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ベレー帽の探偵

阪奈康太

85,483 字

心理ミステリ、探偵小説、人間ドラマ

"「真実」とは何か。「正義」とは誰のものか。ベレー帽の探偵が、その問いの奥底を覗き込む。"

 真実とはこうも無価値とは思わなかった。  ……ああ、こんにちはどうも。何があったかって?  実は統合失調症の患者にお前は統合失調症だといいましてね?  するとこれが酷く暴れるもので……。ええ、その通りだね?  私の行動は医療プロトコルにも反する愚かな行動だ。正解改善とは程遠い。  失礼失礼。つい王様の耳はロバの耳と叫びたくなってね。まあ少し前提から考えてみよう。  まずもって私たちは完璧な真実とやらにたどり着くことはない。  言葉は取りこぼすし、認識には限界がある。  けれども決して私は近づくことをやめない。時にイカロスのように、時にパンドラのように。  自身に不利益があろうとも、どうしたって好奇心は抑えられない。  ……さて、得て知って、それで満足したいところだが私は探偵という職業についている。  残念ながら私だけが知っていてもどうしようもないのでどうにかコレを商品として機能させなければならないのだ。  であれば、私がかぶる帽子はシャーロックホームズのような鹿討帽だろうか?  ……いいや、ソレを物語のように加工する私にとってはベレー帽こそふさわしいだろう。

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第20話

「助手。君はどう見る?」

 資料をめくる手を止めて、パタンと閉じ、助手に尋ねる。助手は机を拭く手を止めずに答える。

「僕から見ても、行き過ぎた愛情関係。もっと言えば、芳さんが言っていたように、共依存としか。」

 磨き上げられた机は、いつも以上に光を反射して眩しい。それでもなお、助手は拭く手を止めない。

「ああ、間違っていない。少なくともそう処理せざるを得ない。」

 それを尻目に紅茶を一口飲んで、答える。今日の紅茶はどこか少し濃く感じた。

「しかし、あなたはそれで納得しなかった。」

 雑巾をしまうと、私の方を向いて歩きながら問う。

「本質はかなり違う……と考える。」

 それまで傍らで行っていた仕事を中断して、パソコンを閉じて続ける。

「まず、今回の事件の異常性を考えてみよう。」

 私は立ち上がって、ホワイトボードを引っ張り出す。助手は近くのスツールを引っ張って、ホワイトボードの前へと座りながら述べた。

「被害者が逃げたことでしょうか。それもSOSを出しておきながら。」

「ああ、そうだ。実に不思議だね? だが、それも共依存というラベルを貼ると実に分かりやすい。」

 ボードへ書き込む。辛うじて読める字で、やや走り書きで。いや、それは適切な表現ではないな。辛うじて「助手には」読める字で、私は書き連ねる。

「離れたい、けれども依存して離れられない。典型的ですね。」

 本質だな。ニコチン然り、カフェイン然り。欲するというより、なくてはならないというのが依存だ。……その点、私は依存していないとも言えるかもしれない。

 助手は目線を机の方へ向けているが、私はそれを追わずに続ける。

「そうだな、それが依存というものだ。ところで、女の方は依存していたと言えるだろうか?」

 その質問に、助手は首をかしげる。

「……監禁したので、依存しているのでは?」

 発する前の一瞬の沈黙には、随分と思考を巡らせているように見えた。

「いいや、必ずしもそうではない。仮にそうだとしたら、彼女に不審な行動が一つある。」

「彼女、三門彩の不審な行動ですか? 彼女をあなたの指示で色々と、警部と協力して……ああ、いえ。警部は忙しいそうでして、実際に共にしたのは浅海さんとですね。」

 ホワイトボードへ書き込む手を止める。

「え、そうなのか? そうか……警部が提携探偵を求めるわけだな。いや、本質的には……」

「天知さん?」

 巡らせ始めた思考は助手の一言で引き止められ、思考を引き戻す。そして、また書き込みながら。

「ああ、ごめん。閑話休題。話を戻そう。君が行っていた尾行の成果はどうだったかな?」

 勿論把握しているが、反復確認は大事だ。

「……静かでしたね。驚くほどに。いえ、もっと言えば平然としていました。そういった態度もあって、浅海さんは三門が事件の主犯であることを何度も疑っていましたね。幸いにも指紋は一致しているので、仕事は続きましたが。」

「そうだ。それがおかしい。依存というなら、彼が消えた時点で何らかの行動を行っていてしかるべきだろう? 取り戻すとか、場合によっては自首するとか。だが、全くしていなかった。」

「不審……ではありますね。しかし、事態の重大さにあとから気づいて、というのもあります。実際、その行動で浅海さんは混乱していましたしね。」

「うん、正論だね。尤も、演技性がなかったとしても、人間の行動や心理なんて矛盾だらけだ。だから、たった一つの行動で断言はできない。けれども、疑うきっかけにはなった。そこで、私はある追加調査を行った。」

 私はホワイトボードの裏に手を伸ばして、収納されていたファイルを取り出し、助手へ手渡した。

「そこに二枚の資料がある。一つは私がいつも通り違法な手段で手に入れた資料。もう一つは、芳から提出された資料。」

 助手は受け取ると、それを片手に座り直して問う。

「して、その内容は?」

「精神科の記録だ。」

 そのファイルから助手は中の紙束を取り出して、最初からペラペラとめくりながら話す。

「両方ともですか? 芳さんと天知さんでまとめ方に差異があるのは分かりますが……その差異に何かあるのでしょう——。」

 中ほどまで読み進めたころ、その手が止まった。

 助手は目を丸くした。その紙束の初めに戻っては、何度も読み返す。紙のめくれる音と風圧を感じるほどに、何度も何度も。

「そうだ。一つは三門が通院していたカウンセリングの記録。そして、もう一つは」

 助手は呟くように一言。

「こんな偶然が」

「偶然? いや、ある種必然だろう。明確に何か異常性があって、それを本人と、その最も身近な人間が気付いただけの話。そこに二者間の共有がなかったのも、まあ妥当だ。恋人に向かって『君はおかしい』なんて言えないだろうからね? いや、そのあたり断言できる経験は私にはないが。だから、それは偶然じゃない。むしろ必然で、そして本質だ。」

 助手は、被害者である綾瀬光の精神科家族相談、その一ページ目をめくった。

── 第30章 了 ──

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阪奈康太

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