第28話 プロジェクトPL再始動
リーグ戦初戦の翌日。
昼下がりの学内は、どこか浮き立った空気に包まれていた。
学生会館脇の掲示板には、新聞部の『六星スポーツ』が色とりどりの紙面で貼り出されている。
スポーツ紙を真似た、太く勢いのあるフォント。
見出しは赤や青で大きく組まれ、遠目にも目を引いた。
杏奈は掲示板の前で足を止める。
紙面を一枚ずつ追っていく中で、ふと視線が止まった。
(あ、河瀬くん)
弓道部の記事だ。
河瀬の会の写真とともに、大きな見出しが躍っている。
六星初戦快勝!
ミスターパーフェクト誕生!
二十射皆中。
写真の中の河瀬は、昨日の射場での顔つきそのままだった。
鋭く、射抜くような目線。
張りつめた迫力。
かつての教室での無愛想な姿、勉強に身が入らない表情。
そして、昨夜の公演での穏やかな顔。
どれとも違っている。
(河瀬くん、凄いなあ)
(……うちも、負けてられんね)
そのとき、背後から声が弾んだ。
「この河瀬くんって人……カッコいいねえ」
「袴男子、推したなるな」
「彼女とか、いるのかな?」
「弓道部、合コン誘ってみる?」
楽しげな笑い声が重なる。
杏奈は、掲示板を見つめたまま動かなかった。
誇らしい気持ちが、胸に広がる。
同時に、少しだけ遠くも感じた。
写真の中の河瀬を、もう一度見つめる。
そのときだった。
背後から、遠慮のない声がかかった。
「あの〜」
杏奈が振り向くと、軽薄そうな男子学生が三人、にやにやしながら立っている。
「やっぱり、君、あの演劇サークルの一回生の子だよね」
「わ、実物めっちゃかわいいじゃん」
「うん、俺ら君のファンなんだ」
杏奈は眉をひそめた。
「なんなんですか?」
「俺ら、スキーサークルなんだけどさ」
「雪ない時期は、ほぼ飲みメインで」
「君、スキー好き? こっちも掛け持ちしてよ」
「今晩も飲みあるから、来ない?」
「私、未成年です」
「そんな硬いこと言うなって」
いつの間にか男たちは、杏奈を取り囲み、じりじりと距離を詰めてくる。
ちょうどそのとき、通りかかった聡志が足を止めた。
「あれ? 杏奈……って、あいつら」
反対側から歩いてきた河瀬も、ふと顔を上げる。
「田澤さん」
一度そう呼んでから、杏奈の表情を見る。
「知り合いじゃ、なさそうじゃな」
目つきが鋭いものに変わる。
「ねえ、いいじゃん、行こうよ」
「嫌です、もう、いいですか?」
杏奈が離れようとしたその瞬間、ひとりに手首をつかまれた。
「ちょ、待ってよ」
「話だけでもさ」
「なんなんですか!」
杏奈の声が強くなった次の瞬間、男の腕を左右から別の手が同時につかんだ。
聡志と河瀬だった。
聡志は相手の腕を押さえたまま、低い声で言った。
「あんたら、まだこんなことしてんの?」
河瀬は、試合のときと同じ、刃物みたいな目つきになっている。
「嫌がっとるじゃろ」
「離しんさい」
三人は、二人の気迫に押されるように、手を離して後ずさった。
「……悪かったって」
「行こうぜ」
小さく言い合いながら、その場を離れていった。
すぐに杏奈の方へ向き直る聡志。
「杏奈、大丈夫だったか?」
「はい……ありがとうございます」
視線をもう一人へ向ける。
「河瀬くんも、ありがとね」
河瀬は短く息をついてから、杏奈の様子を見た。
「怪我とか、しとらんか?」
「うん、大丈夫」
そのやり取りを、聡志がじっと見ている。
「……河瀬くん?」
名前を呼ぶと、河瀬がようやく聡志の方を見た。
「……聡志くん?」
聡志と河瀬、互いに相手を確かめるように、不思議そうな顔で視線を合わせる二人。
やがて三人は学食へ向かった。
昼のピークは少し過ぎていて、席にも余裕がある。
トレーを持ったまま、それぞれが料理を選んだ。
杏奈はパスタ、聡志はラーメン、河瀬はミックスフライ定食。
向かい合うように座ると、湯気の立つ皿が並ぶ。
杏奈がフォークを手に取りながら、ぽつりと口にした。
「パーティサークル……?」
聡志はラーメンをすすりながら、軽く頷く。
「そう、スキーは表向き」
「学内で女の子誘って、飲みの場開いて、派手にやってる連中だよ」
「有名なんですか?」
「知ってる人は知ってる、って感じかな」
少しだけ言葉を区切る。
「ただ……あったんだよ、前に」
杏奈が顔を上げる。
「どういうことですか?」
聡志は箸を止めた。
「ユズと、ミナと、フタバにまとめて絡んでいったんだよ、あいつら」
杏奈の目が見開く。
「うわぁ、それは……」
「うん、返り討ち」
あっさり言って、また麺をすする。
「それ以来、目の敵にしてんの」
「うちのこと」
杏奈が思わず苦笑いになると、聡志は少しだけ肩をすくめた。
