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ベレー帽の探偵

阪奈康太

85,483 字

心理ミステリ、探偵小説、人間ドラマ

"「真実」とは何か。「正義」とは誰のものか。ベレー帽の探偵が、その問いの奥底を覗き込む。"

 真実とはこうも無価値とは思わなかった。  ……ああ、こんにちはどうも。何があったかって?  実は統合失調症の患者にお前は統合失調症だといいましてね?  するとこれが酷く暴れるもので……。ええ、その通りだね?  私の行動は医療プロトコルにも反する愚かな行動だ。正解改善とは程遠い。  失礼失礼。つい王様の耳はロバの耳と叫びたくなってね。まあ少し前提から考えてみよう。  まずもって私たちは完璧な真実とやらにたどり着くことはない。  言葉は取りこぼすし、認識には限界がある。  けれども決して私は近づくことをやめない。時にイカロスのように、時にパンドラのように。  自身に不利益があろうとも、どうしたって好奇心は抑えられない。  ……さて、得て知って、それで満足したいところだが私は探偵という職業についている。  残念ながら私だけが知っていてもどうしようもないのでどうにかコレを商品として機能させなければならないのだ。  であれば、私がかぶる帽子はシャーロックホームズのような鹿討帽だろうか?  ……いいや、ソレを物語のように加工する私にとってはベレー帽こそふさわしいだろう。

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第18話

車の扉を開けると、一瞬、死体かと誤認するほどに助手は雑に寝込んでいた。
 
「助手。」

 私の発したその一言に、助手は何事もなかったかのようにリクライニングを起こしてシートベルトをかける。その一連の反応と動作はロボットのそれだ。

「お疲れ様です。天知さん。」

 しかし、最も人間らしい穏やかな笑顔と口調で返す。

「お疲れ様は君の方だろう。ついに使い潰してしまったかと心配したよ。」

 安堵混じりに笑いながら返す。
 私がそう本気の心配を投げかけても、助手は軽口と受け取って小さく笑う。

「ほら。」
 
 思い出したようにそう言って、缶コーヒーを助手へ放り投げた。
 助手はやはり缶へ視線を向けないまま片手で受け取ると、さっさと開けて体に流し込んだ。
 流し込む、という形容はおそらく最も適切だろう。ものの数秒で空になった缶をビニール袋に押し込んで、ようやく私の方を向く。

「今回はどのように?」

「気になる?」

 ダッシュボードに頬杖をつく。どういうわけか、つい顔がにやける。傍から見ると気持ち悪いかもしれない。
 承認欲求というのは、どうしたって切り離せない。
 
「ええ、今回もお願いします。」

 そう微笑んで返す助手にどこか申し訳なく思って、手だけダッシュボードの上に置いた。

「まず、策というよりは整理と言った方がいいかもしれない。私が警部と話したのは、目標を犯人を捕まえることとはしない、ということだ。」

 助手は神妙な顔をして頷きながら、ミラーを調整する。

「天知さんが事件の真相を知りたいということと、探偵として信頼を得たいということは分かっています。天知さんがその結論に至るのも分かります。……しかし、警部にはどのように説明を? 捕まえることを前提としないのは、警部が納得しないでしょう?」
 
 自動車学校の教範どおりに完璧な手順を進めながらも、口だけはそう動かして問う。時折、疑問を含んだ目線をこちらに向けながら。

「端的に言えば、納得させた。それだけ。」

 助手はハンドブレーキに手をかけ、そこで下ろせずに固まる。それを尻目に私は続ける。
 
「警部の『捕まえたい』という思いには、さまざまな事情と感情が含まれている。純粋な警察官としての機械的、合理的な判断だけじゃない。私がやったのは、その優先順位に訴えかけただけだよ。」
 
 ダッシュボードから手を下ろし、少し背伸びをしながらそう言って、シートベルトを締めた。
 一方で、ますます固くなる助手の表情に説明不足を感じて、また言葉を練り直す。
 
「もちろん、言うは易しだ。万人に通用するとは思っていない。けれども、こと警部においては、彼が信頼できる人間だと判断したから、私はその優先順位について理性に訴えかけたんだ。」

「……随分と抽象的ですね。想像できません。」

 助手はさらに疑問を深め、そこに不気味な感情まで乗せていた。一言で言えば、引いていた。
 
「いいや、想像できている。そのまんまだ。想像できないのは、それで割り切れる警部についてだろう?」
 
「……。」

 助手はハンドブレーキをただ握り締めている。白くなった指先が、その強さを示している。

「まあ、君の思うとおり、さすがにそれだけではない。『捕まえたい』という感情の出口は、しっかりと用意した。監視という策だよ。」

「三門をですか?」

「いいや、被害者をだ。この事件の最も難しいところは、その立証にある。そこで現行犯というのは、その問題を一気に解消する。そして、おそらく今回の事件の性質上、同じようなことが起きる可能性は高い。」

 助手は目をつむって軽く俯き、考え込む。一瞬というにはあまりに長く、数秒というにはあまりに短い時間が流れる。

「……再犯がなければ?」

「いいじゃないか。警察としては、それならそれでいい。何もないことに越したことはないだろう? ……警部は少なくともそれで納得してくれた。実際、仕事が多すぎるからね?」

 相変わらずの口調で、相変わらずの表情でそう言うが、どうしてだろう。緊張がわずかにある。

「……しかし、それでは警察の目的も、探偵としての目的も達成できるかもしれませんが、肝心の天知さんの目的はどうなるんです?」

 助手は心配そうに……という表情をしなかった。そこに見えるのは、純粋な疑問だ。
 すると、妙な緊張はどこかへ行き、私は相変わらず説き続ける。

「そのとおり。実を言うと、今言ったのは予備策だ。本命はこっち。」

 煙草の箱の裏に貼り付いていたため、取り出すのに苦労しながら、一枚の名刺を取り出す。

「……彼女を頼るんですか?」

 助手は今日一番嫌な顔をして、それをすぐ私に突き返す。

「嫌かな? まあ、私も好きじゃないが。能力は評価するけど、根本的に……ね?」

 私も苦笑いをして、それをポケットに突っ込む。
 そして、助手の方を軽く叩いた。

「果報は寝て待て、と言うが、私にとってそれはつらいのだけどね。しかし、下手に動くわけにもいかない。」

「ええ、共感しますよ。」

 助手はようやくハンドブレーキを下ろした。

── 第28章 了 ──

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