← 作品ページへ戻る

セカンドシーズンー好きな人を、真っ直ぐに。ー

連載中(書きかけ)

波方 真季

147,729 字

青春恋愛小説

"「推し」への恋が、モノクロだった世界に彩りを与える。臆病な少女が踏み出す、眩しすぎる「セカンドシーズン」の物語。"

星野陽向(ほしのひなた)は、先天性発達障害〈ADHD〉を抱えて生きてきた。 クラスメイトに迷惑をかける事が多く、そんな理由で学校で虐めを受けるようになった陽向は、小中学校時代を透明人間のように過ごしてきた。 現実から逃げ込んだ先は、小説・マンガ・アニメの世界。 陽向はずっと、オタク陰キャとして二次元の世界の殻に閉じこもっていた。 けれど高校入学後── これまでの自分の人生がひっくり返るような、運命の出会いが訪れる。 図書室で出会った少年は、まるで二次元の世界から飛び出してきたような美しい少年。 雷のような衝撃を受け、人生で初めての三次元の恋が始まった。 恋なんて無縁だったはずの陽向の初恋を面白がった隣家の幼なじみ・黒川朔也。 さらに朔也の恋人である最強ギャル・朱里も巻き込み、陽向は半ば強制的に“垢抜け”させられていく。 オタク陰キャの透明人間だった日常は、恋をきっかけに全崩壊。 友情、嫉妬、自己否定、憧れ、劣等感、そして初めての自信。 恋は、彼女を世界の真ん中へと容赦なく押し出していく。 空気が読めない、忘れ物やなくし物の連続、落ち着きがない、ド直球のマシンガントーク炸裂の陽向の高校生活は、怒涛の出来事に飲み込まれていく── 現役高校生達が、等身大の“好きだ”を全力で駆け抜ける、究極のキラキラ青春群像ラブストーリー!

← 右から左へスクロール

第20話 恋は急に牙を向く

夜はとっぷりと更け込んでいた。
住宅街の街灯は等間隔に並び、アスファルトの上に淡いオレンジ色の影を落としている。

時刻は、二十二時を少し回ったところ。

昼間の熱をまだ引きずる空気が、夜になっても肌にまとわりついて離れない。
遠くの幹線道路を走る車の音だけが、低く、一定のリズムで流れていた。

朔也は、夏休みから始めたアルバイトを終え、疲れた身体を引きずるようにして自宅前に自転車を止めた。

ペダルを踏む足は重く、シャツの背中は汗で張りついている。
早くシャワーを浴びたい。
冷たい水を頭から被りたい。

そう思いながら、鍵を外そうとした、その瞬間だった。

キッ──

突然、隣家の前で鳴り響いた自転車のブレーキ音。

反射的に顔を上げる。

街灯の下に浮かび上がった人影を見た瞬間、朔也の思考が一拍遅れた。

「……ひな!」

声が、思わず零れる。

「あ、朔也」

何でもない調子で返ってくる声。
軽くブレーキをかけ、自転車から降りるその仕草も、確かにいつも通り。

──けれど。

「お前…今帰りかよ!?」

声が、少しだけ荒くなる。

「何時だと思ってんだよ!」

「別に…まだ10時過ぎじゃん」

陽向はあくまで淡々としていた。
自転車を所定の位置に寄せながら、面倒くさそうに肩を竦める。

「別にって…お前なぁ」

「補導は11時からだし。夏休みなんだから明日学校もないじゃん」

その言葉が、朔也の神経を逆撫でする。

「だからってお前……!」

思わず一歩、距離を詰めていた。

「仮にも女子高生が、制服のまんまでこんな時間までフラフラして…いくらなんでも危機感なさすぎだろ!」

街灯の光が、陽向の姿をはっきり照らしている。

少し明るくなった髪。
前よりはっきりした目元。
短く見えるスカート丈。

中学までとはまるで違う、女子の顔。

「うるっさいなぁ!」

陽向は眉を寄せて、即座に言い返した。

「出た出た、その朔也の親父ムーブ。あんた将来お父さんになったら、100パー娘に嫌われるね」

そう言われた瞬間、胸の奥にざらりとした違和感が残る。

──親父ムーブ?

違う。
いや違くない。
これは………なんだ?

