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PLANET LAND - 彗星から惑星へ -

305,817 字

青春群像劇、家族の物語、成長譚

"彗星のように駆け抜けた日々から、自らの重力で輝く惑星へ。これは、出会いと別れを繰り返し、居場所を見つける若者たちの物語。"

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第32話 どっちも好き

 昼下がりの学生会館は、学生達に溢れてざわめいている。
 窓から差し込む秋の日差しが、ガラス越しに優しく温める一角に、プラネットランドのメンバーが、資料や機材を机に並べて打ち合わせをしていた。

「やっぱりここか、みんな揃っているね」
「忙しいところ、お邪魔していいかな?」

 メンバーが視線を向けると、そこには久島が、さらに両脇に河瀬と安積の姿があった。
 二人に促されると、一歩前にでた河瀬が頭を下げて口を開く。

「田澤さん、みなさん、本当にありがとうございました」
「おかげで、また試合に出られます」

 飾らない、まっすぐな言葉が河瀬の人柄を表している。
 杏奈は肩を、震わせはじめた。

「河瀬くん――」

 言葉より先に、身体が動いていた。
 勢いよく立ち上がると、そのまま河瀬の胸へ飛び込む。
 込み上げてくる衝動を、抑えきれなかった。

「河瀬くん、河瀬くん、ごめんね……ごめんなさい」

 しがみついて声を震わせる杏奈に河瀬は、完全に固まっていた。
 プラネットランドのメンバーたちが、微笑ましく眺める。
 唯一聡志だけは、若干顔を引き攣らせているように見えた。

「え、あ、いや、その……田澤さん?」

 どうしていいのか分からず、ただ立ち尽くす河瀬に、安積がそっと耳打ちをする。

「(そこで背中に手を回すんだよ)」

 久島も反対側から囁く。

「(弓構えだ、ゆ・が・ま・え)」

 喉を鳴らして顔を上げると、少し諦めたような表情で口元を上げて頷く聡志と目が合う。

(……弓構え、そうじゃ、弓構えじゃ)
(まずは……足踏み)

 しがみついている杏奈をそのままに、まず顔を左に向けると同時に左足を開き、顔を戻して右足も開く。
 吹き出しそうになり、口元を抑える安積。
 絶句する久島。

「……そこからかよ」

 河瀬は慎重に次の動作に移る。
 ぼそっと声が漏れた。

「……胴造り(どうづくり)」

 河瀬は長く細い呼吸で、背筋を伸ばす。
 顔を覆って、その身を震わせる安積。
 久島は額を抑えて苦笑いを浮かべる。
 メンバー達は、興味深そうに河瀬の動きから目を離さない。
 いよいよである。

「ゆ……弓構え」

 河瀬は、恐る恐る背中に手を回すと、両肘を張ることで腕が円形になる。
 抱きしめる、と言うよりも囲む、と言う表現が適切だろう。
 さらに、背中を受け止めるはずの掌の形も、左手は、弓を握る時の手の内。
 右手は弓懸(ゆがけ)で弦を掴むように、親指の先に中指の腹を乗せた。
 もはや型、弓構えの姿そのものだった。
 こらえきれない安積は、その場に膝を折って首を振る。
 久島は呆れたように苦笑して、ため息をついた。

