第18話
車の扉を開けると、一瞬、死体かと誤認するほどに助手は雑に寝込んでいた。
「助手。」
私の発したその一言に、助手は何事もなかったかのようにリクライニングを起こしてシートベルトをかける。その一連の反応と動作はロボットのそれだ。
「お疲れ様です。天知さん。」
しかし、最も人間らしい穏やかな笑顔と口調で返す。
「お疲れ様は君の方だろう。ついに使い潰してしまったかと心配したよ。」
安堵混じりに笑いながら返す。
私がそう本気の心配を投げかけても、助手は軽口と受け取って小さく笑う。
「ほら。」
思い出したようにそう言って、缶コーヒーを助手へ放り投げた。
助手はやはり缶へ視線を向けないまま片手で受け取ると、さっさと開けて体に流し込んだ。
流し込む、という形容はおそらく最も適切だろう。ものの数秒で空になった缶をビニール袋に押し込んで、ようやく私の方を向く。
「今回はどのように?」
「気になる?」
ダッシュボードに頬杖をつく。どういうわけか、つい顔がにやける。傍から見ると気持ち悪いかもしれない。
承認欲求というのは、どうしたって切り離せない。
「ええ、今回もお願いします。」
そう微笑んで返す助手にどこか申し訳なく思って、手だけダッシュボードの上に置いた。
「まず、策というよりは整理と言った方がいいかもしれない。私が警部と話したのは、目標を犯人を捕まえることとはしない、ということだ。」
助手は神妙な顔をして頷きながら、ミラーを調整する。
「天知さんが事件の真相を知りたいということと、探偵として信頼を得たいということは分かっています。天知さんがその結論に至るのも分かります。……しかし、警部にはどのように説明を? 捕まえることを前提としないのは、警部が納得しないでしょう?」
自動車学校の教範どおりに完璧な手順を進めながらも、口だけはそう動かして問う。時折、疑問を含んだ目線をこちらに向けながら。
「端的に言えば、納得させた。それだけ。」
助手はハンドブレーキに手をかけ、そこで下ろせずに固まる。それを尻目に私は続ける。
「警部の『捕まえたい』という思いには、さまざまな事情と感情が含まれている。純粋な警察官としての機械的、合理的な判断だけじゃない。私がやったのは、その優先順位に訴えかけただけだよ。」
ダッシュボードから手を下ろし、少し背伸びをしながらそう言って、シートベルトを締めた。
一方で、ますます固くなる助手の表情に説明不足を感じて、また言葉を練り直す。
「もちろん、言うは易しだ。万人に通用するとは思っていない。けれども、こと警部においては、彼が信頼できる人間だと判断したから、私はその優先順位について理性に訴えかけたんだ。」
「……随分と抽象的ですね。想像できません。」
助手はさらに疑問を深め、そこに不気味な感情まで乗せていた。一言で言えば、引いていた。
「いいや、想像できている。そのまんまだ。想像できないのは、それで割り切れる警部についてだろう?」
「……。」
助手はハンドブレーキをただ握り締めている。白くなった指先が、その強さを示している。
「まあ、君の思うとおり、さすがにそれだけではない。『捕まえたい』という感情の出口は、しっかりと用意した。監視という策だよ。」
「三門をですか?」
「いいや、被害者をだ。この事件の最も難しいところは、その立証にある。そこで現行犯というのは、その問題を一気に解消する。そして、おそらく今回の事件の性質上、同じようなことが起きる可能性は高い。」
助手は目をつむって軽く俯き、考え込む。一瞬というにはあまりに長く、数秒というにはあまりに短い時間が流れる。
「……再犯がなければ?」
「いいじゃないか。警察としては、それならそれでいい。何もないことに越したことはないだろう? ……警部は少なくともそれで納得してくれた。実際、仕事が多すぎるからね?」
相変わらずの口調で、相変わらずの表情でそう言うが、どうしてだろう。緊張がわずかにある。
「……しかし、それでは警察の目的も、探偵としての目的も達成できるかもしれませんが、肝心の天知さんの目的はどうなるんです?」
助手は心配そうに……という表情をしなかった。そこに見えるのは、純粋な疑問だ。
すると、妙な緊張はどこかへ行き、私は相変わらず説き続ける。
「そのとおり。実を言うと、今言ったのは予備策だ。本命はこっち。」
煙草の箱の裏に貼り付いていたため、取り出すのに苦労しながら、一枚の名刺を取り出す。
「……彼女を頼るんですか?」
助手は今日一番嫌な顔をして、それをすぐ私に突き返す。
「嫌かな? まあ、私も好きじゃないが。能力は評価するけど、根本的に……ね?」
私も苦笑いをして、それをポケットに突っ込む。
そして、助手の方を軽く叩いた。
「果報は寝て待て、と言うが、私にとってそれはつらいのだけどね。しかし、下手に動くわけにもいかない。」
「ええ、共感しますよ。」
助手はようやくハンドブレーキを下ろした。
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