← 作品ページへ戻る

ベレー帽の探偵

阪奈康太

85,483 字

心理ミステリ、探偵小説、人間ドラマ

"「真実」とは何か。「正義」とは誰のものか。ベレー帽の探偵が、その問いの奥底を覗き込む。"

 真実とはこうも無価値とは思わなかった。  ……ああ、こんにちはどうも。何があったかって?  実は統合失調症の患者にお前は統合失調症だといいましてね?  するとこれが酷く暴れるもので……。ええ、その通りだね?  私の行動は医療プロトコルにも反する愚かな行動だ。正解改善とは程遠い。  失礼失礼。つい王様の耳はロバの耳と叫びたくなってね。まあ少し前提から考えてみよう。  まずもって私たちは完璧な真実とやらにたどり着くことはない。  言葉は取りこぼすし、認識には限界がある。  けれども決して私は近づくことをやめない。時にイカロスのように、時にパンドラのように。  自身に不利益があろうとも、どうしたって好奇心は抑えられない。  ……さて、得て知って、それで満足したいところだが私は探偵という職業についている。  残念ながら私だけが知っていてもどうしようもないのでどうにかコレを商品として機能させなければならないのだ。  であれば、私がかぶる帽子はシャーロックホームズのような鹿討帽だろうか?  ……いいや、ソレを物語のように加工する私にとってはベレー帽こそふさわしいだろう。

← 右から左へスクロール

第19話

あれから数日。気づけばジメジメとした感覚は消え、雨は雷を携えてやってくる。
 目の前にいるその女の胸にはひまわり草の花と、その中心部に象徴的な秤が一台乗った金色のバッジが静かに輝く。
 戸を開けて入るその瞬間まで、誰もが清く礼儀正しくも明るい才色兼備な女性と思うだろう。彼女の髪のカールとその少し派手なネイルに違和感を覚えることもなく。
 戸を開けて、閉める。その瞬間に彼女は本性を露わにした。

「マジで!熱すぎ!」

 ジャケットのボタンをはずしてソファーになだれ込む。異性が一応いるというのにその女、芳 実夕は恥じ入るわけでもなく、シャツのボタンを少し外して仰ぐ。
 助手の方へ目をやると静かに面倒くささに耐えてお茶を淹れに消えていった。
 人間の二面性というのは実に恐ろしい。尤も私の言えたことではないが。

「とるもん取って、いう事言ったらさっさと帰れよー。」

 両手で頬杖をついて煩わしさを少しも隠すことなく突きつける。

「相変わらず冷たーい。寒暖差で風邪ひくわ。そんなあーしにあったかいお茶入れてくれる助手君マジ優秀。」

 なんと自己都合的で楽観的な比喩の曲解だろう。

「いえいえ、どの様なお客様にもおもてなし致しますよ。アイスコーヒーをどうぞ」

 痛快。

「お、暑いもんねー。気が利くじゃん!」

 あえて言い換えればポジティブだな。やはり相いれない。が、長所でもある。
 ちっとも意味をなさない煩わしさをあらわにした表情をしまって、今度はわざとらしい笑顔を浮かべて率直に問う。

「さ、カフェイン分は口を動かしな。どうだった、彼は何故監禁されていた?」

 彼女は資料を机の上に置いて、

 
 

 「んま、カンタンに言えば共依存ね。」

「共依存?」

 資料をめくる。一枚、また一枚とめくるのに比例して頭の中は情報がどんどん入れ替わる。今にもこんがらがりそうなのを何とか保って思考を巡らせる。

「この類は夜の世界でヤというほど見たわ~。駆け引きが行き過ぎてるカンジ?いつも周りを巻き込んで——って訳じゃないのが唯一この子らのいいトコかな。ま、今回は警察のお世話なってるけど」

