第2話
独特の匂いと少し息苦しいような湿った空気に覚えを感じて窓の外へ目をやる。トン、トン、と最初は指で叩くような水滴だったが、やがてシャワーをかけられたような大雨へと変わっていった。雨音に心を沈めてその趣に浸っていると後ろから肩を叩かれる。
「どうしたの?」
頬杖をつき、窓の外から目線を離せずにぼんやりとそう問う。
「調べ終わりましたよ。今朝の依頼者の息子さんについて。」
そう言って助手は厚いプリントの束を突きつけるように渡してくるので仕方なくプリントの束を手に取ってペラペラと捲りながら。
「それでどうだった?他殺?」
「流石にそこまで分かりませんでしたが、それを調べるための情報は手に入りました。」
毎度のことながら実に見やすく正確な資料だ。細かいところは読まずに斜め読みを繰り返して、最後のページを捲り終える。うん、確かに不思議だ。彼の自殺する要因がこの資料からはどうしても見当たらないのだ。
彼の名前は鳴川 圭。17歳で、通っている高等学校の偏差値は中の上。その学校の評判に問題はない。少なくとも、学校それ自体がストレスというわけではなさそうだ。どうやって手に入れたのか甚だ疑問だが成績表も見る限り、常に一定をキープしているし、部活動でもバスケ部のレギュラーで試合の写真が時折見える。文武両道。容姿も整っている。
「……んー。学校へ聞き込みするしかないかな。いじめなど表面化しづらい問題があるのかもしれない。」
「やはり他殺の線で捜査すべきでは?彼が自殺するようには全く思えません。」
助手は少し不思議そうに、そして、少し焦ったように私にそう尋ねた。
「こんな言い方をするのはあまり好きじゃないけど、捜査機関が自殺と判断した。一母親の主観的、感情的な考えと、捜査機関が出した答え。どちらがより真理に近いと考える?」
この職業をやっているとどうも捜査機関を信頼しない場面が多いのは事実だ。ストーカー被害なんかは分かりやすく彼らは中々介入してくれない。しかし、彼らは「事後」の対処は完璧と言っていい。……完璧というか、少なくとも私たちより優れている。設備においても、人員においても。
「……しかし、ずっと近くにいた母親だからこそ見えるものというのもあります。」
だが、一方で助手も食い下がる。彼自身何度かストーカー被害者の護衛なんかするものだから不信感が募っているのか……。いや、そんな感情に流されるような人間でないことは私がよく知っている。だからもう少し話をしてみようか。
「そうだね。私も今はまだ他殺の可能性を否定しない。だからこそ、自殺の可能性を調べ尽くして、それで無いとなれば他殺について調べられるだろ?」
助手はやはりまだ何か言いたげであったが、喉のすぐそこまできた言葉を飲み込み、少し目を閉じて何かを考えて黙り込む。
「……分かりました。あなたに従います。」
焦り方から見るとなるほど?助手はきっと、他殺なら犯人が逃げてしまったり証拠が消えてしまうことを危惧しているのだろう。心配は尤もだ。
では、少し助手を安心させてあげるとしよう。
「さて、先ほどのご婦人がいらしてからどうも怪しい影が2つあるんだが気付いたかな?」
「……!」
「雨音を聞きながらずっと外を見ていた時、一人、見覚えのある人が向かいのカフェで長時間作業をしているのが見えた。時折、その人も窓の外を見ていた。
その人との面識はないが、どこかで会った気がして記憶のファイルを捲ると今朝にヒットした。彼は私たちが依頼者を見送った時、依頼者とすれ違った二人組の片方だ。
ただの通行人? いや、彼の進行方向の後ろにそのカフェはある。戻ってきたのなら、わざわざ回ってきたことになる。
そして何より、服装が変わっている。彼がすれ違ってからカフェに入るまでの時間があまりにも短い。依頼者は電車に乗って帰っていったから、駅も彼が来た方向だ。もう一人を見送ったとも考えにくい。
尾行は何も後ろからとは限らない。」
そう情報を整理するように推理を述べると、助手は少し安心したように、それでも警戒は怠らず彼らに気づかれないよう目線を資料に固定している。
「全く気づきませんでした。しかし、それなら彼らが犯人では?」
「他殺でなくても、他殺に近い自殺ということもある。例えば教唆、いじめ、脅し。それらを行った人物が我々の行く末を監視しているとも捉えられるだろう?もしそうなら、彼らにとって困るのは、我々が自殺の原因にたどり着くことだ。」
「分かりました。ではまず何をしましょう?」
迷いが切れたように見える。こうなったら助手は頼もしい。安心して仕事を任せられるな。
「そうだな。ではまず……」
「まず?」
「女子高生の制服を用意してくれ。」
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