・2/fatale≠lot:呪縛は運否天賦ではない
悪魔……
あたしは、ヴィザーゴさんの顔を覗き込んだ。
悪魔ねえ……。
角も無いし、翼も無いけど。
どこの宗派の悪魔さんなんだろう。
にしても、きれいな顔だぜ。
「アキラたちのいう、宗教の悪魔とは似て非なるものなんじゃないかな?一番近しいだけだよ」
そうなんですね。
「じゃあ、人を騙して魂を獲ったりとか、人を誘惑して地獄に引きずり落としたりするの?」
「そんな面倒くさいことはしたくないねぇ。わざわざ僕らが出向かなくても、僕たちを必要としてるのは君たちだよ」
そう言って、ヴィザーゴさんは素敵に微笑む。
「ん?待てよ?ってことはあたし、死んじゃったの?」
「死って、生きてないこと?じゃあ、ここにいるアキラは何?」
あたしは、自分の手をグーパーグーパーと閉じたり開いたりして眺める。
ん、動かせる。
あたしの意思で動かしているから、あたしだ。
その上でヴィザーゴさんに問いかけた。
「これ、この体。元々のあたしの体が幼くなったんじゃなくて、別物だよね?」
「よく気がついたね」
「肩に火傷がないからね。あたしの体なら、このくらいの歳にはあったから」
「でも、要らないんでしょ、その傷。だから、作らなかった」
「ふぅん、スゴいね」
「そうかな?まだまだだよ」
ヴィザーゴさんは、再びあたしの髪の毛を弄り出す。
なぜ?がないのは、気楽だけどなんかさみしい。
けど、よくよく考えたら意識は読まれてるようだし、わざわざ言わなくてもいいってことか。
読まれてるのは記憶だろうか?
それとも意識?思考?
ここまで考えても、ヴィザーゴさんは手を止めない。
じゃあ、これはあたしの一人語りだ。
――初めての夜、旦那はあたしの肩を見て停まった。
小学校入学前に、ちょっとした事故で肩に火傷を負った。
その火傷はケロイドとなって、あたしの肩に貼り付いていた。
腕は動くし、服を着ていれば見えないし、庇ってくれた父の火傷跡の方が酷かったので、別段気にしてなかった。
小学校でプールの授業が始まるまでは。
かわいそう。
気持ち悪い。
感染るんじゃないの。
クラスはまことしやかに、そんな話題で盛り上がった。
病気じゃないのに。
あたしは気にしてないのに。
子供の説明は、子供の耳をすり抜ける。
周りが気にするから、隠すようにした。
旦那には付き合う時に、ちゃんと言った。
「あたしね、肩に火傷の跡があるんだ。子供の時にやっちゃってね。結構酷いの」
猿な高校生は、下心でラッピングした口先で、君は君だろう?と言った。
まだ、見てなかったから。
ようやく動き出した奴は、火傷に口づけた。
たぶん、キズにキスする漫画でも読んだのだろう。
もしかすると猿の性欲の方が、勝ってただけなのかも知れない。
その日以来、奴はあたしの肩から、服を脱がすことはなかった。
「随分と心無い伴侶だねぇ」
ヴィザーゴさんはどこからともなく出した、リボンやら金鎖やらを髪に編み込んでいる。
いったいどんな出来映えになってるのだろうか。
「見てみる?ルーモ」
そう言うと、狐さんが鏡を持ってきてくれた。
そこは魔法じゃないんですね。
「あるものは使うよー。無から作るのは、存外めんどくさいもん」
ならこのリボンやらどこから出した。
「このくらいならわけないよ」
くるくると指を回すと、光の帯がリボンに変わる。
鏡を覗くと、意外にも品良く飾られていて、ぷぷっぴどぅなドレスでも浮いていない。
「センスいいですね」
「そうかな?まだまだだよ」
いったい、何と比べているんだろう。
くすっと笑い声を残して、
「兎、食べに行こう」
と、言い出した。
いきなりですね。
にしても、兎とな?!ジビエですか?
兎さんを食す習慣はないから、躊躇するぞ?
それに、おフランス料理なんて、デートの時……いや、いい。
たった一回の、結婚前のクリスマスなんて思い出すこともなかろう。
クリスマスなんて、仕事の日だよ。
くすっと、ヴィザーゴさんの笑い声。
悪魔なんて言うけど、随分と笑い上戸ですね。
悪魔だからか?
待てよ?
