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ベレー帽の探偵

阪奈康太

85,483 字

心理ミステリ、探偵小説、人間ドラマ

"「真実」とは何か。「正義」とは誰のものか。ベレー帽の探偵が、その問いの奥底を覗き込む。"

 真実とはこうも無価値とは思わなかった。  ……ああ、こんにちはどうも。何があったかって?  実は統合失調症の患者にお前は統合失調症だといいましてね?  するとこれが酷く暴れるもので……。ええ、その通りだね?  私の行動は医療プロトコルにも反する愚かな行動だ。正解改善とは程遠い。  失礼失礼。つい王様の耳はロバの耳と叫びたくなってね。まあ少し前提から考えてみよう。  まずもって私たちは完璧な真実とやらにたどり着くことはない。  言葉は取りこぼすし、認識には限界がある。  けれども決して私は近づくことをやめない。時にイカロスのように、時にパンドラのように。  自身に不利益があろうとも、どうしたって好奇心は抑えられない。  ……さて、得て知って、それで満足したいところだが私は探偵という職業についている。  残念ながら私だけが知っていてもどうしようもないのでどうにかコレを商品として機能させなければならないのだ。  であれば、私がかぶる帽子はシャーロックホームズのような鹿討帽だろうか?  ……いいや、ソレを物語のように加工する私にとってはベレー帽こそふさわしいだろう。

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第12話

「合計六つだ」

 主語のないその言葉を、地図に記したラインと、私が指さすカメラで補填する。
 助手はノートパソコンに映し出された地図をまじまじと見つめたかと思うと、目をつむって思慮に浸る。
 この廃マンションに接している道路は三つ。それぞれどこへ設置するのがよりバレず、より効果的に撮影できるかを考えているのだろう。
 目をつむったまま、助手は口を開く。

「それで、そのカメラを仕掛けるのが三つのルートですね? ……それぞれ二つずつですか?」
 
「いや、説明が足りなかったが、屋上にもカメラを仕掛ける。そうすることで、より取りこぼしのリスクを減らせる……。一応、魚眼だから死角は少ないはずだよ」

「屋上に三方向で三つ、道路側に三つ、合計六つですね。分かりました。少し確認してきます。それで、対象はいつ来るのでしょうか?」

「正直なところ、分からない。だからあれが必要だったんだよ」

 私は背もたれに寄りかかってため息をこぼしながら言った。
 後部座席で、レジ袋からこぼれて無造作に転がったサンドイッチを指さして。
 すると助手は大きくため息をつき、同じように背もたれに寄りかかる。
 助手は眉間にしわを寄せ、目をつむった。

「ああ、徹夜ですか。朝食を取りながら張り込むのはいつぶりでしょう……。言ってくだされば、コーヒーでも買ってきましたのに」

 と、愚痴をこぼす。
 私は慰めるつもりで言った。
 
「まぁ、ここに賞味期限が昨日までのペットボトルコーヒーがあるからいいかなって」

 と言ったが、あまり意味もなく。

「……そうですね」

 とつぶやいて、助手は心底悲しそうにペットボトルコーヒーのラベルを見つめていた。

「じゃあ、一応スマホに送っておくから、それぞれ設置できるか見てきておくれ。私は屋上へ行くとしよう」

「分かりました。では後ほど」

 助手は一足先に車を離れ、その背中を見送りながら、私もカメラを三台取り出して車を出た。警官たちになんと言おうか考える。
 結局、適当なことが思いつかず、そもそも大して離れてもいなかったため、気づけばマンションの前に着いてしまった。
 遠くからエンジン音が聞こえてくる。ああ、もう一組、警官が応援に来たのだろうか? そうなると色々と説明が面倒だ。
 私は足早に階段を駆け上がり、三階で待機していた先ほどの警官に軽く一言。

「ちょっと、屋上を確認してきます」

「え、ああ」

 確認してもいいか、と聞くと相手は考えるが、確認してきます、と言い切れば案外通るものだ。ゴリ押しといえばそれまでではある。
 そして息を切らして、屋上へ続くであろう最後の階段を上りきる。いつからだろうか、こんなにも階段がしんどくなったのは。……いや、もとからだな。
 ドアノブをひねると、引っかくような嫌な金属音が鼓膜を刺激する。鳥肌を立たせながら押してみるが、どうにも錆びついてびくともしない。
 なんとかその錆だらけの扉を体重を乗せてこじ開けると、勢い余って向こう側へ放り出されてしまった。
 よろめいて視線が落ちる。なんとか踏みとどまって視線を戻すと、そこには夜景が広がっていた。
 高階層というわけでもないが、六階からでも帝都の夜景は美しかった。
 それでも星空ではなく、夜景が眼前に広がるのは、どこか寂しい気持ちにさせる。
 時間があれば、しばらく感傷に浸っていたい。しかし、次第に大きくなっていくエンジン音が、私を目の前の問題へと引きずり戻す。
 視線を戻して辺りを見渡す。落下防止のフェンスがあり、ちょうどよく結びつけられそうだ。私は駆け寄ってなんとか取り付けてみるが。
 
