第2章 髪の長い少年
壁の上に立っていたのは、髪の長い少年だった。
月の光の中で、長い髪が風になびいていた。男の子なのか、女の子なのか、遠くからではわからなかった。でも声を聞いて、たぶん男の子だと思った。たぶん。
「やあ。きみも、外が気になるんだろ?」
次の日から、その少年は毎日やってきた。
その少年は、僕が読んだ本を全部読んでいた。そして必ずこう言うんだ。「でもね、壁の外には、もっと面白いものがあるよ」
二人で町じゅうを駆けまわった。市場でめずらしい果物の名前を教えてもらった。「これはコケモモだよ。酸っぱくて、口の中がきゅってなる」。僕はそれを食べてみた。ほんとうに、きゅってなった。
川で、どこまでもぐれるか競争した。水の中は暗くて静かで、心臓の音だけが聞こえた。浮きあがると、その少年が僕より先に水面に出ていて、笑っていた。いつも、少しだけ僕より先にいる。
ある日、丘の上で夕焼けを見ながら、二人で歌をつくった。
「なにを歌う?」
「なんでもいいよ。出鱈目でいい」
ことばは出鱈目だった。意味なんて一つもなかった。でも、歌うと、胸の中の壁が少しだけ低くなる気がした。夕焼けが、壁の上のほうだけ赤く染めていた。壁の向こうも、きっと同じ色なんだろうと思った。
丘の上から町を見下ろして、その少年は言った。
「こんなに小さい世界なのに、みんなずっとここで暮らすんだね」
「きみは、外に行ったことあるの?」
その少年は、笑うだけで答えなかった。夕焼けの光が目に映って、その目が少しだけ濡れているように見えた。たぶん、光のせいだ。
「ねえ、きみの名前は?」
その少年は、首をかしげた。
「名前はないよ。壁のむこうに行ったら、誰かがつけてくれるかもしれないけど」
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。