「お前、大人しそうに見えるだろ」
「だから、目つけられたんだよ」
河瀬が、少しだけ遠慮がちに口を開いた。
「あの〜」
聡志が顔を上げる。
「何? てか君、誰?」
その瞬間、杏奈がぱっと表情を明るくした。
「あ、あの! 高校時代のクラスメイトで、河瀬清彦くんです」
「弓道部のホープなんです」
するといきなり、河瀬が背筋を伸ばす。
「押忍……自分は――」
「ええから!」
河瀬はぴたりと口を閉じた。
「……はい」
聡志はその様子を見ながら、小さく繰り返す。
「クラス……メイト……?」
ほんの一瞬だけ視線を落とし、軽く首を振ってから、すっと手を差し出した。
「河瀬くん、よろしく」
河瀬はその手を、両手でしっかりと握り返す。
「こちらこそです!」
聡志は引きつった笑顔のまま、言葉を続けた。
「杏奈を……守ってくれて、ありがとう」
河瀬は真っ直ぐに頷く。
「こちらこそです……聡志、先輩」
杏奈が、ふいに河瀬の皿を見た。
「ていうか、河瀬くん」
「何ね?田澤さん」
「あなた、アスリートじゃろ?」
「そんな揚げ物ばっかり食べたらいけんじゃろ?」
河瀬はミックスフライ定食を見下ろし、少しだけ首をかしげた。
「アスリートちゅうても、別に走ったり跳んだりするわけじゃないで?」
「青島さんは、食事管理もしっかりしちょるかもしれんよ」
河瀬の箸が止まる。
「……痛いところ突きよるのう」
「勝ちたいんなら、そういう所も気をつけんさいよ」
河瀬は素直に頷いた。
「はい」
その返事に、杏奈は少しだけ満足そうな顔をして、今度は向かいの聡志を見る。
「あと、聡志くん?」
「どうした?」
「台本の構想、まとまりました」
聡志の目がぱっと開く。
「今日、みなさんで集まった時に、お話したいんですけど」
「まじで!?」
「杏奈、仕事早いなあ」
「楽しみにしてるよ」
その声に押されるように、杏奈の表情も明るくなった。
やがて聡志が時計に目をやる。
「次、杏奈と一緒の必修か……」
「じゃあ河瀬くん、ここで、会えて嬉しかったよ」
杏奈もトレーを持って立ち上がる。
「ほじゃ、河瀬くん、またね」
河瀬も立ち上がり、軽く頭を下げた。
「はい、聡志先輩」
「今後もよろしゅうお願いします」
「田澤さんも、気いつけてな」
「うん、ありがとう」
二人は並んで学食を出ていく。
河瀬は、その背中をしばらく黙って見送っていた。
やがて小さく呟く。
「田澤さん、高校の時は、もっと一人で走り続ける感じじゃったんに」
「あの人の、おかげかの」
学生会館の一角では、いつもの机を囲むようにして、プラネットランドの面々が集まっていた。
杏奈は皆の顔を見回してから、静かに口を開く。
「四国国際芸術祭の演目ですが」
「『PLANET LAND』で行きたいと思います」
一瞬、場の空気が止まった。
最初に反応したのは宮坂だった。
「でも、あれは六十分ものだよ?」
杏奈は頷く。
「六友祭の内容は三幕構成でした」
机の上のノートに目を落とし、それからもう一度まっすぐ前を見る。
「その一幕の内容を練り直して、新たに三幕追加します」
峯岸が身を乗り出した。
「追加するんは?」
杏奈は迷わず答える。
「まず、適正相性管理システムが、なぜ必要とされたか、その開発の経緯です」
「そして、なぜ、人間を選別する暴走を起こしたのか」
ミナが小さく頷いた。
「なるほどね」
杏奈は続ける。
「そして皆さん、AIは活用されてますよね?」
「その際、気になることはありますか?」
ユズがすぐに口を開いた。
「うち、よう喧嘩してるわ」
「特定のワードに固執して、無理やりこじつけようとして、会話の内容が噛み合わんようになっていくねん」
ミナも、何かを思い出すかのように、天井を見上げる。
「すぐに知ったかぶりして、デタラメな回答をしたり、『少なくとも今回は』とか言って状況を限定して、事態を小さくしようとするね」
杏奈は頷いた。
声に、少しだけ力がこもる。
「それです」
「システムは、膨大な人間の感情を溜め込んで、単純化するハルシネーションを起こして暴走してしまいます」
聡志が首をかしげる。
「ハルシネーション?」
宮坂が言葉を継いだ。
「『幻覚』という意味を持つ言葉だよ」
「AIが素早く回答を出すために、情報の全容を理解しないまま特定の言葉や表現、統計的にありがちなパターンを拾って、誤った理解をすることなんだ」
「始末が悪いのは、その設定やストーリーを正解として上書きしてしまう事だね」
「なるほど」
聡志が腕を組んで頷く。
杏奈はさらに続けた。
「その暴走に対して、システムをデジタルスキャンして最適化しようとするプログラムと、管理システムとの対峙のシーンを加えました」
