスッと下がる。
肘をかけた蓮が、悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。

「それじゃ、ゆりちゃん“また”ね?」

強調された「また」の一言。
その声音と笑みに、ゆりの腹の底が一瞬だけ、熱を帯びる。

「……っ」

その感覚を必死に振り払い、顔を背ける。
凛とした背中で颯爽とゲートへ歩いていく。

「……たまんねーな」

蓮の脳裏に甦るのは、数時間前──
自分の名を呼び捨てにし、必死にしがみついてきた、今とはまるで別人のようなゆりの姿だった。

第五話「桐生司」

蓮と夜を共にしてから、気づけば一週間ほどが過ぎていた。
あの日の出来事を振り払うかのように、ゆりは日常に忙殺される。
今日もパークは来園者で賑わい、レストランの厨房では次々と料理が送り出されていた。
その裏側で、ゆりは設備不良の対応に追われていた。
「すみません、こちら早瀬です…… ブランブルヒル・ピッツェリアにて発生したオーブン機器設備不良の報告書、出来ました!」
人気アトラクションの隣に位置する大型レストラン。
昼時ともなれば千人単位の来園者が列をなし、厨房は戦場と化す。
そんな中で、メインのオーブンのうちの1つが突如として動作不良を起こした。
提供が滞り、スタッフたちの表情には焦りが広がっていた。
ゆりは故障個所を確認し、現場責任者に指示を飛ばしながら、片手では慣れた手つきで仕上げた報告書をまとめていく。
周囲には、忙しなく動くスタッフたちの足音、食器がぶつかり合う音、お客達のざわめきが入り乱れ、熱気と焦燥が入り混じっていた。
無線へ息を切らしながら伝えると、すぐに応答が返る。
《了解。本部へ提出の後、交換機器の手配に入ります。大至急、本社へお持ち下さい。》
「了解。すぐに向かいます。」
現場スタッフにひと言残し、足早に持ち場を離れる。
スタッフエリア敷地内を走行する従業員専用バスに飛び乗り、五分後には本部ビル前に到着。
駆け足で自動ドアを抜け、一直線にエレベーターホールへ。
──ポーン。
到着音とともに、目の前の扉が開く。
「…………っっっ!!!」
そこに現れたのは、スーツ姿の外国人と、そして──桐生司。
ドクンッ
心臓が跳ね上がり、背中に嫌な汗が一気に噴き出す。
司は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにフッと妖しい笑みを浮かべた。
「………………乗りますか?」
低く響く声。
ラウンジでの記憶が一気に脳裏を駆け巡り、足が止まりそうになる。
「あ、すみません……!」
ハッと我に返り、慌てて乗り込む。
操作ボタンの前に立ち、目的の四階を押す。
既に点灯していた十一階。
司たちの行き先。
閉じる扉。
背中に突き刺さる視線を避けるように、前を向いたまま操作盤にぴたりと寄り添う。
「—So, the presentation materials will be ready by Friday?」
「Yes, I’ll make sure they’re finalized and sent over by then.」
背後で交わされる低い英会話。
流暢な司の声は、抑揚もイントネーションも日本語のときとはまるで違い、耳の奥に直接滑り込んでくる。
──あの夜、耳元に落とされた囁き声。
ゾクリ、と背筋が震える。
記憶が勝手に重なり、テーブル越しに見上げたメガネの奥の眼差し、頬をなぞられた指先、理性を吹き飛ばす距離感までもが、音に引きずられて鮮明に蘇った。
昇っているだけのはずの箱の中が、急に熱を帯びていく。
呼吸が整わない。
目を伏せても、背後から迫る存在感は消えなかった。
──ポーン。
永遠のように長かった時間が終わり、四階に到着。
ゆりは顔を少しだけ斜めに向け、小さく会釈。
そのまま逃げるように足早にエレベーターを降りた。

