← 作品ページへ戻る

とある大正新婚夫婦の異世界転移サバイバル!日記

100,374 字

異世界転移、夫婦コメディ、家族ファンタジー

"大正ロマンと異世界サバイバルが織りなす、新婚夫婦の愛と笑いの冒険譚!"

← 右から左へスクロール

第三十五話 覚悟

その後きな子は、周りの環境の違いに戸惑いながらも
素直に、祥吾や千草の言うことに従った
お互い言葉は分からないものの
きな子は、祥吾や千草の言うことを正確に理解しているようだった

「旦那様、旦那様、これを見て下さい」
書斎にいた祥吾に、入ってきた千草が
そう言って、持っていた紙とノートを机の上に置いた
千草の後ろには、きな子がぴったりくっついている

祥吾は、紙を取って見た
そこには、植物の絵が描かれていた
一目見るだけでは、本物かと見間違うような
写実的で、鮮やかな線が、自由自在に踊っていた

「これは?」
「きな子が、描いてくれたのです
 私の収集していた草花を、ノートに記録しておこうとしてたのですが
 それを、きな子が見て、自分に描かせてと言うので
 鉛筆を渡したら、こんな風に描いて!」
まるで我がことのように自慢げな顔をする

祥吾が、ノートの方を開けると、
そこには、植物の名前と、その絵らしきものが、ずらっと描いてあった
文字はまだ読めたが、絵については、壊滅的な残骸が並んでいた

ノートから目を離し、千草を見る
千草は慌てて、祥吾の手からノートを取り戻すと
何事もなかったような顔で、後ろにいたきな子を自分の前に立たせた

「これからは、きな子にノートをつけて貰おうと思いますの」
その笑顔に、すうーっと冷や汗が一筋流れたのは幻だろうか

「そ、そうだな。それは素晴らしいものができそうだな」
祥吾は笑いながら、きな子の頭を優しく撫でた
きな子はくすぐったそうに小さく首をすくめながら
嬉しそうに笑った

(これだけ、上手に描けるなら、この前捜索した森とその周りの図も
 きな子に描いてもらうのもありか)

祥吾はふとそう考え、書きかけの地図を思い浮かべた

その瞬間だった
きな子が、机を回り、書きかけの地図がある場所に行き
それを取り出して、祥吾の前の机に広げた

「おお、気が利くな」
祥吾はそう言ってから、強烈な違和感を覚えた
束の間、それが何か分からなかったが
きな子の顔から、みるみる血の気が引いていくのを見て
ようやく思い当たった

(俺は、言ってない)

きな子は、祥吾の顔を見据えたまま、一歩また一歩と後ずさった

「どうしたのですか きな子?」

千草が不思議そうに声をかける
それが合図のように、きな子は祥吾に背を向け、脱兎のごとく走り出した

「きな子!」
一瞬、きな子を追おうとした千草は
しかし、思いとどまり祥吾に問うた

「旦那様、きな子はどうしたのでしょうか?」
その純粋な問いに、祥吾は答えるのを逡巡した

だが、覚悟を決めて答える

「きな子が、地図を出す前、俺は、きな子に地図を書いてもらおうと
 『考えて』いた」
「えっ?」
「口には出していない
 そう考えただけだ
 だが、きな子は、俺がそう考えたあと
 自分から地図を出してきた」

その意味が、千草の中に浸透していくにつれ
千草の体が小刻みに震えだし、視線が定まらなくなっていった
千草の顔に怯えと恐れが現れたとき、祥吾は鋭い声を放った

「千草!!」

祥吾の体全体を揺さぶるような厳しい声に、千草は我に返った
「その顔をきな子に見せてはいけない」
一転、穏やかな声に戻して声をかける
「しばらくここで心を落ち着けるといい
 俺は、きな子を探しに行ってくる」

「おまちください!」
出ていこうとする祥吾を、千草が呼び止めた
大きく息を吸い、大きく吐き出す
それを数回繰り返すと、千草の顔がいつもの表情に戻った
ただ、そこには強い覚悟がにじんでいた

祥吾は、千草を黙って見た
千草も祥吾を見つめた

祥吾は、静かに言う
「これだけは覚えておいていてくれ
 どんなことがあろうと
 俺は、おまえの横にいる」

その言葉に、一瞬たじろぎながらも、その瞳をにじませる千草

「行く覚悟はできたか?」
震える手で、自分の顔を一度強く覆い、次に手を離した時には
いつもの凛とした、しかしどこか温かさを湛えた顔になっていた。

「きな子は、厩舎にいると思います
 あの子は、疾風やアズキに懐いていましたので」
「わかった
 千草は、神爺を連れてきてくれ
 俺は、先に行く」

千草の言う通り、きな子は疾風の厩舎にいた
厩舎の奥、疾風に隠れるようにして座り込んでいた
両手で膝をかかえ、膝の間に顔を埋めている

「きな子」
呼びかけに肩がびくりと跳ねたが、決して顔を上げようとしない

祥吾は構わず、藁の匂いが立ち込める厩舎の中へと足を踏み入れた。
疾風は、何かを感じているのか邪魔をすることもなく静かにその様子を見守っている

きな子に近づくと、祥吾はしゃがみ込みこんだ
けれど、言葉をかけることも、その震える体に触れることもなかった。

「旦那様」
手のひらに神爺を乗せた千草がやってきて、祥吾ときな子を見た
その目には、深い後悔の色が滲んでいた

「神爺、こちらへ来てくれ」
千草が、祥吾の手に神爺を渡す

「どうする気じゃ?」
「俺ときな子を繋げることはできるか?」
神爺が祥吾を、いつになく厳しい目で見る
「危険じゃぞ?」
「分かっている」
「本当に分かっておるのか?
 お主ときな子を、お互いの深い意識の段階で繋げると言うことなのじゃぞ」

「きな子にも危険があるのか?」
「……きな子は大丈夫じゃろう。
 これまでも濁流のような他人の意識に晒されて生きてきたのじゃ。
 お主一人の意識など、今更どうということはない」
「そうか、では、頼む」
「馬鹿者が! お主自身の精神が危険だと言っておるんじゃ!
 相手は制御を知らぬ子供じゃ。
 下手すれば、お主の自我が
 あの子の膨大な意識の奔流に飲み込まれて消えてしまうかもしれんのじゃぞ!」

「覚悟の上だ」
祥吾の言葉は短かった。
その視線は、神爺ではなく、傍らで立ち尽くす千草を見据えていた。

「……覚悟」
千草が、消え入るような声で呟く
自分が見せてしまった「恐れ」を拭い去るために
そしてきな子が背負った「孤独」を分かつために
命を懸けようとしている祥吾の姿に、千草の胸に鋭い痛みが走った

祥吾は静かに、神爺に向けて言い放った

「――やってくれ」

厩舎の中に、一瞬、風が止まったかのような静寂が訪れた

── 第27章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

作品ページへ戻る

コメント

まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。

しおりを挟みました