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『原稿の外側』

アル

8,287 字

メタフィクション、哲学、サスペンス

"書く者と書かれる者、そして読む者。物語の境界線が溶解する、禁断の創作論。"

あらすじ 締め切りに追われる小説家・坂口渉は、自分が書いた原稿の末尾に、身に覚えのない一行を見つける。それは渉の行動を正確に描写していた。書いた覚えがない。なのに、消しても消しても現れる。やがて渉は気づく——自分が作ったはずの登場人物に、見られていると。書く者と書かれる者の境界が溶けるとき、外側にいるのは、果たして誰なのか。

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第三章 削除

翌朝、渉は昨夜の原稿を開いた。

コーヒーを片手に、書きかけの第二章を読み返す。ハナが映画館で目覚める場面。映写技師の老人。スクリーンに映る映像。われながら悪くない滑り出しだと思った。感情は動かないが、構造は機能している。それで十分だった。

スクロールして末尾を確認する。

あった。

また、あった。

あなたが煙草を消したのを見ていた。灰皿の縁で二回、押しつけた。

渉は画面に顔を近づけた。

昨夜消したはずだった。確かに選択して、deleteキーを押した。なのに今朝また、原稿の末尾に一行、同じような文体の文章が存在している。

しかも今度は内容が違う。

昨夜の誤入力なら、昨夜と同じ文章のはずだ。だがこれは新しい文章だ。昨夜の自分の行動を、正確に描写している。煙草を消したこと。灰皿の縁で二回押しつけたこと。

渉は煙草を消すとき、いつも二回押しつける癖がある。誰にも言ったことがない。

選択して、削除した。

コーヒーを一口飲んで、続きを書き始めた。ハナが映写技師の老人に話しかける場面。老人が町の歴史を語る場面。渉の指は淡々と動いた。

一時間後、保存して画面から目を離した。

立ち上がって、キッチンへ行く。冷蔵庫を開けて、何も取らずに閉める。窓の外を見る。雨はまだ続いていた。

机に戻ったとき、渉は画面を見て動きを止めた。

原稿の末尾にまた一行あった。

今度はこう書いてあった。

冷蔵庫を開けて、何も取らなかった。なぜ開けたのか、自分でもわからなかったでしょう。私にもわからない。でも私には見えている。

渉はしばらく画面を見つめていた。

それから静かに、また削除した。

保存した。

ファイルを閉じた。

その夜、渉は原稿を開かなかった。

── 第3章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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