「確かにさあ……包み込むように、て習うけど」

 なんとなく、胸を撫で下ろす聡志の顔を覗き込んだミナとユズが、同時に視線を交わす。
 そして、にやりと笑い、小さな声で、誰にも聞こえないように。

「……なるほどね」

「おもろなってきたやん」

 杏奈がようやく河瀬から離れ、場の空気が少し落ち着いたところで、久島が頭を下げた。

「とにかく、本当にお世話になりっぱなしで申し訳ない」

 その横で、安積も腕を組んだまま頷く。

「私らには、舞台のことは手伝えることは少ないと思うけど、なんでも言ってね」

 その時、瀬良のはずむような軽い声が飛び込んできた。

「あれ? りょうち〜ん、あずみ〜ん、やっほー♪」

 ひらひらと手を振りながら、当然のように輪の中へ入ってくる。
 田﨑も隣で会釈をした。
 次の瞬間。
 安積の雰囲気が、がらりと変わった。

「きらり〜ん♪」

 さっきまでの毅然とした雰囲気が消え失せ、声のトーンが何段も上がり、語尾も緩やかになって行く。

「さっきなんだけどさ、ウチの後輩まじヤバすぎなんですけど〜♪」

「え、なになに? ちょマジ何があったの?」

 あっけに取られるメンバー達と、ため息をこぼす田﨑。
 河瀬が、目を丸くしたまま久島を向くと、苦い顔になった。

「……瀬良のあれは役作りだ、だが安積は……」
「普段は立場があるから隠してるが、本来は、正真正銘のゴリゴリだ」

 その言葉に、安積がぴくりと反応する。

「了〜、余計なこと、言いっこなしっしょ♪」
「あんたなんて、レイヤーじゃんよ♪」

 久島が青ざめて固まった。

「おい……お前、今それ、おい〜」

 その一言に、ミナが即座に反応した。

「……久島さん、その衣装って?」

「……自分で、作ってます」

 短い答えに、ミナの目がさらに輝く。

「写真って、ありますか?」

「はは、あいにく写真は、撮らない主義でね」

 すると次の瞬間。

「ほいっ!」

 瀬良がスマホを突き出すと、画面に映し出されているのは、ゲームキャラクターの衣装をまとった男女の写真。
 細部までしっかり作り込まれ、写真から窺える質感も、もはや素人の域ではなかった。