──────。

本部へ報告書を届け、設備不良の手配を終えたゆりは、再びパークに戻っていた。
今度は、本日遅番勤務の予定だったシェフの一人が急遽怪我で欠勤となり、その穴を埋めるためにキッチンへと駆け込んでいたのだ。
ディナータイム。
予約で埋まったレストランの厨房は、灼熱の戦場と化していた。
オーブンの扉が開くたびに熱風が吹き、鉄板で肉が焼けるジュウッという音が重なり、鍋から立ちのぼる蒸気が視界を白く曇らせる。
シェフたちの掛け声と金属がぶつかる音が、ディナータイム特有の緊張感を際立たせていた。
ゆりもまた、髪を後ろで束ね、額に浮かんだ汗を気にする余裕もなく、包丁を走らせていた。
──ジジッ。
インカムが鳴り、不意に耳へ届く声。
《…早瀬さん…すみません、すぐに本部に戻れますか……》
フード部の上司からの要請だった。
「え…?」
一瞬、手が止まる。
交換機器はすでに手配済みのはず。
提出した報告書に不備もなかった。
どうして──
胸の奥に冷たいざわめきが走る。
(それでも…きっと今日の私の対応の中で何かしらの不備があったんだ…)
視線を上げれば、厨房は混沌の渦中にあった。
料理は次々にオーダーが入り、ホールからの催促が矢のように飛んでくる。
この場で人員が一人抜けることが、どれだけの痛手になるか誰よりも理解している。
けれど、無線の呼び出しに逆らえる立場ではなかった。
ピッ。
「了解。」
短く返事をすると、すぐに回線を切り替える。
ピッ。
「早瀬です、ノアズミシックテーブル、キッチンヘルプ要請です。どなたかご対応お願いできますか。」
しばしの沈黙。
ノイズ混じりの無線の向こうに、誰の声も返ってこない。
「……早瀬です。応答願います。ノアズミシックテーブル、キッチンヘルプ要請です。」
《………ジジ………》
当然だった。
今はディナーのピーク。
どのレストランも火の手が上がるような修羅場。
ましてノアズミシックテーブルの厨房は、パークでも最高格の格式を誇る場所。
その場に立てる人材など限られている。
ゆりは苦渋の表情で、隣のシェフ長に向き直った。
「申し訳ありません、本部からの要請で……少し抜けても大丈夫ですか。」
「えぇ!?あ、えーと……時間、どれくらいですか?」
驚きと焦燥を隠せないシェフ長。
その様子に、ゆりの胸はさらに重くなる。
「30分……いえ、20分で戻ります。」
用件を確認し、本部に説明して、すぐに戻ろう。
そう自分に言い聞かせて。
「……仕方ないですね、わかりました。」
「ありがとうございます。申し訳ありません。」
深々と頭を下げ、後ろ髪を引かれる思いでレストランを飛び出す。
背中に残ったのは、厨房の熱気と、スタッフたちの必死の気配。
そのすべてを置き去りにして足を進める自分に、強烈な罪悪感が押し寄せていた。

──────。

本部へ急ぎ、エレベーターが静かに四階で止まる。
扉が開いた瞬間、ゆりは息を整えて本部にあるフード部のフロアへ駆け込んだ。
「……早瀬です!お待たせしました!」
デスクで資料に目を通していた上司が顔を上げる。
「あぁ、早瀬さん来た来た!ごめんね、こんな忙しい時間に。すぐに十一階の大会議室に行ってくれる?」
「十一階……ですか。」
一瞬で昼間の記憶が甦る。
十一階で点灯していたエレベーターボタン。
狭いエレベーターの中、耳に直接滑り込んできた低い声。
背筋をなぞった震え。