ただの……心配だ。
そう、隣家のよしみ。

そう自分に言い聞かせるように、朔也は続けた。

「つか今日、藤崎先輩と図書室の約束だって学校行ったんじゃねーの?」

自分で言いながら、嫌な想像が頭をよぎる。

まさか。
こんな時間まで。

「……まさか…こんな時間まで藤崎先輩と…!?」

「違うよっ!!」

被せるように、陽向が声を張った。

「偶然、バスケ部の友達が活動日で学校にいてバッタリ会ったから、帰りにご飯食べに行っただけ!」

「は?」

言葉が、一瞬で引っかかる。

「お前女バスに友達なんていたか?」

「男バスだよ」

あまりにもあっさりした一言。

次の瞬間。

「だ、男バスーーーっっ!!??」

声が裏返った。

頭の中で、警報が鳴る。

男。
バスケ部。
夜。
制服。

組み合わさった単語が、最悪の形で連想を膨らませる。

「もう!!いい加減にしてよっ!!」

陽向は、はっきり苛立ちを滲ませた声で言った。

「私が誰と、どこで、何時まで、何してようと、朔也には関係ないでしょ!?根掘り葉掘り聞かないでよ!」

胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。

関係ない。
その言葉が、想像以上に刺さった。

「お…男と……こんな時間まで…お前……」

言葉が、続かない。
自分でも驚くほど、喉が詰まっていた。

そんな朔也を横目で一瞥し、陽向は深く溜め息をつく。

「はぁ…うるさいうるさい」

一気に興味を失ったみたいに。

「あー疲れたー!今日風呂キャンしたいなー」

欠伸をしながら、そう言って。
鍵を開けて、何事もなかったように自宅の玄関へ入っていく。
ドアが閉まる音が、やけに大きく響いた。
その場に取り残された朔也は、しばらく動けなかった。

あれは……

本当に、ひなか?

茶髪。
メイク。
夜遊び。
制服はミニスカートで。
男と夜遅くまで。

藤崎先輩と会って。
そのあとにバスケ部男子。
男をハシゴして。

朔也の頭の中で、中学の陽向と今の陽向がどうしても噛み合わない。

垢抜けて。
変わって。
急に遠くなったみたいで。

(……あいつ……)

喉の奥が、ヒリッと熱を持つ。

(……いきなり……)

胸の奥で、言葉にならない不安が、ぐるぐると渦を巻く。

(男絡み、激しくね!!??)

笑えない冗談みたいなその考えが、どうしても頭から離れなかった。
夜の空気は、昼よりずっと静かなはずなのに。

心配だけ、のはずなのに──胸の奥が、悔しいみたいに熱い。

朔也の胸の中だけが、騒がしくざわついていた。

────────。

長かった夏休みも、いよいよラストスパートを迎えていた。

朝から鳴き続けていた蝉の声は、少しだけ間延びして聞こえる。
八月の終わり特有の、終わりかけの夏の音。
終わることを悟っているくせに、まだ容赦なく照りつける太陽が、陽向の背中をじりじりと焼いていた。

「うわ〜……あつ……」

玄関の扉を閉めた瞬間、空気の重さに顔をしかめる。
制服のスカートの中に、むわっと熱がこもる。

今日は、俊輔との約束の日。
夏休み中、何度か積み重ねてきた図書室での時間。
思い出すだけで、胸の奥が少しだけ浮き立つ。

陽向は自転車にまたがり、慣れた動作でスタンドを蹴り上げた。

カチャン──

その瞬間。

「……あ」

嫌な感触が、足元から伝わる。

「……うわ……やってるわこれ」

タイヤが、明らかに沈んでいる。
ぐにゃ、とした頼りない感触。

完全に、空気がない。

パンク。

「最悪……」

陽向は小さく呻いた。

思い返せば、いつものことだ。
陽向は自転車の空気を定期的に入れるという発想が、どうしても抜け落ちる。

焼けつくアスファルト。
真夏の熱。
メンテナンスを怠った自転車のタイヤは、陽向の生活リズムに合わせるかのように、しょっちゅう限界を迎える。

「…お母さんのチャリ、仕事で無いし……」

徒歩?
この暑さで?
想像しただけで、溶ける。
無意識に、視線が隣家へ流れた。

黒川家。
門の内側。
見慣れた一台の自転車が、そこにある。

(朔也のチャリ……あるわ)

朔也今日チャリ使うかな……。
でも、もう夏休み終わりかけだし。
昼間だし。
何より時間がない。

迷うより先に、身体が動いた。

ピンポーン──

インターホンの音が、昼下がりの住宅街に響く。

……反応はない。

「あれ?」

耳を澄ます。
けれど、返事は返ってこない。

居ない?
でも車はある。
家族で出かけている様子もない。

黒川家の自転車置き場を見る。
家族の自転車はない。
でも朔也の自転車だけは、確かにある。

(このクソ暑い中、徒歩で出かける……?)

