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ベレー帽の探偵

阪奈康太

85,483 字

心理ミステリ、探偵小説、人間ドラマ

"「真実」とは何か。「正義」とは誰のものか。ベレー帽の探偵が、その問いの奥底を覗き込む。"

 真実とはこうも無価値とは思わなかった。  ……ああ、こんにちはどうも。何があったかって?  実は統合失調症の患者にお前は統合失調症だといいましてね?  するとこれが酷く暴れるもので……。ええ、その通りだね?  私の行動は医療プロトコルにも反する愚かな行動だ。正解改善とは程遠い。  失礼失礼。つい王様の耳はロバの耳と叫びたくなってね。まあ少し前提から考えてみよう。  まずもって私たちは完璧な真実とやらにたどり着くことはない。  言葉は取りこぼすし、認識には限界がある。  けれども決して私は近づくことをやめない。時にイカロスのように、時にパンドラのように。  自身に不利益があろうとも、どうしたって好奇心は抑えられない。  ……さて、得て知って、それで満足したいところだが私は探偵という職業についている。  残念ながら私だけが知っていてもどうしようもないのでどうにかコレを商品として機能させなければならないのだ。  であれば、私がかぶる帽子はシャーロックホームズのような鹿討帽だろうか?  ……いいや、ソレを物語のように加工する私にとってはベレー帽こそふさわしいだろう。

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第16話

私がこれまでの顛末を話し終えると、しばらく沈黙が場を支配する。秒針の音がやけに耳につく。

「三門彩。そうか、それは分かった。」

 警部は俯き、目を瞑って答える。
 続くであろう言葉を遮って、先に私が口を開く。

「取り調べはされたのでしょう? どうですか、私の推理と辻褄は合いますか?」

「……ああ。」

 警部は顎に手を当て、物思いに耽りながらも答えた。

 どう取り調べたのかは分からないが、まあ、少なくとも事件の全容を明らかにしきれていない現状を鑑みれば、想像はつく。被害者は黙秘に徹しているのだろう。

「なるほど……十分に重要参考人として扱えるし、指紋が一致すれば……。いや、だからこそ問題か。」

 警部は独り言交じりに顔を上げ、私に話しかけた。

「警部。私は警部の提携探偵です。貴方の指揮下にいるわけです。つまり……」

 どう説き伏せようかと、あれこれと言い訳を組み立てていたが、一瞬合った警部の目が、それを阻んだ。
 
「……」

 特に睨んでいるわけでもないその目に、異様な意味を感じるのはなぜだろうか?

「……失礼。率直に言います。私に取り調べをさせていただけませんか?」

 その言葉は思考よりも先に出た。

「取り調べを?」

 警部は少し前のめりになり、不思議そうに尋ねる。

「ええ、ぜひやらせてください。」

 自分では、口数は多い方だと思う。けれども今は、自分でも驚くほど言葉が少ない。
 緊張から? 疲労から?

「……どうするつもりか聞いてもいいか?」

 その言葉を聞いて、急に馬鹿らしくなった。あれこれ、警部にどう分かってもらおうかと考えていたことが。
 聞く耳を持つ人を相手に、何をそう取り繕う必要があるのだろうか?

 私は警部に計画のすべてを話した。

 
 
 30分ほど経って、部屋を出る。

「ねえ、車に戻って仮眠を取っておいでよ。」

 応接室を出て、扉が閉まるのを見届けると、私は振り向いて助手に話しかけた。
 すると助手はワンテンポ遅れて、心底驚いた顔をしつつも答える。

「これは……。そうですね。そうさせていただきます。昔はこのくらい、何ともなかったのですが……歳でしょうかね。」

 助手は頭をかいて、申し訳なさそうに笑っている。

「まだまだ20代前半じゃないか。……22だっけ。」

 軽口を叩きながらも、そこにはどうしてか罪悪感が乗ってしまい、湿っぽい。
 いつもなら何でもない返事を待つ沈黙が、どうにも息苦しい。
 微妙に表情に出てしまったのだろうか? 助手は少し笑って、

「……では、何かあれば連絡をよこしてください。それくらいには反応できますから。」

 そう疲れた笑顔で答えた。
 私は頷きだけを返して、彼の背中を見送る。
 
 ひどいだろうか? ひどいものだ。事実、助手がいなくなって気が楽になった。
 何せ一人になるのは久しぶりだ。四六時中とまではいかずとも、外ではほとんど一緒にいたからだろう。それがいないというのは……寂しくも、楽である。
 

 しばらく廊下を進んでいくと、警部に教えてもらった取調室の前へと着く。その前には浅海が待っていた。
 私の足音に気づいて顔を上げ、一瞬、私の顔を見る。

「天知探偵……助手さんはご一緒じゃないのですか?」

 と、辺りを見渡しながら不思議そうに言う。
 
「ええ。徹夜明けでしたので、休ませています。」

「ああ、道理で……」

 彼女は苦笑いを浮かべ、目線を左上へ向ける。
 しかし、すぐに切り替えて、抱えていたプリントの束を突き出す。

「取り調べに際して、決して聞いてはいけないことや、話してはいけないことを……まとめておきましたから、こちらを熟読なさってください。」

 山本警部の手配だろう。……しかし、そう時間も経っていない。
 彼女には断片的にしか伝わっていないのか……あるいは、あえて? 分からないな。分からないのなら、分からないまま進めることを想定しよう。
 警部の意図を読み取れないので、私も同様に隠して伝える。

「色々と、被害者と……一応、今は公務執行妨害の加害者ですが、その彼とお話をします。おそらく内容は、浅海さんにとって非常に理解し難いかもしれません。」

「理解し難い?」

 彼女は少し怪訝な顔をして言う。癪に障ってしまったか? 確かに、馬鹿にしているとも捉えられる。

「失礼。納得し難い、と言うべきですね。……とにかく、どんなことがあっても止めないでください。ご存じの通り、山本警部にはすでに話を通してありますから。」

 怪訝な顔は、徐々に不安そうな顔へと変わっていった。

「ええ。山本警部からも同じことを言われました。……何をなさるのか気になるところですが、さすがに立場は弁えています。」

 彼女はゆっくりと瞬きをして、私を見ている。

「そう覚悟していれば、案外大したことではありませんよ。」

 私は笑顔のまま、彼女の目を見つめる。
 大きく息を吐いて、扉に手をかける。自分に色々と言い聞かせて自信を膨らませ、自分自身を惑わせ、余裕を作って扉を開けた。

「はじめまして。」

 第一声は、程よく取調室に響き渡った。

── 第26章 了 ──

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阪奈康太

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