──桐生司。

「ロンドン本社の幹部がいらしてて、お呼びしてるみたいだよ。」
説明を受けた瞬間、胸の奥がざわりと大きく揺れた。
ロンドン本社の幹部と言えばあの人。
(桐生統括だ…)
直感というより確信。
嫌な予感と抗えない運命感が、同時に心臓を締め付ける。
それでも、現場を預かるスーパーバイザーとしての顔を崩すわけにはいかなかった。
ゆりは胸のざわめきを必死で抑え込み、落ち着いた声を装う。
「かしこまりました。」
深く会釈をすると、再びエレベーターに乗り込む。
閉まる扉の先に、十一階の数字がゆっくりと灯った瞬間──
心臓の鼓動が、自分の足音よりも大きく聞こえていた。
エレベーターが到着すると、ゆりは緊張でこわばった足取りのまま、十一階の大会議室の前に立った。
「……ふぅ」
深く息を吐き、胸の鼓動を必死で押し沈める。
コンコン──。
意を決してノックすると、落ち着いた声が返ってきた。
「どうぞ。」
聞き覚えのある声。
その響きに、喉の奥がひりつく。
「失礼します。」
扉を開けた瞬間、視界に広がるのは夜景を背に佇む男の背中だった。
大きな窓の向こうで宝石のように瞬く街の灯りよりも、その存在感は重く濃く、ただそこに立つだけで空気が変わる。
司は、ゆっくりと振り返った。
「お待ちしてましたよ、早瀬さん。」
「……あの、ご用件は。」
両手をきちんと前で組み、背筋を伸ばす。
言葉は整えたつもりでも、震える瞳と張りつめた表情は隠しきれない。
「そんなに緊張しなくても。」
落ち着いた声のまま、司は一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
その足音が床に響くたび、心臓が跳ねた。
「昼間お会いしましたね。」
「…はい。」
警戒を解かぬまま、わずかに後ずさる。
「驚きましたよ。まさか…まだこの会社にいらしたとは。」
その言葉に、ゆりの眉がピクリと動いた。
「…それ、どういう意味ですか。」
鋭い眼差しで問い返す。
だが、司は怯むどころか、その視線を愉しむように微笑んだ。
「…………良かったですか、あの昼下がりが。」
ゾクッ──。
突如、記憶の断片が脳裏に降り注ぐ。
あのラウンジの照明、強引な視線、重ねられた肌。
全身を鳥肌が駆け抜け、呼吸が浅くなる。
「…っお呼び立てされたのは、そちらのご用件でしょうか…っ」
隠せない動揺を押し殺すように、ゆりは硬い言葉で抵抗した。
「………まぁ、そうですね。話がしたくて。」
司は柔らかな笑みを崩さない。
しかし、その奥の瞳は、獲物を逃がさない獣の光を宿していた。
ゆりの胸の奥に苛立ちが滲む。
「現場が立て込んでいます。そのようなご用件であれば、現場へ戻りますので失礼致します。」
逃げるように扉へと歩き、伸ばした手がノブに触れるその瞬間。

バンッッッッ!!!!

背後から扉が強く叩き押さえつけられた。
肩越しに伝わる振動に、思わずゆりの肩が大きく跳ねる。
「この私と話をする時間より、そんなに現場が大切ですか。」
その声音は落ち着いているのに、皮膚の奥にまで響くような鋭さを帯びていた。
理不尽にねじ伏せられるような感覚。
背筋に冷たいものが這い上がり、足元から血の気が引いていくのを自覚した。
勇気を振り絞るように、ゆりは声を押し出した。
「………厨房シェフも、フロアスタッフも、私の戻りを待っていますので。」
「はははっ」
まさかのタイミングで聞こえた笑い声。
意表を突かれ、ゆりは思わず振り返る。
視線が交差した瞬間、司の双眸は氷のように冷たく、笑みはひどく人を見下す色を帯びていた。
「…君は、自分で自分のことを、どれだけ価値のある人間だと思い込んでいるんだ?」
「………はい?」
「君みたいな、たかがちっぽけな新人社員、一人居なくたって現場はまわる。」
その言葉は刃のように鋭く、胸の奥に突き刺さった。
けれど、その瞬間、ゆりの腹の底で、小さな火種がふっと灯るのを自覚した。
「そんな事はありません…一人ひとりが、重要な戦力です。」
「……なるほど…通りで。そんな事で現場が回らなくなるとは。」
司の唇が、そっとゆりの耳元に近づいた。
冷ややかな声が、皮肉を滴らせる。

「さすがパークの規模も小さければ、クオリティも低い日本のストーリーテイルパークは……スタッフの質も悪い。」

──ブッッッチンッッッッ!!!!