「きらりん! やめなさい」

 思わず声を上げる久島をよそに、ミナが、画面にぐっと顔を寄せる。

「すごい……完全に10のあのふたり、これが久島さんの物語なんですね」

「……はは、うまいこと言うね」

「あれ? この召喚士、よく見たら被服サークルの、春川さん」

 ミナがプロジェクトPLにも参加している春川の姿に気づくと、安積がにやりと笑う。

「そだよ♪」

 安積が、肩をすくめるようにして口を開いた。

「そもそもさ、春川ちゃんをその道に引き込んだの、了だかんね♪」
「ちなみに、二人のメイクしたのウチ〜♪」

 自分を指差してさらっと言った。
 場の視線が一斉に久島へ集まると、言葉を失い、わずかに視線を逸らした。

「……それは、まあ、否定はしないが」

 ミナが久島に詰め寄り始めた。

「その衣装、お借りできませんか?」

「え? でも全部版権ものだよ? まずいでしょ?」

「もちろん、改造させていただきますけど」
「一から作ることを考えたら、かなり時間短縮になりますから」

「……それ、もはや貸し借りじゃないよね?」

 全員の視線が集まり、逃げ場を失う。
 すると安積が、横から軽く笑った。

「観念しなよ〜、さっきなんでも手伝うって言ったばっかじゃん♪」
「また、新しいの作ったらいいっしょ♪」

 久島は、小さく息を吐き、観念したように肩を落とす。

「わかった、わかりましたよ」

 ミナの目が輝いた。
 すると瀬良が、安積を見ながらふっと口元を緩める。

「……あずみんだって、イケんじゃね?」

 その一言に、安積がきょとんと目を瞬く。

「何を?」
「ウチは来月末までリーグ戦があって、動けないよ?」

 だが、杏奈がすぐに口を挟んだ。

「公演は再来月なんです」

 安積はそこで少しだけ言葉を止めると、視線を上に向け、ゆっくりと皆を見回した。

「……けど、私に何を期待してんの?」

 瀬良が、にやっと笑う。

「メイク」

「……あ、なるほどね♪」

 ユズが、すかさず乗っかる。

「確かに安積さん、今のナチュラルな感じ、バッチリですもんね」

 瀬良が、追い打ちをかけるように肩をすくめた。

「コスメ揃えるためにバイトしてる人だから」

 少しだけ悩むように視線を落とした安積だったが、すぐに顔を上げて微笑んだ。

「……それなら、手伝わせてくれますか?」

 峯岸が、すぐに大きく頷く。

「もちろんですよ」

 久島も腕を組んだまま、少しだけ口元を緩めた。

「まあ、卒業前の思い出作りには丁度いいかもな」

 その直後、二人は真剣な顔に戻して河瀬に視線を移すと、河瀬の背筋が反射的に伸びた。
 久島が、低い声で静かに続ける。

「お前、さっきまで何も見なかったよな?」

 安積も、すぐ横から畳みかける。

「何も聞いてないよね?」

「え? いや、あの」

 今度はぴたりと揃う。

「見てないよね!?」

「は、はい! 何も見てない、聞いてません」

 その返答に、ふっと笑いがこぼれた。
 重たかった空気が、少しずつほどけていく。
 河瀬はその場に立ったまま、視線を杏奈に向けた。

(主将も安積さんもええな、役に立てるもんがあって)
(俺も、田澤さんに恩返ししたいんじゃけどな)

 その瞬間、顔を上げた杏奈と目が合うと、明るい笑顔が返ってくる。

「河瀬くんは、しっかりリーグ戦頑張りんさいね」
「ほいで、青島さんと勝負じゃね」

 河瀬は一度だけ息を吸って、小さく頷いた。

「そうじゃな」

 そのやりとりを見ていた久島が、思わずポツリと呟いた。

「う〜ん、方言女子……かわいいなあ」

 すると、また全員の視線が集まる。
 我に返り、あたふたし始めると、ユズが、にっこり笑って口を開く。

「ほんまですか? せやったら、ウチ、自信持てます」

「君の場合は……方言、になるのかな?」

 すると、安積がニヤリと笑った。

「んだもしたん!」
「おはんのそげんこつ話、初耳じゃっとよ?」

 今度は安積に視線が集まる。

「ウチ、かごんま出身なんだよ♪」
「方言おごじょ、わっぜ、もじょかか?」

 ミナが目を丸くした。

「……なんて、言ったんですか?」

「方言女子、めっちゃかわいい?だよ♪」

 目を閉じて黙る久島。
 宮坂が、眼鏡を直しながらポツリと呟いた。

「……引き出しの多い人だ」

 聡志がそっと峯岸を見ると、苦笑いで返される。

「フタバは……杏奈と安積さん、どっちのカテゴリーに入る方言女子かな?」

「もうひとつの頂点やな、三人でトライアングルになってまうで」

 二人が顔を見合わせて吹き出し合うと、聡志が黙って峯岸の肩に手を置いた。
 すると、河瀬が申し訳なさそうに呟く。

「ほじゃけど、俺も何かの役に立てたらええんじゃけど」

 顔を向けた聡志が、にこりと微笑む。

「それじゃあ、今日の練習、見学したいな」

 聡志の視線が、久島へ移った。

「いいですか?」

「もちろん、歓迎するよ」

 聡志は、そのまま言葉を重ねる。

「弓道って、神経研ぎ澄ますイメージがあるからさ」
「そういうの、体感したいんだよ」
「河瀬くんの練習してる姿、見せてよ」

 河瀬はすぐに背筋を伸ばす。

「は、はい!よろしくお願いします」

 その場は、和やかな雰囲気のまま解散となり、瀬良と田﨑が一足早く、学生会館の外に出ると表情を変えた。

「……本当に、お一人で大丈夫ですか?瀬良さん」

 瀬良は、それまでのギャルのキャラクターを消して、真面目に答える。

「デリケートな問題だからね、他の人は詳しいことは誰も知らない」
「そうじゃないと、あの子、帰って来れないでしょう?」

「……一人で背負わせて、申し訳ありません」

 瀬良は田﨑の顔の前で、掌を広げた。

「雅音くん、それは違うよ」
「今、一人で背負ってるのは……あの子なんだからね」

「はい、そうですね」

 頷いた田﨑を残し、瀬良がゆっくりと歩き始めた。

 弓道場では、プラネットランドのメンバーが、道場内の畳スペースに集まっていた。
 真正面から射位の様子が一望できる。
 静謐な空間に自然と全員の背筋が伸びた。
 やがて、実戦形式の練習がはじまり、最初の立ちの先頭、大前に立つのは、河瀬だった。
 無駄のない動きで、静かに歩み出る。
 迷いがない、流れるような体配で射位につく。
 その一連の動作に、誰も言葉を発することができない。
 河瀬が、矢をつがえた瞬間。
 空気が変わった。
 射と、呼吸と、間だけがある。