「くそっ、この角度だと映らない」

 試行錯誤しながら工作するのは楽しいものだ。もっとも、時間に追われていなければの話ではある。
 焦りは思考を鈍らせ、ミスを誘発させる。力が入らず、固定具がうまく閉まらない。手汗で滑りそうになるカメラ。
 深呼吸、深呼吸と自分に言い聞かせて、カメラを一つ、また一つと起動させ、それぞれフェンスに固定していく。
 最後の一つを取り付けたところで、エンジン音が止まった。下を見ると、応援の警官がこの廃マンションに到着したのを確認する。

 大丈夫だ。悲観視するな。前回と違ってそう面倒事にはならないはずだ。警部がしっかり部下へ連絡を行き渡らせているだろうし。
 ……ただ、私たちの目論見に気づかれなければいいだけだ。
 
 急いで階段を駆け下り、廊下を走る。
 が、ついに鉢合わせてしまった。
 緊張と焦りで真っ白な頭は、先に言ってしまえと口を動かす。

「やあどうも! お疲れ様です!」

「おう、待て」

 ダメだった。さすがに無理があった。
 不自然な笑みと、何より私の服装と背格好が、より怪しく見せる。
 服装が? 少しゴシックな服に、お気に入りのベレー帽。
 完全に私の趣味である。なんせ事務所を立つとき、まさか警部と会うなんて考えてもいなかったものだから。
 分かっていれば、幾分かフォーマルな格好をしたというのに。
 そして何より身長だ。私の身長は百五十センチで、細身。つまり、警官らから見て私はどのように見えるか?
 夜遊びをしている女子中学生だ。
 
「君、こんなところで何をしていたんだ? そもそもいくつ?」

 大柄な、いや、相対的にではあるが。大柄な警官二人に囲まれて、私は縮こまってしまいそうになるのを必死で取り繕って弁明する。

「提携探偵ですよ! あー、中にいる警官二人に、もしくは山本警部にご確認いただければ……。あ、私はこう見えても二十二でして、免許証を今出しますから」

 こういう時は、中学からほとんど身長を伸ばせなかったことを後悔する。

「そう。書類、ある?」

「いやぁ、ちょっと今は持ち合わせてなくて……」

 いよいよまずい。補導されても、助手一人で捜査できるだろうか? 監視し続けられるだろうか?
 すでに私は、失敗をどう回避するかではなく、どう補うかへ思考を巡らせていた。
 しかし、もう一方の警官に入った一本の無線で、事態は急変する。
 その警官が私の方をちらちらと見ながら何か話し、私を問い詰めている警官に耳打ちする。

「すみません。こちらで確認が取れました。お疲れ様です。一応、身分証の方だけ確認させてください」

 そう唐突に態度を改める。さっきまでの険しい表情はどこへやら、にこやかな笑顔で私に接していた。
 どういうことだ? その疑問は、後ろから肩を叩いた助手によって拭われる。

「こちらの方は?」

 そう問う警官に、私はつい少し自慢げに、誇らしげに答えた。

「私の助手です。助手の不知火です」

 と、紹介した。
 その後、身分証やらの確認を取って、軽く色々と聞かれるが、それも当たり障りなく答えているうちに、びっくりするほど綺麗に問題は解決してしまった。
 警官に背を向けて、二人で車へと戻っていく。警官らの足音が聞こえなくなったあたりで助手の方を向き、私は口を開いた。
 
「助かったよ。君だろう? 無線を入れるように言ったのは」

 助手はいつもの顔で淡々と述べる。

「ええ、浅海さんにお願いしまして。応援が来た時のために、一応連絡しておいて正解でした」

「浅海というのもよくやってくれた。山本警部なら深掘りしてしまうかもしれないからね」
 
 悪巧みをする子供のような笑顔で……。
 いや、実際私は、好奇心の衰えない、悪巧みをする子供だ。

── 第22章 了 ──

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