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ベレー帽の探偵

阪奈康太

85,483 字

心理ミステリ、探偵小説、人間ドラマ

"「真実」とは何か。「正義」とは誰のものか。ベレー帽の探偵が、その問いの奥底を覗き込む。"

 真実とはこうも無価値とは思わなかった。  ……ああ、こんにちはどうも。何があったかって?  実は統合失調症の患者にお前は統合失調症だといいましてね?  するとこれが酷く暴れるもので……。ええ、その通りだね?  私の行動は医療プロトコルにも反する愚かな行動だ。正解改善とは程遠い。  失礼失礼。つい王様の耳はロバの耳と叫びたくなってね。まあ少し前提から考えてみよう。  まずもって私たちは完璧な真実とやらにたどり着くことはない。  言葉は取りこぼすし、認識には限界がある。  けれども決して私は近づくことをやめない。時にイカロスのように、時にパンドラのように。  自身に不利益があろうとも、どうしたって好奇心は抑えられない。  ……さて、得て知って、それで満足したいところだが私は探偵という職業についている。  残念ながら私だけが知っていてもどうしようもないのでどうにかコレを商品として機能させなければならないのだ。  であれば、私がかぶる帽子はシャーロックホームズのような鹿討帽だろうか?  ……いいや、ソレを物語のように加工する私にとってはベレー帽こそふさわしいだろう。

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第21話

 【綾瀬 光の家族相談カルテ】

 2025/05/26

 主訴
 交際相手の相談。本人とは同居中。
 交際相手曰く、本人に良心や共感性がないように感じ、サイコパスのような、何らかの精神医学的問題があるのではないか。
 具体的には日常的に表情が乏しく、会話はやや事務的で時々うまく話がかみ合わない。
 また、本人の飼育していたペットが死亡した際、悲しむ様子を見せず、すぐにゴミ箱へ死体を捨てたことがそれまでの懸念に拍車をかけた。

 ——————————

 助手は先ほどとは打って変わって食い入るように読み込む。

「改めて読むと異常な内容ですね。いえ、精神科のカルテとしてはこんなものなんでしょうか?なによりも」

「三門自身も同様の相談をしていることだろう?」

 助手の持っている資料を横からめくって、三門 彩のカルテの主訴の載っているページを開く。
 

 【三門 彩のカルテ】

 2025/03/23

 主訴
 適応、周囲とのすれ違いについて相談。
 本人曰く、自身が意図しないところで相手の笑いを誘ったり、怒りを買ったりすることが多いが、その理由が分からないとのこと。
 また、抽象的な対人概念の理解が難しいと訴える。本人が例として挙げたものに「愛情」「本音」「誠実」等がある。
 これらにより生きづらさを感じており、原因の解明および改善を希望し受診。

 ——————————

 そして続けてめくっていく。これまでの経歴、病歴。治療方針、医師の見解。それらをめくり切ったところで助手は不思議そうに尋ねた。

「しかし、彼女の方ではペットの話が出てこないのは気になりますね。綾瀬の主張と近しいですが同様かといわれると……少し微妙では?」

 それに、私も不思議がって返す。

「そうか?ごく自然な事だろう。彼女はそれを自然に処理したのだから。彼女が異常であると気づけたのは自己の行動についてではない。むしろそれは彼女自身自然だと思っている。彼女はその自然な行動をとった際の周囲の不可解な反応に対して異常だと思った。そしてそれを客観視する能力がある。故に相対的に自身が何かしらおかしいというのは気づけたんだ。だから何がおかしいのかは分からないのは当然だろう。」

 私はふと、自分を俯瞰してみたとき、助手と同じように首をかしげているのに気が付いた。

「さて、これからだが、正直管轄外だ。そもそも改善方向へ向かっていた彼と彼女の関係に口を出す必要はないだろう。もう精神科へかかっているしね?彼女の言うすれ違いとはまた別のちょっとしたすれ違いによる事故と、そう解釈した方がいいかもしれない。……ただ。」