 そして――

 河瀬の目つきから、柔らかさが消え、鋭さがまして行く。
 的以外を視界から排除したかのように、集中していくのがわかった。
 正面でそれを見ていた聡志が、小さく息を呑む。

(すげえ、さっきまでの爽やかな目つきとは別人だ)
(いや、同じ河瀬くんだ、だけど……)

 息を飲んで見つめる一同からは、なんの声も聞こえない。
 会に入る河瀬。
 精密に水平を保ったまま微動だにしない。
 数秒の時間に緊張が籠り、時間が止まったかのように感じられた。
 矢が放たれる。
 乾いた弦音が、道場の空気を切り裂き、矢は迷いなく一直線に的中した。
 聡志は、息をするのも忘れたように、その姿を見つめている。

(何かが取り憑いたとかじゃない)
(彼は本当に、自分と的しかない世界にいる)

 余計な感情は何ひとつない。
 周囲から向けられている視線など、今の河瀬の中には存在していない。

(人間、ここまで集中できるのかよ?)

 思わず、喉の奥で息を呑む。
 他のメンバーたちも、誰ひとり言葉を発することができなかった。
 ユズも、ミナも、峯岸も、宮坂も、そして杏奈も、ただただ見入っている。
 聡志は、知らず知らずのうちに拳を握っていた。

(俺は、見せることしか考えなかった)
(舞台に立てば、どう見えるか、どう響くか、どう届くか)
(いつだって、相手の目を意識してきた)
(見られること、伝えること)
(それが、自分の立つ場所だった)

 河瀬が再び弓を打ち起こす。

(けど、河瀬くんは逆だ)

 聡志の喉が、微かに鳴る。

(自分と的、たったそれだけだ)

 自分を大きく見せず、精神を極限まで削って、目の前の一点にだけ向かっていく。
 やがて、引き分けられた弓が、静かに会の状態へ入る。
 またも時間が止まり、空気まで張りつめる。
 少しでも音を立てれば、この均衡が壊れてしまいそうだった。
 聡志は、その姿から目を逸らせない。

(なのに、なんでこんなに)

 次の瞬間、弦音が響く。
 矢はまたしても迷いなく的を射抜いた。

(釘付けになるんだよ?)

 その思いだけが、聡志の胸の中に、重く残った。
 河瀬の立ちが終わると、全員が頷き合い、立ち上がる。
 久島が畳スペースの方を振り返った。

「え? もう行くの?」
「最後まで見て行ってくれたらいいのに」

 その言葉に、聡志が小さく首を振る。

「いや、これ以上は練習の邪魔になりますし、それに……」

 一度、言葉を切り、視線を射場の方へ向けると、河瀬が弓を置き、静かに息を整えていた。
 聡志は、その姿を見たまま続けた。

「なんか、すげえ参考……いや、勉強になりました」
「そのイメージが消えないうちに、稽古したいんです」

 久島はその表情を見て、小さく頷く。

「そうか、また見学する時は、いつでも言ってくれ」

「ありがとうございます」

 道場を出る前に、一人ずつ一礼をする。
 最後に杏奈が頭を下げて、顔を上げたそのとき。
 河瀬と目が合う。
 いつもの穏やかな笑顔が、杏奈に向けられた。

「河瀬くん」

 河瀬の片手が上がる。
 杏奈はそれ以上は何も言わずに、歩き出した。

 あたりがすっかり暗くなった頃。
 髪の毛を黒髪にして、紺色のスーツに身を纏った瀬良が、とあるアパートの一室の前に立っていた。
 廊下を照らす蛍光灯の明かりの下、迷わず呼び鈴を鳴らす。
 しばらくして扉が開かれ、怪訝な顔をした中年男性が現れた。