「行こうってことは、ここではないのですかね?」
「そうだね。表だね」
「なら!下着が欲しいです!」
「下着?隠すものはつけてないつもりだけど」
ええ。
なんとなく気付いてますよ。
股間が人形みたいだってことは。
でもですね。
「くすっ。習慣ってやつだね」
「よくお分かりで。なんとか出来ますかね?」
あたしはヴィザーゴさんの顔を見上げた。
ヴィザーゴさんは、少しだけ考えて、
「ルーモ」
と呼んだ。
そう言えばだよ?
「この美人狐さんがルーモさん。じゃあ、あっちの白山羊紳士さんは?」
「……美人に、紳士……まぁいいけど。こいつらはルーモヴェーロ。どっちがどっちって訳ではないけど、狐がルーモ。山羊をヴェーロって呼ぶかな?」
「ルーモさんに、ヴェーロさんですね!えっと、『アキラ……』」
と、フルネームを言おうとしたら、指で唇を塞がれた。
「名前も、言わないほうがいいの?」
「だってそれは、アキラの真名でしょう?それに、こいつらはアキラの名を呼ぶことはないよ」
どういうことだ?
「山羊と狐だからね」
そういうことか。
でもさ。
呼ばない事と、知らない事は別だと思うぞ?
「大丈夫。こいつらは君の名前は知ってるから」
流暢な『大丈夫』。
ヴィザーゴさんとルーモヴェーロはテレパシーで共有してるってことだろうか。
「ん。そんなとこかな」
このままヴィザーゴさんの膝にいたら、喋り方を忘れてしまいそうだ。
「読まれる方が怖いものじゃないの?」
「隠すことないもん」
「ふうん……」
イイコすぎたかな?
「いいんじゃない?アキラによく似た人たちも知ってるよ。層が違うから、アキラの方が珍しいけど」
そう?層とな?
「用意が出来たみたいだよ」
ヴィザーゴさんの指す方で、ルーモさんがヴェーロさんに布を渡している。
ヴェーロさんが、ばさっと広げ頭から被る。
フード付きのケープか。
……世紀末救世主伝説みたいだな。
ルーモさんがあたしに、ちっさい白い布の固まりを渡してくれた。
ヴィザーゴさんの膝に乗っかったまんま、それを受け取る。
……話の流れからして、この固まりは、おぱんつだよね。
ルーモさんのかしら?
「くすっ。ルーモが新しく作ってくれたみたいだよ」
なんと!
「ルーモさん!ありがとう!」
ルーモさんは小首を傾げて、笑った気がしたよ?
可愛いのぉ。
……で、早速どこでお着替えしようかなって、辺りを見渡すのだけど、トイレとかどこだろう?
「無いよ、トイレ」
って、くすくす笑ってやがる。
「ねぇ、ここでつけなよ」
はああああ?なに言ってんだ?
ニヤリとするヴィザーゴさん。
からかってやがる。
セクハラ親父か。
「せく……?」
悩んでろ。
ぱちん、ってルーモヴェーロさんたちが、音を立てた。
二重奏。
ふわっと、体が浮いて、ヴィザーゴさんの腕をすり抜けると、試着室みたいな広さの、濃い光の囲いの中に運ばれた。
なんかわかんない言葉のヴィザーゴさんの声が聞こえるけど、なんなんだろうねぇあの人は。
人目も無くなったことだし、ルーモさんが渡してくれた布を広げる。
うわっ!布、ちっさっ!
いわゆる紐パンってやつで……
こんなセクシーな下着、旦那の前でもつけたことないな。
だからか?
だからダメなのか?
……履こう。
で、ついでにそっと股間に触れてみた訳だけど、やっぱりなにもない。
お人形さんの股間。
ん?でも今からご飯って言ってたよね?
兎なのは、一旦置いとこう。
食べたものは何処から出るんだ?
……まさか、全て脂肪になるんじゃあるまいな!
