← 作品ページへ戻る

気持ちは嬉しいけど迷惑です!

22,990 字

オフィスラブコメディ

"冴えない天才と、迷惑な乙女心。大手ゼネコンで始まる、予測不能な恋の設計図!"

← 右から左へスクロール

 第2話 本当はデキる人

 その日の業務が始まった。
 萌華が初めて携わる、台蔵組積算部での業務は、建築資材の単価の拾い出し。
 指定されたリストに書かれてあるものを、カタログから見つけ出して、データに入力して行く地道な作業だ。

(なかなか……地味な仕事だな)
(でも、責任重大だよね)

 萌華は気を引き締める、単価の金額の数字や額がひとつ間違えば工事費の見積もり金額に、大きな影響をもたらすことになる。
 萌華が入力したデータが、社内システムの中で数量に掛ける単価として記録され、実際の見積表に資材の数量を入力すると、自動的に計算される仕組みになっていた。

(よし、まずはここまでか)

 ある一定の場所で、一旦区切られている。
 次のチェック機関に送るためだ。
 萌華は社内メールで、チェック担当の安嶋に送信する。
 向かいのデスクにいる安嶋の元に。

(……安嶋さん、目の前にいるのに……)
(あ、確かにプリンターまで行って書類持って戻ってくるより、効率的ね)
「安嶋さん、いま、最初の項目送りました」

 向かいの女性、安嶋がパソコンの画面からひょっこり顔を出して、薬指の指輪が輝く左手でメガネを直して笑顔を作った。

「あら、ほんとに? 早いね」

「ありがとうございます」

 笑顔で礼をして、また次の部分に戻る萌華。
 向かいの机から声が漏れてきた。

「……へえ」

「ほう……」

「よく見落とさなかったねぇ」

「はっはぁ……」

「あれ!? あ、合ってるか」

 安嶋の独り言が伝わる。
 はっきり言って気が散るが、萌華は何とか入力作業に集中しようとしていた。

「ねえ、永本さん?」

 安嶋の声に顔を上げて、正面を向くと、安嶋がまたひょっこりと、顔を出した。

「バッチリできてるよ、やるじゃん」

「本当ですか?よかった」

「その調子で、頑張ってね」

 安嶋の言葉に安堵した萌華は、ほっと胸を撫で下ろした。

(やっぱり、褒められると、やる気上がるなあ)
(でも、気を抜いちゃダメよね)

 また、カタログに視線を戻す。
 そうこうしているうちに、昼休みを告げるチャイムが鳴った。
 安川が、お約束のように萌華に近づいてくる、満面の笑顔で。

「もえかちゃ……」

「いきなり下の名前呼びはグレーですよ」

 弁当を準備する視線のまま、安嶋が淡々と切り捨てた。

「あ……あはは、やだなあ僕はただ」
「も……永本さんを、社食に案内してあげようかと」
「うちの社食、すごいんだよ、ナンで食べる本格的なインドカリーや、本物の板前さんが握るお寿司ランチもあるんだ」

「すごい……さすが台蔵組、でも」

 萌華は、カバンから四角い布で包まれた箱を取り出した。

「私も、お弁当なんです」

 すると、安川の目に違う光が宿る。

「え?自分で作ってきたの?」

 黙って頷く萌華。
 安嶋が顔を上げて、安川を凝視するが、当の本人は気づかない。

「どんなの? 何が入ってるの?」

「……ストライーク」

 嬉々として話す安川。
 作り笑いの萌華。
 淡々と呟く安嶋。

「ねえ、見せて見せて、中」

「ストライクツー」

「いえ、本当に、たいしたもの入ってないんで」

「そんなことないでしょう?」
「好きな食べ物?何?」

「ボール」

「得意な料理、何?」

「……ん〜ボール」

 箱を開かないと終わらない、そう思った萌華は観念した。
 中身はだし巻き卵と、ほうれん草の胡麻和え、焼鮭に、小さな俵形のおむすびが三個。

「……素晴らしい、そして可愛い、まさに女の子のお弁当だ」

「バッターアウト」

「あ、ありがとうございます」

「家庭的な女の子、いいな〜、素敵だな〜」

「アウト」

 尚も食いつく安川に、萌華は冷や汗が止まらない。

「ほんと、永本さん、良いおくさ……」

「スリーアウッ!チェンジ!」
「早く社食いきなさいよ、お昼おわっちゃいますよ!」

 立ち上がった安嶋に、安川がまた薄ら笑いを浮かべ、すごすごと退室していった。

「安嶋さん、ありがとうございます」

「いいのよ、あの人はあれで、ツッコまれて嬉しがってるところもあるから」

 水筒に口をつけた安嶋が、また笑顔を見せる。

「こんなこと聞くと、なんとかハラになっちゃうかもだけど……」
「永本さん、今日の仕事の出来と、勤務態度見てたら正社員の口、いくらでもあったんじゃない?なんで派遣を?」