何かが切れた音が、確かに自分の中で鳴った。
「……っ!」
反射的に、ゆりは両手で司のスーツの襟を掴んだ。
次の瞬間、全身の力を込めて勢いよく押す。
司は数歩後退し、背中からテーブルへと追い詰められる。
腰がガンッと角に当たり、重い音が響いた。
ゆりは止まらなかった。
血が一気に頭に上り、自制心を焼き尽くす。
脳裏に浮かぶのは──ほんの数十分前、厨房で汗を飛ばしながら必死に鍋を振るシェフの姿。
笑顔でトレーを差し出すスタッフたちの姿。
お客様に「ありがとう」と声をかけられ、嬉しそうに頷く仲間たちの姿。
襟をを掴む拳に熱が集まり、全身が怒りで震えていた。
ゆりの押す勢いは止まらず、そのままテーブルに司の上半身を押し倒した。
バンッッ──!
「っ……!」
仰向けになった司の顔のすぐ横に、ゆりの掌が鋭く突き刺さる。
木の天板が軋み、室内の空気が一瞬で凍りつく。
グイッ──。
そのまま彼女の手が司のネクタイを掴み、乱暴に締め上げた。顔を引き寄せられ、視界いっぱいに映るのは、怒りで燃え立つゆりの瞳。

「ふっざけんなよ、くそじじい。」

鋭く、低く。
魂を削るような声が吐き出された瞬間、司の背筋にゾワゾワと痺れるような衝撃が走った。

ゾクゾクゾクゾクッ──。

彼女の瞳が、自分を切り裂く刃のように射抜いてくる。
恐怖でも憎悪でもない。
それを司は、理解してしまった。
喉を締め付けられる圧迫感と、視線の重み。
これまで経験したことのない感覚に、興奮が否応なく沸き上がる。
バッ──。
次の瞬間、ゆりはその胸を力強く押し弾き、ネクタイを乱暴に放り捨てた。
「…ケホ…」
自由になった司は軽く咳き込みながらも、首元を緩めると──
燃えるように熱を帯びた瞳で、ただ一心に彼女を見つめ返していた。
「あんたみたいなお山の上の大将……雲の上の大将に現場の何がわかんだ!!」
ゆりの声は震えていた。
怒りと悔しさ、そして涙を堪えきれない激情が、喉を震わせて絞り出される。
「最初にアメリカでオープンして……今は世界中にあるストーリーテイルパークが海外進出を決めた時……最初の国を日本に選んだのは……っあんた達イギリスじゃないの!?」
瞳が滲み、熱い涙がこぼれ落ちそうになる。
「パークは狭いかもしれない。設備やアトラクションは古いかもしれない…だけど、それだけ昔からの歴史が日本のストーリーテイルにはあるんだよ!!」
司はゆりを見つめ、ふっと口の端を吊り上げた。
「……素晴らしい。早瀬さんは、とても勉強熱心なんですね」
それは嘲笑のように響いた。
だが、ゆりの瞳は潤んでなお、鋭く、屈しない光を宿していた。
「当時、日本がアークに選ばれたのには理由がある。ストーリーテイルパークジャパンには、それだけの価値がある!!私達スタッフは全員、その誇りを胸に……お客様に最高の時を過ごしてもらう為に、毎日、命削ってんだよ!!」
その言葉に、司の胸奥で何かがわずかにざわついた。
こんなにも真っ直ぐに、こんなにも熱を込めて、パークを語る人間を見たことがあっただろうか。
「あんたが言う、本場アメリカのパークがでかいとか、クオリティが高いとか……そんなくだらない事が、そんなに偉いわけ!?」
自分が何を言われようと構わない。
ただ共に働く仲間を侮辱されたことだけは、ゆりは絶対に許せなかった。
「スタッフの質が悪い?そんな妄想してる暇があるなら、ちゃんと現場のスタッフの声でも聞いてください。偉そうに座ってる馬鹿男より、現場の汗まみれのスタッフの方がよっぽど価値ありますから。」
叩きつけるように吐き捨てたその声は、静まり返った大会議室に凛と響いた。
そしてゆりは、鋭く睨みつけたまま数秒だけ司と視線を交わすと、踵を返した。
颯爽と揺れる結った黒髪、背筋を伸ばしたまま、扉に向かう足取りは迷いなく力強い。
「失礼します。」
低く、毅然とした声を残してゆりは扉を押し開けて出て行き、会議室の扉がバタンと音を立てて閉じられた。
扉の向こうで、司はただ呆然と立ち尽くす。
脳裏には、涙を滲ませながらも一歩も怯まず、自らの誇りと仲間を守るために声を張り上げた彼女の姿が焼き付いて離れなかった。
その視線は、ただ熱く、燃え上がるようで、司は胸の奥に、自分自身でも説明のつかないような今まで感じたことのないざわめきを残していた。