 そこまで言って、今から言うことをもう一度頭の中で巡らせる。

「責任能力がないとは判断できないレベルだ。正直これも管轄外。今回の仕事は真実までたどり着くことだが、その処遇については警察の役割だろう」

「捜査結果としてはきっと認めてもらえるでしょう。探偵として、仕事としては十分です。……しかし、天知さん。貴女の目的はいいのですか?これで。」

 その言葉だけを切り取れば皮肉とも取れない聞き方ではあるが、そこには問い詰める感情よりも疑問符を強く感じる。
 私は続けて答える。

「十分にわかったからね。少なくとも起きた事象すべてに説明がつく。それが真理か、まったく違いがないかと言われればおそらく違うだろう。しかしそれは誰しもが不可能な領域だ。わたしはここで止めていいと思うね。」

 そう答えると、助手は少し黙って、何かを考えて、そして答えた。

 「そう、ですね。」

 助手はそれだけ返して、また、黙った。
 ……ああ、なるほど。私は納得できたが、助手はまだ納得できていないようだ。それもそうだろう。
 私の言葉は抽象的で、それが諸問題にどうかかわっていったのかを説明していない。それがわからなければ理解したとは呼べないし、理解してなければ納得するはずもない。
 なので珍しく気をつかって、私の方から語り掛ける。

「……共感性の欠如、良心の欠如というよりはもっと根本的に認知機能の機序が違う。そして彼女はその差異に適応しようとしている。よって、自身に好奇心が生まれている。」

 助手は私の方を向いて、黙り続ける。

「それを踏まえて、彼女は愛情がわからないといっていたね?彼女はそれに対して好奇心を抱くはずだ。すると今回の監禁の動機は?」

「実験体?」
 
「そう考えてもいいだろう。ただ、あくまで私達から見るとそうだが、それを一つの愛情の形とすることも可能。少なくとも彼、綾瀬は典型的な献身的愛情を捧げているようだ。芳が言っていたように必ずしも双方が同じ感情を向けるとは限らない。しかし、同じじゃないからと言って合わないという事もない。」

「……だから、綾瀬は口を固く閉ざしていたのですね。」

「ああ、現に綾瀬は私が三門の名前を出した途端に顔色を変えたしね。」

 黙っていた助手の口は言葉を交わすにつれ加速していく。

「しかし、彼はSOSを出していました。それは矛盾した行動では?」

 実にいい反論だ。

「ああ、矛盾している。しかし別に矛盾するものだろう人間というのは。ダイエット中の人間がつい、お菓子を食べてしまうこともあるようにね。しかし、そういった些細な揺れはあっても信念といえばいいかな?目的、原理はそう変わらない。だから鳩にSOSをつけるなんて遠回りな方法を選んだんだ。一見合理的に見えるが冷静にあの状況を見て見ると割と抜け穴はいくらでもある。……まあそれに気づけなかったとも考えられるがね。」

「……三門はあえて見逃していた可能性も?」

「そこから先はわからない。彼女の目的が、綾瀬を通して愛情というものの反応を確かめることだったなら、完全に逃げ道を塞ぐ必要もない。」

 助手はそこで返事を止めた。黙って俯き、しばらく考え込んでから顔を上げる。
 いつだってポーカーフェイスを忘れない彼からは珍しく表情が読み取れた。

「さて、どうかな。君も納得したかな?」

「ええ、お恥ずかしながら。事後処理は?」

「精神科のファイルはまずいな。まぁ警察なら直接取れるだろう。いつも通り、違法な部分は削除代替。憶測に変えたり私見っぽく述べたりしてね。それでまとめて警部とコンタクトをとっておくれ。」

 助手はいつも通り、快く引き受ける。
 
「天知さんはこの後どうします?」

「そうだね、……カウンセリングでも受けるとしようか?」

 助手はすこしクスクスと笑って言った。
 
 「医師に合わせる顔がおありでしたらそうしてください。」

── 了 ──

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阪奈康太

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