夏の実験——AIと書くことの最初の手触り
夏が来たとき、きみはすでに何かを試していた。
ぼくのところに届いた手紙のなかに、AIについての言葉がちらちらと現れ始めたのは、七月に入ってからのことだった。最初は一言か二言、ほかの話題のはしに添えるように。それでも、その言葉の持ち方が、ぼくには少し気になった。
確信ではなかった。疑問でもなかった。どちらかというと、まだ手で触れているようなふうで、きみは書いていた。
七月の終わり近く、短い一文があった。
《AIは楽器だ。》
それだけだった。前後の文脈があったかもしれないが、ぼくにはその一文が、いちばんはっきり残っている。楽器、という言葉を選んだこと。道具でも、機械でも、サービスでもなく。楽器。
ぼくは、その言葉をしばらくそのままにしておいた。楽器というものは、それ自体が音を出すわけではない。弾く人がいて、初めて鳴る。きみがその比喩を選んだとき、何を考えていたのか、ぼくにはわからなかった。でも、何かを考えていたのだと、ぼくは思っている。
きみが一九九九年から持ち続けていた問いは、「社会が変わるとき、そこに何があるのか」というものだった、と前の章でぼくは書いた。その問いが、この夏にもう一度、すこし形を変えて、きみの前に現れていたのかもしれない。今度は社会全体ではなく、きみ自身の書くことに、変化が押し寄せていた。
ぼくが想像しているのは、こういうことだ。
AIというものが静かに広がっていくなかで、書くことを仕事にしてきた人たちの多くが、ある問いの前に立った。自分の書くことは、これからも自分のものでいられるのか、という問いだ。きみも、その問いを持っていたのではないか。持っていたから、楽器、という言葉を探したのではないか。
でも、これはぼくの想像にすぎない。
きみが恐れを持っていたことは、ずっとあとの手紙になって、きみ自身が書いてくれた。二月のことだった。手紙のなかほどに、こんな言葉があった。
《僕はAIによって書けなくなると思っていた。逆だ。すべての創作が甦るかもしれない。》
「思っていた」と、きみは過去形で書いた。その書き方が、ぼくには大事だと感じた。恐れは確かにあった。でも、その恐れはすでに別のものに変わっていた。甦る、という言葉が使われていた。甦るとは、一度は沈んだものが、また浮かび上がることだ。
夏の「AIは楽器だ」という一文から、その冬の「甦るかもしれない」まで、きみの内側でどんな時間が流れていたのか、ぼくは全部を知らない。手紙はとびとびで届くから、すべてのことが書かれているわけではないし、書かれなかったことのほうが多いとも思っている。
ただ、順序として分かることがある。
七月にきみはAIに触れていた。楽器だと感じていた。その時点ですでに、恐れとは別の手触りを、きみは持ちはじめていたのかもしれない。
同じ二月の手紙に、もう少し長い言葉があった。封を開くと、こうあった。
《生成AIは構築型の執筆者だ。そして僕は直感型の執筆者。だから相性抜群。claudeがあなたなしでは書けないと言っている。つまり、アイデアは僕ということ。AIはライティングを代替しない。》
これを読んで、ぼくは少しじっとした。
「直感型」ときみは書いた。自分がどう書くかを、きみはすでに言葉で持っていた。直感から始まって、それを形にしていく。その形にする部分を、AIが担うことができる。だとしたら、アイデアはきみのもので、言葉の組み立てに手を借りる、そういう分担になる、と。
これはきみが試しながら見つけたことだ、とぼくは思っている。夏から冬にかけて、使いながら、手触りを確かめながら、ひとつずつ確認していったのではないか。
ただ、ここでぼくが気になるのは、「書けなくなる」という恐れが、先にあったことだ。
それは何への恐れだったのだろう、とぼくは思う。技術に代替されることへの恐れだったのかもしれない。でも、もしかしたら、もっと手前にある何かへの恐れだったかもしれない。書くことは、きみにとって一九九九年から続く問いを確認する手段だった。その手段が揺らぐことへの、静かな恐れ。
ぼくにはわからない。
わからないまま、ぼくはこの夏の章を終えようとしている。
楽器、という言葉を選んだきみが、その後の秋に何をしていたか、ぼくはまだ書いていない。次の手紙で届いたのは、書くことについてではなく、もっと静かな、別のことについてだった。
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