聡志が顔を上げる。
「もう一つは?」
杏奈は、まっすぐ前を見た。
「最後のフィナーレです」
「PLANET LAND宣言を、長尺の演説にします」
皆が息を呑む。
「銀河座みたいに、言葉そのものが舞台を支配するような、ああいうフィナーレにしたいんです」
一斉に溜め息が溢れて、静寂が訪れた。
やがて、ミナが口を開く。
「杏奈ちゃん、あなたはやっぱり凄いよ」
峯岸は感心したように頷きながらも、現実的な問いを返した。
「けど、演者はどうするんや?」
杏奈はすぐに答える。
「今度は私たちが助っ人をお願いしましょう」
ユズが目を丸くする。
「それって……」
「はい、澄水座の皆さんです」
「杏奈ちゃん、完璧やん」
「早速、雄吾さんに連絡するわ」
だが杏奈は、少し申し訳なさそうに首を振った。
「大丈夫です」
「父に連絡して、快諾済みです」
「そうなんや、……がっかり」
その横で、峯岸がぱんと膝を叩いた。
「俺、学連の演劇部に当たってみるわ!」
すかさず聡志も同意して、杏奈に目を向けた。
「おれもアリだと思う」
「うちと違って、ミュージカルとかで集団の演技は慣れてるし」
「六友祭の時に、おとなしめだったクライマックスが華やかになるよ」
「観測システムの争奪戦、なんて展開もイケる」
「何より」
聡志が峯岸と目を合わせた。
「杏奈の台本の芝居する、"あの人"を見たいからね」
「……あの人?」
きょとんとする杏奈に、峯岸が声をかける。
「六星の誇る……」
「大女優や」
ミナが腕組みをして、峯岸に視線を送った。
「そりゃあ、実現したら凄いけど、あんたで大丈夫?」
「ツテがあるんは、俺だけやさかいな?」
杏奈が首をかしげる。
「どういうことですか?」
ユズが、代わりに答えた。
「海斗、前はあそこにおったんよ」
「そうだったんですか?」
峯岸は照れくさそうに頭をかいた。
「まずは田﨑からやな、これから早速、言うてみるわ」
ユズもすぐに手を挙げる。
「美術の方は任してや」
聡志が続いた。
「楽曲と映像研、日崎さん、佐藤さん、宮西さんは既に出る気満々だから」
「放送研の森山さんは、学祭の時のつながりあるから、俺があたるよ」
ミナも頷く。
「私は服飾とハンドメイドだね」
宮坂はノートを引き寄せながら言った。
「僕は舞台設定、練ってみるよ」
聡志が手を叩いて勢いよく立ち上がった。
「善は急げだ!みんな、今からそれぞれで動こう!」
各自席を立ち、散るように学生会館をあとにした。
その中で、杏奈は最後に残った宮坂へ声をかける。
「宮坂さん」
「どうしたの?」
杏奈は少しだけ声を潜める。
「モニターに、リアルタイムで接続した画像、流せますか?」
「簡単にできるけど……」
宮坂は一瞬きょとんとしてから、目を見開いて息を呑む。
「……まさか!」
杏奈は微笑みながら、はっきり頷いた。
「……はい」
とあるアパートの一室で、スキーサークルの三人が、だらけ切った様子で車座になっていた。
ひとりが膝に置いたノートパソコンから、目を離さない間に、残る二人がにやにやと薄ら笑いを浮かべながら、話し込んでいた。
「とんだ邪魔が入ったな」
「多辺はともかく、弓道部って」
「体育会系は、脳筋のくせに結束硬えからなあ」
スマホを覗くと、隠し撮りした杏奈の画像。
「諦めんのも癪だしなぁ、こんな可愛いのに」
「……あれ?お前惚れちゃったんじゃね?」
「そうかも♡」
そこで笑いが起きる、すると黙っていた一人がパソコンを閉じた。
「……じゃあ、消しちゃおうか、学校から」
二人が顔を向けると、立ち上がって机にノートパソコンを置いて振り向いた。
「今の時代、悪もんを"作り出す"なんて、簡単だろ?」
「俺、思ってたんだよね、スポーツ推薦の奴らなんて講義もロクに理解できない馬鹿ばっかりのくせに、何で六星にいるんだろ?て」
「あいつらの枠がなけりゃさ、その分受かった子もいたんだよ」
「俺から言わせればスポーツ推薦なんて……」
「不正な裏口入学と一緒だよ」
「あらあら、過激だねー」
「でも、うまくいったら弓道部は推薦枠剥奪かな?」
「それ、まじウケるんですけどww」
三人の笑顔が重なり合った。
「これは……後輩達のために脳筋から合格枠を取り返す人助けだよ」
「すげえこじつけww」
「後輩の為とか微塵も思ってねえくせに」
「ウケるww」
「屁理屈乙」
「ウケるっしょ?」
「我ながら、良いこじつけだったわ」
三人は、互いに手を打ち合い、心底楽しそうに笑い声を上げた。
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。