くすっと外から聞こえて、また聞いてやがる、と思った。
ところで、ここからどうやって出るんでしょう。
壁に出入り口は無い。
迷っていたら、ぱちんと音がした。
きれいに揃った二つの音。
壁は溶けるように消えたけど、あーやっぱり。
ヴィザーゴさんは機嫌悪そう。
「お待たせしました」
ご機嫌を取るように、スカートの裾を持ってお辞儀を披露する。
カーテシーってやつだ。
知らんけど。
ルーモさんは既にフードをつけていて、お揃いのフードをかけてくれた。
ルーモさんと、ヴェーロさんとお揃いだ。
しっかりとした生地なのに、驚くほど軽い。
そんな中、ヴィザーゴさんは一人違う。
インバネスコート。
マントかな。
ええ、お似合いですとも。
ヴィザーゴさんは、あたしと目が合うと、ふわって笑った。
なんだろねーこの人は。
「お気に召したかな?」
「履き慣れないからむずむずするけど、すっぽんぽんよりは安心です」
「なら、良かった」
会話の途中で、あたしはヴェーロさんに抱きかかえられた。
うおー!高っ!二階席だよ。
ヴィザーゴさんさえ見下してる。
否、見下ろしてる。
「どっちでもいいけどね」
聞こえてるんですよね。
自重します。
ヴィザーゴさんがくるっと手を回す。
空気を掻き回すと、指先が光の波紋を作る。
指を立て、くるっ、くるっ……三……四……五……長いな。
ヴィザーゴさんの声がする。
謳うような、きれいな声。
“声”はちゃんと聞こえているのに、翻訳機は作動してない。
ラテン語とかなのかしらねえ……?
ルーンと言えばケルトか?
ケルトって何語なんだ?
くるっ、くるっ、九……十……
十二回回すと、絨毯から光が立ち上がって、さっきの魔女っ子変身バンクみたいだけど、さっきより“固い”気がする。
ぱちんと光の壁の中で、音が反響する。
ルーモさんと、あたしを抱えたヴェーロさん。
……ヴィザーゴさん、顔が……!!
と思ったら、くいってヴェーロさんがフードを下げてきた。
何も見えない。
見ちゃいけないものなのかな?
「うわっ!」
って、知らないヒトの声が聞こえて、あたしは地面に立たされた。
「フード取ってもいい?」
「どうぞ」
……そこに広がるのは、森だった。
さっきの声の主は、よたよたと躓きながら、明るい方……きっと森の出口に向かっている。
ん。
森って言っても、暗いのよ。
富士の樹海を思い出させる。
行ったことはないけど。
しゅたっ!と風を切るように、ルーモさんが暗い方、ヴェーロさんが明るい方に走る。
ヴィザーゴさんとあたしは取り残されている。
ふわっと、体が持ち上げられて、今度はヴィザーゴさんがだっこしてる。
つくづく間近で見ても、きれいな顔だ。
ヴェーロさんのけもけもも良かったけど。
ち、また笑われたぜ。
「歩かない方がいいのかな?」
「体がくっついてる方が、アキラが何を考えてるのか分かりやすいからね」
「手を繋げばいいのでは?」
「今から行くのはこっちだよ。面倒じゃない?」
確かに。
ヴィザーゴさんの長い脚なら、難なく越えられそうな障害物が並んでる。
今の寸足らずなあたしの体だと、追い付けなさそうだ。
「狩りはあいつらに任せて、僕らは村で待っていよう」
狩り?現地調達なのか?
獲りたて即、なのか?
「そういうこと」
ヴィザーゴさんは、くつくつと笑いながら、踊るように歩みを進める。
義経かね。
「よし……?」
「昔いた武将さん。ほぼ垂直な崖を馬で降りたり、海に浮かんだ小舟を鎧姿でぴょんぴょんと跳び跳ねた人」
「それはすごいね。英雄なの?」
「英雄って言ったら英雄かな?悲劇の、だけど」
「アキラの所って面白いね」
「そうかな?だいぶ昔のお話だよ」
そんな話をしてたら、目的の村に着いたのだろう、ヴィザーゴさんはあたしを下ろしてくれた。
手は繋いだままなんですね。
道中は、ちょっとしたアトラクションのようでした。
樹の枝を掴むために飛んだりとか、絶対要らなかったでしょ。
「そうだねぇ。ヨシツネを真似たかっただけかな」
そうかよ。
深い森の奥の、村。
不思議と光に溢れていて。
ルーモさんとヴェーロさんが、村の入り口で待ってる。
って、ルーモさんはこっちに走ったからわかるけど、ヴェーロさんは?いつ追い抜かれた?
「ああ、町から舗装された道を通ったんだよ。荷車くらいなら通れる道があるから。でないと、村の人たちも不便でしょ?」
なら、あの獣道は?!
「道を歩いても面白くないかなって」
おいっ!
楽しかったけどさっ!
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。