寝てんのかな。
叩き起こすか。

そう思った瞬間、陽向の中で答えは出ていた。
玄関のドアノブに、手を掛ける。

ガチャ。

——軽い音。

抵抗なく、ドアが開いた。

(空いてる…?)

その隙間から見えたのは、黒川家の玄関。
そして——

見覚えのある、可愛らしいスニーカー。

「あ!朱里ちゃん来てるじゃん!!」

声が弾む。

朱里。
朔也の彼女。
陽向を女子力改革へと導いた、崇拝する美容の師匠。

朱里ちゃんに、会いたい!!

陽向は、嬉しさに弾けるように玄関を開け放った。

慣れた場所。
子どもの頃から、何度も出入りした家。

「おじゃましまーす!」

声を投げながら、靴を脱ぎ捨てる。
階段へ向かう足取りは軽く、迷いがない。
トントン、と駆け上がる音が、家の中に響く。

目指すのは、二階。
朔也の部屋。
この時、陽向はまだ知らなかった。

この何気ない侵入が、この夏の終わりに、確実に、そして取り返しのつかない形で、自分の中の何かを壊してしまうことを。

「朔也!朱里ちゃ──」

バンッ

扉を勢いよく開け放った、その瞬間。

世界が、止まった。

「…………っっっ!!!!!」

ベッドの上。
下半身には布団が掛かっている。

視界に入った肌の色。

────────。

朔也の獣のような鋭く、剥き出しの瞳が、扉で立ちすくむ陽向を刺し殺すように睨みつけた。

本能そのものみたいな目。

ぞくり、と背骨を氷がなぞった。
息が、止まる。
思考が、真っ白になる。

バンッッ!

反射的に、陽向は扉を閉めていた。

ダダダタダダダ──

転げ落ちるかのように階段を駆け降りる。
足がもつれて、感覚がない。
何も言えなかった。
声も、呼吸も、全部、置き去りにして。

「…はぁ……はぁ……はぁ……」

心臓が、壊れそうな音を立てている。
全身に鳥肌が立ち、指先が震えて言うことを聞かない。
何も考えられないまま、逃げるように自宅へ飛び込み、そのまま自室へと駆け込んだ。

扉を閉めた瞬間、膝から力が抜ける。

「……はぁ………はぁ………」

背中を扉に預け、その場に座り込む。

胸が苦しい。
呼吸の仕方を忘れてしまったみたいだった。

何だろう。
この恐怖。

震える手で、スマホを取り出す。
画面が、やけに眩しい。

LINEを開く。
指先が、うまく動かない。
それでも、必死で文字を打つ。

“すみません”

送信。

“今日体調悪いので図書室行くのやめときます”

送信。

句読点も、絵文字も、入れる余裕はなかった。

——先輩に……嘘……ついちゃった。

スマホを握りしめたまま、陽向は扉の前でうずくまった。

脳裏から、離れない。

見たことのない朔也の瞳。
あの、剥き出しの視線。

怖い。
怖い。
怖いよ。

でも………………そういうことなんだ。

恋をするということは。
彼氏彼女になるということは。

きっと、当たり前に、そういうことなんだ。

誰もが当然のように、きっと、みんな、そうやって。

でも。

私には……無理だ。

例え、相手が藤崎先輩であろうとも。

私には、出来ない。

きっと、男の子の“当たり前の望み”に、私は応えられない。

恋をするということは……

私なんかには、到達できない場所だ。

「…………っ」

視界が滲む。
気づいた時には、頬を、涙が伝っていた。
胸が苦しくて、せり上がる恐怖に、身体が耐えきれない。

こんな思いをするくらいなら……

ずっと、一生、推しでいい。

──リアコなんて……したくない。

── 第20章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

作品ページへ戻る

コメント

まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。

しおりを挟みました