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ベレー帽の探偵

阪奈康太

85,483 字

心理ミステリ、探偵小説、人間ドラマ

"「真実」とは何か。「正義」とは誰のものか。ベレー帽の探偵が、その問いの奥底を覗き込む。"

 真実とはこうも無価値とは思わなかった。  ……ああ、こんにちはどうも。何があったかって?  実は統合失調症の患者にお前は統合失調症だといいましてね?  するとこれが酷く暴れるもので……。ええ、その通りだね?  私の行動は医療プロトコルにも反する愚かな行動だ。正解改善とは程遠い。  失礼失礼。つい王様の耳はロバの耳と叫びたくなってね。まあ少し前提から考えてみよう。  まずもって私たちは完璧な真実とやらにたどり着くことはない。  言葉は取りこぼすし、認識には限界がある。  けれども決して私は近づくことをやめない。時にイカロスのように、時にパンドラのように。  自身に不利益があろうとも、どうしたって好奇心は抑えられない。  ……さて、得て知って、それで満足したいところだが私は探偵という職業についている。  残念ながら私だけが知っていてもどうしようもないのでどうにかコレを商品として機能させなければならないのだ。  であれば、私がかぶる帽子はシャーロックホームズのような鹿討帽だろうか?  ……いいや、ソレを物語のように加工する私にとってはベレー帽こそふさわしいだろう。

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第17話

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 まず感じたのは、不審感だった。

「はじめまして」

 その一言がどうにも不気味だった。しかし、何がと言われると、それを説明するのは難しい。

「……」

 今までと同じように、沈黙と目線だけを返す。
 しかし彼女は、それ以外の反応など期待していなかったかのように微笑みながら椅子へ腰掛けた。そして、机に肘をつき、指を組んだまま微笑んでいる。間近でより鮮明に見える、敵意のまったくない笑顔が、かえって不審感を募らせた。

「まず、私は警察じゃないんだよね」

 それについては一目で分かった。背格好や雰囲気。最近ニュースでやっていた警察業務の民間委託の話と照らし合わせれば、想像はつく。
 なにより、俺はこいつと一度会っている。そのとき、警察と言い合っていたのを覚えている。

「……」

 だからといって話す理由にはならない。俺が話せば、彩がどうなるか想像がつく。
 沈黙に対して、探偵はやはり表情一つ変えない。

「あと、二つ言いたいことがある。一つ目は、まぁ、分かるとは思うが、この取り調べは君の公務執行妨害の動機を聴取するという建前を用いた、君の監禁事件についての取り調べだ」

 ああ、分かっている。公務執行妨害なんて、古今東西あらゆる創作物で、言いがかり逮捕の代名詞と化しているからな。

「二つ目は、君をここから出してあげよう」

 は? 何を言っている?
 耳を疑う。それ以上に目を疑った。彼女はそんな大事を、眉一つ動かさず平然と言ってのけた。
 
 いや、待て。これは罠だ。何を企んでいる?

「あー、誤解のないように言えば、君が望むのなら警察はこの事件から手を引く。公務執行妨害も……微罪処分にできるかな」

「……」

 いつもの沈黙に加えて、不信感を顔に出して彼女へ向けた。
 向けられたそれに対し、探偵は取り繕うわけでもなく、やはり淡々と続ける。

「まぁ、そのあたりは納得しにくいだろう。実を言うと、警察は他の事件で手一杯なんだ。それで、事件かどうかも怪しいこの件に、そう時間を割けない。そもそも冷静に考えてみれば、被害者が被害を否定している。それを、被害があった、犯罪があったと呼べるか? ――ただ、君がこのまま黙秘を続けるなら話は変わる。君は脅されていると考えられるからね。警察はより本気になり、そして君を頑強に保護して手放さないだろう。すると、おそらく君の望まない結果になるだろうね」

 そうか。俺の黙秘が、より事件性を強めていたのか。
 警察の執拗な問いかけも、そう考えれば納得がいく。
 ……なら、何もなかったと主張すれば、本当に済むのか?
 俺の一言で彩に迷惑をかけ、これ以上つらい思いをさせてはならない。

「まず教えてくれ。三門 彩はなぜ君を監禁したんだ?」

 そこまで知られているのか!?
 彩の名前が出てくるとは思っていなかった。やはり黙秘を続ければ……まずいか?
 
「答えられない……。なるほど、それほどまでに自身や家族に危険が迫っているのか。それはいよいよまずいな」

 探偵は、同伴しているもう一人の刑事に視線をやる。
 今まで余裕を見せていた探偵の態度は一変し、事を急いでいるように見えた。
 だからか、俺も焦り、どもりながらも早口で答えた。

「違う。そうじゃない。ただの痴話喧嘩だ。他に家族はいない」

 彼女は俺の顔をじっと見つめる。緊張が走る。
 
 ……。
 ……?

「なるほど……。他に家族はいない、痴話喧嘩か」

 彼女はじっくりと俺の目を……いや、俺そのものを見ている。
 しまった。やらかしたか?
 
「ま、そういうこともあるよねぇ。でも、廃墟に押し込むなんて、ちょっとやりすぎじゃない? まぁ、そういうことで処理するよ」

 彼女は笑いながら足を組み、背もたれにもたれかかる。

「煙草、吸うかい? ……禁煙かな?」

 後ろの刑事を見ながら、俺に一本だけ箱から飛び出した煙草を差し向ける。
 刑事は表情一つ変えず、淡々と答えた。

「ええ、残念ですが」

 そう言われると、彼女は明らかにしょげて煙草をしまった。

「……そう。残念だね」

 なぜ俺に目をやる。
 そもそも、俺は紙煙草なんて吸わない。
 
 張り詰めていた空気は、もうずいぶんと和らいでいた。
 それでも、ここが警察の取調室だと思うと、完全には気を抜けない。
 ……一つ、不可解な点がある。SOSについて、まったく触れてこない。情報共有がされていない? そうなのか?
 まぁ、そうだ。探偵が警察と、法律一つで仲良く協力して捜査するなんて都合がよすぎる。
 あれこれと考える。それはどこか言い訳にも聞こえたが、どうしたって他の理由が分からず、納得せざるを得ない。

「よろしい。じゃあ、おそらくもう出られる。ただ、多少の制約はあるだろうね」

 探偵は眼鏡を拭きながら言う。

「制約?」

 嫌な寒気が背筋をなぞる。

「うん。まぁ、監視が付くくらいだね。……不便はないと思うが、気になるなら弁護士を紹介しよう。国選弁護人が付くのは勾留後だから、私選弁護士……となると料金はかさむ。よければ、これを」

 彼女は眼鏡をかけ直した。
 どこからか取り出した名刺には、CMでもよく目にする法律事務所の名前が載っていた。

 紙には、かすかに煙草の匂いが染みついている。

「この手の問題に詳しい弁護士を紹介しよう」

 文字を追っていた視界の端に、彼女の微笑んだ顔が割り込んだ。

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── 第27章 了 ──

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阪奈康太

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