──────。

翌朝。
通勤の電車を降り、ゲートへと続く道を歩きながら、ゆりの胸は重たく沈んでいた。
「あぁ……やっちゃったよなぁ……」
昨夜の光景が繰り返し脳裏に蘇る。
司にあれだけ言い放ったのだ。
「……もう会社に籍ないかも…はは……」
口元に苦笑を浮かべても、その足取りは自然と重くなる。
それでもいつものようにゲートを通り抜け、ロッカー前に辿り着く。
扉を開け、ノートパソコンを取り出し、朝一番のルーティン、メールチェック。
そこに、一通の短い招待状が目に飛び込んだ。

『4月5日(火)18:00
ロイヤルセレスティアホテル2階
クリスタルレストラン
お越し下さい。
https://royalcelestia.jp/reserve/ーー...…
桐生』

「4月5日……次の休みか。」

心臓がドクンと跳ねた。
怖さ、不安、そして“もしかして”という疑念が、一度に押し寄せて胸をかき乱す。
「怖。クビ…かな…」
(でもなんでわざわざ休みの日?しかもパーク外で……)
小さく呟き、ゆりはどうしたらいいかわからず、パタンとパソコンを閉じる。
現実から目を逸らすように、深く息を吐いた。
(よし、とりあえず考えるのは後だ。仕事しなきゃ)
気持ちを無理やり切り替える。
ロッカーの制服に手際よく着替え、髪をきゅっと結う。
胸元にネームプレートをつけると、鏡に映る自分に言い聞かせるように声を出した。
「さぁっ行くぞ!」
自分自身に気合いを入れ、ゆりはユニフォーム管理棟を飛び出した。

──────。

ゆりは、司からの招待メールにどう対応して良いか分からぬまま、毎日の慌ただしさに流され、次第に頭の片隅から薄れていった。
いつもの朝、PCを開いた瞬間、再びあの文字列が目に飛び込んできたのだ。

『明日、ご予定させて頂いておりますが、ご都合よろしいでしょうか。
ご確認の上、ご連絡をお待ちしています。
桐生』

「うわ、やば。」
思わず声が漏れる。
ゆりは返信画面を前に、しばらく手を止めていた。
頭の中では「行けません」「都合が悪いです」といった断りの言葉がいくつも浮かんでは消える。
けれど、打ち込もうとした瞬間に、その後の面倒くさい展開が脳裏をよぎる。
そもそも用件はなんだろうか、それも気になる。
そうこうしている時間にも出勤時間は迫る。
(あぁ…考えんのダル、めんどくさい)
結局、逃げ場のない状況に思考を巡らせるほど疲れてしまい、心は「拒否」ではなく「とりあえずやり過ごす」を選んでいた。
深い溜め息を吐きながら、ゆりは短く打ち込む。

『承知いたしました。』

──ピロン。
同時刻、司のノートPCに通知が届いた。
マグカップを片手に、いつものルーティンのように開いたメール。
だがその瞬間、司の目が大きく見開かれる。
「……っ!」
画面に浮かぶのは、冷たく素っ気ない一行だけの返事。
だが、その無駄のない文面に、彼女の鋭さと強い意志がにじんでいるように見えた。
その冷ややかな視線と声が、まざまざと蘇る。

(──ふっざけんなよ、くそじじい。)

脳内に再生されるのは、あの日、胸倉を掴まれ睨みつけられた光景。
声、息づかい、涙を滲ませながらも気丈に放った言葉。
気づけば、司の唇は震えていた。
笑みを押し殺せない。
「……はぁ……」
抑えきれない吐息がこぼれる。
それはため息ではなく、昂ぶりを隠し切れず零れた熱の欠片。
明日が来ることへの期待に、胸の奥が熱で満たされていく。

── 第2章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

作品ページへ戻る

コメント

まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。

しおりを挟みました