 そこまで言ってから、またハッと手を振った。

「ごめんね……気になったら何でも口にだしちゃうたちだから」
「気に障ったら、聞き流して」

 屈託のない安嶋の態度に、萌華の警戒心はすっかり解けていた。

「ぜんぜん大丈夫ですよ」
「私、本当にやりたい仕事があって」

「やりたい仕事?」

「はい、記事を書く、ライターの仕事をやりたいんです」

 感心したように頷く安嶋。

「なるほどね、だから資料読むのも早いし、パソコン入力も慣れてるんだ」

「ありがとうございます、今は雑誌や新聞だけじゃなくて、ネットが主流になりつつあるし」
「そっち方面でできればなって」
「自分で独自の記事を書いて、投稿しているんです」
「どこかに引っかかってくれたらいいなって」

 安嶋が携帯を開いて、優しい視線を向けた。

「良いなあ……うちのチビたちも、貴方みたいにしっかりした人になってくれたらなあ」

「お子さん……ですか?」

「うん、5歳と3歳の男女」
「ほんと、可愛くてね」

 安嶋は遠い目で、オフィスを見渡し始めた。

「これからは、色んな考え方や仕事が増えるでしょう?」
「周りに流されて、望む仕事や本当にやりたいことを見失っちゃったりするかもなんだよね」
「貴方みたいに……しっかりした考えを持っていて欲しいな」

 萌華は顔を赤らめて俯いた。
 嬉しさと気恥ずかしさが、心に広がっていく。
 その時、不在である安川のデスクの内線が鳴り響く。
 近くのデスクで仮眠中だった男性社員が跳ね起きた。

「なんだよ、昼休み中に」

 デスクに歩み寄り、受話器を取った。

「はい、建築積算課」
「安川課長は席を……ええ!?」
「はい……はい……そんな!……はい」

 声のトーンが落ちて、顔色が青ざめて行く。
 安嶋と萌華は、ただならぬ気配に視線を戻せなくなっていた。
 そこに、安川が戻り、怪訝な顔になった。
 電話を受けた社員は、膝をついて涙声になってしまった。

「そんな……はい、わかり……ました」

 受話器も戻せないまま項垂れてしまう。
 慌てて安川が詰め寄った。

「どうしたんだ?」

「……けやき台ミッドベースの……学術棟の図面が仕上がったから取りに来いって、設計から」

 安川のこめかみが引き攣る。

「できたって?何フロアの?展開図?意匠図?……てか、線引いたの、誰?」
「そんなになるってことは……まさか!」

 男性社員は、顔を上げて涙声で告げた。

「……守原さんです」

 その名前を聞いた途端、オフィスにいる全員の肩が落ち、立っている者はすべからく膝をついた。

(設計……守原……)

 萌華の心の中に、朝の通用口での押し問答が思い出された。

(あの……サエない人?あの人が、なんなの?)

 すると、しくしくという泣き声が聞こえた。
 向かいの安嶋が、携帯画面を見ながら、ハンカチで目頭を押さえている。

「けんちゃん、ななちゃん……ごめんね」
「ママ……いつおうちに帰れるか、わかんなくなっちゃった」
「……パパ……子供たちを……お願いね」

(何が……起こってるの?)

 安川が力無く、萌華に声をかける。

「永本さん、図面、預かって来て」

「はい、わかりました、でも……」

 一旦、オフィスの落胆している社員たちを見渡した。

「一体……何が?」

「迷わずいけよ、行けばわかるさ」

「は、はあ……」

 萌華は設計部のフロアに赴き、建築意匠課の扉を叩いた。

「ああ、積算の方?どうぞ」

 オフィスに通されると、入り口のすぐ脇に、パーテーションで区切られたデスクで、CADに向かう守原の姿があった。
 他のデスクとは違い、かなり雑然として、資料や模型が積み上げられている。

(うわあ、ぐっちゃぐちゃ)

 反射的に顔を顰めたが、目に入ってきたディスプレイを見ると、表情が変わった。

(……何?なんで?)

 そこにあるのは、近代的な高層ビルの立体図。
 それが、ものすごい速さで色付けられている、カーソルがカラーパターンとビルの間を何度も行き来するたびに、写真のような画像に変わって行った。
 さらに、パーテーションの壁にマグネットで貼られた五枚の紙をよく見ると……

「都市空間デザイン賞 金賞」

 と書かれた2003、2004、2005、2006、2007の賞状だった。

(……え?5年連続?)

 そこに、対応してくれた社員が、A2の紙の束を台車に積んで現れる。

「ごめんね〜守原さん、仕事早いから」

「これが……ミッドベース学術棟の?」

 社員が力強く頷いた。

「526枚あります」

 気持ちは嬉しいけど迷惑です!

── 第3章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

作品ページへ戻る

コメント

まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。

しおりを挟みました