第一章
『パラドクス研究所』
国内最先端のこの私立研究所に所属する、2人の幼馴染が居た。
「魁星さん、この資料どこに置いておきます?」
楠山魁星。中堅企業・楠山商事の御曹司で、パラドクス研究所パラドクス検証課に主席合格した逸材。その明晰な頭脳から、将来の所長候補と噂されている。
「芽衣さんありがとう、そこに置いておいてくれる?」
奈良芽衣。魁星の小学生の頃からの幼馴染で同僚。入社して初めての主導プロジェクトがもうすぐ佳境だと意気込んでいる。
「いえいえ。それにしても魁星さんは凄いですよね、もう3つも解決してるなんて。」
「はは、ありがとう。そちらの企画も、もうすぐ完成するのだったか?」
「はい、入社した時からの目標でもあったのでとても嬉しいです!」
「良いじゃないか、因みにどんな企画かって教えてくれたり?」
研究の性質上、未発表の段階ではチーム外に流出してはいけないものもあったりするのだ。因みにこの研究所で行われている研究は主に3つ。
1つは解決。最もオーソドックスな手段で、「〜か?」という形式のパラドクスに答えを出すもの。
2つ目が解明。直感や現代の一般的な理論に反した結果が齎されるという類のパラドクスの原因を突き止めるもの。
そして3つ目だが、今芽衣が進めているプロジェクトもこれにあたる。
「いえ、大丈夫ですよ。解決じゃなくて再現なんですけど…」
「親殺しのパラドクスです。」
「へぇ…。」
魁星が目を細める。
「何をするつもりだ?」
「解決や解明が困難なパラドクスの場合、パラドクスの状況を再現することで全貌を明らかにする手法が取られることがありますので、」
「はぐらかすなよ」
「…え?」
「自分で使う為じゃないのか?」
芽衣は言い返せず、黙りこくってしまう。
「…止めるんですか?」
「…っ!」
コンコンッ
「失礼します、道具係からなんですけど、奈良さんが頼んでいたものが完成したらしいので受け取り確認をお願いします」
「あ、ありがとうございます!
…というわけで失礼します」
「待てよ!」
「なんで今止めるんですか?
…昔から一定以上は干渉しないでいてこれたじゃん!お互い思惑とか境遇とかあるかもしれないけど、それでも友達として仲良くしていきたいってことじゃなかったの?なんで今更止めるの?口を出さないなら出さないで最後まで貫いてよ!私は嬉しかったよ、黙って友達でいてくれて」
芽衣が堰を切ったように語り出した言葉を最後まで聞くと、魁星は立ち上がり扉の鍵を閉めた。不気味なほど静かな部屋に、ガチャ、と金属音が響く。魁星がポツポツと語り始めた。
第ニ章
物心がつく前から、俺は『楠山商事の御曹司』だった。
「魁星くん、大きくなったねぇ。」
このおじさんは父上を刺激しない為に俺を可愛がっているだけで、去り際に睨んでいった。俺が報告したら終わるのに、馬鹿なのかな。
「魁星さん、格好良いですね!」
この子は俺に取り入って良くしてもらおうと思ってるか、玉の輿でも狙っているのだろうか。まあ応じるつもりはないが。
「魁星、清く正しく美しく見えるように行動すれば、自ずと人はついてくるからな。」
実際に清廉潔白繕いのプロが言うんだから説得力が凄いな。何故俺の周りは皆言う事とする事と思っている事が違うのだろうか。子供心に感じていた違和感は、俺の性格形成に大きな影響を与えていった。結局俺も父上と同じような人間になるのだろうか、遺伝子が流れているだけで吐き気がする。そんな中、小学5年の頃に転校してきてその後も長い付き合いとなる彼女は、俺を対等な目で見てくれた。
「魁星…くん?こんにちは。仲良くしてくれると、嬉しいな…」
「…っ!勿論!」
しかし、俺は気付いた。いや、気付いてしまった。父上からの教育を受けていた俺は、彼女の何かを隠す目に。
「お名前は?」
「奈良芽衣。これから、よろしくね…?」
「うん、よろしく!」
けれど俺はやっと他人と対等に付き合えることが嬉しくて、気づいていないフリをしてしまった。それが後にずっと大きな歪みとなって、返ってくるとも知らずに。随所で違和感は感じていた。後ろから話しかけると異常に怖がるし、夏でもずっと長袖を着ている。それに、栄養失調のような不自然な痣や痩せ細り方もあった。だから食べ物をあげたり、傷を治したりはした。けど、「助けてあげる」と手を差し伸べることだけはできなかった。それをしてしまうと、また『施す側』になってしまうから。
ずっと心配はしていたし、それとなく声をかけたりもしたが、やっと手に入れた対等な友達との関係性を揺るがしてでも助けるには至らなかった。
当時の俺の我儘は判断ミスと言うのだろうか、今の俺に天誅を与えている。
「だからさ、『助けて』って、ただ一言言ってほしかったんだ。そうしたら対等な立場で、手を貸してあげられたから。一度だって無いよ、芽衣から「お金貸して」とか言われたこと。分かってるよ、それすら俺のエゴなことも。芽衣が親に言われて最初は無理矢理俺と仲良くしてくれたことも。金銭目的で近づいたならちゃんと頼ってくれよ。いや、分かってるんだ。芽衣も俺のこと大事に思ってくれてたから、直接助けは求めなかったことも。分かってる。けどどうしても、当時の俺はこの対等な関係を、それほどまでに譲れなかった。本当にごめん。」
そこまで一息に言うと、魁星は芽衣に改めて向きなおり、真っ直ぐに目を見て続きを紡いだ。
「だけどさ。ここまで来る過程で、色々学んだんだ。人の性格はなにも一元的なものじゃない。企みをもって近づいてくる人達だって、単に悪い人達と括ってしまうのは余りに雑だ。同じようにさ、別に表面上の対等な関係に固執する必要はない。だから芽衣、俺はもうミスはしない。」
「今度こそ、助けるよ。」
そう言って、魁星は手を差し出した。
「ありがとう。…ありがとう!」
芽衣は溢れる涙にも気づかず、魁星の手を取った。
「魁星と友達になれて、本当に良かった。
…けどね、表面って、全体を統べるんだ。」
芽衣の涙は、どんな感情を包含しているのだろうか。それこそ一元的なものではない。
「私達がどれだけ願っても、表面上さえ対等でいられないのに、実質的な対等なんて得られないんだよ…」
そう諦観する泣き顔が、余りにも美しくて。魁星は思わず口を開いていた。
「そんなことない!清く正しく…」
何故ここで出てくる言葉が父の愛用していた言葉なのだろうか、芯から親の教育が染み込んでしまっている自分を恨む。
「それにね。」
「どっちにしろ、もうどうしようもないんだよ。」
そう締める芽衣の表情は、魁星にそれ以上動くことを許さなかった。
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