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ベレー帽の探偵

阪奈康太

85,483 字

心理ミステリ、探偵小説、人間ドラマ

"「真実」とは何か。「正義」とは誰のものか。ベレー帽の探偵が、その問いの奥底を覗き込む。"

 真実とはこうも無価値とは思わなかった。  ……ああ、こんにちはどうも。何があったかって?  実は統合失調症の患者にお前は統合失調症だといいましてね?  するとこれが酷く暴れるもので……。ええ、その通りだね?  私の行動は医療プロトコルにも反する愚かな行動だ。正解改善とは程遠い。  失礼失礼。つい王様の耳はロバの耳と叫びたくなってね。まあ少し前提から考えてみよう。  まずもって私たちは完璧な真実とやらにたどり着くことはない。  言葉は取りこぼすし、認識には限界がある。  けれども決して私は近づくことをやめない。時にイカロスのように、時にパンドラのように。  自身に不利益があろうとも、どうしたって好奇心は抑えられない。  ……さて、得て知って、それで満足したいところだが私は探偵という職業についている。  残念ながら私だけが知っていてもどうしようもないのでどうにかコレを商品として機能させなければならないのだ。  であれば、私がかぶる帽子はシャーロックホームズのような鹿討帽だろうか?  ……いいや、ソレを物語のように加工する私にとってはベレー帽こそふさわしいだろう。

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第14話

「本当に便利な世の中になった」

 三門彩。彼女のSNSを眺めながら呟く。
 ボロは予想どおり少ない。だが、ボロを消した跡にまでは気が回っていないようだ。
 投稿頻度を時系列で可視化すると、特定の期間だけ不自然に抜け落ちている。
 そして、残された投稿をじっくりと精査する。影、反射、写り込んだ書類。その一ピクセルに至るまで、すべてが情報であり、同時に暗号でもある。
 
「……問題は証拠ですね」

 助手はため息のように息を吐くと、乱れた髪をかき上げ、難しい顔をする。
 実際、このようにネットの海に潜って調べるだけでは限界がある。
 ただ、手詰まりかというと、そういうわけではない。
 
「安心したまえ。今回は素晴らしい味方がいる」

 私は微笑み、人差し指を突き出して見せる。
 助手はしばらくその指先を見つめ、やがて何かに気づいたように私の顔を見た。

「指紋……!」

「そのとおり。九十五点かな」

 もっとも、それは完璧主義者にとっては否定に近いのかもしれない。

「……残りの五点は?」

 だが、その返しに不快感は見当たらなかった。

「本質は、警察の捜査範囲を扱えるということだ。今まで私たちがヒイヒイ言いながら、違法性というリスクを抱え込んで行っていた捜査を、今回は警察の名の下で軽々と行えるというわけだ。……まぁ、実際にやるのは警察、警部たちだけれどもね」

「つまり、指紋以外にも?」

「君がはっ倒した被害者。その人脈や所属なんかを辿れば、三門彩に行き着けるかもしれない。……まぁ、今回は少し微妙だ。監禁事件では被害者でも、公務執行妨害については被疑者になる。そのうえ、本人が事件を否定している。公務執行妨害については取り調べられても、監禁事件について事情を聞き出すのは難しいんじゃないだろうか。それも含めて、警察がどこまで動けるか……。ただ、不幸中の幸いで、この事件は刑事事件だ。被害者が『なにもない』と否定したところで、客観的な痕跡まで消えるわけではない」

 とは言ったものの、かなり困った状況だ。
 というのも、推理以前の問題である。
 ただの殺人事件なら、犯人と動機と手段を追えばいい。しかし、今回は被害者自身が事件を否定している。
 犯人を探す前に、まず犯罪であると成立させなければならない。
 法は白黒はっきり分かれ、事件は常に犯人との追いかけっこだ――そんな思い違いは、この業界にいれば嫌というほど打ち砕かれる。

「では、仮に彼女、三門彩が犯人だとして、動機は何でしょうか?」

「少なくとも金銭ではないだろう。単純な憎悪と推論するには、あまりに不可解な点が多すぎる。残った可能性と直感を合わせるなら、痴情のもつれ。もう少し踏み込むなら、二人の間には何か歪んだ恋愛関係があったのかもしれない。被害者の行動が一番のネックであり、同時にヒントでもある。ストックホルム症候群とか、その辺り? ……本当にほとんど勘だけれどね。情報がまだまだ足りない」

「ストックホルム症候群なら、まだ単純な方ですよね」

 まだ推論と呼ぶにも早い。

「まぁ、まずは調べよう。三門彩と被害者に関係があるのか。あったとして、そこにどのような動機があるのか」

「……」

 そして何よりも、目的を絞らなければならない。今回の事件は最悪、事件として成立しない可能性もある。
 私は犯人の逮捕も、正義の執行も、どうだっていい。
 私個人の目的は、事件の真相を知ること。探偵事務所としての目的は、警部の信頼を得て、契約によって得た警察との協力関係を最大限利用すること。
 ……大丈夫だ。今のところ、矛盾も競合もしない。そうだ。極論、捕まえなくたっていい。何が一番確実で、最短なのか。
 そう考え込んでいると、疲れ切っていた助手の目が見開かれた。背中を背もたれから離し、短く叫ぶ。

「この男……!」
 
 それに反応して助手のノートパソコンを覗き込むと、そこに映っていたのは三門彩のサークルの写真だった。大学時代のものだから、随分と遡ったようだ。
 そして、そこにひっそりと写り込んでいる男には、確かに見覚えがあった。
 誰だ? 必死に頭の中を探してみるが、思い至らない。もう一度よく写真を見る。目、鼻、骨格。そうして、ようやく気づいた。
 紛れもなく、昨晩の被害者だ。
 ただ、あまりに違っていた。昨晩見た彼は写真の頃よりも幾分痩せ、目つきもだいぶ異なっていたため、すぐには気づけなかった。
 当然といえば当然ではある。数年も経てば人相は変わる。まして、あのような環境に置かれていたのなら、なおさらだ。
 助手が見つけなければ、注意力に乏しい私は見落としていただろう。

「つながりは、大学か」

 胸が高鳴り、頭が回り始める。だが、そこで私はいつものように深い思考へ潜れなかった。
 聞き覚えのある音を耳が拾ったからだ。意識をそちらへ持っていかれ、窓の外を見る。
 聞き覚えのあるエンジン音が、一瞬だけ窓の外を横切った。遅れて窓ガラスに、見覚えのある車体が映る。
 車が窓の前を通り過ぎる一瞬、運転席に見覚えのある顔が見えた。
 
「浅海さん?」

 助手も呟き、車を目で追う。助手につられ、私も身体を捻った。
 スマホを取り出して時間を確認すると、時刻はすでに九時を回っていた。

「もうそんな時間か。警察もそろそろ、現場をしっかり調べようとする頃だろう。……現場検証の前に犯人の目星をつけられたのは運がよかった。カメラを録画にして、現場へ向かおう」

── 第24章 了 ──

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阪奈康太

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