第三話 意見がない
「特にありません」
社長になってから、その言葉を何度聞いたかわからない。
会議で、何か意見はないかと尋ねる。社員はみんな、少し下を向く。
誰かが代表するように「特にありません」と言い、残りがうなずく。
意見は特にない。それが普通だ。
会長──父から社長を引き継いだ時、父のような社長にはなれない、と思った。
父のように発想一つで会社を引っ張る──それはできそうになかった。
父が社長だった頃、社員たちは父の姿を見かけるとよく、愚痴とも相談ともつかない言葉を父に投げかけた。
そのたび父は、「こうしたらええんちゃうか」と、斬新、というより単純な、そういう解決策を差し出していた。
月並みな言葉だが、コロンブスの卵というやつだ。
もちろん、社員から「採用」されないものも多かった。
だが時折、劇的な改善につながるものもあった。
それはうちの会社の商品とよく似ている、と思う。
そんな父だから、現場に顔を出すと空気が変わった。
何かを良い方向に変えてくれるかもしれない、という空気。
そんな場面を、私は何度も見た。
私には、父のような発想力はない。
昔から、そう思って生きてきた気がする。
だが、今や社長となり、四十人以上の社員とその家族の暮らしを背負う立場だ。
だから、こわい。私の考えが、意見が、判断が、間違っていたら。
みんなに迷惑をかける。それを想像するたびに、背筋が凍る。
だから、大事なことはみんなの意見を聞いて、みんなで決める。
そうすれば間違いを防げる。
そうすれば、私が一人で決めるより、良い結果になるはずだ。
経営の本にも書いてあった。
リーダーは裏方に徹し、社員の主体性を引き出すのが良い。
リーダーが先に心を開けばメンバーも開く、とも書いてあった。
私は開いているつもりだ。たぶん、社内の誰よりも。たぶん、父よりも。
それでも、みんなの口から聞くのは「特にありません」だ。
提案箱を置いてみたこともある。半年で入っていたのは三枚。
「自販機のコーヒーを変えてほしい」「トイレの石鹸を泡タイプに」それと、白紙が一枚。
正直、私はがっかりした。会社の未来についての意見がほしかったのに、コーヒーと石鹸か、と。
白紙に至っては、苛立ちさえ感じた。
「提案箱なんか、何の意味もないですよ」と言われているような気がした。
社内で新商品のアイデアを募ったこともある。
その時は思ったより、沢山のアイデアが集まった。一人でいくつも案を出した熱心な社員もいた。
だが、その中に私が商品化の判断を下せるものは、一つもなかった。
私はアイデアを出してくれた社員一人一人に、商品化できなかった理由を言葉にして、説明して回った。
アイデアを無下に却下された、と思われたくなかった。
その時若手社員の一人が、「でも、サブスクだったらいけると思うんですけどね」と食い下がってきた。私は、コストも、リソースも、うちの基本的な取引構造も、何も踏まえていない、ただの思いつきだと思った。
私には「うーん、わかるけど、難しいなあ」と笑って、流すしかできなかった。
パーパスの策定は、私の相談に対する香田さんからの提案だ。香田さんも、社員と一緒に決めた方が良いと言っていた。「答えは、もう御社の中にあります」とも。
私も、そう思っている。今日は、香田さんを招いてのキックオフミーティングだ。
先週、四つの部署に一人ずつ、私が信頼を置く中堅社員に、メールを送った。
何のための会議かについては、あえて書かなかった。
四人とも「承知しました」という短い返事を返してきた。
会議室に向かう途中、休憩スペースの自販機の裏を通る。
缶コーヒーを飲みながら、社員が仕事に関する雑談──軽い愚痴を言うのが聞こえてきた。「またあの棚の置き場、変わってて」「あの取引先、毎度、無茶な納期で」彼らは、話している。会社のことを、仕事のことを、話している。それは私のいないところで、「愚痴」の顔をして、話されている。
今日のキックオフミーティングでは、まだ四人の意見を聞くのはやめておこう。
聞けばたぶん、「特にありません」か、的外れな何かが返ってくる。
大事なことはみんなで、時間をかけて決めたい──。
*
香田さんと四人の社員との、会議が終わった。
二時間の会議で、意見らしい意見は出なかった。聞かなかったから、当然といえば当然だ。
坂上が「前例がない」と言い、田所が「ええもん作って届ける、でええんちゃいますか」と、父がよく言っていた言葉を言った。それだけだった。
会議の最後に香田さんが、来週までに「うちらしさ」を表す言葉を三つ考えてくる、という簡単な宿題を出した。
私も考えることになっている。
四人の社員はどんな意見を持ってくるか。
──楽しみで、そして、こわい。そう思った。
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