 彼女の言葉は全く頭に入らないで、頭上を通り過ぎる。
 
「ま、よくある腫れた惚れたの類。つまり凪の読み通り、痴情のもつれって奴ね。」

 それからも何かを言っていたのを私は覚えていない。それで、読み終わったころに彼女がそう述べたのを聞き届けると、どうにももどかしくって仕方ない。
 抽象的に、包括的に、広い意味では間違っていないのだろう。しかし、やはり相容れない。……もっとも、それが彼女の武器であり、彼女の意義でもある。

 ふと目が合っていることに気付く。彼女は軽く微笑んで、皮肉交じりに言った。
 
「どーせ死ぬほど文句あるんでしょ?」

 それには少し黙って考え込む。さて、どれほどあろうかと。
 
「ああ、全くその通りだ。」

 数え始めると終わらない気がしたので……うん。彼女の言い回しは妥当だ。

「あーしは凪と違って別に真実とかどーでもいいんだよね。大事なのはみんながどうおもうかってこと。」

「同意するよ。私も仕事として、理解に重きを置いている。……今更根本的価値観について語り合う気?」

 決して遠いわけではない。だが根本が違う。

「そーね。でも、一応聞いたげる。言わせたげる。」

「結構だ。疲れるだけで実りがない。」

「随分ねぇ。キミも大変でしょ?どう?ウチくる……ってわけにもいかない身分か。」

 ふと、助手へ目をやって言った。
 それに助手は軽くゆっくりと首を横に振りながら答える。

「仮にその問題がなくとも天知さんから離れるつもりはありません。……ふと思ったのですが、こうも仲が悪いのにどうして天知さんの、こんな利益と倫理をリスクに晒す依頼を受けたのですか?」

「えー!悪くないよ!高校の時からいっしょだもんねー!」

 気付くと横にすぐ居た。頭にトントンと手を置く。
 非常に強い不快感を示しながらそれでも同意する。

「比較的マシだっただけだよ。もっと言えば他に選択肢がなかった……」

 いまだに頭上にある手を払いのける。のけたつもりが宙を切って、いつの間にか目の前にいる。

「それに凪がどう思おうと、私が凪を好きな事と関係ないでしょ。勿論恋愛的な意味じゃなくてね?感情が双方通行なんて限らない。それに恩もあるし、お金の払いもいいし。」

 机の上の菓子折り袋を手に取り、私に目線を配らせながら言う。
 私は軽く目と口を閉じて「どうぞ」のジェスチャーだけを返した。

「……なるほど、少しわかる気がします。」

 助手は平然と、未だ、氷の音を鳴らすグラスを片しながら言う。

「さて。今回の調査から、分かり切ったとは言わないが、ま、納得できる範囲だ。これからは警察で最低限監視しつつ君から定期的に聞き取る。以上、解散。」

 資料をバタンと閉じ、助手へ渡す。

「相変わらず知りたがりだねー。正直幸せを放ってその仕事をしてるの私は理解できないや。」

「好奇心は欲だ。私はそれを満たしたいだけ。生きる為に食べ、食べるために生きる様に、生きる為に知り、知る為に生きてる。」

 ソクラテスの格言をもじって伝える。ああ、しかしこれでは伝わらないな。何とか言い換えなければ……いや、伝わらなくてもいいか。

「……ただ、その欲も度が過ぎれば身を滅ぼすよ。食べ過ぎて糖尿になっちゃうみたいにね。リンゴも食べ過ぎたら糖尿になっちゃう。」

 ……。

「古くは聖書から……分かってるよ。ほら帰った帰った。」

 含意の広い抽象的な比喩。理解できるが返すのがどうにも面倒臭い。いや、そもそもこいつが面倒臭い。だから最も合理的な返しだ。
 彼女が去って扉が閉まり切るのをみつめる。

 さて、助手に吐き出すとしようか。

── 第29章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

この作品の作者

阪奈康太

作者ページを見る

作品ページへ戻る

コメント

まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。

しおりを挟みました