第二十七章
弱心裕心 勇篇六
勇は、調子を崩した。頭痛が続き、検査の結果、再発が分かった。
「再発しています。ただ、早い段階で見つかりました。手術できる位置です」
「また、悪くなった」勇は、母に告げられたその夜、天井を見ていた。
「良くなったと思ってたのに」
翌日、勇は神社に来た。歩いてきたが、足取りは重かった。
桜は何も言わない。
勇は、桜の根元に座り込んだ。いきなり、声が大きくなった。
「なんでだよ! 一回、頑張ったじゃん! 治療も耐えたし、髪も抜けたし、それでも、また戻ってくるってどういうことだよ!」
桜は、答えなかった。
勇は、しばらく黙っていた。それから、急に声が小さくなった。
「……ごめん。八つ当たりだ」
「いい。今日は、それでいい」
「怖いんだよ、正直」勇は言った。「前は、まだ実感なかった。今は、全部分かる。悪くなること、良くなること、両方知ってるから、余計に怖い」
かと思うと、次の瞬間、勇は笑った。いや、笑おうとした。
「まあ、でも、二回目だから、多少要領は分かってる。前より、ちょっと楽かも」
さっき叫んでいたのが、嘘みたいだった。
桜は、何も言わなかった。ただ、揺れていた。
梅が聞く
「今日だけで、何回、気持ち変わった?」
「数えてない」
「数えなくていい。」
裏手、桃の前。
勇は、桃の幹にもたれかかった。かと思うと、急に幹を軽く叩いた。
「クソ、なんで俺だけ」
叩いた手は、痛かったのか、すぐに引っ込めた。
「痛い……木のくせに硬い」
「木だから、硬い」
勇は、少し笑った。それから、また真顔に戻った。
「今日、何回、笑ったり怒ったりしてるか、自分でも分かんない」
「ふ~ん」
「他人事だな」
「だってそうじゃない?」
一番奥、杏の前。
実は、まだ落ちてこなかった。
「季節、まだ変わらない?」
「まだ」杏は言った。
勇は、しばらく黙っていた。それから、独り言のように言った。
「怖い。すごく怖い。でも、多分、大丈夫な気もする。両方、本当にそう思ってる」
杏は、答えなかった。
「変だよな、俺
「変じゃない」杏は言った。「揺れてるだけ」
勇は、少し笑った。
「桜と、同じこと言うんだね」
「手術の前の日、また来る」
「あなたの自由」
特別章
新世跳始
励勇篇
そして翔太篇
何処で会おうか迷ったが、結局、病院の個室面談コーナーになった。
紀之は緊張していた。美奈子に話を聞いた時、
はっきり言って断ろうと思った。
「そりゃ病気の高校生に自分は果たして何が出来るのか。」
でも断れなかった。
「紀之です。美奈子の父親です。」
勇は、色々な事を聞いてみた。
でも返答が全然面白くない。失望が顔に出だしたときに紀之は
「僕は、君みたいに人の中心にいるような人間じゃなかった。
いじめられて一人で神社に 逃げて、お花の船をつくったりしていた人間です。」
そんな事を言い出した。
「小学四年の頃いじめられてた。結構きつかった。
その時何処かで笑い声がした。本当に楽しそうな」
「僕は行ってみた。神社の方だ。途中女の子に出会った。
花の船を造っていた。」
「で、その娘がお母さん?」美奈子が尋ねる
「そんなわけない」
「その娘と一緒にしばらく桜の花びらを葉っぱの船に乗せてたっけ
思い出した。その娘は夢中になってたので、蚊がほっぺたにとまっていた。
「蚊がいるからうごかないで」
思いきりビンタした。
でも、しばらくしていじめはなくなった」
「なんで」
「分からない、でも飽きたんじゃない?
結構イジメの中心だった中村くんが大人しくなったからかな」
勇の母はしばらく顔を上げなかった。
肩が小刻みに揺れていた。
それではそろそろ最後かな。時計を見ながら
勇が聞いた。
おじさん、諦めたことあります?」
「あるよ」
「後悔してます?」
「してることもある」
「じゃあ、不幸ですか」
紀之は少し考えた。
「不幸だった事もある。でも」
「後悔したことと、不幸だったことは、同じじゃない」
勇は少し黙る。
「じゃあ、これから先が短かったとしても?」
沈黙、
そして
「わからん、けど」
一呼吸おいて
「醤油を売る話をする」
昔、日本の会社が売上を伸ばすため
アメリカに調査しに行った。
報告会で
「味覚が違う、食べた事がない 味なので売れません」
と誰もが相手にしなかった。
でも若手社員がつぶやく「でもこれから売り放題、やり放題」
「ありがとうございました」勇母は紀之を一瞬見つめて
お礼を言った。
紀之は頭を下げた。
勇の母は、もう一度紀之を見た。
「本当に、ありがとうございました」
その頃翔太は、ラグビー部顧問の平尾先生に呼ばれ、
母親と一緒に応接室にいた。平尾先生の隣には十八歳以下全日本コーチで
横浜体育大学松尾監督が座っている。
平尾先生がきり出す。
「お母さん、受験勉強中にお時間をとらせて申し訳ございません。
松尾さんが、どうしてもとおっしゃって」
母がかえす。
「でも、翔太はお断りしたのでは」
松尾監督が言う
「お母さん、松尾です。以前に断られた事は、百も承知です。でももう一度チャンスを
いただけませんか」
「翔太、お前の才能を監督は大変評価している。
何処か決まっているのか」
母親が言いにくそうに「でもイジメが」
横浜体育大学のイジメが社会問題として取り上げられた。スポーツ推薦で
決まっていても辞退者もでた。
当時の堀監督も辞任、一年間の出場停止を受けて心機一転の再スタートである。
「一般で受験します」
「今季は二部からのスタートになります。翔太君クラスだとデビュー迄強豪大学で早くて三年生です。」
「でもうちでは一年から英才教育を授けます。一緒にジャパンを目指しましょう。」
母親は落ちた。しかし、翔太は「お話は大変ありがたいです。
でも今の目標があります。」
平尾先生がいう「おまえ、変わったな」「そうですか」
「学校も全面的にサポートする。推薦条件も入学金、授業料、寮費セットのS推薦」
「わかりました。お願いします。」
「ヨッシャー、一緒に黄金期をつくろう」
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