「……あなたは?」

「私は、六星大演劇部部長の、瀬良と申します」

 男性の眉間に皺が刻まれた瞬間、奥から声が聞こえてきた。

「……入ってもろうて、お父さん」

 その声を聞いた父親が、瀬良を中に通した。
 整然とした部屋の奥には、泣き腫らした目の母親に体を抱かれて呆然とする、広原の姿があった。
 部屋に入るなり、床に手をつく。

「この度は、大切なお嬢さんをお守りする立場でありながら、申し訳ありませんでした!」

 父親が、苦い顔でため息をこぼした。

「顔を上げてくんないか、歩美からあんたの話は聞いとります」
「感謝こそすれ、とがめるつもりなんてこれっぽっちもねぇですよ」

 瀬良が顔を上げると、父親は薄い笑いを浮かべるが、広原を抱く母親の手に力が籠る。

「……けどね、私ら親は、こんな思いをさせるためにこの子を育てたんやねぇ……」
「こんな目に遭わせるために、大学さ送り出したんやねぇんです!」
「こんな所に置いとけねぇ!歩美は新潟に連れて帰ります!」

 感情が込められた母親の言葉の後、広原がポツリと言葉を出した。

「……大丈夫っちゃよ、お母さん」
「あったことは、消えんけど、無かったことにはならんけど……今も、すごい怖いけど」
「……ここでしか、学べねぇことあるし」
「部長みたいに、法律のこと、もっと知りたいから、そいで、困ってる人らを、助けたいっちゃ」
「だから……大丈夫らて」

「……歩美」

 気丈な声に、母親の目から涙が溢れだした。
 父親も声には出さないが、沈痛な面持ちでため息をこぼす。
 瀬良の目にも、光るものがあった。
 すると、広原が母親の腕を優しく解き、立ち上がると本棚から一冊のファイルを取り、瀬良の元に歩み寄る。

「今日、心療内科でPTSDって診断されました」
「舞台に立って見られること、男の人に囲まれてお芝居することは、今はできないです」
「けど……部は辞めたくないです」
「お芝居……好きやさけ」

 差し出されたファイルを受け取り、開いた瀬良の目が見開かれ、瞳が左右に動いた。

「……あなた……これ?」

 広原は笑顔を見せた。

「六友祭の舞台を見て……同じ一回生の田澤さんが、あんな物語を書いたことに、びっくりしたんです」
「私も……創作するの、好きだったんで」
「密かに書いていたんです、この道で、部に残りたいです、お願いします」

「歩美、あんた……」

 思わず立ちあがろうとした母親を、父親が制し、目を合わせて首を振る。

「瀬良さん……娘を、歩美を、お願いします」

 頭を下げる父親の声は震えていた。
 母親は、嗚咽を漏らす。
 歩美だけが、笑顔で瀬良を見つめていた。
 瀬良が歩美の手を取り、潤んだ瞳で笑顔を作った。

「もちろんです」
「広原さん、ううん、歩美ちゃん」
「頼りにしてるからね!」

 瀬良は、歩美をそっと、抱き寄せた。

 いずみ亭の厨房の奥では、由美加がスマホを手に取り、画面に映ったメッセージを見て、ふっと微笑んだ。

「……これは、ゆきくんに見せたらいけんねえ」

 ちらりと、店内の方へ視線を送る。
 カウンターの向こうで、幸弘が由美加の自然に気付き顔を上げた。

「なんじゃ?」

 由美加は、何でもないように首を振る。

「なんもないわ」

 スマホの画面には、杏奈からのメッセージ。

【お母さん、どうしよう?】
【うち、好きな人が二人になってしもうた】

 由美加は、もう一度だけその画面を見つめ、静かに、息を吐いた。

── 第30章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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